灰色と事件
葬儀屋さんの店を出て、今は町屋敷(タウンハウス)へ向かう馬車の中。
「さっきの話で大分絞れるな」
「そうですね…まず『医学・解剖学に精通する者』、その中で『事件発覚前夜にアリバイのない者』」
「あと臓器などを持ち去ってることから儀式性…『秘密結社や黒魔術に関わる者』も挙げられるんじゃない?」
「ええ、その通りですね」
「ちょっと…どこが絞れてんのよ。この社交期(シーズン)に、一体どれだけの人が首都(ロンドン)に集まってると思うの?!」
「ま、確かにね。ロンドンの医者だけじゃなくて、貴族が地方から連れて来た主治医…更に医者になってない医大卒業生もいる。ああ、劉様みたいに鍼を使う渡来人も人体には詳しいですね」
「そうよ!それにあと1週間もしないうちに社交期(シーズン)が終わって、主治医は地方に…」
「では、それまでに調べれば良いのです」
わーぉ、さすがセバス。言うことがかなり突発!無茶を言ってるけど、でもセバスの言う通りなんだよね。もうすぐ社交期(シーズン)が終わって、地方に戻ってしまうのなら…それまでに全て調べてしまえばいい。
普通の人間ならかなりの時間を要する。…けど、彼なら今日中に終わらせてしまうだろうし。時間のない今、ちょうどいいんじゃないかなぁ?
「何だって…?」
「社交期(シーズン)が終わる前に全ての人物を尋ね、アリバイを確認すれば済む話です」
「確認すれば済むって…まだ正確な数もわかってないのよ?!」
「お任せ下さい。ファントムハイヴ家執事たる者、それくらい出来なくてどうします?」
くくくっマダムと劉様、呆気に取られた顔してる。まぁ、そりゃそーか。できるはずがないって思うもんなぁ…普通なら。主は当然だって顔でニヤリとしてるけど。
「では早速、容疑者名簿を作り、全ての人物をあたってみようと思います。クロード、皆さんをお願いしますよ」
「ん、わかってます」
「えっちょ…!!!」
―――ばんっ!!!
…ああ、もう走ってる状態のまま外に出る気なんですね。別に構わないんだけどさ、マダム達が心配するっていうか…不思議に思うんじゃないかと。グレルさんなんか、顔真っ青にして驚いちゃってるじゃん。走ってる最中に中から人が出てくるとは思わないもんね。僕だって驚くし。
「グレルさんでしたっけ?どうぞ安全運転で、屋敷までよろしくお願いします」
「えっあっハイ?!」
「では、失礼致します」
―――ぱたん。
「ちょっと?!この馬車、走ってんのよ?!」
「もういないと思うよ?セバスなら」
「…本当だ…」
「いない……って、あんたはちゃんと前見なさい!!ぶつかるーっ!!!」
「あっハッハイ!!!」
…この馬車、事故に合わずに無事に屋敷まで辿り着けるんだろうか。ちょっと心配になってきたぞ。
「はぁ…セバスチャンはああ言ったけど…」
「うちの執事(セバスチャン)がやると言ったんだ。必ず何かつかんで帰ってくるだろう。僕らは紅茶でも飲みながら待っていればいい」
「幼い頃から一緒のクロードならわかるけど…えらい信頼してるのねぇ」
「……別にそういうわけじゃない。ただ、あいつは嘘だけはつかない。絶対に」
「―――そう。彼と伯爵の間には、長い時間を共に過ごしてきた分、揺るがぬものがあるのさ。いつでも彼は伯爵に連れ添ってきた。まるで影のようにね」
「……セバスチャンは僕に仕えて、まだ2年だが?」
「あ。そうだっけ?」
またもや劉様の知ったかが、大炸裂しました。もう口出す気にもなれないし、怒る気力もないからそのままにしておくけど。…あれ?何か来る時と道、違ってないか?こんな景色を見た記憶が無いんだけど…僕の記憶違いなのかな。
「主。今走ってる道って間違ってる気がするんだけど…僕の気のせいですか?」
「何?……あ。」
「えっ道間違ってんの?!!」
「グレルさーん、これじゃ屋敷まで帰れませんよー。一回戻ってー!」
恐らく、さっき曲がる所を間違えたんだろうなぁ…。
疲れた…やぁーっと屋敷に辿り着くことが出来ました。
「はーーーーぁ。やっと着いたねぇ。腰痛いよ〜」
「グレルが道間違えるから、エライ遠回りしちゃったじゃない!」
「スイマセン、スイマセン!」
「大丈夫ですよ、グレルさん。誰にでも間違いはあるものですから」
「あ…ありがとうございます!クロードさんっ」
…まただ。この違和感。一体何なんだ?この気配。人間とは異なるもの。グレルさんも…人ならざる者なのか?でも悪魔ではない…セバスと気配が全く違う。だけど、一瞬背筋に走る悪寒…決していいものではないけども。
僕はこの気配を知っているはずだ。遥か昔に感じたことがあるはずなのに、思い出せない。
「…さん?クロードさん!」
「へ?あ、はい!どうかしましたか?グレルさん」
「あ、いえ…用事があるわけではなかったんですけど、急にボーッとされていたからどうかしたのかと…」
「ああ、すいません…ちょっと考え事を」
「そうですか?ならいいんですけど。…もう奥様達は中に入られましたよ?」
「気づかなかった…僕達も行きましょうか」
先に歩き出した僕は、気づかなかった。グレルさんの口元が妖しく歪んでいたことを。
中に入ると、もうセバスが戻ってきていたようで午後の紅茶(アフタヌーンティー)の準備も出来ていた。
セバスを手伝わなきゃいけないのに、ひどく気分が悪い。胸焼けを起こしてるみたいだ。屋敷の中に入る瞬間に感じた、今までの比じゃない程の殺気と狂気と悪寒。きっとそれが原因だろうけど。
「クロード?どうかしたんですか?」
「…セバス…何でもない。調査は終わったのか?」
「ええ、条件を満たす人間はただ一人にまで絞り込めました。詳しい話は、お茶にしてからするつもりですよ」
「条件を満たす、『人間』は…?」
―――あぁ、そうか。そういうことだったのか…どうして忘れていたんだろう、どうして今まで気づかなかったんだろう。
感じたことがあるはずだよな、だってあの人は―――人ならざる者。でも悪魔ではない―――――
「…気分が優れないなら、部屋で休みますか?」
「へーき…てか、その薄い笑みで言われると…何か腹が立つ」
「ずいぶんな言い草ですねぇ、心配しているというのに」
「へぇ?それはどーも…」
「まぁ、大丈夫だと言うのなら行きましょうか。クロード」
「そうだね…主達がお待ちだろうし」
グレル・サトクリフ…あいつは―――死神、だ。