灰色と紅
「…ン…アン!アンジェリーナ!」
「姉さん」
「また東屋(ここ)にいたのね、お父様が呼んでるわよ。何だか私達に紹介したいお客様がいらっしゃるんですって」
「ええっ?!私こんな格好なのに…」
―――ぱたぱた
―――さっさっ
「ねっ姉さん?」
「これでよし!ちゃんと可愛いわ、大丈夫よ。また本読んでたの?」
「うん。私たくさん勉強して医者になりたいの。姉さんの喘息も治してあげたいし、私ブスだし夜会も苦手だから、お嫁に行けないかもしれないし…」
「何言ってるの!アンは可愛いし、頭もいいし、もっと自信持つべきよ。それに…実は結構ボインだし〜〜〜〜ィ!」
「ぎゃあっ姉さん?!」
身体が弱かった姉さん。優しくて、美人で…だけど気取ってなくて大好きだった。母親似の優しい亜麻色の髪が大好きで、羨ましかった。
"あの人"に出会ったのは、十五の時だった。
「レイチェル、アンジェリーナ。ファントムハイヴ伯爵にご挨拶なさい」
「初めまして」
父親似の赤毛が大嫌いだった。赤い色が大嫌いだった。
「君は何故、そんなに前髪を長く伸ばしてるの?」
「私は姉さんと違って美人じゃないし…髪だってこんな赤毛で…」
「人と違うのは"恥"じゃない、個性だよ。アンの赤毛はとても綺麗だ、地に燃えるリコリスの色。君には赤がよく似合う…もっと自信をもっておいで」
そして私は、前髪を切った。
父親似の赤毛が好きになった。
赤い色が好きになった。
"あの人"が大好きになった。
「お嬢様、ファントムハイヴ伯がお見えになりました」
「はーい」
(褒めてくれるかな)
"あの人"が来る日は、似合うと言ってくれた赤を着た。
「ああ、やっと来た。アン、いい知らせがあるの」
大好きな"あの人"は、大好きな姉さんと結婚することになった。
結婚式には大好きな赤いドレスを着て行った。大好きな二人が幸せなら、私も幸せだった。
オギャー
オギャー
はずだった―――
「奥様!元気な男の子ですよ!」
「良かった…生まれてきてくれたのね。アン、抱っこしてあげて。貴方の甥っ子よ」
「…かわいい…」
大好きな姉さんと、大好きな"あの人"の―――
「大きくなったら、たくさん遊んであげてね」
「うん!」
「ふふっ鼻の形があの人にそっくり」
―――ズキンッ
赤い色が、また嫌いになった―――
それから私は、大嫌いだった夜会にたくさん出席するようになった。派手なメイク、真っ赤なドレスで夜会を渡り歩く。いつしか私はレディ・レッドと呼ばれるようになった。
一方でがむしゃらに勉強して、両親の反対を押し切って医師免許も手に入れた。
「アン叔母ちゃま、ご本よんで!」
「よんでー!」
「シエル!リジー!おばちゃんって呼ぶんじゃないって言ってるでしょ!お姉様とお呼び!」
「あははっシエル様とエリザベス様は本当に元気ですねー」
「あら、クロード。仕事は?」
「ええ、ちょっと…」
「「クロードだーっおかえりなさーい!」」
「ただ今戻りましたシエル様、エリザベス様。アンジェリーナ様、いらっしゃいませ」
「何だか久しぶりね、クロード!元気だった?」
「有り余るくらいに元気ですよー」
"あの人"に初めて会った時、静かに傍に控えていた護衛のクロード。その時からの付き合いで、甥っ子達同様に大切で…私にとって家族同然だった。
出会った頃は静かで、無表情に近かったけど、少しずつ笑うようになって嬉しかった。シエルが生まれてからは、もっと笑うようになって。彼も大好きな人の1人になったの。
「それにしてもアン、いつも悪いわね遊んでもらっちゃって」
「いーのよ!子供好きだし、それに…」
―――オンッ
「あっお父様だ!おかえりなさい!」
「天気がいいから子供達と遊ぼうと思ってね」
あたたかい姉夫婦。
かわいい甥っ子達。
優しい、息子同然の"あの人"の護衛。
私の大好きな人達。
だけど、いつもどこかで感じてた。灼けつくような感情を。
そして、私は夜会で知り合った男(ヒト)と結婚した。「忘れられない人がいる」と言った私に、「それでもいい」と言ってくれた。誠実で純朴な人だった。そして私にも子供ができた。
「男かな?女かな?」
「男ってのはせっかちね。まだわからないわよ」
とても大切にしてくれた―――幸せだった。
―――ガラガラガラ…ガシャーンッ
「暴走した馬車が人に突っ込んだぞ!誰か医者を…!」
「旦那さんは即死でした。そして貴方は、内臓破裂に伴いお子さんごと子宮を切除しました。貴方の命を救う為には、それしか方法が…」
―――――はずだった。
「アンジェリーナ様!」
「アン、辛かったわね。辛かったわね…」
姉さんはよく病院に来ては、私を元気づけてくれた。クロードも。
―――バタバタバタッ
―――バンッ
「アンジェリーナ様っ!医師(ドクター)から聞きました!もうすぐ退院できるのでしょう?」
「もうクロード…もう少し静かにしなさいな。さっきからずっとこんな感じなのよ?退院できるんですってね!良かったわ」
「ありがとう、姉さんにクロード。おかげさまで」
「お祝いしなくちゃね。…そうだ!今度ウチの子が10歳の誕生日なの。アンの快気祝いを兼ねて、一緒にお祝いしましょうよ!ねっクロード!」
「ええ、僕も賛成です。きっとお喜びになられますよ、シエル様も」
「で…でも…」
「遠慮しないで!快気祝いは大勢で、パーッとやってガーッと飲むに限る!!!シャバの酒はうまいわよ〜!!」
「レイチェル様…病み上がりの方をバシバシ叩いたらいけませんって。それに…言葉遣い。もう少し気をつけないと、と言われたでしょーが」
「あら、言葉遣いに関しては貴方に言われたくないわよ?よくタナカさんに怒られていたじゃないの」
「う…」
そして、あの日はやってきた。
「お迎えにあがりました、アンジェリーナ様。お加減はいかがですか?」
「もうすっかり!…クロード、そんなにかしこまらなくてもいーってば。いつも言ってるじゃない」
「あはは…そうなんだけど、しっかり気をつけてないとうっかり他の方の前で出ちゃったりするから」
「そういえば何回か怒られてたわねぇ…私は気にしないのに」
「アンジェリーナ様が大丈夫でも、やっぱり僕は一介の従者だからね」
クロードと会話するのは、いつも飽きなかった。この日も気遣ってくれていたのか、笑顔でずっと話しかけてくれてた。それが有り難かった。少し…気が楽になったから。でも―――
「(結局断れなかったな…)」
「気が、重いですか?ファントムハイヴ家に向かうのは」
「え……」
「僕の勘違いだったら申し訳ありませんが…気が向かないように見えたので」
「……いいえ、大丈夫よ?心配掛けてごめんなさいね」
クロードの言う通り、本当は私は乗り気じゃなかった。だって私は、本当は…本当は―――――
―――キキーッガタンッ!!!
「?!」
「何だ?」
「どうしたの、急に止まって」
「お、奥様…あ…あれを……!!」
十二月の灰色の空を染め上げた、その色は私の嫌いな赤い色―――――