灰色と涙


―――ゴォオオ

あの日


「姉さん!!!義兄さん!!!」
「ヴィンセント様!レイチェル様!シエル様ーっ!」
「クロード、ダメよっ!貴方まで失ったら…っ」
「ッアン、ジェリーナ様……」


ファントムハイヴ家全員が、何者かに殺された。
屋敷は全焼――見つかった姉夫婦は酷い状態だった。子供の死体は見つからなかった。クロードは出会った頃のように、瞳から光が消え塞ぎこんでしまった。

―――大切なものは何もかも失ってしまった。何もかも私の手の届かない処へ行ってしまう。悲しくて、悲しくて―――だけど、それ以上に姉さんが羨ましかった。愛する"あの人"と一緒に行けたということが。
それでも私は生き続けた。残された者として、同じように残されたクロードを従者に迎え入れて。


「ドクター!もう復帰されて大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ!働いてた方が気が紛れるし…午後からオペが入ってるしね」


それなのに


「子供なんて邪魔なだけよ。誰の子かもわかんないし、産んだって育てられない。堕ろすのだってタダじゃないし、子連れじゃ客もとれやしない!」


憎かった私がどんなに欲しくても手に入らないものを持ってるクセに。欲しかったもの、大切だったもの、何もかもを失った私。そして私の欲しいものを持っているくせに、それを捨てる娼婦。
私が何をしたの?何故、神様は私ばかりをこんな目に遭わせるの?私はただ、ただ――――――



―――コツコツ
―――コツ…

「…あら?あんたはこないだの…な…何するの…や…やめ…っ」


憎い憎い憎い憎い憎い!!!
そうして私は、堕胎手術をした娼婦を次々と切り刻んだ。いらないものならお望み通り奪ってやる。子宮も、幸せも、命も、全部。
その時―――――


―――パチパチパチ…

「んまーっ派手にやったわね!ずっと見てたのヨ、アナタのこと」


真っ赤な死神が私に笑いかけた。


「アナタのお陰でこの地区の死亡者リスト、ビッシリよ。忙しいったら。アナタの気持ち、よーく分かるワ。あんな女共(ブス)死んで当然。アタシも赤ちゃんが欲しいのに、男ってだけでダメだもの。アタシ達おそろいね。アタシが、協力してアゲル」


私は、血がこびりついた赤い髪を切った。そして誰にも…クロードにさえも内緒で、赤い死神を執事として雇った。
昼はクロードと、夜は赤い死神と生活を共にしていた。


―――数ヵ月後、突然行方不明だった甥っ子が帰ってきた。



「本当なんですか?!アンジェリーナ様っ」
「ええ、シエルが帰ってきたのよ!死んだと思っていたのに…」


―――バタバタバタ…
―――バンッ!

「シエル様っ!!!」
「シエル!本当にシエルなの?!無事だったのね!!」


黒ずくめの執事を連れて。
行方不明中のことを何度尋ねても、甥っ子は何も語らなかった。でも、それで良かった。シエルが戻ってきてくれただけで。


「良かった…っ貴方だけでも無事で…。もっとよく顔を見せて頂戴」


たった一つ戻ってきてくれた、私の大切な―――姉さんに良く似た、"あの人"と姉さんの子。

―――ズキンッ

シエルが帰って来てくれて嬉しいはずなのに、胸を占める違和感。


(この子が帰って来たのに、何故"あの人"は帰って来ないの?)
(何故この子は生きているのに、"あの人"は死んでしまったの?)


"あの人の子供"は"あの人"じゃない。
"あの人"を私から奪った、姉(オンナ)の息子なんだと―――…


(何故"あの人"と結ばれたのは、私じゃなかったの?)


「え…?」
「クロードは僕の大切な従者だ。…僕の元に戻したい」


シエルが戻ってきてから、数週間。クロードは彼の願いで、ファントムハイヴ家へと戻ることになった。私の元を離れて。塞ぎがちだったクロードにそのことを伝えると、少しだけ…昔の彼に戻った気がした。シエルが昔とは違うとわかっていても、クロードにとっては大切な主。それに変わりはなかったようで。微かに笑みを浮かべて…此処から去って行ったのだ。
そして、"あの人"の後を継いだシエルが、とうとう"切り裂きジャック"(わたし)を捕まえに来た。姉さんによく似た顔で。


姉さん。貴方はこれ以上私から、何を奪おうというの?
今度は、私は何も譲らないわ。


「何も譲らないわ!!!」
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