灰色の執事


首都(ロンドン)から少し離れ、霧けぶる森を抜けると…手入れの行き届いた屋敷(マナーハウス)があらわれる。
その屋敷に住まう名門貴族、ファントムハイヴ家当主の朝は一杯の紅茶(アーリーモーニングティー)から始まる。


「あーるじー、起きる時間だぞー」
「クロード…毎度言っていますが、もう少しやり方というものがあるでしょう?」
「これが僕のやり方だって、毎度言ってるだろ」


僕の名前はクロード。クロード・ロシュホール。ここファントムハイヴ家当主、シエル坊ちゃんに仕える護衛兼執事。横でテキパキと主の為に紅茶の準備をしている、セバスチャンの部下だ。一応。
彼と一緒に主を起こす所から、一日の仕事が始まるわけです。そんなわけで遠慮ナシにカーテンを開ける。そうでもしないと、起きないし?


「本日の朝食は、ポーチドサーモンとミントサラダをご用意致しました。付け合わせはトースト、スコーンとカンパーニュが焼けておりますがどれになさいますか?」
「…スコーン」
「かしこまりました、主」
「この香り…今日はセイロンか」
「ええ。本日はロイヤル・ドルトンのものを。ティーセットはウェッジウッドの蒼白(ブルーホワイト)でご用意致しました」
「今日の予定は?クロード」
「朝食後に帝王学の権威、ユーグ教授が見える。んで、昼食後は―――」



―――ジョワ〜〜〜ンッ

中国の楽器(?)の銅鑼とかいうやつを、家令(ハウススチュワード)のタナカさんが思いっきり叩いた。何つーか…腹と頭に響く音だなぁ。奥がまだグワングワンいってら。
ああ、これが何か説明しねーとな。んーと…簡単に言えば、主と執事の勝負だ。午後の予定を賭けてるんだよ。主は午後を自由に過ごす為に、セバスは復習と予習をさせる為に。要は勝った方に従うってわけだ。うん。


「クロード、どっちが勝つと思う?」
「それは愚問ってやつじゃないんですか?主。セバスに一票」
「ふん、お前は見てみたくないか?あいつが負ける所を」


セバスが負ける所、ねぇ。確かに気にはなるけど…負けるわけがないだろうなぁ。てか、主もいい加減諦めりゃいいのに。セバスに敵う相手なんざ、きっとこの世にいやしない。そんな気がする。


「くらえ!!奥義!!花鳥風月百花繚乱拳ーーーーーッ!!!」


お、そんな会話をしてるうちに相手が動いたぞ?
…けど、ネーミングセンスねーなぁ…仮にも奥義の技だろ?ただ単に日本の四文字熟語とやらを、2つ並べただけじゃねーか。そしてセバスが手袋をはめ直して、開眼した刹那―――


「がはっ…」


拳法の達人とやらが、血を吐いて倒れこんだ。
ん、勝負あり…だな。


「こ…この技は、我が流派秘伝の最終奥義…!!猛虎龍咆万華散裂拳…」


最終奥義もネーミング、ダサいな!!!
仮にも最終奥義だろぉ?もーちょい良い技名なかったのか?流派の創設者さんよ。


「貴様、一体何者だ!!!」
「ファントムハイヴ家の執事たるもの、この程度の技が使えなくてどうします」


いやいやいや、使える必要はどっこにもないから!そもそも必要性が見当たらないだろ、こんな技。何に使うんだって話だし?


「…という訳で坊ちゃん、私が勝ちましたので…お約束通り、これから晩餐まで本日の復習と明日の予習をなさって下さいね」
「チッ」
「だーから言ったろ?主。セバスが負けるはずがないって」


とりあえず、勝負が終わったんなら秘境から連れて来たお客さんを送り届けないとなー。
…まず、動けんのかな?このおっさん。
いつの間にか気を失ってるおっさんを、その辺に落ちてた木の棒でつんつんとつついてみる。おーきるーかなぁー?


「すごいです、セバスチャンさん!!今日で連続50勝です!!!」
「さ、さすがワタ…セバスチャンさんネ…」
「スゲーな、ウチの執事は」


今喋った3人が、ウチの使用人's。

興奮しきってるのが、庭師(ガードナー)のフィニアン。通称、フィニ。
目をキラキラさせてる、本当少年みたいな奴。

ちょっと面白い訛りがあるのが、家女中(ハウスメイド)のメイリン。
何気に爆弾発言してたよな、さっき。すぐ赤くなるけど。

煙草を吸いながら笑ってるのが、料理長(シェフ)のバルドロイ。通称、バルド。
思いきりがいい奴で、見てて飽きないよ。

これ+セバスチャンと僕とタナカさんが、シエル坊ちゃんに仕えてるってわけ。…タナカさんは常にお茶を飲んでるだけで、仕事してんのか疑問だけどな。実を言うと。


「―――ところで、貴方達はどうしてここにいるんです?」


ギックーンと身を固くさせる3人。あーあ…メイリンさんなんて、顔が真っ青になってんじゃんか。僕はずっと主の傍にいたから知らなかったけど、この勝負が始まる前に自分の仕事をしてたらしい。それを勝負が始まったからーって、サボってたみたいだなぁ。
セバスは仕事に関して、誰よりも厳しい奴だから怒ると怖いんだ。ほーら、3人が怯えた表情で走っていった。


「仕事といえば、セバスチャン。イタリアのクラウスから電話があった」
「クラウス様から?」
「それについて少し話がある、来い。…クロードもな」
「僕も?」
「お前は僕の護衛だろう?ついてくるのが当たり前のことだろうが。いい加減、慣れろ」
「はいはい、かしこまりました。主」


主が使っていたであろうグラス片手に2人の後をついていくと、行き着いたのは主の書斎。1日のほとんどを、主は此処で過ごしている。仕事をしたり、本を読んでいたり、たまーに寝てたり。


「―――では、クラウス様が直々に本国(イギリス)へ?」
「ああ。例の品が手に入ったと連絡があった。今回は大分、手こずったようだな」
「…でも手に入れちゃうとこが、あの人のすごいとこだよな。それで、クラウス様は何時頃に?」
「6時にはこちらに着くそうだ。商談は我が家で行う。どういうことかわかるな?セバスチャン」
「心得ております。必ずやクラウス様にご満足頂ける最高のおもてなしを―――」


胸に右手を添え、いつものポーズで腰を折るセバス。
んー…でも何か様子がおかしくね?そんなことを思ってたら、セバスが口を開いた。


「ときに坊ちゃん…先程のレモネードには一体何が?ムネヤケが止まらないんですが」
「は?」
「タナカ特製『味○素』入りレモネードだ。僕は一口でやめたがな」


あー…きっと砂糖と間違えたんだな。白いから。そろそろタナカさんに新しい眼鏡を買ってあげるべきだと思う。本当に。


「―――〜〜…ゴホン。では、私は準備を致しますのでこれで」
「ああ、頼んだぞ」
「お任せ下さい。クロード、坊ちゃんの復習と予習が終わったらこちらを手伝って下さいね」
「ん」


準備の為に部屋を出て行くセバスを見送りながら、朝使用した勉強道具や予習の為の書物を机に積み上げた。文字通り、山積み。


「約束は約束だから、ちゃっちゃと片付けましょうか。…スイーツ抜きにはされたくないでしょう?」
「う……」
「僕もセバスから怒られたくはないしねー」


はあー…と溜息を1つ。それでも山積みにされた書物を手に取り、渋々と読み始めた。面倒そうにしているけど、やることはちゃんとやってくれるのが僕の主だから。大半はスイーツの為だと思うけどね。
集中さえしてしまえば、このくらいは序の口の主だけど…全てが終わる頃にはおもてなしの準備って終わってるんじゃね?だって準備に取り掛かってるのは、あの完璧執事のセバスだぜ?あっという間に終わって、僕の出る幕なんか微塵もないと思うんだけどなぁ。何故、セバスが僕に手伝うように要求するのかはわからない(一応、執事でもあるけど)。セバス1人でやった方が、2人でやるより早いようにさえ思うのに。


「全くわからないな…」
「何がだ?」
「っ主…もう終わったの?流石だね」
「お前が僕の気配に気づかないとは珍しい。考え事か」
「うん?…まぁ、くだらないことだよ」


机の上に広げられた筆記具やプリントを纏め上げ、積み上げられた書物を所定の位置に戻していく。その間に主はセバスを呼びつけていたようで、ノックの音と共に入ってきた。


「何かご用ですか?」
「腹が減った。何か甘いものが食べたい、パフェ的な」
「いけません、坊ちゃん。それ食べたら夕食を残すでしょう」
「いいから作れ」
「ダメです」
「いいから作れ」
「いけません」
「……(笑いをこらえている)」


すっげー押し問答…っ!


「おい、何を笑っている?クロード」
「くくく…っいや、失礼?相変わらず良いコンビだなーってね♪でも主、夕食を残すのは本当だろ?今食べたら」
「そういうことですので、その要望には応えることはできません。坊ちゃんの体調を管理するのも私の仕事ですから」
「あ、セバス。もう準備って終わったのか?」
「ええ、大体の下ごしらえまでは済んでます」
「………それ、僕の手伝いはいらなくね?」
「そんなことはありませんよ?坊ちゃんの勉強が済んでいるのなら、手伝いをよろしくお願いします」
「はいはい、すぐ行きますよ」
「お願いします。私は先に行ってますから」


パタンと扉が閉まる音。振り向いた先には、むーっとしている主の姿。普段は大人顔負けって感じなのに、こういう時はやけに子どもっぽくなるんだよなぁ。そういうとこが飽きないんだけど。
でも機嫌を損なったままにはできないよね。仕方ない…今はコレで我慢してもらおう。晩餐でデザートが出るだろうし。


「あーるじっ♪」
「普通に呼べ、普通に。…何だ?」
「さすがにパフェは作ってやれないけど、今はコレで我慢してください。食べますか?」


こういう時の為に持っていたチョコレート。ちなみにファントム社製です。


「…食べる」
「セバスには内緒ですよ?また怒られてしまいますから」
「わかっている」


主にチョコレートを渡し、手伝いをする為にセバスの元へ向かった…ら、何だかすごいことになっていました。そこら中が。
いつも綺麗に手入れされている芝生や花壇のある庭は、何もない砂漠のような更地と化し。


「一体、何を」


一点の曇りもなく磨き上げられた食器が並ぶ棚は、見事に粉砕され。


「どうしたら」


下ごしらえまで終わっていたであろうメインの肉は、見るも無残なほど黒コゲになり。


「こういうことになるんです?」


にーっこり。…笑ってはいるが、後ろには真っ黒なオーラが立ち上ってます。ま、当然のごとく使用人'sは縮み上がっているわけだけど。
話を聞いてみると、庭はフィニがフタが開いたまま除草剤を撒いて、芝生まで除草。食器はメイリンさんが転んで、台車ごと食器棚に激突。メインの肉は、バルドさんが親切心から火炎放射器で焼いたそうな。
うん…何て言うか…


「毎回、よくここまで失敗できるよな…」


ある意味、感心してしまう。だけど、今はそれどころじゃないんだよな。もう4時前だ。確かクラウス様の到着時間は、6時。たった2時間弱では、さすがに上質な材料を集めることは不可能。さーて、どうすればいいかねぇ?
ふっと横を見たら、タナカさんがいつも通りに湯呑みでお茶を飲んでいた。やー…何かタナカさんの、こののほほーんとした………湯呑み?―――――あ。


「貴方達もタナカさんを見習って、少し大人しく…」
「…セバス」
「?何ですか、クロード」
「アレで何とかできない?」


そう言って、タナカさんの湯呑みを指差した。
上質な肉も、ティーセットも揃えることが出来ない。庭も元通りにすることは、やっぱり難しい。それだったら―――


「…!」
「多分、今セバスが思いついたことと…僕が考えてたこと」
「ええ、同じでしょうね。貴方のおかげで何とかできそうです」
「へへっそりゃ良かった♪」
「お静かに。―――皆さん、これから私の言うことをよく聞いてすぐに行動して下さい」


この状況を打破できる方法が思いついたセバスは、3人に手際良く指示を出していく。さっすがセバスだよなぁ。僕じゃこうはいかねーもん。
僕はー…誰を手伝うべきかね?やっぱりメイリンさんかな。そうと決まれば、彼女が向かった倉庫へ急ぐとしますか。くるっと踵を返したら、誰かに腕を掴まれました。気配もなく、後ろからガシッとね。


「……何か用?セバスチャン」
「おや、久しぶりにあだ名ではない呼び方をしましたね。それより…何処へ行くつもりですか?」
「何処って倉庫だよ。メイリンさんだけじゃ、絶対壊すだろうし」
「そちらも心配ですが、今は私の手助けをしてください」
「いいけど…何をすればいいんだ?」
「本の虫と言われる貴方なら、知識は豊富でしょう?」
「ああ…そういうことか」
「これだけで察していただけると、かなり楽ですね」


大体のことは察しがついた。セバスが聞きたいのは、恐らく日本に関することだろ。書斎にある本はほとんど読破してるし、その中に日本に関する物もたくさんあった。どうやら僕はその知識を提供すればいいらしい。クラウス様が到着するまで、あと少し…急いで準備に取り掛かった。





「はあ…ギリギリ間に合ったか?」
「ええ、ありがとうございました」
「僕は知識を貸しただけ。それを上手く生かしたのはセバス、あんただろ?」


肩をポンと叩いて、主と一緒にクラウス様を迎える為に門前へと向かった。よく考えてみれば、僕は主の護衛だったし。1人で外にいるであろう彼の傍にいないと。
玄関の扉をそっと開けると、階段に腰掛けて本を読んでる主をはっけーん!クラウス様が到着する様子はまだない。


「…主」
「クロードか。…何だか騒がしかったが、大丈夫なのか?」
「問題ありませんよ、準備はバッチリです」
「そうか。なら、いい」


しばらく会話をしていると、本日のお客様が歩いてくるのが見えた。


「来たか、クラウス」
「ようこそいらっしゃいました」
「ボナセーラ、シエル!クロード!元気にしていたか?少し背が伸びたかな?」
「残念ながら、変わっていない」
「それは失礼!クロードも元気だったか?」
「ええ、おかげさまで。クラウス様も元気そうで何よりです」
「ああ、ありがとう。2人とも相変わらずで何よりだ」
「貴殿も相変わらずだな」


先立って扉を開けると、その奥にはセバスを筆頭に使用人が深々と頭を下げ、立っている。いつもは庭をいじる為に動きやすい服装をしているフィニも、今日ばかりはきちんとした格好をしている。ま、あの格好でお客様を出迎えるわけにもいかねーしな。


「おお…これは…あの屋敷を綺麗にしたものだ」
「お待ちしておりました、クラウス様」
「セバスチャン、久しぶりだ!どうやらこの家にも新顔が増えたようだ」


着ていたコートを脱ぎ始めたクラウス様の傍に、セバスとフィニが寄って行く。
フィニはコートと帽子を預かると、パタパタと奥へ駆けていった。そしてセバスが中庭へとクラウス様を案内している姿が見える。果たして、あの庭を気に入っていただけるのか…。


「さ、主も中庭へどうぞ?お客様を待たしてはダメですからね」
「ああ、わかっている」
「この度のご苦労に見合うもてなしを、主人から申しつかっております。お気に召して頂ければ幸いです」
「クラウス様、どうぞおくつろぎ下さい」


中庭へと続く扉を開くと、クラウス様から感嘆の声が漏れたようで。とりあえず、第一関門は突破…と言ったところか?チラリとセバスに目を向けると、あっちも少し安心したのか微かに笑みを浮かべて頷いた。


「日本に伝わる石庭(ストーンガーデン)と申します。お茶の用意ができております。どうぞ、あちらへ」
「あやめ(ジャッジーロ)が実に美しいな。枯れ木と花…"ワビサビ"というヤツか」


セバスはクラウス様、僕は主のイスを引き、座るように促す。うん、今の所は評判は上々だ。急遽タナカさんから借りてきた日本のお茶の葉と、お茶を淹れるポット。これのおかげか、クラウス様も楽しそうな表情をしてるし。
日本の文化は僕らにとっては、全く知らない未知の世界。そのせいかはわからないが、結構興味を引かれる人が多いらしい。クラウス様のようにね。お茶も出された所で、ニヤリと笑みを浮かべている主が口を開く。くくくっ実に楽しそうだねぇ。


「ところでクラウス、例の品だが」
「ああ、約束通り持ってきた…君が欲しがっていたゲームだ」


ジャケットの内ポケットから出された、"MOUSE3"と書かれた小さな箱。それを見て、一層笑みを濃くした我が主。本当に…子どもだとは思えないねー。この人は。


「イタリアでは未発表でね。手に入れるのに苦労したよ」
「ふん、苦労ね。朝(デンワ)からやたら強調するな」
「そりゃそうさ。王子様は従者に見合う『ご褒美』をくれるものだろう?」


小さな箱を再びジャケットの内ポケットにしまい、面白そうに喉をくつくつと震わせて笑っているクラウス様。
そんな姿を見ながら、イスを揺らしている主。これ。一応は商談の場、だったはずだよな?何つーか…全く緊張感の欠片もねーんだけど、いいのか?こんなんで。主とクラウス様だから、っていうのも多少はあるだろうけども。


「『ご褒美』に見合うゲームならいいがな。この間クリアしたのは、さして面白くないエンディングだった」
「やれやれ。子ども(きみ)の手にかかれば、ゲームなどひとたまりもないな。どうせまたすぐに、次をよこせと言うんだろう?」


クラウス様の言葉に、更に濃い笑みを浮かべる主。若干12歳とは思えない表情だ。


「そう。子ども(ぼく)は享楽(ゲーム)に貪欲だ」
「そんな君だから、その若さ(12歳)にしてファントムハイヴをこの国一の玩具メーカーに成長させたんだろうがね。全く末恐ろしいよ」


なくなり始めていたお茶を注ぎ足していると、晩餐の準備で厨房へ行っていたセバスが戻ってきた。庭は○、お茶も雰囲気も○!次の関門はやっぱりここだろう。ここで全てが決まると言ってもいい。


「晩餐の準備が整いましたので、お持ちいたしました。本日のメニューは当家の料理長(シェフ)バルドロイによる、牛たたき丼でございます」


テーブルの上に置かれたのは、日本の陶器の丼というものに米と切った牛肉を乗せただけのもの。クラウス様にとっては意外だったようで、目を丸くして「DON?」という疑問符が浮かんでいるようです。
ああ、我が主も「へ?」という顔をしてるな。でも全てをセバスに一任している彼だから、すぐにいつも通りの表情に戻った。


「これが晩餐…かね?てっきり京懐石か何かかと」
「クラウス様、ご存知でしたか…?」
「え、え?」
「丼とは古来日本から、労働者をねぎらうごちそうとして用いられてきたものなのです。一仕事終えた功労者に、感謝とねぎらいの意を込めてふるまわれた料理…それが丼という食べ物なのです!!!」


あ、これ実話らしいよ?直前に仕込んだ付け焼刃の知識ではあるけど、問題はないはずだ。


「かつては庶民が憧れた宮廷料理、『芳飯』というものが丼の元祖と言われております。それに…凝りに凝った料理に、クラウス様の舌は飽いてらっしゃるかと思いまして。最高級の肉をシンプルに味わって頂くために、このような趣向をこらしてみました」


セバスの後をにっこりと笑顔を浮かべて付け足してみると、驚いて放心状態だったクラウス様が豪快に笑ってくださった。主のことも褒めてくださっているようだし…何とか成功のようだ。はー…あの惨状からでも、何とかなるもんだなぁ。一時はどうなるんだ、これって思っていたんだが…これでようやく一安心だ。
…と、思っていたんだが。最後の最後に重大な問題が起きた。ワインを注ぎに行っていたメイリンさんが、盛大に零していた。しかも本人は気づいてないらしく、そのまま注ぎ続けている。1本丸々開けてしまうんじゃないかってくらいに。って、のんきに状況説明してる場合じゃねえ!クラウス様の服にワインのシミをつけてしまう前に、どうにか―――

―――カタタンッ

グラスが小さく揺れ、テーブルクロスが一瞬にして引き抜かれる。同時に僕は、ワインの瓶とメイリンさんを回収して、一足先に中へ戻ることにした。クラウス様への説明は、セバスが何とかするだろ。絶対に。


「(本当に最後の最後まで気が抜けねぇ…っ)」
「あっクロードさん!メイリンさんもっ」
「フィニ、悪いけどメイリンさんよろしく」
「はいっ!セバスチャンさん、すごかったです!!!」
「そのすごい人のご帰還だぜ?」
「オレの国じゃあ、お前みてーな奴のことスーパーマンって言うんだぜ」
「スーパーマンなどではありませんよ…私は、あくまで執事ですから」


謙遜とも取れるセバスの台詞。けど、それが言葉そのものの意味だと知ったら…他の皆はどんな反応をするかね?少し興味はあるが、まぁバラしたとこで僕には何の得にもならない。むしろ、セバスの怒りに触れるか…とりあえず、損をすることだけは確かだな。うん。
未だ気を失っているメイリンさんの代わりに、汚れたテーブルクロスを洗って厨房に戻ると。焼き菓子の甘い香りが、ふんわりとただよっていた。…そうか。最後のデザートの準備をしてるのか。


「わぁっおいしそう!!いい匂いですねー」


セバスの作るスイーツは、何処の有名な店の物にも敵わないほど美味しい。甘いものが大好きな主が気に入るほどに。普段は主の為に作っているから、僕ら使用人が食べることは少ないんだけどね。たまーに余ればもらってはいるみたいだけど?フィニ達は。

ぐぎゅー
ぐーきゅるるる…

うーわ、派手な腹の虫が鳴ったなぁ。今のはバルドさんとフィニだな、確実に。メイリンさんはまだ気を失ってるし。タナカさんは………すでに食ってるし。しかも大量に。派手な音にさすがのセバスも苦笑いを隠せないらしい。


「あと少し大人しくいい子にしていたら、ご褒美に食べさせてさしあげます。少し待っていなさい」
「わーいっ」
「何だかんだ言って、結構甘いよな?セバスも」
「そうですか?…クロード、貴方も食べるでしょう?デザート」
「うん?くれるもんはもらうさ、美味いし」
「では、あと少し手伝っていただけますか?」
「いくらでも。…これでも僕も主の執事だからね。護衛である前に」


本日のデザート「アプリコットと抹茶のミルフィーユ」。大まかな飾りつけはセバスが担当して、最後の細かい飾りつけは僕が。料理はほとんどセバスが担当してるんだけど、こうやってたまーに手伝ってる。飾りつけ程度だけどさ。本当なら料理は執事の仕事じゃない。料理長の仕事だ。
け れ ど 。
ウチの料理長は、料理の才能が皆無というか何と言うか…とりあえず、有害物質か炭しか作れねーの。だからか、自然とセバスが作るようになったらしい。主に得体の知れない物や、体に害しかもたらせない物を食べさせるわけにはいかないし。


「ふわー…やっぱりクロードさんって手先が器用ですね!」
「そう、かね?」
「そうですよー!こんなに綺麗に飾りつけ出来るんだから、クロードさんもシェフとして働けばいいのにー」
「フィニ!!!此処の料理長はオレだーっ!!!」
「ま、そういうこと。僕は護衛兼執事…シェフになるつもりはないよ」


飾りつけが終わった2皿をセバスに託し、僕は厨房の片付けに手をつけることにした。使い終わった器具をカチャカチャと洗っていると、バルドさんと話していたフィニに声を掛けられた。頭の上に疑問符を浮かべて。


「どうした?フィニ」
「気になってることがあるんですけど…中庭に咲いているアイリス、僕が買ってきたのは球根なんですよ」
「……」
「セバスチャンさんが最後の仕上げをするーって言ってたんですけどね?…どうやって咲かせたんでしょう?」


クスリと自然に口角が上がるのがわかった。


「…さあ?ま、いいんじゃないか?ご褒美、もらえるんだろう」
「そうですよね…ご褒美もらえるんだし、別にいいか♪」


納得したのかまた、あとでもらえるご褒美のミルフィーユに思いを馳せ始めたフィニ。その素直すぎる姿に、また笑いが込み上げてくる。


「(本当に此処の使用人は見ていて飽きない人ばかりだ)」


こうしてファントムハイヴ家の夜は更けていく―――
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