灰色と婚約者


ある晴れた日。僕は主とセバスと共に、街へと出かけることとなった。向かうは街の杖屋。


―――カラン、カラン…ッ

「いらっしゃい、ボク。お父さんのお使いかい?」
「……」


あー…主の眉間にしわが寄ったよ。この方は子ども扱いされることを極端に嫌がる(子どもで間違いはないんだけど)。主が言葉を発する前に、素早くセバスが止めた。
ここで問題を起こすわけにはいかないし、こうゆうのを止めるのも僕達…執事の仕事。完璧な執事のセバス程、僕はスマートには出来ないけれど。


「失礼、主人の杖(ステッキ)を受け取りに参りました」
「ああ、この杖の人か。こんな短い杖、一体どんな人が使うのかと思ったらまさかこんな子ども―――」


ヤバイ、これは止めに入らないと…っ!主の肩を掴もうとした、その刹那―――――

―――ヒュッ…

風が、なった。視線を前に向けると、セバスが受け取った杖を店主の顔の目の前に突き出していた。顔に当たるギリギリのラインで、それ以上言葉を発するのは許さないというようにね。
んー…確かに事は収まったけど、ちょっとやりすぎじゃねーか?店主が顔を真っ青にして、口パクパクさせてるぞ?えさを求める魚みたいに。


「歪みもなく、素晴らしい杖ですね」
「主、先にセバスと共に外へ。支払いを済ませてきますので」
「…あぁ」
「こちらが代金です。…ああ、お釣りは結構ですよ」


コインの入った袋をカウンターに置き、主達の後を追う。店の外で待っているのかと思ったら、さっさと馬車を止めている方へと歩き出していやがりました…!!!
ああ、もう!確かに待っていてくれとは頼んでいない。頼んでいないとも!だけど、中で支払いをしているのを知っているんだから、待ってる優しさくらい持ってくれてもいいんじゃないデスか?


「切にそう思うんだけど、どう?主」
「何の話をしている?」
「いえ、こっちの話です。お気になさらず…」
「それにしても…フィニの馬鹿力にも困ったものだな。おかげで杖を新調するハメになった」
「そうですね。身長が伸びた訳でもないのに、お手間を取らせました」
「くく…っ」


セバスの何気ない一言。それを聞き逃すような主ではございません。それも気にしてることだしね。気にしているけど、どうにもできない事実だからなー。じとーっと睨まれ、主のこめかみには青筋が浮かんでいる。


「見て、ママ!!『ファントム』のビターラビット!新しいやつだ!」
「もう…さっきお菓子買ってあげたばかりでしょ?」


ブツブツ文句を言いながら歩いている主を横目に、道行く人の会話に耳を傾ける。声のする方を見てみると、玩具屋だろうか?店のショーウインドウに釘付けになっている少年が、瞳をキラキラさせていた。彼が見ているのは、ある会社が手がけているぬいぐるみ。

それは――――――――ファントム社

資産家や成金貴族(プチブル)からの強力な援助と強気の事業展開。他に類を見ない斬新な商品アイデアで、3年弱で急成長を遂げた英国の製菓・玩具メーカーだ。今この街(グレーターロンドン)で、その名を目にしない日はない。―――だが、誰一人として気づきはしないだろう。玩具の虜となる子ども達に紛れ、彼の支配者がそこにいるなど―――


「(あの少年のように、まだまだ玩具に心を奪われる歳なのにね…主は)」
「さあ、坊ちゃん。早く屋敷に戻りましょう」
「早く帰らないと、楽しみにしてる番組が始まっちゃうからね」


馬車を走らせること1時間弱。ようやく屋敷のシルエットが見えてきた。


「まだ始まるまで時間はあります。足元に気をつけて下さいね」
「あぁ、わかっている」

馬車の扉を開けると、主は急いで玄関へと向かう。いつもながら、あの番組がよっぽど楽しみなんだなぁ。フィニもめちゃくちゃ好きらしいけど。早足で降りていった主を追いかけて、セバスも早足で玄関の扉を開ける。


「お疲れ様でした、坊ちゃん。すぐにお茶の用意を致しましょう」
「……」
「主?何、口をぱくぱくさせて―――」


扉は開いているのに、顔を真っ青にして決して中に入ろうとしない主の姿。何か変な物でもあったのかと思って、中をひょこっと覗いてみたら…絶句する光景が目に入りました。
まだ中を見ていないセバスは、頭に疑問符を浮かべているだけ。…うん、見ればすぐにわかる。見なければわからない。


「?どうされまし……!!?」


僕達の様子がおかしいことに気がついたセバスが、屋敷の中に目を向けた。その瞬間。いつもは冷静な彼も冷や汗だらだらの、焦った顔になっていた。この光景を見たら…いくら何でも冷静ではいられないだろ。
屋敷内がどうなっているかって?普段は主の好みに合わせて、シックに、且つ使用人によって綺麗に保たれている。埃一つないくらいにね。だけど今の屋敷は…その面影もないくらいに変わりきってしまっている。レースのカーテンや可愛いぬいぐるみ、ハートの風船などが飾り付けてあるのです。少女趣味満載の屋敷へと変貌中。


「これは一体…何事です…?!」
「これはまた…」


主はよっぽどショックだったのか、青い顔のまま固まってしまっている。「僕の屋敷が…」と呟きながら。まぁ、そりゃショックも受けるよなー…。帰って来てみたら、屋敷が出かける前とは全く違うんだから。


「セバスチャンさあああんっクロードさああんっ!!!」
「がはっ」
「?!」


ある意味、感心しつつぐるーっと見ていたら。背中に強烈な痛みを感じました。ついでに重みも。いってぇな、いきなりすぎて受身が取れなかったじゃねえか!!!顔面強打しちまった。
はあ…うわああんと背中にくっついたまま泣いているのは、声から察するに恐らくフィニか。このままじゃ何が何だかわからない…フィニをどかして、体を起こしてみると。セバスも同じようにバルドさんに泣きつかれてた。


「一体、何事です?!…というか…2人は何です、その格好は?」
「フィニはうさぎで…バルドさんは…赤ちゃんか何かのコスプレか?何つー格好…」
「あの女(クレイジーガール)に聞いてくれ!」


バルドさんが指差したのは、とある一室。大体、誰が来てるかは想像がつくけど……とりあえず、そーっと扉を開けて3人で中を覗き見た。聞こえるのはまだ幼い少女の、可愛らしい声。そして中に広がる光景は、思っていた以上に衝撃的なものでした…。


「こっちのリボンもいいけど、こっちの巻きバラのも最高にかわいーっ迷っちゃう!でもやっぱりアナタにはそれねっすっごくかわいーーーっ」
「!!?」
「うわぁっ?!」


マリー・アントワネットよろしく、巻き髪のカツラときらびやかでフリフリの服を着ている、タナカさんがそこにいた。
思わず叫んだ僕の声と、後退りしたセバスの物音に気づき、振り向いた幼い少女。


「あっ」
「!!!しまっ…」
「シーエールー!会いたかったあぁあぁ!!」


僕達と一緒にドアの隙間から覗いていた主を見つけた少女は、ハートを散らしながら突っ込んで……もとい、主に抱きついた。


「エ…エリザベス!!!」
「やだぁ〜〜〜っリジーって呼んでっていつも言ってるじゃない!あぁああん!やっぱり、いつ見ても最高にかわいーーーーっ」


―――めりめりめり…っ

あああ…主が白目をむきかけてる。これはそろそろ助けないと、死にそうだな。本当に。


「はいはい、感動の再会の途中に失礼しますよー?」
「きゃ…っ?!」
「ミス・エリザベス、お久しぶりにお目にかかります」
「セバスチャン、ごきげんよう!クロード!」
「お久しぶりです、エリザベス様」


むぎゅう〜〜〜っと主に抱きついていたエリザベス様を、ふわっと抱き上げると。いつもの可愛らしい笑顔で挨拶をしてくれた。
うん、やっぱりこの方は可愛らしいな。年相応の笑顔だし。けど、唯一の欠点は―――――


「貴方達にもおみやげがあるのよ」
「「え…」」
「ほら!」


―――ふぁさっ…

抱き上げていた僕の腕から離れたエリザベス様は、セバスの頭に花とレースとリボンがついたこれまた可愛らしい帽子を、にっこりとかぶせた。しかもピンク。(僕は被害を被る前に、ちゃっかり非難済みー♪)
この、誰にでも可愛い物を着させたがる所、かね?


「ああん、かわいー!いつも黒ばかりだから、こういう色もいいと思ってたの!」
「ぶっ…くくくく…っ!」


そりゃ吹き出します。ええ、遠慮なく吹き出しますとも!!!だっておもしれーもん、この光景はさいっこーに。主も、フィニも、バルドさんも、メイリンさんも…声を殺して笑い転げてます。セバスに鋭い眼で瞬殺されてっけどね。


「私の様な者にまでこの様なお心遣い…大変光栄に存じます」
「いいのよ!」
「それより、リジー。何故此処に?叔母様はどうした?」


いつの間にか落ち着きを取り戻していた主が、エリザベス様に此処に来た理由を尋ね始めた。セバスはその後ろでマイナスオーラを纏っています。珍しく。


「大丈夫かー?セバス」
「クロード…貴方、逃げましたね?」
「そりゃ逃げるだろうが。さすがに勘弁だ」
「私だって勘弁したいですよ…」
「…おい、セバスチャンにクロードよぉ。あの女一体何者だ?」
「あー…そうか。バルドさん達は始めて会うことになるんですねぇ」


バルドさん達の素朴な疑問。そういえば、彼らが此処で働くようになって初めてになるんだ。エリザベス様が訪ねられたのは。


「エリザベス様は、坊ちゃんの許婚です」
「い……?!!いいなずけえぇええ?!!」


そんなに驚くほどなのかってくらいに、使用人'sの大きな声が屋敷中に響き渡った。てか、うるせえ…。
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