灰色と褐色
「わーーいっ雪だぁーーーっ!」
「お、大きすぎたですだよ…」
「石で殺傷能力を上げるぜィ!」
「ほっほっほ」
冬―――それは英国では、厚く重い雲に覆われた灰色の季節。
切り裂きジャック騒動も収まり、ロンドンは落ち着きを取り戻していた。そう思ったのも束の間―――ポートマンスクエア付近に軒を連ねたヒードスターニー・コーヒーハウスにたむろする、インド帰りの英国人(アングロ・インディアン)が襲われ、次々と身包みを剥がされ、天井から逆さ吊りにされるという奇妙な事件が起きる。
その後もロンドン中で、インドから帰国した貴族や軍人が同様の被害に見舞われた。その全ての被害者に同じ紙が貼られており―――
こいつは頭のいかれた、堕落と怠惰の申し子である。
英国は全てを奪い去り、傲慢にも腐った文化を押しつける悪魔の国だ。アバズレの支配する国の馬鹿共に天罰を!
―――と、記されていた。
「まただ!これで20件目だぞ!!まだ犯人を捕まえられんのか!アバーライン!!!」
「申し訳ございません!!!」
「切り裂きジャックも捕まえられず、あんなガキに手柄を横取りされて…っ」
「ガキで悪かったな」
騒ぐ2人の耳に届くは、まだ幼さが残るがそれでも凛とした少年の声。我が主―――シエル・ファントムハイヴ伯爵。
ガキ呼ばわりされて、ちょっと怒ってるけどねー。……早くこの場から去りたい。警察(ヤード)は嫌いだ。
「君!何処から此処へ入った!」
「良い。…ファントムハイヴ伯爵…何をしに来た!」
「決まってる。モタモタしてる猟犬の尻拭いをしに来てやったんだ」
「なっ…」
「なるほど。インド帰り(アングロ・インディアン)ばかりが狙われる事件か。死人はまだ出ていないようだな」
「!勝手に…」
ああ、もう…相変わらずうるさい人だなぁ。溜息を1つ吐いて、ランドル様の目の前に一通の手紙をかざしてみる。ただの招待状や手紙ではない、"あの方"からの手紙だ。
「ただの追い剥ぎなら主が出てくるまでもないですが、王室が侮辱され続けているのでは…黙っているわけにもいかないそうですよ?」
「…っ!」
「犯人も"堕落と怠惰の申し子"とは、なかなか的確な表現だ。僕もインド成金はいなくなった方が、この国も多少はマシになると思うがね」
イギリス領インド帝国―――
当時、イギリスの植民地であったインドには、大量にイギリス人が住みついていたそうで。本国では豪勢な生活が送れないような富裕層の3・4男でも、インドでは貴族のような優雅な暮らしが遅れたんだってさ。
インドから帰国した人は「アングロ・インディアン」と呼ばれ、インドでの贅沢で怠惰な生活が抜け切らない者も多く、「インド成金」とも呼ばれてる。…うん。確かに犯人の言う通りかも。
「例えインドで下らない遊びに耽り、浪費にかまけた腑抜けだとしても、多くはこの大英帝国(グレート・ブリテン)の上流階級(ジェントリ)だ。守らないわけにはいかない!」
「上流階級(ジェントリ)ね…下らないな。それにしてもこのマークは…?」
ひょいっと主が見ていた資料を見てみると…舌みたいなマークが書かれていた。何だ、コレ。何か意味があるんだろうけど、さっぱり意味がわからない。
うーんと考えてみてもわかるわけもなく、また資料を読み込むことにした。セバスも覚えてるし、僕まで読み込む必要はないだろうけど、別々に動くことになった時にきっと役に立つだろうから。覚えておいて損はないよね、こういうことは。
「我ら英国人と女王陛下を馬鹿にしておるのだ!ふざけおって…!!インド帰りばかり狙われるということは、犯人は下劣なインド人に違いない。野蛮人共め!!!」
「ランドル総監、落ち着いて下さ…」
「ああ…だから主が呼ばれたわけですねー。密航したインド人の大半は、イーストエンドを根城にしていますし」
「市警(シティヤード)もイーストエンドの暗黒街には手を焼いているとみえる。密航者の正確な数もルートも、特定するのが難しいんだろう?」
そこまでは手が回ってないんだろうね?密航者っていうのは知らぬ間に増えていっているようだから…きちんと管理するのは難しいんじゃないかなぁ。主の言ってることは正しかったみたいで、ランドル様が眉間にシワを寄せた。
「では、僕は僕で動かさせてもらう。さっさと屋敷(マナーハウス)に戻りたいんでね。セバスチャン、クロード、資料は覚えたな?」
「は」
「ええ、もちろん」
「行くぞ。セバスチャン、クロード」
「「はい」」
…ランドル様と一緒にいた刑事、あの人は初めて見るな。
「混乱しまくってるんでしょうねぇ、今頃…」
この国には一般には極秘とされている、女王直轄の特務執行機関がある。それが『ファントムハイヴ』。ファントムハイヴ伯爵家が代々長を務め、『女王の番犬』や『悪の貴族』と呼ばれている。
何処の世界にも「表の世界」があれば、「裏の世界」もある。もちろんこの国にも。ファントムハイヴは英国王室の悪行の数々を隠蔽し、王室に害なす存在があればどんな汚い手を使ってもそれを消してきた、闇の機関なのですよ。…本来ならあってはならない、王室の「影(ファントム)」。
イーストエンドの暗黒街。この国に集う各国裏社会の者達…それらが決して表社会へ漏れ出さぬように、この国の裏社会全てを支配し、管理し、その強大な力を使役する。つまり、警察とは逆―――「悪」の力を使い、女王の命を完遂するということ。
「クロード?ボーっとしているように見えますが、大丈夫なんですか?」
「え?あぁ…問題ないよ」
「下らない事件とはいえ、勤務中だからな。気を抜くなよ?」
「わーかってますって!ちゃっちゃと終わらせて、屋敷(マナーハウス)に戻りましょう」
その為には、まず情報収集をしないと!だね。インド人はイーストエンドを根城にしてる…そこの動向や出入りしている人数を調べるのならば、あの人に尋ねるのがちょうどいいだろうな。果たして僕達が欲しい情報が手に入るのかねぇ?
「坊ちゃん、着きましたよ」
それでは…さっさと仕事と参りましょうか。
「―――此処で間違いないな?」
「ええ。情報は間違いありませんよ」
「足元にお気をつけて」
地下へと続く薄暗く、長い階段。テイカーさんトコ程ではないけど、気味の悪い場所だなぁ。しばらく降りていくと、綺麗に装飾された扉が見えた。
そっと開けばむせ返るほどのひどい匂いが広がって…思いきりむせました。うわー…よくこんなトコにずっといれるなぁ。ある意味感心。むせながらも更に奥へ進んでいけば、聞き覚えのある飄々とした声が聞こえてきた。
「…とうとうここが見つかってしまったようだね、伯爵。こんな所で君と対峙しているなんて不思議だよ。だけど我は、いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていたんだ」
やけにシリアスな口調で、煙草をふかしながら淡々と述べていく男。
しかし、その正体は―――――
「どんな日だ」
「やっ!いらっしゃい伯爵。久しぶり!」
そう、劉様です。なーんで芝居がかった話し方になってるんだろうねぇ…面白いけど。…それにしてもチャイナ服を着た女の人がいっぱいだー。こういうのをハーレムって言うんだろうか。
「元気だったかい?あ、こないだ誕生日だったんだって?おめでとー」
「そんなことはどうでもいい!」
何テレてるんですか。
「お前に一つ聞きたいことがある」
「伯爵が阿片窟(アナグラ)くんだりまでおでましになるってことは…アレだろ?」
その通り。僕達が此処に来たのは、ただ劉様に会いに来たわけじゃない。仕事の話をする為に来たんだ。情報を集める為にね。
なぁんだ、今回は劉様もちゃーんと話を理解してるんじゃないか。ま、それもそうか。この辺りに縄張りを敷いているんだもんな。その辺りのことを聞くなら、この方に聞くのが一番早い。
「中国貿易会社『崑崙』英国支店長…いや、上海マフィア『青幇』幹部 劉」
「その呼び方はあまり好きじゃないんだけどなぁ。堅苦しくてさ。ねぇ藍猫」
「阿片をやめて話を聞け!…東洋人街の管理はお前に任せてある。この街の出入りの人数は、把握しているだろうな?」
「これはただのハッカだよ。もちろん伯爵のご命令通りにやってるよ。この国の裏社会で"商売"させてもらうためのショバ代だからね」
お、やっぱり今回はすんなりと話が聞けるかも。なーんて…楽観的に考えていると、痛い目に合います。今回で学びました。
「じゃあ」
「それより先に、我も伯爵に一つだけ聞きたいことがある」
「?」
「どうかしたんですか?劉様」
「その事件って何?」
「お前…まずそこからか」
「適当に相槌打ってましたね。確実に」
あー…やっぱり劉様は劉様かぁ。すんなり事が運ぶなんて期待は、この方にはしちゃいけないのに…わかってたはずだったのに、何で今回だけは期待してしまったんだろう。
とりあえず、劉様に事情を説明しないといけないか。それで早く此処から外へ出よう。
「―――なるほどねぇ。そのイタズラッ子を捕まえたいわけだ」
「まだ死人はでていないが、上流階級(ジェントリ)や軍人ばかりが狙われるのでな」
「下々の者に示しがつかんってことか。伯爵もご苦労なことだ」
「下らん」
劉様の阿片窟を出て、インド人が根城にしている宿を目指して歩いてるわけだけど…一向につく気配がない気がするのは僕だけなんだろうか。結構歩いてるとは思うんだけどな。
辺りを見渡してみても、どれが根城の宿かなんて当然わかるはずもなく。うーん…劉様に聞いてみるか。
「ところでどの辺にあるんですか?大分歩きましたけど」
「ん?」
そこで初めて辺りをキョロキョロと見渡す劉様。…あ、何かすっげー嫌な予感がする。話に夢中で迷ったとか、そのことすらすっかり忘れてたとか…そんなオチがあるような気がするんだけど。
「あっごめん!話に夢中で迷ったっぽい!」
やっぱりか……!笑いながら"うっかりさん★"って、自分の頭を軽く叩いている劉様に初めて殺意が芽生えましたよ。本当に殴り倒してぇ…っ!
……でも迷ってしまったもんは仕方ないか。あれこれ文句を言っている暇があったら、一度戻って道順を辿りなおした方がいいな。主もそう思ったのか、方向を変えようとした時―――
「イッテェーーーッ!!!肋骨にヒビが入ったぁーーーッ」
「なっ」
「誰か来てくれッ」
「大丈夫か?!」
「どうした!こりゃひでえ!!」
「「……」」
「おや」
わーぉ。インド人がわらわらと登場ですか。もしかしてこの辺がインド人達の根城、もしくは縄張りってとこなんでしょーかね。
しっかし面倒なことになってきたなぁ。1つ溜息を吐くと、隣のセバスも同じように溜息を吐いていた。
「こんなトコ(イーストエンド)にしちゃあ、ヤケに身なりがいいお坊ちゃんだな。貴族か?」
面倒だけど…気軽に主に触るのは許せないな。
「申し訳ないが、主に気安く触らないでいただけますか?…汚れますので」
にっこりと笑って、主の胸倉を掴んでいた手をはじく。
「ぶつかられた慰謝料もらわないとな!身ぐるみ一式置いてきな!!!」
「……」
「何て言うか…」
「これはまたベタなチンピラに捕まりましたね、坊ちゃん」
主はそのまま黙ってしまいましたとさ。きっと面倒なことになったなぁと思ってるんだろうねぇ…それは僕とセバスも同じだけど。
面倒だし、迷惑なことこの上ない。ま、その原因となった主を責めるつもりは全くないけど。責めたってどうにかなるもんでもねーし?主が悪いってわけでもないしな、多分。
「如何しますか?」
「どうもしない。早く片付けろ、2人共」
「「御意」」
手袋をはめ直すセバス。僕もコートの袖を捲くって戦闘態勢に入る。…人数はそこまで多いわけでもない。セバスもいる。さっさと片付けられるだろう、そんなに時間はかからないはずだ。
さぁ、行くか!と思った時。再び彼らの文句が始まりました。よくもまぁ、そんなにもたくさん出てくるもんだねぇ。感心してる場合じゃないのはわかってるけど。
「それになぁ、ここいらの仲間(インド人)は皆貴族(おまえら)に恨みがあんだよ。俺達を英国(こんなとこ)まで連れて来たクセに、モノみたいに捨てやがって!お前ら英国人は全員身勝手だ!!」
「そうだ!」
「そうだ!!」
「そうだ!!!」
「お前らのせいで俺達はこんなドブ鼠のみたいな、みじめな暮らしをするハメになった!」
「そうだ!」
「そうだ!」
「お前達が俺達の国を土足で荒らしたんだ!お前達も略奪される屈辱を味わえ!」
「味わえ!」
「そうだ!」
言いたいだけ言わせておけば、そのうち収まるだろうと思っていた彼らの怒りは、ますますヒートアップしていく。
まーだ文句があんのかい。いい加減にしてくれよ…英国に恨みがあるのはわかったから。
「そんなことよりお前達に尋ねたいことがある」
「そうだ!」
「そうだ!まずは尋ねたいことがある!!」
「役立ったら褒美に、美味いものを食わせてやろう」
「そうだ!ウマイものだ!!!」
「魚がいい!!」
「ちょうど腹ペコだったんだ!!!」
「いつもだけど!」
「って違――――うッ!!!」
「何コレ。コント集団か何かなわけ?」
「…私に聞かないでください」
いや、だって気になんじゃん。すげー息の合ったツッコミいれてるし。
とりあえず、それは置いておいて。途中から混ざった声は誰のものだ?明らかにさっきまで此処にはいなかった奴の声だったけど。
「騒々しいぞ、お前ら。人探しをしているんだが、こういうインド人を見かけなかったか?」
再び聞こえた若い青年の声。その後ろにも1人の青年が控えるように立っている。肌の色が褐色…此処にいる奴らと同じってことは、この2人も恐らくインド人と見ていいだろうな。身なりはかなり綺麗だが―――何者だ?
突然の乱入に主を恐喝していた奴らもぽかーんとしている。1人の男がふと我にかえったのか、青年にナイフを出して牙をむいてるけど。しっかしこの青年も、全く臆することがないんだな。ナイフを向けられても平然としている。
「んだァ?!テメエ邪魔すんじゃねえよ!」
「テメエとは無礼な、俺が声をかけてやってるんだぞ。…ん?なんだ?お前ら、決闘でもしているのか?」
「オイ!無視してんじゃ…っ」
青年の瞳が僕達を捉え、鋭く細められた。
「執事(カーンサマー)を連れている…お前、英国貴族か」
「だったら何だ」
「ならばこの戦、我が同胞に加勢しよう。アグニ!」
「はい」
「奴らを倒せ!」
「御意のままに(ジョー・アーギャー)。この神に授かりし右手…主の為に振るいましょう」
この人も僕達と同じ、執事かね?んであっちが主人。命令をされている所、敬語を使っている所、"主"と言っている所を見ると…執事じゃないとしても、従者なんだろうな。…黒髪の青年は、何だか気に食わないけど。
手に巻いていた包帯を取った、アグニと呼ばれた青年。目をカッと見開いたかと思うと…勢い良く地を蹴り、こっちに向かってきた。繰り出される拳は思っていた以上に早くて。間一髪で避けられたけど…。
(普通の人間にしては、反応が素早い)
主を抱えて左手だけで攻撃を受けるセバス。うーん…今更だけど、僕が主を引き受けるべきだったな。あれじゃセバスも戦いにくいだろうし。…ま、何とかなってるから気にしないことにするけど。
「俺達もいるぜぇっ」
「セバス!主…っ!」
「心配いりませんよ!」
背後からナイフを持って迫ってくる、さっきのインド人。危ないと思って無意識に大声を上げちゃったけど、セバスからの返答でそんな心配は無用だったってことを思い出す。だってアグニって人の攻撃を避けて、上手くその人に当てさせて不能にしてるし。あいつの強さとかはわかってるつもりだったのに、なーんで心配なんかしちまったんだろうねぇ?
……あ、またこりもせずセバスの前に立ちはだかった無謀なインド人がいる。そんなことしてもきっと―――
「待ち…ゲフッ!!!」
ほら、顔面踏まれて踏み台にされた。そのまま空に飛び上がって更に逃げようとするけど、いつの間にかその遥か上から攻撃を仕掛けてくる青年。
けれど、その攻撃全てをセバスは受けきって、着地する2人。再び臨戦態勢に入る青年は、怪訝な表情をしてる。
「先程から何度も急所(マルマン)を突いている。普通なら腕が麻痺しているはずだ。お前、何故動ける?」
この分だとまだまだ時間はかかりそうだ…仕方ない、僕も動くとしましょうか。
高みの見物と言う感じで、セバスと青年の戦いを見ていた黒髪の青年。その背後に静かに近寄って、軽く腕を拘束してみた。…あ、そこら辺のナイフも借りておけばおけば良かったな。ギリッと更に力をいれてみると、黒髪の青年が悲鳴を上げる。
「ぶ…無礼者っ!」
「無礼者?僕達が?…いい加減にしていただけませんかね。僕達が一体、何をしたというんですか?」
「そうだっ僕らはただココを通ったのを、インド人(そいつら)に絡まれただけだ!インド人は英国人とみれば、見境なく襲う野蛮人なのか?!」
「なに?」
「ま、そういうことです。理由なく襲われたんですよ」
締め上げていた腕を解放して、簡単に説明をしてやると何故だか勝手に怒り出した。
「それはいかん!理由なき戦いは、しかけた方が愚かなのだ。…アグニ!今回は我が同胞達が悪い!チビ共の味方をしろ!」
「はっ」
あっさりとさっきの命令を覆す黒髪の青年。その場にいた全員が「え?」と呆けた顔になりました。僕達の反応はきっと間違ってないはずだ。うん。
そして返事をした青年は、あっという間にインド人全員をのしていました。積み上がるのはその人達の山。その上に乗ったまま、のほほんと終わったことを告げてるけど…すげー状況だってことわかってんのかな。
「おい、お前ら。ケガはないか?」
「は、はあ…」
「それにチビ、子供がこんな所をウロウロしてると危ないぞ。
では俺は人捜しの途中だからもう行く。ではな」
…嵐のように去っていったな。
「やー、すごかったねあの2人」
頭上から降ってきた声。視線を向ければ、建物の屋上からひょっこり顔を出している劉様を発見。
「…今まで何をしてたんだ、お前は」
「やだなー。機を見て助けに入ろうとしてたんだよ?」
「てか、いつの間にあんな所に行ってたんですか…。それにしても、あの2人は何者なんでしょうね?」
「ここいら(イーストエンド)の住人じゃないのは確かだね。やたら身なりも良かったし、英語の発音もキレイだし」
「何はともあれ、まずはこの方達を市警(シティヤード)へ届けるのが、最初の仕事になりそうですね」
苦笑しながら言うセバスに、溜息をついて頷く主と僕でした…。
雪がしんしんと降る中、僕達はようやく町屋敷に帰ってくることが出来ました。
もう真っ暗だし、思った以上に疲れたなぁ…主もげっそりしてる。あの後、市警(シティヤード)に連絡をしてあのインド人達を引き渡してきたんだけど…
「くたびれ損だった…雪まで降り出すし」
「あの中に犯人がいるかもしれません。ランドル様からのご連絡をお待ちしましょう」
「そうだね、取調べが終わるまで待つとしましょうか。…劉様、上着をお預かりします」
「ありがとー、クロード」
セバスが持っていた主の上着も預かって、所定の場所へと持っていく。
…さて。寒いし、2人共お疲れだろうからすぐにお茶の準備をしてしまおうか。今日はどんなお茶にしようかなー。お菓子はセバスに任せるけど。
「ったく!こんな下らん事件でいちいちロンドンに呼び出されていてはキリがない!!」
「ははっ女王に害がおよぶ可能性があれば、吠えなきゃならない。番犬の辛いトコだね、伯爵。我は君と遊べるから歓迎だけどねー」
「坊ちゃん!お帰りなさーい!!」
「今回は使用人も連れて来たのかい?」
「ああ…屋敷に置いていくと、後々厄介だからーってセバスが言ったので」
「ふーん?」
屋敷が全壊してたりとかね…あの時はびっくりしたもんなぁ、本当に。セバスがいなかったら、きっと元通りにはならなかっただろうね。
そんなことがあったから、今回のロンドン行きは連れて行こうってことになったわけ。一緒の屋敷にいれば、失敗してもカバーできるしあそこまで破壊されることもないだろうからね。こっちにいる間、屋敷は大丈夫かと心配することもないし。とりあえずは安心。
「さて!寒い中お疲れ様でございました。すぐにお茶に致しましょう」
「そうだな」
「イギリス式よりチャイの方が良いな」
「そうだな」
「チャイってどんなだっけ?」
「確かインド式のミルクティーだった…」
え?なーんか昼間にもこんなパターンで驚いた記憶があるぞ?聞いたことのあるような声だった気がするし…声がした方を振り向いてみると、やっぱり想像通りの人達が立っていたわけですが。
「我が城より大分せまいな」
「せまくて悪かったな…(ボソッ)」
「何でお前がココに?!」
「何故ってさっき知り合っただろう。もう忘れたのか?」
んなさらっと言うか!確かにさっき知り合ったけど…っ!それに間違いはないし、否定もしないけども!だからって此処に来て。勝手に上がりこむ理由にはならないと思うんだが。それともそんなことを思う僕の心が狭いのか?
「知り合ったって…!」
「それに助けてもやった。インドでは恩人は家に招いて、もてなすのが常識だ。"家宝を売ってでも客人をもてなせ"という言葉もある」
ああ、そうかい…っ!それはインドでの話であって、この英国での話とはまた違うと思うんだが…何かを勘違いしていないか?この黒髪の青年。
はあ…と溜息を1つ吐いて、セバスを見ると珍しく困ったような笑みを浮かべていた。さすがのセバスも、こんな状況だとこんな風になるんだなぁ。
「何だか面倒なことになりそうですね?」
「本当にね…主達は?」
「客人はベッドに通すとか何とかで、二階へ」
2人で二階へ上がってみると、客間のベッドでくつろいでいる黒髪の男と、不機嫌な主が何やら話していた。
その会話を聞いてわかったことは…彼がこの屋敷にしばらく滞在すること、ベンガル藩王国、国王は第26子ソーマ・アスマン・カダール王子だということ。王子、ね…どうりで身なりがいいわけだな。しかし、この自分勝手な性格は…主がイライラしそうだなー彼が此処にいる間は。
「やあ、伯爵。にぎやかな滞在になりそうだねぇ」
「確かに…それはもう、うるさいくらいにね?」
「……――――――〜〜っ出てけーーーーーーっ」
雪が降る静かな夜、我が主の町屋敷では主の怒号が響き渡りました。
これから大変な日々が始まりそうだ…。