灰色と異国人


「ふあ〜あ…」

突然の客人が来た昨日の夜。招かれざる客とは言え、客人には変わりないので…当然もてなさないわけにはいかないのです。劉様もいたし。
特にあの王子の執事、アグニさんは客人だと言うのにお茶の準備とかしてしまう方なので…それを追いかけたりしてたら、やたら疲れたんだよなー。でも…インドにいた頃はそれが当たり前だったんだろうから、それを奪ってしまうのは良くないのかも。それはわかってるんだけど…うーむ…。


「ま、考えても仕方ないか!本人が嫌じゃないなら、手伝ってもらうのもアリだよね」
「さあ、早くしないと冷めてしまいます!早く参りましょう!」
「ちょっと待て!何なんだ、一体!」
「……主と、アグニさんの声?」


声が聞こえたのは主の私室の方からだった。今日はセバスが1人で主を起こしに行ったはずだけど、何でアグニさんの声がするんだ?何だか楽しそうだったけど…アグニさんの声色は。
階段を上って、主の私室に行ってみると…賑やかで、和やかな光景が広がっていました。主は起きたばっかだろうに、何やら叫んでるけど。てか、何故に肩車?


「おや。朝から賑やかだねぇ」
「あ、おはようございます劉様。よく眠れましたか?」
「おはよー、クロード。もうぐっすりだよ」
「それは良かった」
「セバスチャンさーんっ!!!」
「3人共、お客様の前ですよ。…おや、おはようございますクロード」
「ん、おはよ。それでどうしたのさ、3人共。そんなに息切らして…」
「「「おかしいんです(だ)(ですだ)!メシが!庭が!洗濯物が!」」」
「へ…?」
「おかしい…?」


バタバタと走ってきた3人が教えてくれたのは、ご飯と中庭と洗濯物がおかしいということ。それだけじゃ何が何だかわからない。とりあえず中庭に出てみるか。
中庭で見たものとは―――…真っ白に洗濯され、いつも以上に綺麗に干されている洗濯物。ほとんど更地となっている庭が、綺麗に手入れされ、何故か象などの置物が置かれていた。更にテーブルの上に所狭しと並べれた、セバスが作ったものとは違う料理の数々。


「これは一体…」
「すご…」
「あっ勝手ながら、私がやらせて頂きました!」
「え、これ全部アグニさんが?」
「そんな!お客様なのですから、楽になさって下さい」
「とんでもない!王子はともかく、私は一介の執事ですから。お二人のお手伝いをしなくてはと思いまして」


あー…何かアグニさんから後光が見える…っ!眩しい!
うーん…やっぱり客人だからって、ゆっくりくつろぐっていうのは無理なのかもしれないな。…あの王子はものすごーく!くつろいでるけど。主の屋敷なのに。だけど、この人みたいなのを執事の鑑って言うんだろうね。きっと。まだほとんどアグニさんのことは知らないけど、多分良い人なんだろーな。


「…ま、厄介事を持ち込まれなければ何でもいいんだけど…」
「クロード、ボーッとしている暇はありませんよ?」
「はいはい。今行きますよー」


何故かアグニさんに突っ込んで行ってる使用人3人組を横目で見つつ、主の給仕をするべくダイニングルームへと足を向けた。 朝食としてテーブルに並んでいたのは、アグニさんによると…えびカリーとしょうが入りフレンチトーストだそうで。
だけど、朝からカリーか…。すごく美味しそうではあるけど、ボリュームあるよね。王子様はもっさもっさ食べてるけど。


「…で?お前らはいつまでいる気だ?」
「用事が済んだら出て行く」
「それは」
「例の人捜しってヤツかい?」
「だから、何でお前までココに泊まっ「そうだ。女を捜してる」」


口の中にモノをいれたまま喋るのって、王子としてどうなのさ。…僕もそんなに行儀がいいわけじゃないから、人のこと言えないけど。そのままじーっと見てたら、何処からか一枚の紙を取り出した。描かれていたのは…多分、人と思われるもの?


「この女だ。名をミーナといって、俺の宮殿で召使をしていた」
「えーっと、これは…」
「俺が描いた。本人を見ればすぐわかる程、良く描けた!美人だろう」


えーっと…美人かどうかさっぱりわからないんだけど。何て言うか、この王子は絵の才能皆無なんだね。きっと…っていうか、絶対。この絵じゃ本人を知っていたとしても、知らないって答えるんじゃないか?僕の予想でしかないけど。


「セバスチャン、これで捜せるか…?」
「私でもこれはさすがに…努力しましょう」
「クロードは?」
「あはは…努力してどうにかなるものならいいんだけどねぇ」


絶対にこの画力をどうにかした方が早いと思うんだけど。


「うーん…我もこんな美人には、お目にかかったことはないなぁ〜〜〜」
「当然だ!俺の城でも一番の美人だったんだからな。ごちそうさまでした」


これで一番の美人、ね?嘘ではないだろうけど…この絵じゃ伝わらないわな。
気を取り直した主が、何故その女性が英国にいるのか聞こうとしたら…よくわかんない言葉でお祈り(?)をし始めていました。祈りを捧げてるのは、きっとご神体。恐らくご神体。そうは見えないけど。…と思っていたら、何やらアグニさんが熱くそのご神体について語り始めた。えらい信仰心なんだね。この人。


「へー…じゃあ、あれ悪魔の生首なわけ?」
「そうです!死闘の末に倒した悪魔の首なんですよ」
「…だそうだ」
「そんなにお強い方がいるとは…インドに行く時は気をつけなければいけませんね」
「だね」
「?」


うーん…このカーリー女神がどれだけすごいのかは大体わかったけど。やっぱりご神体としてはシュールだよね。ご神体っていうより…"生首を持って、生首のネックレスをかけ、男性の腹部の上で踊り狂っている女性の像"…にしか見えない。セバスの言う通り。
これが信仰心があるか、ないかの違いなのかな?国が違うってのもあるだろうけど。


「さて、祈りも済んだし…出かけるか、チビ!道案内しろ」
「何で僕が?!大体、僕はチビじゃなくてシエルという名前が…っ」
「じゃあシエル。お前に道案内を申しつける、来い」


はあ…全く勝手な王子様だね。そのまま主を連れて行かれても困るし、そろそろ止めるとしますか。
抱えられている主を、ちょっと強引に王子様から引き剥がして抱き上げると。セバスも王子様の前に立っていた。少しだけ困ったような笑みを浮かべて(本心かどうかは不明だけど)。


「申し訳ありません。坊ちゃんは本日、お勉強とお仕事のご予定が詰まっております」
「そういうわけで、ソーマ様におつき合いする余裕はないかと…」
「僕は忙しい、人捜しなら勝手にやれ」
「ちょっとホッとされてます?(小声)」
「……うるさい」


クスクスと笑いを浮かべながら問うと、いつも通りの返答が返ってきた。
さーてと、今日の予定は―――――…

ただ今の時間、AM10:00。最初はヴァイオリンのお時間です。


「―――さて、ロンドン滞在中は家庭教師(ダヴァネス)のマダム達に代わり、私が家庭教師(チューター)を務めさせて頂きます」
「はい、主。今日は『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第二番』だってさ?」


楽譜を置くと、げっと顔を歪ませた主。僕はあんまり詳しくないからアレだけど、難易度はかなり高いらしい。基本的にセバスの指導はスパルタ。
まぁ、確かに難易度の高いものから順にこなしていけば自信はつくだろうね?指導を受けてる方はたまったもんじゃないだろうけど。…何を言っても、セバスの教育方針は変わらないだろうしねー。
さってと!今日の僕はセバスのサポートが仕事だし、主のヴァイオリンの音色に耳を傾けようかね。そう思って静かに目を閉じた。


「(あ…何だ。あんなに嫌そうにしてたのに、ちゃんと弾けてるじゃんか)」

べんべんべんべん

「…ん?」

ズンドコズンドコ

「セバスー、ちょいストップ」
「……何をしてるんです?」
「ん?」


何だ?という表情をしながらも、いまだ見たことない楽器を弾き続ける王子様。
いい加減、弾くことをやめろっつーの。


「今日1日くらい、シエルに付き合うのもいいかと思ってな!俺も弦楽器は得意だし」
「…クロード?」
「え、僕のせい?!」


怖い!笑顔が怖いよ、セバス!!!
や、確かにヴァイオリンの音色に集中してて、気づかなかったけども。それはセバスも同じことだろーが…。


「全く…せっかく良い所でしたのに」
「うん、綺麗な音色だった。…そしたら気づかなかったんだよねー」
「はぁ…貴方は坊ちゃんの護衛なのですから、しっかりしてください」
「クロード!!!」
「っと…はい?どうしたの、主」
「この2人をつまみ出せ」


若干、不機嫌な顔。ここは大人しく退散してもらっていた方がいいみたいだね。お客人だからあんまり手荒なことはしちゃまずいよな。2人の背中を強すぎず、でも逆らえない程度の力でドアの近くまで押していく。


「おい!シエルの護衛っ何をする!」
「申し訳ありませんが、主の集中力が切れると大変なんです…外で大人しくしていて下さい」


そのままパタンとドアを閉めた。
中ではまたヴァイオリンを弾き始めている主。これで残りの予定も滞りなく進むようになるといいんだけど…。
そして時間は進み、AM11:00。ヴァイオリンの時間は終了して、僕達は部屋を移動していた。


「次は絵画のお時間です。しっかりとバランスを見て、奥行きを出してください」
「何だ?こんなビンなんか描いててもつまらん!」


ああ、もう…さっき大人しくしてて下さいって言ったのに!いつの間に入り込んでるんだっ!セバスの怒りの矛先が向くのは僕なんだけど…本当に面倒な人だなぁ、この王子様は。


「絵画といえば裸婦だろう。というわけで、女!脱げ!」
「ワッワタシ、心に決めた人の前でしか脱がねぇですだ!」
「あ、脱がす?」
「ウチのメイドを巻き込まないで下さい!劉様もノらないでください!!!っていうかもう… 出てけッ!!」


そんなこんなで、もうPM1:00。続いてはファントム社の仕事です。…何かもう疲れたよ、僕。


「ヨークシャーの工場から、クリスマス限定品のサンプルが届いております」
「主?作り直せーって言ったうさぎの人形も届いてるよ」


はい、と渡すとぎゅうっと抱きしめた主。


「ん。作り直させただけあって、手触りがいいな」


紡ぐ言葉はファントム社の社長としてのものだけど、顔に浮かぶ表情は年相応のもので。少しだけ嬉しくなって、和んだのは僕だけの秘密だ。


「続いて本社より、来年度の商品企画が届いております。新商品のクリスマスクラッカーは、ハロッズ(デパート)での売り上げも順調のようです」
「とはいえ、客(子供)はシビアだ。次々と新しい物を提供していかないとな」

―――ぱんっ

「おー!そのクラッカーって中からサンタが出てくるんだ」
「…貴方が喜んでどうするんですか…」
「あ、悪い。初めて見たからつい…」


溜息をつくセバスに平謝りをしていると、いつの間に潜り込んでいたのだろうか。おもちゃの山の中から、王子様とアグニさんがざばっと顔を出しやがりました。
よくわかんないけど、アグニさんの手には"企画書"って書かれた紙。…ってか、何で劉様も当たり前のように此処にいるのかな?誰も突っ込まないからそのままにしてたけど。


「インドの神、ガネーシャをモデルにした象の人形で、なんと!鼻が動く!」


めくられた紙には、わずかに鼻が上がった象の絵。
え…まさかとは思うけど、仕掛けってそれだけなのか?それじゃ子供には受けないよね…主も言ってたけど、子供はシビアだから。最初は面白がって遊ぶかもしれないけど、すぐに飽きてしまうだろう。鼻が動くだけじゃ。


「クロード!真面目に考えるなッお前らも… 出てけ!!!」


更に時間は進み、現在PM2:00。会社の仕事を終わらせた主は…


「なー、いつになったら終わるんだ?」


ゴホン。えーと、今はセバス相手にフェン…


「なーなー、それは何をしてるんだ?なーってばー」

―――ブチッ

「「あああああっうるさ―――い!!!」」
「気が散るだろうがあッ!!」
「大人しくして下さいと何度言えばわかるんですか…っ!」
「何だ。そんなに怒らなくてもいいだろう」
「貴方も落ち着きなさい、クロード。お客様の前なんですから」


この状態で落ち着けって方が無理なんですよ、セバスさん!さっきから主の邪魔ばかりしやがって…だから、主の機嫌が悪いったらありゃしない!!!予定がすんなり進まないから、(顔には出てないけど)セバスの機嫌も良くないんだよね。頼むからもうこれ以上、僕達の邪魔をするなと言いたいわけです。
僕に被害がないならどーでもいいんだけど、この屋敷にいる以上はそうもいかないものでね。


「もういい、わかった。そこまで僕に構ってほしいなら相手してやる」


主が王子様に渡したのは、フェンシングの剣。…あぁ、なるほど。勝負をして黙らせる気なのか。
けど、相手はフェンシングもそのルールさえも知らない…卑怯と言われる気もするんだけどな。まぁ、主はそんなこと気にもしないだろうけど。


「要はコレでお前に勝てば、俺と遊ぶんだな?」
「勝てればな。負けたら僕の邪魔をせず、大人しくしていろ!」


3分で5本勝負。多く点を取った方が勝ち。実にシンプルな勝負だね。
さぁ…ルールも知らない王子様は、一体どこまで食い下がることができるでしょうねぇ?



セバスの合図で、勝負の幕が上がった。それと同時に王子様が主に向かって走り出すが、主は構えた姿勢のまま動く気配がない。
当然…隙アリと思った王子様は剣を振り上げる。でも剣先は主を捉えることなく、曲がった。


「曲がった?!」
「足(そこ)はフルーレ(フェンシング)の有効面じゃない。残念だったな!!」
「わっ」


相手を見下したような表情で告げると、主が反撃を開始した。セバス相手にやってるだけあって、突きのスピードが速い。王子様もかろうじて避けたみたいだけど。


「卑怯者!俺はルールを知らないんだぞ!」
「ルールを知らないお前が悪い。勝負は勝負だ」


あーあ…悪そうな顔しちゃって。とにかく王子様を黙らせることが出来るなら、主は何でもいいんだ。だから、相手がルールを知らなかろうが…彼の知ったこっちゃないってこと。
ルールを確認しないまま、勝負を受けた王子様にも少なからず原因はあると僕は思うしね。…ま、主も意地悪だっていうのは否定しないけどさ。


「この剣っくにゃくにゃ曲がって使いづらい!!!」
「(そりゃそうだ、フェンシングなんだから)」
「フェンシングは前に突くのが基本。剣を横に薙ぐように振ったのでは」
「はっ!!」
「胴体(有効面)がガラ空きだ!!!」


主の剣先が真っ直ぐ王子様の胴体へと伸びる。
誰もが勝負アリと思ったその時―――思いもしない出来事が起こった。


「王子!!危ない!!!」


アグニさん…っ?!まさかここで乱入するとは思っていなかった。
自分の主の危険を感じて、助けに入ったんだろうが…これはれっきとした勝負。僕ら従者が乱入していいものじゃないってのに。だけど…アグニさんの手が主の急所をつこうとしてるのは、止めなきゃいけない。


―――ドッ…

「…ッ!!!」
「クロードッ!」


間一髪だったみたいだけど、間に合ったみたいだなー。咄嗟に出した右手はビリビリと痺れてるけど。…この感じだと、しばらくはこのまんまだろうな。やー、すごいわ。感心してる場合じゃないんだろうけどね。本当は。


「はっ!!クロード殿!!申し訳ありません!王子が負けてしまうと思ったら、体が勝手に…!!」
「大丈夫ですか?」
「痺れてるけど、問題ないよ」
「そうか…なら、いい」
「心配してくれてるんですか?ありがと、主」


にっこりと笑ってお礼を言うと、プイッと顔を背けてしまったけれど。それでも素直に心配してくれたのが、たまらなく嬉しくて。だから、かわいくなーい態度をとられても大丈夫。主の性格は大体わかってるし、それが照れ隠しだってのもちゃんと理解してるから。気分が良かった。……あの王子様の言葉を聞くまでは。


「アグニ!よく主の俺を守った、誉めてつかわす!アグニは俺の執事(カーンサマー)で、俺のものだ!つまりは俺の勝ちだ!!」
「そっ…」
「さー、遊んでもらうぞ!」


はあ…本当にこの王子様は…!勝負に第三者が乱入したことで、実際なら無効になる。むしろ、やり直しだ。それなのに自分の勝ち、だと?んなむちゃくちゃなことがあってたまるか。
文句を言ってやろうと口を開いた瞬間、劉様ののんびりとした声が響いた。…てか、剣で遊ばないでくださいよ。


「おやおや。これは君がご主人様の仇をとらないとね、執事くん」


遊んでいた剣をヒュッと放り投げる。その剣を受け取ったのは、もちろんセバスで。


「なんだやるのか?シエルの執事(カーンサマー)よ」
「全く…ルールを知らない素人に意地悪するからですよ」
「なっ」
「ですが」
「……?」
「主人に傷をつけられそうになったとあっては、ファントムハイヴ家執事として黙っている訳にはいきませんね。何より予定を10分も押してますし」
「お前、そっちが本音だろう」
「確実にそうだろうね」


あはは、と笑いながらいまだに膝立ちだった体を起こす。2人の邪魔にならない所へ移動しようとすると、すれ違いざまにセバスに軽く頭を撫でられた。びっくりしてあいつの顔を見ると、薄っすらと笑みを返された。あんまり見ない柔らかな表情に、悔しいながらもドキッとしてしまったけど。
何か言葉をかけてやろうと思ったけど、王子様の言葉に遮られた。


「面白い。いいだろう、決闘を許す!」


その言葉を合図に、2人が剣を構える。


「アグニ!カーリー女神の名にかけて、絶対に負けるな!」
「セバスチャン、命令だ。あのガキを黙らせろ!」


それぞれの主からの命令に、それぞれの言葉で返す。


「御意のままに(ジョー・アーギャー)」
「御意(イエス)、ご主人様(マイロード)」


どんな勝負になるのか…どっちが勝つのか。これは見物だね。
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