灰色と王子


「御意のままに(ジョー・アーギャー)」
「御意(イエス)、ご主人様(マイロード)」


剣を構えたまま、鋭い視線を交わし、動く気配がない2人。


「では、お手柔らかに」
「参ります!!」


口を開いたのはセバス。でも先に動いたのはアグニさん。裏路地で彼の動きを見たときも思ったけど、1つ1つが流れるようで早い。何より…セバスに負けてないことが一番の驚きだ。セバスの突きを難なく避け、その体勢から相手を狙う。
そして眼光の鋭さ…それを見ていると、彼は本当に人間なのか?という疑問が浮かび上がってくるけど…間違いなく人間なんだよなぁ…でも普通の人間とは違う雰囲気も感じる。まぁ、アグニさんが人間なのは間違いないし?とりあえずはいいか。
それにしても…この勝負は見ていると本当に面白い。他人の勝負を見て、こんなにワクワクするのは初めてだし。…この腕の痺れさえなければ、僕がやりたかったけどなぁ。あの王子、ムカツクし。

―――キンッ

ん?何だ、今の甲高い音…一瞬、意識が飛んで見てなかった。


「やれやれ、剣が折れてしまった」
「これじゃあ続きはできないねぇ、試合は引き分けか。ざんねーん」
「コレ、折れるんだ…初めて見ましたけど」
「引き分け、だと…?」
「主?」


驚いた表情をしている主に声を掛けてみると、グイッと部屋の隅まで引っ張られた。なになに?何かあったのか?


「どういうことだ?」
「いや、それは僕のセリフだから」
「相手は…セバスチャンだぞ?」
「あぁ、そのこと。確かにアグニさんは城で一番の戦士らしいですが…」
「悪魔(セバスチャン)と互角にやりあった…!」
「だけど、人間だよ彼は。気になるならセバスにも聞いてみるといい」


ポンと背中を押して、王子やアグニさんと話をしているセバスの元へと歩みを進める。こっそりと元の場所へと戻ってくると、アグニさんがこっちに気づいたみたいで心配そうな表情で歩いてきた。


「クロード殿、先程は申し訳ありませんでした。まだ痛みますか?」
「へーきですよ、僕打たれ強いんで。…でも1つだけ。アグニさんが主人を大事に思ってるのはわかるけど、だからってさっきみたいに助けに入るのは良くないと思いますよ?」
「ですが、主を守るのが私の―――…」
「全てから守ることは、正解じゃない。主人に降りかかる災難から守ることは間違いじゃない。けれど、さっきのアグニさんの行動は…ただの甘やかしですよ」


主のことを一番に考えるなら、時には厳しい態度でいかないといけないんじゃない?そうでないとずっと他人に頼って、甘えて、自立できなくなる。
"自分にはアグニ(従者)がいる。だから出来なくても大丈夫。"そんな風に思うようになってしまったら、本当に1人では何もできなくなってしまうから。


「クロ…」
「クロード、こっちへ来い」
「はいはい。…では、アグニさん。主が呼んでいますので、僕はこれで」


僕の言いたいこと、少しは伝わってるといいんだけどな…。


「…何を話していたんだ?」
「んー?ちょっとした忠告みたいなもんだよ」
「…まぁ、いい。セバスチャンあの男、一体何者だ?クロードは人間だと言っていたが、まさかまた…」
「いえ、クロードの言う通りあの方は人間ですよ」
「そうか…」
「だーから言っただろ?安心しました?」
「あぁ、とり「おいシエル!俺達ももう一試合だ!」」
「「あ……」」


あーあ、王子に連れてかれちゃったよ。この後も予定がわんさか詰まってた気がするんだけど…いいのかな?


「そう…ただの人間です。…ただ、私達が持ちえぬ力を持った…ね」
「?セバス…?」





はぁ…なーんか最近は疲れるなぁ。
結局、あの後何回もフェンシングの試合をしてたからね。30分くらい予定が押したんじゃないかな。そんなわけで、夕食の時間が近づく夕方―――ついさっき、今日の予定が終了したわけなんだけど。


「セバスー、何か手伝うこと…」
「あっクロードさん!もうすぐ夕食ですよっ何処に行ってたんですか?」
「主の執務室に…仕事がまだ残ってたから」


主の仕事が粗方片付いたから、夕食の準備の手伝いをしようと厨房に来てみれば…何だか珍しいメンツが揃っていた。フィニにバルドさんにメイリンさん。でも食器は綺麗に磨かれているし、食材も焦げたり有害物質になってる様子もなく。こう言っちゃ何だけど…平和な空間が広がっていた。


「じゃあ、パイを盛ろう!」
「パイ皿はこれですだよ」
「てーねーに盛れよ!」
「じゃあ、クロードさんにも頼むだよ」
「へ?」
「そーだな!手先が器用だし」


そう言われてパイを盛るのを手伝うことになって…きょろきょろと辺りを見回すと、アグニさんと話しながら調理をするセバスを発見。話をしてるなら別に指示を仰がなくてもいいか…怒ったり、声を掛けてこないとこを見ると、特に問題はないんだろうしね。
パイを盛る作業に戻ろうとしたら、ふと視線をこちらに向けたセバスと目が合って。昼間同様、少しだけドキッとして…まーた悔しい思いをしたんだ。何か余裕な笑みを浮かべられて、あんな風に見つめられると。負けてしまったような気がするから。
や、別に勝負してるわけじゃないんだけど…っ!ってか、今の僕は男!女じゃないんだから、セバスにドキッとするとかおかしいから!!!キッチンで顔を真っ赤にさせてるなんて、ただのおかしい変な人じゃんか。さっ!仕事に集中、集中!


「…クスッ」
「セバスチャン殿?何か楽しいことでも?」
「いえ。何でもありませんよ」
「そうですか」
「(全く…昼間といい、今といい…本当に貴方は私を楽しませてくれますね?)」


セバスに背中を向けて作業をしていた僕は、彼が楽しそうに笑っていたことなんて…知ることもなかった。


「出来たですだ!」
「綺麗に出来たな。……でも何でハタ?」
「フィニの案ですだよ。やっぱりまずかったですだか?!」
「えっダメですか?」
「クスッ…いや?いいんじゃないかな」


パイの上にはフィニが作成した、お手製のハタが刺さってる。これを見た主はどんな反応するかな?主と同い年の普通の子供だったら、きっと大喜びだろうけど…主は疑問に思うくらいで、喜んだりはしないか。子ども扱いをされるのは嫌いな人だし。
でも、ま。たまーになら、こういうのも悪くはないだろ。喜んでくれたらそりゃ嬉しいけど。


「さぁ貴方達、作り終わったら坊ちゃん達の元へ運んでください」
「「「はぁーい!」」」
「…あ、本当だ。もう時間だね。主もお腹空かせてるだろうし」


…それにしても本当美味しそうだよな。アグニさんが作る料理も、セバスが作る料理も。お腹が空くって感覚はないけど、食べたいとは思うし。仕事が全部片付いたら、また何かもらえるかな?残り物でもいいから、デザートとか。


「…アフタヌーンティーに作ったクッキーの残りがあるんですが、あとで食べますか?」
「!いるっ」
「では、仕事を終えた後に出しましょうか」


やったね!仕事後の楽しみができたー!残りの仕事も尚更頑張らなきゃいけないな。
そんなわけで、今夜の夕食はサバのグーズベリーソースがけとコテージパイです。パイにはハタつきで。


「―――で、結局お前の捜している女は何者だ?」
「俺が生まれた時から俺の侍女だった女で、まぁ乳母みたいなもんだ。物心ついた頃からずっと一緒だった」


ふぅん…僕と主も似たようなものだな。主が生まれる前に僕はファントムハイヴ家にやってきて、生まれた後もこうして一緒にいる。


「親父様は俺なんか興味ないし、母上は親父様の気を引くのに必死で俺には見向きもしない。宮殿にいつも独りで…でもミーナはいつも俺の傍にいてくれた。明るくて、美人で、姉のように何でも教えてくれた。ミーナさえいれば、俺は寂しくなかった。俺はミーナを愛して、ミーナも俺を愛してくれた」


ミーナ…それが捜している人の名前なんだろうな。その人のことを思い出しながら話しているのか、優しげな…且つ寂しそうな表情を一瞬見せた王子。
王子にとってその"ミーナさん"は、きっとかけがえのない大切な人。彼の世界の中心で、何があっても失いたくなかった人―――そんなとこだろうか?


「だけど…あいつが…英国貴族が来て、ミーナを英国へ連れ去った!」
「連れ去った…?」
「どういうことだい?」
「ベンガル藩王国は、インド皇帝であるヴィクトリア女王に内政権を認められてはいるが、実際は英国から派遣されてくる政治顧問が政治を牛耳ってる」
「植民地と大差ないってことですか…」
「そして3ヶ月ほど前に、その政治顧問の客としてそいつはやってきた!そいつは俺の城でミーナを目にとめ…俺が街を視察に行っている間に、ミーナを無理矢理英国に連れ去ったんだ!!」
「つまり英国には女を連れ戻しに来たという訳か」
「そうだ!絶対に取り戻して、一緒に帰る」


取り戻して一緒に帰る、ねぇ?こう言っちゃ何だけど…本当に無理矢理だったんだろうか?無理矢理にここ英国へ連れられて来ているのならば、本当にその女性が王子を愛していたならば。どんな手段を取ることになろうとも、絶対にインドに戻ろうとするんじゃないか?それか手紙を出したり…とかね。だけど、3ヶ月も経っている。いまだに消息も不明…。
そこから考えてみると―――――…いや、やめておこう。考えるのは。結末を見つけ出すのはあの王子自身だし、その人の気持ちはその人にしかわからないからね。


「それにしても使用人の女ひとつで大ゲサな…」
「大ゲサじゃないッミーナのいない城なんか、中身のない箱と一緒だ!!お前にミーナと引き離された俺の絶望がわかるのか?!おれがどんなにっ」
「わからんな」


主の言葉に怒った王子は、勢い良く立ち上がって彼の肩を掴んだ。
けれど、主はいつも以上に冷静で…その声も、王子に向けられる瞳も冷たい。あまりの冷淡な瞳に王子もびっくりしているようだけど…。


「その程度のことで感じることができる絶望など、僕は理解できないしする気もない。どんなに足掻いても取り戻せないものもある。抜け出せない絶望もある。」
「…悪いけど。いい加減、離して下さいね」
「お前には理解できないかもしれんがな」


肩を掴んだままの王子の手を離すと、主はそのままダイニングルームを出ようとドアノブに手をかけた。
その後姿を追いかけようと一歩を踏み出した時、か細い声が耳に届く。


「でも…それでも俺は…もう嫌だ。あの宮殿(あそこ)で独りになるのは…」

―――キィ…バタンッ

「……」
「どんなに足掻いても取り戻せない―――それは自分自身のことですか?」
「…さぁな」
「部屋に戻るなら、あとで紅茶でも持っていこうか?」
「あぁ、頼む」


僕はキッチンへ、主は自室へと足を向けた。
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