灰色の驚愕
―――コンコンッ
「あーるじー」
……しーん……
あれ?もう部屋には戻ってるはずだよな。夕食にあんまり手をつけてなかったから、お茶菓子もーって思って準備してたら少し遅くなっちゃったんだけど。それでもほんの20〜30分くらいの話しだし、その短時間で居眠りしてるとも考えられない。いや、有り得そうだけど。でも―――
「(紅茶を持ってくことは伝えてたんだけどな…)」
いいや。此処で考えても仕方ない、入ってしまえ!そうすれば何で返事がないのかもわかるし。そう意気込んでガチャッとドアを開けると、そこはもぬけの殻。ただ、引き出しの中をひっくり返したのか…物が散乱してるけどね。何か探してたんだろうか…珍しいな。
「それにしても何処に行っちゃったんだろ…紅茶が冷めちゃうじゃんか」
はぁ…まぁ、このままでいても仕方ない。もしかしたら劉様に捕まって、談話室で話でもしてるのかもしれないし。そっちに行ってみるかな?いれば万々歳だ。
そのまま紅茶やお茶菓子を載せたワゴンを押して、応接間へと足を向けた、ら。その途中で通りかかった、王子が泊まっている客室。中途半端に開いた扉の奥から声が聞こえて、そっと覗いてみると…何と主がいた。
それだけでも驚きなのに、どうやら主は王子にトランプをしようと誘っているようです。…案外、優しい所があるんだよね。
「あ、悪いが夜は予定がある。お前と違って俺は忙しいんでな!」
……あれ?何だか雲行きが…
「アグニ!出かけるぞ!」
「はっ」
「夜は早く寝ないと、背が伸びないぞーチビシエル!」
あーあ…一番言ってはいけないことを言いやがったな、あの王子様。主の纏うオーラがどんどんどす黒くなっていく…かんっぜんに不機嫌モードだわ。
「あれ?クロード。そんなとこで何してるのー」
「劉様こそ、どうかされたんですか?」
「ん?伯爵を探しててね。この部屋にいるのかい?」
―――ひょこっ
「あ、今はやめておいた方がー…」
「伯爵、あのさー…ん?」
「あ゛?」
あちゃー…やっぱり超・不機嫌モード★
目は据わってるし、手に持っていたファントム社製のトランプはぐしゃりと握りつぶされてるし。これはしばらくは機嫌悪いんだろうなぁ。とりあえず、自室に向かったんだろうし…僕も後を追うとするかね。
「もしかして伯爵はご機嫌ナナメかなー?」
「どうやらそのようでして…すみません、劉様。主への用事でしたら、また明日にでも」
「そうするよ。急ぎでもないしねー」
「そうだ、良かったら紅茶でもいかがです?部屋までお運びしますし」
「じゃあ、頂こうかな。君が淹れた紅茶も美味しいから」
ひとまず、劉様の泊まっている客室へ紅茶を運んでから主の元へ向かうことにした。
劉様の部屋に紅茶を運んで、すぐ主の部屋に向かうつもりだったのに…そのまま劉様に捕まってしまいました…。かれこれ2時間程、話をしてついさっきようやく解放されたんだけど。さすがにもう休んでる時間だよなぁ、いつもなら。
んー…でも此処で突っ立ってるわけにもいかないし、ノックだけしてみるか。反応があったら、入ればいいだけの話だしね。
―――コンコンッ
「…誰だ」
「クロードです。入ってもいいですか?てか、入りますよー」
「聞いた意味はあるのか…?」
「はいはい。細かいこと言わないのー」
中に入ってみると、散らかっていたはずの部屋は綺麗になっていて。きっとセバスが片付けたんだろうな…小言を言いながら。
主はと言うと…ベッドの上で枕を抱えて、ムーッとした顔をしている。やっぱり不機嫌のままだったか。本当にこういう時の主は、年相応の子供らしいよなぁ。
「さっき紅茶を持って来た時、ずいぶんと散らかっていましたけど。何か探してたんですか?」
「…ちょっと…トランプを探してただけだ…」
「トランプ?…あぁ…」
不機嫌モードになった原因の王子を誘おうと思って探してたのか。いつもはチェスとかで遊ぶことが多いから、トランプなんか使わないもんな。
異国で生まれ、育った王子はきっとチェスのルールを知らない。だから、わざわざトランプを探してたわけねぇ。そういう優しさをエリザベス様や取引先、あと夜会とかで出せばいいのに。
「きっと喜ばれますよ?」
「何の話だ」
「いんや、こっちの話…それより、まだ寝ないのか?着替えが済んでるってことは、もうお風呂も入ったんでしょう?」
「寝ようとはした!…だが、何か寝つきが悪いんだ」
「それだけイライラしてればそうだろうね…」
かといって、頑張って寝ろーと言っても無理な話だろうね。今の主には。けれど、このままじゃせっかく温まった体も冷えちゃうだろうし…どうにか落ち着いてもらわないと。
「仕方ないな…落ち着くように今、紅茶でも持ってきます。それともハーブティーの方がいい?」
「………ホット、チョコレートがいい…お前が作ったやつ」
「おや、久しぶりですね?主がそんなこと言うのは」
本当はこんな時間に甘い物はよくないんだろうけど…たまにはいいか。
珍しく主自身がご所望のようだしね?そうと決まれば作りにいくとしますか。
「たまにはいいだろ…飲みたいと言っても」
「くくくっ全然構いませんよ?それでは主の為に、腕によりをかけて作らせていただきます」
いまだに枕をぎゅうっと抱えたままの主の頭を軽く撫で、部屋を後にする。ドアを閉める時に「子供扱いするなー!」って声が聞こえたのは、無視するとして。きっと今頃、真っ赤な顔してるんだろうなぁ。照れて。
セバスなんか主の頭を撫でることは、絶対にしない。劉様がやると烈火のごとく怒るし。
撫でられても、決して怒らなかったのは―――…アンジェリーナ様とフランシス様の時くらいだろうか。
やっぱり血縁というか…家族、だからかな?僕のことも家族だとは言ってくれたけど、それならもっと―――
「頼ってくれてもいいのになぁ…」
今回のは嬉しかったけどね。セバスが作るものより、僕が作るホットチョコレートを望んでくれたのは。
ささっとホットチョコレートを作って、主の待つ部屋に戻ると…出て行く際と変わらず、いまだに枕を抱きかかえてムーッとしてました。よーっぽど腹が立ったんですねぇ、今回は。
こんなんで眠りにつくことができるのだろうか?ホットチョコレートを飲んでも。逆にホットミルクの方が良かった気がするな。カルシウム取れるし。
「…甘くていい匂いだ」
「そりゃチョコレートですから。でも気分を落ち着けるなら、チョコレートよりホットミルクの方が良かったんじゃない?」
「僕はこっちの方がいい。昔はよく作ってくれただろう」
「…まぁね?貴方が飲みたいと言ってくれたから」
「気に入ってるんだ、これが一番。落ち着く」
そう言いながら、少しずつ飲んでいく主。熱かったのか時折、ふーっと冷ましながら。
「クロードこれ、なぁに?」
「ホットチョコレートというものですよ。チョコレートを溶かした飲み物です」
―――コクン…
「…美味しい!」
「それは良かった」
寒かった日に作ってあげたら、すごい気に入ったらしくて…何かあったりすると、僕が作ったそれを飲みたいと言ってくれて。ホットチョコレートなんて誰が作っても同じだと思うのに、笑顔で「美味しい」と言ってくれるのが嬉しかった。行方不明になって、セバスが主の執事になってからは一度も作ってなかったけれど。主が…望まなかったからね。
望まれればいくらでも作るけど、こういうのはあいつの方が上だからなぁ。だから何となく、ね…自発的に作ったりはしない。それだけは昔からなんだけどさ?ここ2年くらいは特にね。
「うん…やっぱり美味しいな」
「そう言ってもらえると、作った甲斐があります。少しは落ち着きましたか?」
「まぁ…さっきよりは」
「それなら良かったけど。…眠れそう?」
「……」
まさかのだんまりですか!!!
もそもそとベッドには潜ったけど、その表情はまだ少し不機嫌で。そう簡単に眠りにつけそうにないのが、ありありとわかるわけでして。眠気もきてないみたいだしねぇ。
温かいものを飲んだから、体は温まって眠りやすくはなったはずなんだけど…機嫌が良くないとあんまり意味はないのかね?やっぱり。けど寝ないと明日の仕事に支障が出るし、セバスに怒られるだろう。それはもう確実に。
「主、たまには子守唄でも歌ってあげようか」
「な?!いっいらん!!!」
「クスクス…幼い頃はいつも歌ってあげたのに?」
「いつまでも子供扱いをするなっ」
くくくっそうやってむきになる所が子供っぽいけどねぇ。声を殺して笑いながら、そっとベッドの端に座る。そのまま頭を数回撫でてみると、一瞬驚きはしたけど…怒ったり、振り払ったりはせずにゆっくりと目を閉じていった。
「何だか…懐かしいな…」
「うん?何が」
「こうやってクロードに頭を撫でられるのは」
「確かに…そうかもしれないねぇ。もしかして嫌?撫でられんの」
「………たまになら、いいかもしれん」
「たっぷり間を空けやがりましたね。主らしいけど」
頭を撫でつつ、色んな話をして。どれくらいの時間が経ったのだろうか?気がつけば、主は夢の世界へ旅立っていました。何か静かになったなーと思ったら…いつの間にか寝てたんだな。…ま、眠れたのなら良かったけど。
「おやすみ、主」
―――パタン…
そういえば今は何時なんだろ…セバスのように懐中時計を持ち歩いたりしてないから、時間を確認することが出来なくて。
この身体は睡眠も必要がないから、眠気がくるとかもないんだよね。だから、時計もない廊下だと確認する術がないんだよなぁ。ただ、屋敷の中がすごい静かだから多分夜中なんだろうけどさ。
「……あ。」
今まですっかり忘れてたけど、今日の仕事が終わったら余ったクッキーもらう約束してたんだっけ。もうあいつも部屋に戻ってるかな…?とりあえず、厨房に行ってみよう。
コツコツと、闇の中に響くのは自分の靴音だけ。それ以外には何も聞こえなくて、まるで自分以外に存在しているものがいないかのようで。怖くはない、けど…それでも嫌だとは感じるから。
「クロードですか?」
キッチンの傍まで来た時、薄暗い明かりが灯る中から僕の名を紡ぐ声が聞こえた。…セバスの声だ。まだ厨房(此処)にいたんだな。ひょこっと覗いてみると、何やら仕込みをしている彼の姿。僕を見つけるとにっこりと微笑んで、「少し待ってください」とごそごそと棚を漁り始めました。
大人しくバルドさんがいつも使っているイスに座って待っていると、目の前に静かに置かれたお皿。ソレにのっているのは、色んな形をしたクッキーで。
焼き色もバッチリ。さすがセバスの作ったお菓子だなぁ。
「なかなか来ないので、捨てようかと思っていたんですが」
「んなもったいないことすんなよ。焼き菓子なら保つんだし」
―――パキンッ…
ん、美味しい。甘さもちょうどいいし。黙々と食べていると、仕込みが終わったのかクスクスと笑いながら向かいに腰を下ろしたセバス。何がおかしいんだか…。
「貴方は本当に食べることが好きですね?」
「は?…何、いきなり…」
「とても幸せそうに笑っていたもので」
「自分じゃわかんねーよ、そんなの。でも」
食べることが好き、というか…
「セバスが作る料理、だからかな…」
「……!」
「あんたが作る料理って、どれも美味しいからね。ごちそうさま」
クッキーを食べ終わって、戸締りの確認にでも行こうと立ち上がった時。ふわりと抱き締められる感覚。誰に抱き締められてるかなんて…考える間もなく、すぐにわかるんだけど。
「これは一体何の真似?」
「全く貴方って人は…本当に私を飽きさせない人ですねぇ」
「そんなこと聞いてねぇっ!何の真似かって聞いて―――」
「少しは黙っていてくれませんか?」
抵抗しようとじたばた暴れていたら、更にきつく抱き締められて。それだけでもびっくりするのに、何故か唇が重ねられた。びっくりしすぎて抵抗することもできず、されるがまま。
…だけど、嫌だと思わないのは…一体何故なんだろうか?同意の上でされてることでもないのに、無理矢理されてることなのに。暴れる気にも、ならなかった。
「抵抗しないということは、少しは…私に脈があると思っても?」
「〜〜〜自意識過剰っ!」
―――ドンッ
ようやく我に返った僕は、セバスを突き飛ばして廊下へと飛び出した。
「貴女は私から逃げることは出来ない…もう私の手の中にいるのだから―――」
さあ、早く堕ちて来るといい