灰色とカリー
いつも通りの朝。主を起こして、着替えを手伝って、朝食の用意をして。
「(今日の朝食はカリーか…品評会の為の試作、かな)」
そう、何も変わらないはずだった。王子の一言を聞くまでは。
「まずいッ!!」
「お気に召しませんでしたか?」
「あ゛っ…いっいやいつもインドで食べてるカリーと違いすぎただけでその」
「え、マズイの?」
「いや?我は美味しいと思うんだけどねぇ」
「気になるなら食べてみるか?」
「あ、もらう」
セバスの問いかけにもんのすごーーーく!ビビリまくってる王子を見ながら、主が差し出してくれたカリーを口に運ぶ。…うん。美味しいよな、セバスが作ったものだし。でも王子の口には合わない。アグニさんが作るカリーと、何かが違うってことなんだろうけど…。
「どうだ?」
「うん?僕も美味しいと思うけど…」
「だよねぇ」
「カリー粉の様にあらかじめ、香辛料(スパイス)を挽いてから売っている物を使うなど論外という事らしいですね」
「ああ…成程ね」
カリー粉を使用したカリーは、英国独自の食文化ってわけか。英国の食文化にしっかり根付いているカリーだけど、香辛料(スパイス)の調合なんて素人には難しいものなんだろう。
だからこそ、あらかじめ香辛料(スパイス)を挽いて調合し、それを一まとめにカリー粉と名づけて販売されてるんだろうからね。インドはそんなものは使わないで、香辛料(スパイス)からカリーを作ってるってことになるんだよな。王子の話によると。
「アグニのカリーは具によって、スープの味も色も違ってた。具に合わせて調合していたんだと思う」
「じゃあ、まずそこからか。上質な香辛料(スパイス)を集めないと、インドのカリーは作れない」
「そうなるとウエストは有利だな。自分の会社で流通を取り仕切っているんだから、上質な品は確保してしまえる」
そうだよね。しかも主にインドから輸入しているわけだし、そのくらい造作もないだろう。でもそうなると、余計に僕達は不利な立場じゃないかなぁ?
ファントム社は製菓と玩具が主なメーカーだ。色んな人と仕事はしてるけど、さっすがに貿易商と取引をした記憶は―――あ。
「時間がありませんね。すぐにどこか貿易商をあたってみて…」
「セバス、目の前にいる。貿易商」
「目の前、ですか?………成程、確かに」
僕の一言に、全員の視線がカリーを食べてる劉様に向いた。
「ん?」
すっかり忘れていたけど、この人も輸入を仕事にしているんだった。貿易会社の英国支店長の人なんだから。
ちょうど良く屋敷に滞在し続けていてくれて、助かりましたね。
―――――二日後。
屋敷に大量の香辛料(スパイス)が運ばれてきた。すごいな…コレ、全部カリーに使う香辛料(スパイス)なのか。この中から選んで調合するって…そりゃ難しいわ。種類が多すぎる。
「すごい、俺の国で見たことがあるやつばかりだ!」
「丸一日で用意しろなんて全く伯爵は人使いが荒いんだから。ウチは香辛料(スパイス)は専門外なんだけどなぁ」
「こういう時はお前も役に立つな」
「…劉様って本当に貿易商だったんですね」
「え、今更確認かい?クロード」
ごめんなさい、今日までちょっと疑ってました。だって劉様に会うのは、裏での仕事の時か屋敷に(無駄に)遊びに来る時だけなもので。表の仕事で会ったことなんかないんじゃない?ってくらい。
うん、でも今回のことでよーくわかった。劉様もちゃんと仕事してるんだねー。良かった、良かった。
「…まぁ、伯爵(ファントム社)に恩を売っておくのも悪くないか」
「何もお礼はないような気もしますけどね」
クスクスと笑いながら告げると、劉様も珍しく苦笑を浮かべていた。
「手厳しいなぁ、伯爵の護衛くんは」
「ふふっお褒めに預かり光栄です」
「おい、クロード!劉!いつまでそこにいるつもりだ?」
呼ばれた方を見てみると、いつの間にか大量の香辛料(スパイス)が入った麻袋は中に運び込まれていて。それを手伝っていたバルドさんやフィニ、セバスと王子までもが姿を消していた。
主は僕と劉様がいないことに気づいて、玄関先から声を掛けてくれたみたい。そんなに長い時間話し込んでいたわけではなかったと思うんだけど…気がつかなかったな。
「…中に入りましょうか、身体が冷えてしまいます。すぐに紅茶でも淹れて来ますから、主と共に部屋へどうぞ?」
「じゃあ、そうしようかな」
上着を着ているとはいえ、寒空の中にずっといさせてはまずいからね。お客様だし、一応は。…さて、と。とりあえず主・王子・劉様の紅茶を準備しに、厨房へ行くとしますか。
―――フワ…ッ
「カリーの香り…?」
厨房へと足を進めると、香辛料(スパイス)のいい香り。そっか。さっき劉様に仕入れてもらったモノで、早速カリーを作ってるんだな。…にしても、カリー粉ではなく香辛料(スパイス)で一から作るだけで、こんなにも香りが変わるものなんだな。
今思えば、アグニさんが作っていたカリーもコレと似たような香りがしてたかも。セバスのことだから、ソレを思い出しながら調合したんだろう。
「(余ったらもらおうかな)」
―――コツン…
「おや、どうかしましたか。クロード」
「主達の紅茶を淹れに来たんだよ。セバスはカリーの試作で忙しいだろ?」
「それはそれは…ありがとうございます。助かりますよ」
それだけ交わすと、セバスはまたカリー作りに戻っていった。
「クス…(どんなカリーが出来上がるのか楽しみだね)」
それから2時間経った頃。厨房に篭っていたセバスが、カリーを持ってやってきた。
「お待たせ致しました。香辛料(スパイス)と玉葱の旨みで、やわらかく鶏肉を煮込んだカリーです。コリアンダーとヨーグルトでさっぱり仕上げました」
「劉、そのカードで僕はあがりだ」
「えー」
「あははっ主はカード強いからねー」
「もうできたのか?!あれからまだ2時間くらいしか」
「ええ、2時間もかかってしまいました。お待たせして申し訳ありません」
「ババヌキも飽きたな」
「じゃあ、ジジヌキする?」
「その前に、セバスの作ったカリーが出来たようですよ?一旦、終わりにしましょうね」
テーブルの上に広げていたカードを片付け、台に載せられた皿を並べていく。
うん、いい香りだ。王子も香ってくるカリーの香りに、目を閉じた。
「この香りは、すごくアグニのカリーに近い。一体この短時間でどうやって」
「簡単な事です。ただ、全ての香辛料(スパイス)を味見しただけですよ」
「全種類を?!全部?」
「ええ」
さらっと言ってるけど、普通の人には無理な話だからね?王子もびっくりして、目を見開いてるくらいだし。2時間の間に全ての香辛料(スパイス)を味見して、カリーを作り上げる…きっとセバスにしかできない芸当だと思う。きっとっていうか、絶対に?もしできる人がいるんなら、僕はその人に会ってみたいね!
「クロード、貴方も食べますか?」
「いいの?まだ仕事中だけど…」
「ええ、今日は特別です。どうぞ」
「それじゃ遠慮なく」
―――パクッ
「これは…美咆(おいしい)!!」
「さっきのと香りが全然違う…」
「うん、香辛料(スパイス)のいい香りだ。挽きたての香辛料(スパイス)の風味が食欲をそそるし、よく煮込まれた鶏肉が口の中でとろけるように柔らかい」
「ソーマ様はいかがですか?」
「だめだ。香りは良いが、味が全然別ものだ」
「そうですか…では似た香りで、別の味になる調合を試してみましょう」
これもダメ、か。でも香りは近くなったみたいだし、ようやく一歩前進ってところかな。
あとは…ひたすら調合していくしかないだろうな。こればっかりはそうしていかないと、味がわからないし。
「俺がアグニのカリーの作り方のひとつも知っていれば良かったんだが。…本当に何も知らないな、俺は…。何かしたいのに、何もできない。結局、俺はまたお前らに頼るしかない。俺は何て―――――」
「…それは違うんじゃないの?」
「え…」
「人には出来ること、出来ないことがある。確かに王子はカリーは作れない。…だけど、味や香りくらいはわかるだろ?」
「そうですよ、ご自分を責めないで下さい。ソーマ様だからこそ、お出来になる事もございます」
…超うさんくさい笑顔。爽やかに笑ってるように見えるけど、セバスの爽やかさは大体が嘘だからね。あいつの笑顔って、ほとんどは上辺だけ。本物の笑顔なんかありゃしない。
…たまに、優しい顔はするようになったけど…本当かどうかなんて、疑わしい所だしな。
………あ、僕また―――――
「クロード?急にボーッとしてどうしたんだい?」
「……」
「クロード?」
「〜〜〜〜〜うがーーーっ!!!」
―――ビクッ
「?!」
「なっ何だ、どうしたんだ?!ついに壊れたかっ」
主、それ何気に失礼だからっ!ついにって言うと、いつもおかしい人になってしまうでしょうが!!!
「主っ!僕は主が一番大切だからっ」
「……は?」
「あははっクロードはたまに面白いことを言うねぇ」
「〜〜〜ッ!訳のわからないことを言い出すなっ!」
照れたのか顔を真っ赤にした主に、部屋の外へと放り出されてしまったけど。うん。再確認終了。僕が大切なのは、主…シエル様だけだ。セバスのことなんて考えない、考えてはいけない―――
さーて…談話室から追い出されちゃったし、どうしよっかな。…厨房に様子を見に行ってみようかな…ハッ!べっ別にセバスのことが気になるわけじゃないし!気になるのはカリーの出来具合だ!アグニさんの作るカリーに勝てるようなカリーが出来上がらないと、英国王室御用達(ロイヤルワラント)がもらえないし。そしたらファントム社の利益に繋がらないしねっ!うん、そうだ。それを確認しに行くだけだ!
―――ひょこっ
「うわ、すごい数のカリー…」
「あっクロードさんっ!」
「フィニ。…バルドさんとメイリンさんもいるのか」
床に倒れてるけど。一体、何があったんでしょうか。王子も苦しそうにテーブルの上に突っ伏してる。フィニに聞いてみたら、皆でセバスの作ったカリーを試食していたらしい。
味を見るのは王子だけで十分だろうけど、1人じゃ食べきれないし、何より残すのはもったいないからな。だから、使用人'sに食べさせてるんだろうけど。…密かにタナカさんも食べてるし。…でもさすがに、この量じゃ4人で食べきるのは無理だろう。多い。
「クロードさんも食べませんか?美味しいですよー」
「んじゃ、もらおうかな…どれが美味しかった?」
「どれも美味しかったですけど、僕はこれが好きです」
「あ、美味しそう」
さっき食べたのと、また香りが違う。何をプラスしたんだろ。
―――パク…ッ
「(うま…)」
「美味しいですよね!何をいれたって言ってたかな…」
「ココナッツミルクとか、そういうもんじゃない?」
「当たりです。すごいですね」
「香辛料(スパイス)の味はよくわかんないけど、そういうものくらいだったら何となくね」
黙々と食べていると、セバスがテーブルに突っ伏している王子に次のカリーを出していた。
…鬼だ。いくら王子しかアグニさんのカリーの味を知らないからって、これで5杯目とかだろう?聞いた所によると。そりゃきっついって。まぁ、フィニは平気らしくガツガツ食べてるけどさ。
「次はカルダモンとにんにくをプラス致しました」
―――ピクッ
「こっこのカリーは、今までとは違う…」
「?」
「フィニ、王子が食べてるカリーちょうだい」
「はーい。これでーす」
「これもうまー…」
「これは、このカリーは…俺が食べていたアグニのカリーにすごく近い味がする!」
お、ついに神のカリーに近づいたか。近づいたってことは、もうちょい詰めていけば勝てるんじゃね?そんな楽観的なことを考えてたら、王子から「違う」の一言が聞こえて。セバスを褒めていた3人と、考え込んでいたセバスが「え?」と振り向いた。
味・香り・辛さは確かにアグニさんのと同じ。だけど、何かが足りないそうだ。王子に言わせると。アグニさんのカリーは、セバスが作るカリーよりもっと旨みと味わいが深い…らしい。なーんか曖昧だなぁ。よくわかんねぇ。
「そうだ、コクだ!コクが足りないんだ」
「…コク?」
味はそのままに、より深くコクを出すってことだよな?やっぱり曖昧だ。
「苦戦しているようだな」
「主!劉様まで…いつもセバスにこういう所に来ちゃいけないと言われてるでしょう」
「たまにはいいだろう。…どうだ調子は?」
不意に現れた当家のご主人様。フィニが食べていたカリーの皿に指突っ込んでるし…おまけに舐めやがった!たまーにこういうことするんだよね?ま、可愛いんだけどさ。そういうとこも。
「大会まであと3日か。せいぜい頑張って研究するんだな」
「(うーわー…超絶に悪い顔。絶対に楽しんでるな、これは)」
その証拠に…セバスのオーラが一瞬で変わった。ついでに目つきもな。
「あぁ、そうだ。今日のおやつはガトーショコラがいい。後で持ってきてくれ」
「……かしこまりました」
胸に手を当てて、いつも通りのおじぎをしてるけど…これは相当イライラしてるんだろうなぁ。たまには僕がおやつでも作ろうかな…セバス程、美味しくはできないけど。
「皆さん。そろそろ次のカリーが仕上がりますよ」
ヒィィィィィィッ!!!
どす黒いオーラを垂れ流しているセバスの鬼のような言葉に、そこにいた全員が叫び声を上げました。