灰色と至福


―――コンコンッ

「失礼します。主、劉様アフタヌーンティーをお持ちしました」
「おや?今日は執事くんじゃなくて、クロードが…?」
「ええ、セバスはちょっと手が離せないもので。…紅茶のお供は、主のご希望通りのガトーショコラです」


劉様の質問に苦笑して答えると、主がにやりと笑ったような気がした。ほーんと…無邪気な子供の年齢のくせして、大人顔負けの悪い顔をするんだから。ウチのご主人様は。
その笑顔に気づかないフリをして、紅茶の準備をしていると…クスクスと笑う劉様の声が聞こえた。その笑い声に主が視線だけ向けて、瞳で「何がおかしい?」と問いかける。


「いやね?伯爵のわる〜い笑顔を見ると、執事くんに負けてほしいって思ってるような気がしてね。さっきの口ぶりもそうだけど」
「まさか。…だが、英国王室御用達(ロイヤルワラント)を獲るよりもあの執事が負ける姿を見る方が、よっぽど楽しいと思わないか?」


こういう時の主って…


「伯爵輝いてるね〜〜〜いじめっ子だ」
「本当に」
「うるさいぞ、お前ら」
「クスクス…そう怒らないで下さい。さ、ガトーショコラをどうぞ?」


コトン…と、2人の前にガトーショコラがのったお皿を置く。すると、微かにだけど主が嬉しそうに笑っていて。それを見る度に、本当にこの方は甘い物が好きなんだなぁと思う。
特にセバスが作るスイーツは、何処のお店より、どんなに有名なパティシエが作る物より美味しい。このガトーショコラも、カリーの試作をしている合間に急いで作った物だ。だからと言って、少しも手抜きはしてないんだけどね。本当は僕が作るつもりだったんだけど、やんわりと断られちゃって…。

「今日のおやつ、たまには僕が作ろうか」
「いえ、大丈夫です。貴方もカリーを食べて頂いていて構いませんよ?」
「や、十分食べてるし。…セバスも忙しそうだしさ、おやつくらいは」
「なら…出来上がったおやつを、坊ちゃん達の所へ運んでいただけますか?紅茶は貴方に任せますから」

そんな感じで。…なーんか納得はいかなかったけど、完璧なセバスなりの譲歩だったんだろうから。上司のソレに、部下の僕は頷くことしかできない。
ったく!どうでもいい時は、人にほいほい仕事を頼むくせに。今回みたいに珍しく悩んでる時は…何も頼まないってどういうことだよ。


「クロード、顔が百面相になってるぞ。見ているこっちは面白いが」
「あ…失礼しました、主。劉様も」
「我は気にしてないから大丈夫だよ」
「全く…お前はたまに意識を飛ばすな?しっかりしろ」
「そんなに飛ばしてないとは思うけど…気をつけます」


僕の言葉に頷くと、再び美味しそうにガトーショコラを口に運び始めた。…あ、紅茶を淹れるの忘れてた。


「…うん。やっぱり君も執事くんも紅茶を淹れるのが上手だね。香りがいい」
「お褒めに預かり光栄です。本日の紅茶は、アッサムをご用意致しました」
「今日はお前、食べないのか?おやつ」
「いつも食べてるような口ぶりはやめてよ。今日は給仕に徹してるんです、代わりだから」
「ふーん?…食うか?」
「あ、もらう」


くれるもんはもらう。だって主の好意だし。セバスに見られたら、ものすごーく!怒られるんだけどね。勤務中だから。でも今日はその心配もないしさ。 差し出されたガトーショコラを一口食べていると、またもや劉様から笑い声が聞こえた。


「劉様?どうかしましたか?」
「君達2人の関係は面白いなぁと思ってね」
「面白い…?」
「兄弟のような、そうでないような…不思議な感じ?主従って感じはしないなぁ」
「そうですか?こんなでもたった1人の主として、誠心誠意お仕えしてるつもりだけど…」
「一緒にいる時間が長いからな。そう見えるのも仕方ないんじゃないか」
「伯爵にとってクロードは家族ってわけだ」


そう言いながら笑う劉様に、恥ずかしいのか顔を薄っすら赤らめて彼を睨む主。クスクス笑いながら食べ終わったお皿を片付けていると、僕のことまで睨まれました。
いーじゃんね?少しくらい。嬉しいんだから。…主が赤くなるなんてそうそうないから、面白いっていうのもあるけど。


「それじゃ、僕は失礼しますね」
「うん。美味しかったよ、お菓子も紅茶も」
「ありがとうございます」


ガラガラとお皿を載せた台車を押して、静かに厨房を目指す。
主と劉様の所へガトーショコラと紅茶を運びに行く為、厨房を出た時に見た光景。真っ黒いオーラを背中に携えて、にっこりと笑ってるセバスと、それを見て真っ青な顔をしていた使用人's(主にメイリンさんとバルドさんだけど)と王子の姿。…きっと今は死屍累々って感じなんだろうな、厨房は。


「…やっぱり、予想通り」


厨房の中を覗いてみると、お腹を極限まで膨らませた王子・メイリンさん・バルドさんが床に寝転がっていて。(ちなみに、フィニは全然平気そう。タナカさんにいたっては、まだ食べてる)シンクには珍しく、使われた食器や鍋がそのまま残されてる。
いつもならすぐに片付けているのに…それ程、切羽詰ってるってことか?何でも完璧なセバスチャン・ミカエリスが。


「はあ…一体、何が足りないんでしょうか」

―――ザー…カチャカチャ…

「!…クロード…?」
「僕の気配にすら気づかないなんて、よっぽどじゃない?セバスチャン」


何も言わず、でも気配を消すことなく厨房の中に入って洗い物を始めてみた。すると、ようやく僕の存在に気づいたようで。
ニヤリと笑ってちょっとだけ嫌味を言ってみれば、気まずそうに表情を歪める。こんなセバスの顔。主が見たらまーた喜びそうな感じだね。


「今回ばかりは完璧執事さんも…さすがに困ってるみたいだね?」
「本日の実験で香辛料(スパイス)の配合による、色・辛さ・香りの作り方は理解しました。更に果物で甘みや柔らかみを、ヨーグルトで酸味を乳製品でまろやかさが出ることも。けれど…貴方も知っている通り、ソーマ様にコクが足りないと言われてしまいました」
「問題はその"コク"…数多の香辛料(スパイス)の複雑な組み合わせを壊すことなく、且つ新たな味わいの高みへと導く」
「ええ、そうです。けれど、そんな食材が――ー」


あるのでしょうか、と続くはずだったろうセバスの言葉を人差し指で遮る。


「そんなアンタに朗報だ。…カカオも立派な調味料だよ?」
「カカオ?……!」


セバスの目が、僕がまだ片づけをしていないボウルなどに向く。微かに見開かれた目が、何かに気づいたことを示していて。どうやら…僕が言いたかったことを理解してくれたみたいだね?きっとこれでまた、神のカリーに近づくことが出来るだろうし。
もちろん、全ての打開策に繋がることに越したことはないけどさ。珍しく眉間に寄せられていたシワも、今ではなくなってるし。


「貴方の助言で何とかすることが出来そうですよ。ありがとうございます」
「それは良かった。…少しは落ち着いたみたいだな、いつものムカつくくらいに余裕そうな表情だ」
「それは…お褒めの言葉と受け取っても?」
「さあ?アンタのお好きなように」


クスリと笑うセバスに、ぶっきらぼうに言葉を投げて厨房を後にしようとした、ら。何故か、腕を掴まれました。
そのまま、思いきり壁へと背中を押し付けられて。…いくら人ならざる者の僕だって…痛みは感じるんですけど?


「…何の真似?」
「いい加減、私から逃げないで頂きたいのですが」
「逃げる?この僕が?ハッ!馬鹿にするなよ、セバスチャン」
「馬鹿になどしていません。ですが、逃げているのは事実でしょう?」
「べ、つに逃げてなんか―――」
「本当にそう言いきれますか?…アリス」
「っ!」


不意に耳元で紡がれた、本来の名。セバスの声は一種の麻薬のようで…甘く、甘く身体の芯まで染み渡る。


「どれだけ、何処まで逃げようと…逃がしはしませんよ」
「……」


するりと離された手。
額に落とされた優しい口付け。
耳元で囁かれる甘美な言葉。

きっと僕は、これ以上逃げられない。逃がしてもらえない。だけど、まだダメだ。まだ…堕ちてしまうには早すぎるから。ダメだと、頭ではわかっているのに―――――


「……3日後の品評会。負けたら許さない」
「ええ。必ず我が社に英国王室御用達(ロイヤルワラント)を」
「勝つことが出来たら、その時は……」


―――あたしの全てを、貴方に―――
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