灰色の葛藤
「うわーっあの大きな生き物は何ですか?!」
「あれはゾウといってな、神聖な生き物だ。俺の城でも飼ってるぞ10頭くらい」
「スゲーな!!ペットかよ!」
「あんな大きいの家で飼ってるですだか?!」
「いや、飼い過ぎだろ」
「お前はもう突っ込むな」
会場に立ち並んでいるのは、ほとんどがインドの物。英国(こっち)じゃ目にしないものが多くて、連れて来た使用人'sは物珍しそうに辺りを見渡していて。わからない物、全てを王子に聞きまくっている。
「貴方がた、あまり遠くに行かない様にして下さいよ」
声を上げているセバスを横目に、少し前のことを思い出す。
「何だって?!神のカリーが完成した?!たった一晩で、あのコクを出す方法を見つけたのか?!」
「これはアグニの…神のカリーじゃない。だが、インドカリーの香辛料(スパイス)による複雑な旨みはそのままに、英国人にしかできない味付けで新たな深みを出している。このカリーも神のカリーにふさわしい。美味かったぞ、執事(カーンサマー)。でも、たった一晩でどうやって…?」
「これですよ」
「「「チョコレート?!」」」
「チョコレートに含まれるカカオは、元々香辛料(スパイス)として使われてるし、独特な香ばしい風味を持ちます。そのカカオに油脂・ミルク・砂糖を絶妙にブレンドしたチョコレートは、カリーに濃厚なコクを加えるってわけ」
「クロードの助言と、昨日坊ちゃんがリクエストされたガトーショコラの片づけをしている時に気づいたんです。助けられてしまいましたね」
「すごいぞシエル!お前の執事(カーンサマー)は、たった1週間で神のカリーに追いついた!こいつならもしかしてアグニに…」
「残念だが、このままでは奴らに勝てない」
「"追いつくこと"と"勝つこと"は違う…ってことですね」
「そうだろう?セバスチャン」
「ええ。現時点ではそうなりますね」
「その顔は何か秘策があるんだね、執事くん?」
「ええ」
「嘘はないな?」
「もちろん。私は嘘をつきません」
以上、回想終了。そんな風に2日前のセバスは言ってたけど…秘策って何なんだろ?
「やあ、伯爵」
考え事をしつつ、王子達を眺めていると聞き慣れた声がした。振り返ってみると…チャイナ服を着た女性を腕の中に抱え込んだ劉様の姿。一回だけ、阿片窟で見た記憶があるな。この女性。
「とうとう本番だね」
「得意先の前で女連れか、お前は」
「やだなー。藍猫は我の小妹だよ、小妹。血は繋がってないけどね。今回の品評会は、観客にもカリーがふるまわれるらしいから、この娘にも食べさせてあげられるかなと思って」
ああ…だから、わざわざ此処まで連れて来たってわけか。どんな関係かはわからないけど、よっぽど気に入って大事にしているんだろう。そんなことをするくらいだから。
話しかけられていた主は、大して興味がなかったようでフイッと顔を背けて歩き出した。その後をセバスと僕が静かに追う。
「それにしても、王子様の執事くんは本気かね?」
「神とまで思っている主人を裏切ったんだ。本気なんだろう」
主がチラッと視線を向けたのは、模型の地図か何かでフィニ達に自分の国の場所を教えている王子の姿。
「しかし王子様の為とはいえ、任務遂行後に女の子を返してもらえるなんて…我は絶対にウソだと思うけどなぁ」
「僕もそう思うけど…主は?」
「そんな都合のいいこと、僕もあるとは思えんな」
だよねぇ。計画遂行後にアグニさんを解放すれば、せっかく英国王室御用達(ロイヤルワラント)を得ても自分の悪行が外に洩れる可能性が高くなるから。
英国王室御用達(ロイヤルワラント)を獲得する為に、インド人の犯行に見せかけてライバルの会社を潰したウエストのことだ。そう簡単にミーナさんを手放すとも思えないし、アグニさんだって―――
「僕なら…」
「「殺す?」」
「はあ…これくらいのことで、いちいち殺すわけがないだろう。クロードも劉の言葉に便乗するんじゃない!」
「はーい。失礼しました」
「えー我ならヤッちゃうけどなぁ」
そりゃ劉様は、腐ってもマフィアの幹部の人だからね。それに今回荒らされたのはこの人が管理するイーストエンド…つまり、彼の庭だ。黙って見逃すような人じゃないんだろうな…絶対に。
「…ま、そんなことより。我が気になってるのは今日の執事くんの作戦なんだけど」
「確かにそれは気になりますね」
「それは…」
「これはこれは、ファントムハイブ伯爵じゃありませんか!」
「……げ。」
「露骨に嫌な顔をするんじゃありませんよ」
セバスが今日の秘策について口を開こうとした時、後ろから来た誰かさんに遮られました。まぁ、誰かなんて…わかりきってることなんだけどさ。
「…あぁ、ウエスト殿」
「お久しぶりです!昨年の社交期(シーズン)以来ですかね。またお目にかかれて光栄です」
王子はー…あぁ、ちゃんと木の陰に隠れてるな。フィニ達は何のことだかわからないから、頭に?を浮かべてるけど。とりあえずは、揉め事が起きる心配はないな。…面倒事はごめんだ、こんな所で。
「相変わらず仕立ての良いコートをお召しだ。伯爵ほどの地位の方がお召しになるのは、そのブランドですかな?」
「服は執事に任せきりで、ブランドにはあまり興味がなくてね」
「またまたそんな!」
あ、これ本当。主の服は仕立て屋さんにほとんど作ってもらってるし。あとはたまーーーーに、僕が気まぐれで買ってきたりはするけど。…エリザベス様がプレゼントした物もあるか。そういえば。
でも僕自身、ブランドに興味ないし、知識もないから直感で「主に似合いそう!」って思った物を買ってるだけ。だから正直に言うと、ブランドの名前なんかわからないんだ。見てもいないから。
「そういえば、今日の品評会に御社も出場なさるとか?」
「ああ…今度食品事業にも手を広げようと思っててな」
「カリー品評会にご出席なさるとは驚きましたよ。腕のいいシェフでもヘッドハンティングされたんですか?」
まーだ話してる…よっぽど機嫌が良いんだな?主は興味なさそうだし、面倒だっていう表情をしてる。適当に切り上げちゃえばいいのに、それをしないのは"伯爵"っていう身分からかねぇ。
「我が社も負けていられません。凄腕の料理人(シェフ)も雇っているんです」
「へえ…」
「ここだけの話。この間なんかライバル社のスパイが入りましてね。一点物のガレイのランプは割られるわ、ジェネラルトレーディングのチェスとは壊されるわで大変だったんですよ!」
あー…あの鹿。まだスパイだと思い込んでたんですか。その勘違いっぷりには笑いしか出てこないよ。この人は馬鹿なんじゃないだろうか。
てか、壊したのって鹿(セバス)じゃなくて…アグニさんじゃなかったっけ?それに関しては全く関係がないと思うんだけどな。バレてないからどうでもいいけど。
「この会場に犯人がいるかと思うと寒気がしますよ」
や、この会場というか…目の前にいるけどね。犯人。この人じゃ一生かかっても、気づくことはないだろうけど。
「それより、今日は女王陛下がいらっしゃると小耳に挟んだのですが…」
「さあ?陛下はアルバート公が亡くなられてから、あまり公の場にいらっしゃらないから」
「英国王室御用達(ロイヤルワラント)を頂くのですから、陛下には是非観客の前で我が社自慢のカリーを味わって頂きたいのですが」
「……」
「おっと。長話が過ぎましたね、ではまた後ほど!」
脱いでいたハットを再び被り、鼻歌を歌いながら人込みに消えていくウエスト。"英国王室御用達(ロイヤルワラント)を頂くのですから"…ねぇ?まだ勝負は始まってもいないというのに、完全に優勝する気になってんだな。あの人。アグニさんがいるんだから、負けるはずはない…そう思っているんだろうけど。
「そういう奴が負けた時、どんな顔をするか楽しみだ」
「御意」
イタズラを思いついた時のような笑みを浮かべた主。くくくっ本当にこういう時の主は楽しそうだなぁ…悪い人だ。…ま、そんな僕も人のことは言えないんだけど。
「負けた時の絶望感は、底知れないと思うよ?あんな自信たっぷりな人は、特に…ね」
「ええ、でしょうね。…では、私もそろそろ出場者の控え室に行って参ります」
「ん。……負けんなよ、主の為に」
「もちろん。…貴方も、約束を忘れないで下さいね?」
…忘れるかっての。自分で言い出したことなんだから。めっちゃ後悔しまくってるけどね!セバスが負けるなんて、よっぽどのことがない限り有り得ないし。
「あれ、もうそんな時間?」
「そうですね…あともう少しです。僕達もステージに移動しましょうか」
ステージに移動して、待つこと20分。司会者らしき人が出てきて、どうやらそろそろ品評会が始まる時間らしい。周りにはすごい数の観客。この品評会は、この展示会のメインイベントらしいからね。観客にカリーのサービスもあるって話だから、尚更多いのかもしれないけど。
はてさて…結果はどうなるかな?心配なんざ…しちゃいないけど、やっぱり結果は気になる。我が主の会社、ファントム社の利益がかかってるんだから。
「さあさあ、この"帝国におけるインド文化とその繁栄展"メインイベント。ロンドン味自慢カリー店による、カリー品評会のお時間です!本日は特別に、観客の皆様にもカリーのサービスがございます。お楽しみにお待ち下さいませ!」
―――ワァッ
おー…盛り上がってるなぁ。
「さて、本日の審査員は…味に妥協を許さない宮廷料理人、ハイアム料理長。徴税官としてインドへ赴任されていた、カーター様。そして―――――芸術と美と食を愛する、ドルイット子爵!」
「キャーッ子爵様ー」
「ステキー!」
……え?ドルイット子爵?子爵って、切り裂きジャック事件で会った…あの?!!何で此処にいるのさ!
バッと主の方を向くと、じょわっとトリハダを立てて口をあんぐり開けていた。
「!!?」
「アレ、彼市警(ヤード)に捕まってたんじゃなかったっけ」
「金で出てきたんだろうな…腐ってる…」
「…思い出したくもないねぇ」
「全くだ」
「そして、本日の出場店はこちら!
パーション・タブ社、ターピンシェフ。
ドミトリー・ビル社、ラッシュシェフ。
ダリア社、リックマンシェフ。
ウォレスト・シリン社、リプリーシェフ。
ハロルド・ウエスト社、アグニシェフ。
そして、ファントム社、執事セバスチャン!……て、執事?」
「ええ、私は料理人(シェフ)ではありません。あくまで執事ですから」
確かにセバスは料理人(シェフ)じゃない、執事だ。うん…それはよーくわかってる!…でも此処でそれを言ったら、皆混乱するんじゃねーの?
ファントム社は菓子会社で、このカリー品評会に出ていることすら疑問に思ってるんだろうからな。周りからそんな声が聞こえてきてるし。
「と…とにかく個性的な面々が出揃いました!これは味も期待できそうです!」
「個性的って…主にセバスのことのような気がするんだけど」
「あとはアグニ、だろうな」
「では、料理始め!」
司会者がスタートの合図を出すと、一斉に料理人達が調理に取り掛かった。一から作ってるわけだし、しばらく時間がかかるよな。ただ待ってるっていうのも…結構、暇だよね。
「こうなるとカリーができるまでヒマだよねー」
「僕も同じこと思いました。待ってるだけですから、観客は」
「大人しく見てろ」
劉様とカリーに全く関係のない話をし始めた時、周りがざわつき始めた。何を見ているのかと思えば、観客の視線の先にあるのはアグニさんの"神の右手"。数多の香辛料(スパイス)を掴み、絶妙のバランスで調合していく。
初めて見たけど、確かにすごい。"神の右手"と言われる理由がわかるよ。動きの早さも尋常じゃないしね。隙もないし。
「あのインド人、右手が別の生き物のようだ」
「それに何ていい香り…」
アグニさんがすごいのは、揺るぎもない事実。だけど…セバスだって負けてないよ?
「ファントム社もすごいぞ!」
「香りも負けてない」
「今回も簡単には負けそうもないな」
「残念でしたね?主」
途中、今までの中で一番苦戦していたように思えるからね。主が負けた執事の姿を期待するのも、わからないでもないけど…そう簡単に負けはしないみたいだ。心底悔しそうに舌打ちをする主に、思わず笑ってしまった。
「オイ、あれは一体何をしてるんだ?!」
「カリーの鍋に何か黒い物を!」
「あれはまさか…チョコレート?!」
「カリーにチョコレート?!」
「気持ち悪い…」
「何考えてんだ?」
「ママー!チョコレート食べたいっ」
観客の反応は最悪だな…ま、当然といえば当然かな?チョコレートがちゃんとした調味料だとわかっている人は、少ないはずだから。普通に考えてみれば、使わないからねぇ。料理には。…だけど、さすがはアグニさん。あの表情からすると、セバスの意図に気がついてるみたいだね。微かにだけど…焦りが見える。
それでもすぐに奥深くに固い決意を秘めているような、そんな表情(カオ)に変わった。
一体、彼は何を知って…いや隠してるんだろうね?神を裏切って、王子を殴ろうとして、そしてこの品評会で優勝して…何を隠し通したいんだ?ただ単にミーナさんを救う為、とは思えないんだよな。別の理由が何かある気がする。じゃなきゃ、ここまでしない。
「な、何だアレ」
「青い、海老?!」
「初めて見るな…」
「青い貴婦人(オマール・ブルー)ってやつだね、きっと」
「青い貴婦人(オマール・ブルー)?」
「僕も本でしか見たことないけどね。…ほら、子爵も興奮気味に説明してる」
青い貴婦人(オマール・ブルー)は、世界中でフランスはブルターニュの澄んだ海にしか生息しないと言われてる幻のオマール海老。
シャルトルの青に負けぬ、鮮やかな殻に包まれた美しい姿は、正に青いドレスで着飾った麗しい美人。そしてその美しい殻の下の引き締まった身は、見た目以上に高級感溢れる繊細な甘みで人々を魅了する。
「…ってことらしいですよ?」
「ほう…英国王室御用達(ロイヤルワラント)を狙っているだけあるな」
「一筋縄じゃいかないってわけかぁ」
セバスの方に視線をやると、何かパンみたいな生地を作ってる。……?これってカリーの品評会だよな?何でパンなんか作ってるんだ?秘策があるとは言ってたけど、まさかコレ…ってわけじゃないよなぁ。有り得そうな気もするけど。
あいつの行動を疑問に思いながらも、そのままじっと見ていると王子がボソリと何かを呟いた。
「しまった!この勝負、俺達は負ける」
「?!」
「何故だい?」
「確かにシエルの執事(カーンサマー)が作ったカリーは本物だ。だが、完璧なのはカリーだけだったんだ!」
それが完璧なら、何も問題はないように思えるけど…王子が言うには問題はナーンだということ。
ナーンは小麦などを発酵させた生地を、タンドゥールという高熱の窯で一気に焼き上げるもの。けど、この会場にはそんな大がかりな設備はない。つまり、本場のナーンは作れないということになるよね。
「やっぱり1週間でカリーの全てをマスターするのは無理だったんだ!この勝負…」
「負けるわけないでしょ。ウチの完璧な執事が」
「だけど、この状況じゃ…っ」
「ギャーギャー騒いでないで、黙って最後まで見届けるべきだよ。…セバスが勝つと言ったんだから、必ず勝つ」
「…何で、そこまで信じられるんだ?」
「信じてるんじゃない。セバスは嘘をつかない、主には絶対に―――」
そんなセバスが主に「英国王室御用達(ロイヤルワラント)を獲る」と言った。なら、絶対に負けない。だから僕らはそれを疑わない。ただそれだけだよ、王子様。
「ほら、調理が終わったみたいだよ」
王子から視線を逸らし、ステージを見れば各々が自慢とするカリーを手に持っている。これから試食と審査に入るわけか。各々自慢のカリーを審査員の元に運んでいく。表情を見る限り、皆自信満々(当たり前だけど)に出してはいるけれど…どれも審査員の舌を満足させるものではなかったらしい。
ほとんどの所がカリー粉を使っていたらしく、言語道断!とバッサリ。一社だけ独自でスパイスを調合してたみたいだけど…これも評価は低いみたい。辛さばかり強く、せっかくの風味が飛んでしまっているそう。…やっぱり難しいんだな。
「次はハロルド・ウエスト社、アグニシェフ!」
「お。」
「アグニ!」
「私のカリーは、こちらになります。オマール海老と七種類のカリーのターリです」
おー…さすが本格的なカリーだ。アグニさんの作った料理は、カリーが色とりどりで視覚からも楽しめる。香りも食欲をそそられるし。
セバスの作る料理も綺麗に盛り付けられてるけど、これも色合いが本当に鮮やかだ。しかもインド人が作るカリーとなれば味も保障付き。3人の審査員が一斉に、その色鮮やかなカリーを口に運んだ。
「う…美味い!プリプリした身、そして噛み締めた後に口に広がる繊細な甘み」
「しかも甘いスープ・辛いスープ・さらっとしたスープ・とろっとしたスープ…その全てが海老の旨みを殺さず調和している」
「おお…おお…舞踏会で出会った麗しの美女。
気高く美しすぎる、貴方を包む七種の宝石
鳩の形の金のブローチ
サファイアとパールのブレス
ガーネットのチョーカー
カメオの勲章
そして指先には、ダイヤとエメラルドのリング
その全てが貴女の美しさを引き立てる。私は貴女に…心を奪われた!!」
「気色悪くない?主」
「…聞くな」
「素晴らしい!最高のカリーだよ」
「ありがとうございます」
残すはセバスだけか…正直、アグニさんの後っていうのは分が悪いよな。まぁ、あのカリーじゃ先だろうが、後だろうがあんまり意味はないだろうけどさ?何となく気分的に。
結局、あいつがどんなカリーを作るのかわからないまま。勝ち目があるのかもわからない状態だ。…それでも、簡単に負けはしないだろうけど。
「さぁ、これで優勝は決まってしまうのか?!最後に控えしは、ファントム社です!」
「私のカリーはこちらになります」
セバスが自信満々に出したのは!!!白くて、丸い物体。観客も、審査員もアホ面でぽかーんとしちゃってるよ。僕達も、だけど。だってこんなの、どこからどう見てもカリーじゃないから。
審査員も文句を言おうと口を開いた時、セバスがお皿の上からその白い物体をトングで掴み、油で揚げ始めた。…ドーナツ?
「シエル、一体何をしてるんだお前の執事(カーンサマー)は?!」
「ドーナツでも作る気かよ」
「……」
王子やバルドさんが焦ったように声をかけても、全く表情を変えずじっとステージを見据える主。何も心配などしていない、そんな感じなのかな?主が思っていることは。
「完成しました。これが我が社のカリーです」
「だからカリーはどこに…」
「!!お待ち下さい、これは…!!」
目の前に置かれたモノに子爵がナイフを入れると、中からカリーが出てきた。これにはちょっとびっくりだ…。この状況に、勝ちを確信していたアグニさんとウエストは驚きで声をあげる。
「これが我がファントム社が自信を持ってお出しするカリー。その名も…カリーパンです!!」
「カリーパン…?」
聞いたことのない言葉の響きに、会場全体が驚きに包まれる。
「何だアレは…あんなカリーは見たことない」
「でしょうね。…きっと此処にいる誰もが、見たことないモノだと思うよ」
いまだ会場がざわついたまま、静まる様子もなく。驚いていた料理長がようやく、セバスの作ったカリーパンを口に運んだ。それに習い、残りの2人も恐る恐る手をつけ始める。
「口の中で爆ぜる!これは美味い!油で揚げたパンのサクサクの表面と、フワフワの中身。そして最後のとろりとしたカリーが、見事な食感のグラデーションを形成している。何より素晴らしいのは、パンの中にカリーを"閉じ込める"この構造だ。旨み・香り全てを文字通り閉じ込め、ナイフを入れた瞬間全てが開花する!!」
「難しいことはよくわかんないけど、思っていた以上に好評みたいだね」
「…結果はまだわからん」
「まぁ、確かにそうだけど……」
「おお…おおっ…」
カリーパンを一口食べたらしい子爵が、また自分の世界に入ってる模様です。
「夜会で出逢った、可憐な美少女
昼間は子供っぽく囀る悪戯な駒鳥
でも夕暮れの君は真実の顔を覗かせる
仮面の下の蠱惑的な微笑
其処に居たのは一人の女(レディ)。私は…君を抱き締めてしまいたい!!」
「…何か、寒気がする」
「あー、きっと子爵のせいですね。もっかい牢屋にぶち込んでもらった方が良さそうだよね」
「斬新なアイディアと確かな品質。実にファントム社らしい革新的なカリーだ!!」
「ありがとうございます」
その子爵の一言に、観客が歓声を上げる。心配そうに事の成り行きを見守っていた使用人'sと王子の顔にも笑顔が戻っていた。主はー…相変わらず、鳥肌を立てて震えてるけど。
「さあさあ、お待ちかねのご試食タイムです!お好きなカリーをお召し上がり下さい」
「ああ…そういえば、試食できるんだっけ。主も食べますか?」
「そうだな…食べてみるか」
「んじゃ、すぐにお持ちします。劉様と藍猫様の分もお持ちしますね」
「ありがとー」
観客用に用意されている6種類のカリー。とりあえず…アグニさんが作ったのと、セバスの作ったのは食べたいよな。絶対に。
「そんなわけで、全種類のカリーを持ってきてみました。メイリンさん達も食べる?…ってフィニは?」
「おまっ?!どうやってその早さで、全種類を持ってこられるんだ?!」
「いただきますだ!フィニなら、セバスチャンさんが作ったカリーパンを取りに走っていっただよ」
「そっか。…はい、劉様達の分です」
「ありがとう、美味しそうだね〜」
「主もどうぞ」
「ああ」
まったりとカリーを食べていると、どうやら審議が終わったらしく、いつの間にか優勝者の発表に移ろうとしていた。
果たしてどの会社が優勝するのか…まぁ、セバスとアグニさんの一騎打ちだろうけどね。審査員の反応を見ていると。
「優勝者は…ハロルド・ウエスト社、ファントム社両者の同着優勝とさ―――」
―――スパァン!
「…あ?」
「何事だ…?」
「お待ちを」
優勝者の発表の途中、何者かの邪魔が入ってそのまま中断。トロフィーも持っているのは司会者ではなく、突如現れた白に身を包んだ正体不明の男。会場にいる全員が目を瞠っている中、その男は静かに口を開いた。
―――ドドドドド…
「その勝ぶ」
紡がれた言葉は、後ろからやってきた馬に頭を踏みつけられて続かなかったけど。
誰が乗ってるのかと思って、視線を上に上げてみると…思いがけない方だった。急いで主に視線を向けてみれば、彼も僕と同じように驚いてこっちを見上げていた。言葉を交わす暇などなく、僕達はその方の元へと走った。
「誰だ?あのファンキーなバァさん」
「あれは確か…」
「女王陛下っ!」
「何故この様な場所へ?!」
「じょ…」
「ごきげんよう、皆さん」
女王陛下ぁあ?!
英国女王、ヴィクトリア。英国至上最も輝かしい時代を築いた女王でございます。
世界中に植民地を広げ、英国を"太陽の沈まない国"と呼ばれる程に発展させた政治的手腕のみならず、服や行事・ダンスに至るまで様々な流行を発信し、国民に絶大な人気を誇っていらっしゃいます。夫であるアルバート公を亡くした今も、彼を深く愛しておいでだとか。
「余談ですが、国民的人気番組"暴れん坊伯爵"のモデルは陛下という噂がございます」
「ああ、そうなんですか……てか、大丈夫ですか?」
「話がそれましたが、女王からお話があるそうです」
馬に踏まれたにも関わらず、ムクッと起き上がった男には傷一つない。涼しい顔で女王陛下が馬から降りるのに手を貸してるし。(どうやらこの男はジョンというらしい。きっと陛下の側近なんだろうね)
「このカリー対決、とても素晴らしかった。会場に満ちる香りに、ワイト島でアルバートと食べたカリーを思い出しました…」
パチン…と開けたのは、懐中時計。中にはきっと愛しい人の写真でも入っているのだろう。時計を見つめる陛下の瞳には、深い愛情が映っているように見えた、んだけど。
「アルバートォオオ このカリーも一緒に食べたかったぁああああああ」
ズシャッと地面にしゃがみ込んで泣き始めてしまった、女王陛下。その突然のことに会場にもどよめきが…。
陛下の横には、アルバート様と思われる人形を持った側近の姿。片言で何かを喋っては、陛下を励まそうとしているようです。…効果、あるんだろうか。
「女王様って結構、キャラ濃いんだね」
「言うな」
「あはは…」
うん、劉様の呟きにはきっと此処にいる全員が共感してくれると思うよ?僕も初めてお会いした時は、濃いキャラだなぁって思ったような記憶があるから。ぐすん、と流れる涙をハンカチで拭いながら、審査員として招待された自分にも一票はあるのかと確かめている。
そのまま立ち上がってトロフィーを手に持つと、セバスたちがいるステージ上へと上っていった。そして、女王陛下が選んだのは―――
「私が選ぶのは……ファントム社の執事、セバスチャン。貴方よ」
「な!!!?」
「!!!」
「な、何故です?!あんなカリーを詰めたドーナツより、我が社のカリーが劣っていると?!」
陛下の言葉に納得できず、反論の為にステージへと近寄っていく。何故、自分達が負けたのか。何故、神のカリーが選ばれないのか。それを確かめるために言葉を紡ぐ。納得のできる答えをもらうために。
「あれをご覧なさい」
陛下の指差した先にあったのは、カリーパンをとても美味しそうに頬張っている子供達。そして、口の周りや服にカリーをつけてしまったり、食べにくそうにしている子供達。
「ナイフとフォークを使わないファントム社のカリーは誰にでも食べ易く…そう、子供でも食べ易いように配慮されているのです。誰にでも気軽に…富める者も、貧しい者も、大人も子供も平等に。その優しさこそが、新世紀を目前に控えた英国には必要なのです。子供(未来)を大切にするファントム社の精神を私は評価したい。―――よって、この品評会に優勝者をファントム社といたします!」
「でかしたぜ、セバスチャン!」
「さすがですだ〜〜〜〜!」
「坊ちゃんもどうぞ!一緒に食べましょうよ」
突然、目の前に差し出されたカリーパンに目を丸くしている主。"ありがとう"って素直に受け取ればいいのにね?
「いらないんですか?美味しかったですよ」
「……食べる」
「セバスはきっと、あの時のフィニを見て…このパンを思いついたんだろうね」
「厨房で試食していた時か…確かに食べ辛そうだったな、フィニは」
さっきの子供達のように、口の周りや手を汚していたから。だけど、セバスが考えたカリーパンならパンの中にカリーが入っているから、汚すことなく食べることが出来る。片手で食べられて、食べやすいしね。
「こんなのを考え付くなんて…やっぱりセバスってすごい奴だよなぁ」
「おめでとうございます、セバスチャンシェフ!何かお言葉を!!」
ステージ上に視線を戻すと、なにやら司会者がセバスに感想みたいなもんを求めていた。何故か、"執事"ではなく"シェフ"と呼んで。その言葉にいつも通りの笑みを浮かべて、いつも通りのセリフで答えるんだ。セバスは。
「私はシェフではありません。―――あくまで執事ですから」
ほーら、ね?