灰色と隠し事
アグニさんとセバスのほぼ一騎打ちとなった、カリー品評会。結果はセバスの優勝となり、その幕を閉じた。それはつまり―――――
「私が…負け…た…」
アグニさんの敗北を意味する。
チラリと見た表情は、絶望に満ちていて。まるで全てが終わってしまったかのような、そんな表情だった。
「アグニさん…だったかしら?貴方のカリーも決して味では負けていませんでした。ワイト島の宮殿で、ゆっくりと頂きたいカリーでした」
「勿体ない…お言葉です」
何とか応対はしてるけど…陛下にお褒めの言葉を頂いても、その顔に笑顔が戻ることはない。負けたことがショックなのはわかるけど…このショックの受け方は、ただ負けたからってわけじゃなさそうだよね?やっぱり。何かを、隠しているとしか思えない。神(王子)を裏切ってまで、隠し通したいもの。果たして、それが一体どんなものなのか…気になるところだけど。
負けたショックでフラフラとステージから降りてきたウエスト。ブツブツとうわ言を言いながら。そんな中、意気消沈している彼に駆け寄った1人の女性がいた。
「(王子の表情が、変わった)」
「ミーナ!!?」
「え…?ソーマ…様…?」
「!(そうか、この人が…)」
瞳に涙を浮かべて嬉しそうな表情の王子。驚いた表情で振り返った彼の捜し人。
そんな2人の感動の再会だというのに、従者のアグニさんの表情は焦りに満ちている。会わせたくない、と…表情が語っているようで。
「やっと…見つけた…!!ミーナ…!!!捜したんだぞ!ずっとずっと。お前が英国に連れ去られて、どれだけ心配したか…やっと…やっと会えた。もう心配いらない、一緒に城に帰ろう!」
「王子…っ」
さあ…何が真実だ?何を隠すために、アグニさんは必死になっている?口角が自然に上がるのと同時に、ミーナという女性の本性が現れた。
「馬っ鹿じゃないの?」
「え…?」
眉間にシワを寄せ、額に青筋を浮かべ、心底嫌そうな表情で王子の一言を一蹴した。大切な人の豹変ぶりに思わず固まる王子。そんな王子にミーナは、更なる暴言を吐いていく。…容赦ないね、人間というのも。
「こんな所まで追ってきて、人の邪魔して何様のつもり?!一緒に帰る?笑わせないでよ。誰があんな所に帰るもんですかっ」
アグニさんが王子を裏切ってまで隠し通したかったもの。それはこの女性の本性だ。
ずっと傍にいた彼には、王子がどれだけこの人を大切にしていたかも、どれだけ慕っていたのかも、どれだけ…必死に捜していたのかも、わかっているから。だから、この事実を知らせたくはなかったんだな。ショックを、受けてしまうから。
「一生を身分階級に縛られて生きていくなんてごめんよ。せっかくインドから抜け出せたっていうのに!」
「じゃあお前は、望んでウエストと…」
「そうよ。ただの召使いと、金持ちの妻。どっちがいいかなんて、子供でもわかる。それにね…我が侭なアンタの面倒を見るのはもうたくさん!」
ステージ上に視線を戻せば、血の涙を流し…さっきよりも絶望に満ちた表情のアグニさん。ぎゅっと拳を握り、痛いくらいに歯を食いしばっている。そんな彼の耳に王子の言葉が響く。
「―――そうか。悪かった。あんなに一緒だったのに、俺は少しもミーナの気持ちをわかってなかったんだな。ミーナの迷惑も考えず、英国まで追いかけて来てすまなかった。それから…今までありがとう」
泣きそうになりながらも、必死に自分の想いを、自分の言葉で紡いでいく王子。そのままするりとミーナの横を通り過ぎて、アグニさんがいるステージへと上っていった。
「俺は今まで他人(ヒト)のせいにばかりしてきた。宮殿に独りなのは親父様と母上のせい。ミーナがいなくなったのはウエストのせい。だけど違ったんだ。親のスネかじりのくせに、文句ばかりの俺のせいだったんだ。そんなガキ…誰も愛するわけない」
王子の言葉に耳を傾けながら、静かにミーナへと視線を向けてみた。
「っ何よ!何か文句でもあるっていうの?!」
わーお。まだ何も言っていないのに、かなりの喧嘩腰ですね?よっぽど機嫌が悪いようだ…。
「文句、ねぇ。正直さ、アンタや王子がどうなろうと知ったこっちゃないけど…でもアンタもあの王子と大差ないってことだけ覚えておいたら?」
「何ですって…?!」
「身分階級に縛られてるのも、召使いのままアンタが一生を終わるのも…王子のせいではないんじゃないの?そんな考え、王子と何も変わらない」
少し前の王子はそうだった。誰かのせいにして…それを嘆いていた。身分階級に縛られるのは、誰のせいでもないだろうに。それを王子のせいにするような言動だけは―――気に食わないな。
「あんな我が侭王子と一緒にしないでよ!」
「ああ…一緒ではないか。王子の方がアンタより立派かもね。王子が我が侭なのは認めるけど…アンタは性格が悪すぎる」
―――パァンッ!!!
「?!」
「あんた…もっかい言ってみなさいよ!!!」
「性格が悪すぎるって言ったんだ。嫌々だったとしても、一時はあの王子に仕えていた身だろう?子供が純粋だっつーのは、わかってたことだろうに」
「……っ!」
「なのに、あの言い方をするってことは…性格が悪いって言われても仕方ないだろうが」
ふん、と鼻で笑ってやれば、悔しそうに顔を歪めて会場を飛び出していった。
あーあ…思いっきり引っ叩きやがって。―――性格が悪いのは僕も変わらない、か。
「ったく…何をやっているんだ、お前は」
「んー?叩かれた。結構、痛いもんだね」
「わわわっほっぺたが真っ赤になってるだよ!!」
「冷やさないと痕になっちゃいます!!!」
「大丈夫だよ、このくら…」
「どうやら一件落着のようですね」
「…陛下」
一件落着、なのかな?あ、でも王子とアグニさんに関しては…一件落着か。丸く納まったみたいだしね。
「良かったわね、ぼうや」
ぼ う や ?
「へっ陛下!その呼び方はおやめくださいといつも…っ」
「あらあら、そうだったかしら?でもぼうやは、私にとってはずっと可愛いぼうやだわ」
おー、主が照れてる、照れてる。傍にいた劉様やフィニ、バルドさん、メイリンさんも「ぼ…坊ちゃんが…」とか「あの伯爵が…」とか言いながら、必死に笑いを堪えてます。かくいう僕もその1人なんだけどね。だーって、あのつっけんどんとしてる主が真っ赤になって、照れてるんだよ?しかも"ぼうや"って言われて!陛下に会うことなどそうそうないから、あんまり聞かない呼び方ってのもあるしねぇ。…だけど、可愛いなって思うんだ。こういう時の主は。
はー。そろそろ笑うのをやめないと、主から鉄拳が飛んでくるかな…なんて考えていたら。ゴゴゴン☆という、派手な音が聞こえました。そーっと振り向いてみれば、頭にトリプルアイスクリームを作った使用人's。
一緒に笑っていたはずの劉様は、いつの間にか姿が見えなくなっていた。もちろん藍猫様も。一体何処に消えたのだろうか……何となく、予想はついてるけど。
「ゴホンッ…陛下、今回は何故このような所へ?」
居心地が悪そうに咳払いを1つすると、かぶっていたハットを取り陛下に問いかけた。
言われてみればそうだ。確かにウエストが女王陛下が来ると噂で、とは言っていたけれど。だけど、元々来る予定だったわけではなさそうだ。審査結果の発表の時にお出でになったわけだし。
「今日は聖ソフィア学園の聖歌隊コンサートを見に行くところだったの。だけど、ぼうやの会社がカリー品評会に出るというから、ぼうやに会いに来たのよ。いつもお手紙ばかりで、あまり会えないものね」
「…僕のような者が、あまり陛下にお目にかかる訳には…」
瞳を伏せ、俯いて言葉を紡ぐ主。
ヴィクトリア女王陛下は光で、ファントムハイブは闇だ。本来ならば存在してはならない、王家の影…だから、主はそんな風に言ったのだろう。あくまで僕の推測だから、本当は違うことを思っているのかもしれないけれど。俯いたままの主の頬に手を滑らせ、優しく微笑みかけた。
「そんな言い方なさらないで。ぼうやは小さいのに、お父上(ヴィンセント)の様に立派にお務めを果たしているわ…そうでしょう?クロード」
「…はい。いつも傍にいる僕が、それを証明いたします」
「……」
「貴方は変わらず、ぼうやの傍にいてくれてるのね」
「主は僕にとって…とても、とても大切な方ですから。ずっとお傍におりますよ、ご安心ください」
にっこりと笑って腰を折れば、陛下は安心したように微笑んでくれた。
「それにしても水晶宮(クリスタルパレス)へ来るのは、本当に久しぶり。アルバートと一緒に迎えた万博の開会式が昨日のことのよう…アルバートォォォ〜〜〜今日も一緒に来たかったああ〜〜〜」
「あー…」
またもや、地面に膝をついて泣き崩れてしまいました。何年経っても変わらないなぁ、この方は。だけど、さっきよりは立ち直りが早かったらしく、涙を拭きつつ馬に跨った。
「いけない、そろそろ出発しなくては…。今度、侍従長事務所に英国王室御用達(ロイヤルワラント)の認定書を送らせるわね。王宮のサロンでカリーパンを頂くのを楽しみにしています。ぼうやもお遊びは程々にね」
そう言い残し、陛下はまるで嵐のように去っていった。…従者を置いて。
この人も動く気配ないけど、置いていかれてるってことはわかってるのかなぁ?
「……」
「……お前はいいのか?」
「ハッ陛下、お待ちを!」
主に指摘されてようやく気づいたのか、急いで陛下の後を追いかけていった。走って追いつくならいいんだけどね…それか途中で陛下が彼がいないことに気づくとかね。
…それにしても、去り際に主のポケットに手紙みたいのを入れていったけど…教えてあげたほうがいいかな。主は全く気がついてないみたいだし。
「相変わらずだな、あの方も…」
「本当に。…主、あのさ―――」
「シエル!」
振り返ってみれば、そこに立っていたのは王子とアグニさん。王子は目を瞑って手を合わせながら、主にお礼の言葉を述べていた。
んー…さっきのはきっといつもの手紙だろうけど、まぁあとで言えばいいかな。今は王子と話をさせてあげよう。せっかくだし。話をしている王子が…ずいぶんといい表情をするようになったし。僕は僕で、気になっていることを片付けにいこうかな。そのまま会場をそーっと抜け出して、ある人の気配を追うことにした。
「我の庭(イーストエンド)を荒らした悪い鼠には、しっかりお灸をすえないとね。その為に飼ってる猫だ」
―――ズンッ!
お。ビンゴ。藍猫様が手に持っている武器が、重く鈍い音を立てて地面にめり込んだ。
あーあ。これで殴られたら、ひとたまりもないだろうね?か弱い人間なんて、さ。顔を青くしている2人を気にする素振りもせず、劉様が「ニャオ!」と鳴いた。それがきっと合図だったのだろう。藍猫様が武器を振り上げ、2人の叫び声が木霊する。
「ずいぶんときつーーーいお灸なんですね?」
「その声は…クロードかい。ついてきていたんだね」
「貴方の姿が急に見えなくなったし、気になってたから。そしたら予想通りで、少し笑っちゃいましたけどね」
「おやおや…やっぱり勘がいいんだねぇ、伯爵の護衛くんは」
カラカラと笑ってるけど、珍しく開かれている双眸の瞳は笑ってなどいなくて。こういう時の劉様は、やっぱり裏の人間なんだと再認識する。だからといって、怖がったりするような僕ではないけれどね?むしろ…面白いと思うくらいだ。
今の所、主に牙を向く様子もないから特に敵対することはないだろうから、手合わせをすることはないけどな。ちょーっと興味はあるけれど。
「…終わった」
「お疲れ、藍猫。ちゃんとお仕置きできたかい?」
「…できた」
「そうか、おりこうさんだったねぇ」
「でも劉様?主には放っておけって言われませんでしたか?」
そう。主は小物は放っておけって言ってたんだよねー。
まぁ、確かに殺すには値しないし?裏の事件でもなかった…女王の番犬が動くようなことではない。だから放っておいても、特に問題はないと思う。―――――けれど。
「伯爵は確かにそう言っていたけど、一度やる奴は何度もやっちゃうモンなんだよね」
「あぁ…成程。主の考えは甘い、と」
「さすがクロード。その通り〜」
劉様は自らの手(ヤッたのは藍猫様だけど)で制裁を加えた。
「…殺したんですか?2人は」
「殺してはいない…命令だから」
「そうですか…なら、僕は何も言いませんよ」
殺していないなら、僕がすることは何もない。もし万が一にでもウエストとミーナを殺していたのならば、僕も動かなきゃいけないけれど。もちろん…主のためにね?
だーけーど!どうやらその心配はなかったみたいだ。んじゃ、確認も出来たし此処に長居は無用だな。それに主達には黙って来ちゃってるし。
「おや、もう戻っちゃうのかい?」
「ええ。僕の勝手な行動ですからね、今回は。戻らないとクビになっちゃいます」
「もしそうなったら、我の店で雇ってあげるよ。君なら大歓迎だ」
「…それはどうも。だけど、僕はあの方以外に仕えるつもりはないのであしからず…」
劉様の返事を待たずに、来た道を急いで戻っていった。
僕がいなくなったことにまーだ気がついてないといいんだけど…説明するのも面倒だし。
「クスクス…ねえ、伯爵。君ばかりずるいと思わないかい?面白いものばかり持っていて。どうせなら―――――」
―――我に クロード をちょうだいよ―――