灰色と入団
「何で僕までサーカスに入団させられることになってるんだ!」
医務室に行っていたセバスと合流して、屋敷に帰ってきた僕達。何か収穫があったのか聞いていると、「サーカスの入団テストを受けることになった」とのこと。
…先に馬車へと戻っていた僕と主は、何のことやらさっぱりだ。てか、何がどうなってそうなった?
「入団させられるのではありませんよ。入団テストを受けて、入団させてもらうんです」
「確かに入団するのが一番手っ取り早いけど…」
「お前だけ潜入すればいいだろう。テント暮らしだなんて冗談じゃない」
「それでよろしいのですか?貴方の命令ではなく、私自らの意志で行動しても?」
もちろん、クロードも連れて行きますよ?
そう言いながら肩を抱き寄せられたから、思いっきりその手を叩き落としてやる。…今は仕事中で、主の前だ。こういうことはやめろ、って何回も言ってるじゃんか…!
セバスと僕が、所謂恋人になった後。女であることを知っている主には、事の次第を説明してあったんだ。隠し事はもうしたくなかったし、いつまでも隠し通せることでもないだろうと踏んでね。怒られたりするのかなー、と思ってたんだけど…「良かったじゃないか」と言ってくれて。(セバスには何も言わず、じとりと睨みつけてたけど)まぁ、とりあえず…ホッとしたんだ。それが理由で出て行けって言われたら、さすがに凹むなぁとか考えてたしねー。
「だが、サーカスに必要なのは芸だろう?僕は芸など出来ないぞ」
「バイオリンとか、そういうのはやっぱりダメ?」
「そういうものは求められていないだろ」
「まぁ、せいぜい明日の入団テストを頑張って下さい。私も執事として、心より応援申し上げます」
あっははー…胡散臭ェ。
「……仕方ない。僕も入団するとしよう。クロード、お前も僕達と一緒にテストを受けろ」
「「御意」」
サーカス団に潜入、か。ちょーっと面白そうだよね?久しぶりに。はてさて…あのサーカス団には、どんな秘密があるんでしょうねぇ?
主のお召しかえを終え、僕とセバスはそのまま退出。…ま、時間も遅かったし、眠そうに目を擦ってたのもあるしな。サーカス団に潜入することで話もまとまったことだし。さってと…明日の朝食の下ごしらえと、屋敷内の見回りをしないとな。
「クロード」
「うん?」
「サーカス団への潜入についてですが…本来の姿でお願い致しますよ」
「ぅえ?何でだよっ別にこのままでも―――」
「いいえ、なりません。せっかくサーカス団へ潜入するのですから、色っぽい格好をして楽しませて下さい」
―――ゲィンッ!!!
にっこりと変態発言しやがったセバスに、渾身の拳骨を一発。本当に何言ってんだ、コイツ!!!ソレ、ただ単にアンタが見たいだけだよな?!アンタ以外に誰も得しないよな?!
「こンの変態猫馬鹿ッ!!!」
「ひどいですねぇ…たまには良いじゃないですか。私へのご褒美と思って」
「何で僕がアンタにご褒美あげなきゃなんないのさ!…はぁ。本来の姿だとナメられたりして、色々と面倒なんだよ。男装(コッチ)のが便利」
「女性の姿だからこそ、得られる情報もあるのでは?…男3人が入団、というのも華がありませんしね」
それはッ確かにそうかも、しれないけどさ…っ?!
「先程のは冗談として。久しぶりに本来の貴女に触れたい、会いたい…それが理由ではいけませんか?」
「ッ!」
―――ドクンッ…
射抜かれるような紅玉の瞳。けれど慈しむような、優しさを含む眼差しに鼓動が一層早くなる。この瞳に見つめられると…何も考えられなくなるんだ。セバスチャン・ミカエリスという悪魔は―――麻薬。
「さあ、アリス…貴女の答えを聞かせなさい」
「ズルイな、アンタは…僕がセバスのその瞳に、逆らえないってよく知ってるクセに」
―――クスッ
「では、承諾して頂けますね?」
「…あぁ。今回ばかりは、アンタの頼みを聞いてやるよ」
その代わり…護ってくれるんでしょう?
「おや、珍しいですね?貴女はご自分で何とか出来るでしょうに」
「そっちの頼みごと、聞いてあげたんだから…こっちの頼みごとも聞くっていうのが筋じゃないの?」
「…御意。私のお姫様(マイプリンセス)」
僕の手の甲に、口付けを一つ。その姿が何て…様になることか。
上げられた顔に浮かぶ、妖艶な笑み。…ものすごく今更だけど。僕はとんでもない人(悪魔)を好きになっちゃったのかもしれないなぁ。てか、正しくは捕まっちゃった…だね。
「それでも…離れる気なんて、更々ないけどな」
主の最期を見届けるまで。そしていつか―――――セバスの全てを、手に入れるまで。セバスに全てを、捧げるまで。
―――そんなこんなで翌日。
「こらまたエライ可愛い子達連れて来はったなぁ。小さい子の方は男の子どすやろ?」
「ハイ。お屋敷ではページボーイをしていました。えーと…フィニアンといいます」
「メイドをしておりました、アリスです」
「なんや大層な名前どすなぁ。まっ入団したら2人共、芸名つけたるさかい」
ああ…此処では全員、芸名で生活してるのか。でも考えてみれば、それもそうだよね。フツウの名前でサーカスだなんて、あまり聞いたことがないもの。
それはさておき。よくよく話を聞いてみれば、どうやら入団テストを受けるのは主とあたしだけみたいだね。セバスはもう、昨日の時点で入団が確定してるんだって(昨日はそんなこと言ってなかったのに)。その肝心の馬鹿セバスはと言うと…サーカス団の綺麗なお姉さん方に囲まれて、何やら楽しそうに会話してる。
「……(見目良いのは認めるけど…何か気に食わない)」
「でも可愛いだけじゃサーカスは勤まりまへんえ。芸ができへんとな。坊とお嬢はん、何が得意なん?」
「…ダーツ?」
「運動神経には自信ありますけど、コレといったものは…」
「ほんなら、坊はナイフ投げやな」
ショーでナイフ投げをしてた人から、ほいよと渡されたナイフ。こういうのに慣れてない主にはちょーっと重いかもしれないなぁ。おまけに、指定された的まではかなりの距離がある。…経験のない人だったら、絶対に届かない距離。
まぁ、これは入団する為のテストだし?意地悪でやっているわけじゃないっていうのは、重々承知してるけど。それでも助けてあげたくなっちゃうのは、甘い証拠かしらね?主に。周りにバレないように小石を拾って、主の投げたナイフを狙った―――ら。
―――カクッ
―――ドスッ
あたしは何もしてないのに、地面に真っ逆さまだったナイフが勝手に軌道変更して、的に命中。
「「うそォ?!」」
うん。まぁ、そうなるよね。驚きますよね。2人の反応は、至極当然だと思う。その後、主は何回かナイフを投げたけど…的に当たるわけなさそうなのに、必ず命中していた。そっと隣に立っているセバスの手元に、視線を向けてみれば―――握られている小石。
「(やっぱりセバスがやってたのか。…先、越されちゃった)」
本当なら、あたしが主の手助けしたかったのに。
「さ、お次はお嬢はんの番どす」
「え、あ、はい」
「お嬢はんにやってもらうのは―――」
こっち、こっちと案内された場所に…思わず固まりました。
「えと…コレ、ですか?」
「綱渡りどす!!」
おー…これはまた、思っていた以上に高いな。まっさか綱渡りに挑戦しろ、と言われるとは思ってなかったよ。高い所が苦手なわけではない(というか、好きかも)けど、やったことのないことに不安は覚えるわけですよ。
普段、綱渡りをやっているらしい"ドール"と呼ばれた女の子が、あたしの腰にしっかりと命綱を繋いでくれている。…これで万が一、落ちたとしても…怪我する心配はないってことかな。
「(落ちないようにするけどね、悔しいから)」
「お嬢はーん!準備はいいどすか〜?」
「はい!いきまーすっ」
―――ギシッ…
一歩、また一歩…と、あたしにしては珍しく慎重に足を進めていた。最初はどうなるかと思ったけど、これは…何とかなってしまうかもしれない。
徐々に近くなるゴールとなる反対側。さぁ、あともう少し…という所で、あたしの脳裏にとある疑問が浮かんだんだ。てか、ただ渡りきればいいのかな。すんなりと合格する為には、向こう(アッチ)があっと驚くような―――何かをした方が良い気がするんだ。
決意したことは絶対に!それがあたしの、そして僕のモットーだ。心の中で、よし!と意気込んで…右足に力を込めた。
「ッ?!(あのバカ、何をする気だ…っ)」
「ほう…?(相変わらず、無茶なことをする…)」
「お嬢はん?!」
「ぅええぇえっ!先輩!あのキレイコちゃん止めないと…っ!」
下で見ている皆がざわついている中、あたしは―――宙に舞った。
―――クルッ
「(これで―――着地、出来れば!)」
空中で一回転。ゴールである反対側は、目の前だ。
―――トンッ…
何とか無事、成功―――かな?
「…っすごいやん!お嬢はん!!!」
「あはは、ありがとーございます」
「じゃあこのカワイコちゃんとキレイコちゃんは合格っスね、先輩」
「お嬢はんは問題あらへんけど、坊には重要なモンが欠けてるんどす」
「?!」
「(マズイ…主だけ不合格なんて―――)あのっ…」
「とびっきりの笑顔!!はい笑って〜〜〜!!」
「……は?」
「なっ…」
紡がれた言葉に、思わずボー然。そしてセバスは声を殺して笑ってます。
拳を握って、プルプルと震えていた主は…俯いたままの顔を上げて、笑いました。ええ、そりゃもうにっこりと!今までの笑顔とは違い、嘲笑の笑みではなく…昔に近い、笑顔だ。…うん。やっぱり貴方は、そうやって笑っているのが一番可愛いんだよ。きっともう―――二度と見ることは出来ないだろうけどね。
入団テストを無事に終えたあたし達は、ジョーカーさんに連れられてメンバーの方々へ紹介をされることに。…しっかりと、着替えとメイクまでさせられて。
セバスはいつもの燕尾服を基調に、ネクタイだけ骸骨のチャーム付のリボンに変更。
メイクは右目にだけの、シンプルなもの。あとシルクハット。
主は海賊がかぶるような帽子に、フリルがふんだんに使われたシャツとシックなベスト。そして短いパンツ。
首元には可愛らしいリボンもついてる。メイクはこれまたシンプルに、左目の下だけ。
私はと言うと…膝より少し上までの丈の、ハイネックのノースリーブワンピース。腰には薔薇の造花と大きめのリボン。で、ガーターベルトで止めたレースのニーハイに、ヒールの低い編み上げブーツ。メイクは右目の下にハートと蝶を描かれてる。
黒薔薇の刻印…上手く隠れてくれる衣装で助かったわ。あれだけは絶対に、見られたくないから。
「皆はーん、今日から新しい仲間が増えますえ」
―――ざわざわ…
「新人の"ブラック"と」
「ブラックです。よろしくお願いします」
「このお嬢はんが"レディローズ"」
「お願いします」
「それからこのちっこいのが"スマイル"どす!!」
「スッ…」
あーあ、顔が引きつってるわね主。
「みんな仲良うしとくれやす〜」
「ほらスマイル、先輩方にご挨拶を」
「え゛」
「そうですね。挨拶は大事ですよ?笑顔もね」
「よ、よろしくお願いします…」
「ほらスマイル、スマイルや!」