灰色とテント生活


「そういえば、まだ名乗っていませんでしたわ!わたくしリリーと申します」
「リリーさん、ですね。改めましてレディローズです」
「さん付けにしなくて構いませんわ!わたくしもローズと呼んでもいい?」
「はい。お好きに呼んでください」


アミダクジの結果、あたしはこのリリーという女の子と同室に。とても可愛くて、礼儀正しい子なんだけど…やっぱり他人と同室、というのは些か動きづらいわね。これは…消灯時間を過ぎてからの行動は避けた方が良いかもしれない。
下手に動いてしまうと、リリーに疑われてしまう可能性があるし、それをジョーカーさん達に告げ口されでもしたら厄介だ。この潜入を、私一人のミスでおじゃんにするのはごめんだものね。


「(この後、セバスに会いに行く予定だったんだけどな…)」


それが一番の理由だっていうのは、内緒。きっと向こうもあの死神が自由に動かせてはくれないだろうし、どっちにしろ無理な話だっただろうしね。この潜入捜査が終わらないことには、何も出来ないと思っておいた方ががっかりせずに済みそうね。


「ねぇ、ローズ。聞いても良いかしら」
「はい、どうぞ?リリー」
「一緒に入団してた…ブラックとスマイル、だったかしら。あの2人とは知り合い?」
「知り合いというか、同じお屋敷で働いていた仕事仲間なんですよ」
「そうなの!だから3人共、とても綺麗な上流階級英語を使っているのね!」
「ええ、まぁ…。主人が言葉にはうるさい方だったので」


うるさく言われていても、言葉遣いは一向に直らなかったけどね。あたし。
一応、タナカさんに教わったことは全部覚えてるけど。…だから、今回こうやって褒められているわけだけどー…必要はないよね。今は。屋敷に潜入とかだったら、少しは役に立ったかもしれないけれども。


「リリーは此処に入団して長いんですか?」
「そうでもありませんわ。まだ半年ほどだもの」
「でもあたしよりは先輩だわ。色々と教えてくださいね」
「もちろん!わからないことがあれば、いつでも聞いて下さいな」
「そうさせてもらいます」


入団して半年、か。この子からの情報は得られないものとして考えて良さそうね。やっぱり何か手掛かりになる情報を得る為には、一軍のメンバーへお近づきになる以外…方法はなさそう。
リリーにバレないように溜息を1つ吐き、二段ベッドの下に腰掛ける。


「さ、そろそろ休みましょう!新入りのお仕事は朝早くからあるんですもの。ローズ、下のベッドでもよろしくて?」
「構いませんよ〜下の方が楽ですし(すぐに抜け出せて)」
「では、わたくしは上を使うわね。おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」





―――翌朝…


「さむ…っ!」
「朝はかなり冷え込みますわね…!」


新人は早起きして、朝ご飯の支度をしなければならない。…というわけで、さっさか起きて食堂や調理場のあるテントへと向かう。元々屋敷でも早起きしてるし、それ自体は苦でも何でもないんだよね。慣れっこだもん。
それにしても…かなり早く起きたつもりだったけど、他の人達はそれ以上に早いんだなぁ。もう集まって下拵えを開始してました。何時に起きてるんだろ…。


「レディ、おはようございます」
「あ、おはようブラック」
「おはようございます、ブラックさん」
「リリーさん、でしたね。おはようございます」


人の良い顔でにっこり笑ったセバ…じゃなくて、ブラック。その笑顔を見て、わずかに頬を染めたリリー。……何か、面白くない。
この人さ、かなり見目がいいのよね。恋人っていう欲目を抜いても、カッコイイと思う。
だからー…その、ものすごくね?あの…モテるのよ!人当たりは良いし、見目良いし、女性のツボをやっぱり鷲掴みにしてるみたいなの。…それも、悪魔だからってことはわかってるつもりではいるんだけど。


「(わかってても、セバスにその気がなくても、嫌なもんは嫌だ)」


あたし、こんなに嫉妬深かったかしら。昨日の死神がセバスに死神の鎌を向けた時も、すっごく腹が立ったけど…自分のモノを傷つけられて。セバスはあたしだけのモノ、っていう醜い独占欲が出てくるの。

誰にも―――渡したくない。

…なーんて。あたし、朝っぱらから何考えてるんだろ;;下らないこと考えていないで、さっさと朝ご飯の支度に取り掛かろう。


「あれ?スマイルは…まだ来てないのかしら」


主は元々、朝に弱い方。いつもあたし達が起こしに行くまで寝ているし、こんなに早く起きることも今までなかった。だからこそ、此処での生活に不安が残っていたんだけれど…。着替えとか色々なこと、大丈夫かなぁ?


「リリー?どうかなさいましたの?」
「えっ?あ、いや…少し考え事してただけです。何でもないですよ」
「なら良いんですけど。さ!わたくし達も仕事をしましょ」
「ええ」


…あ、いつの間にかセバスはあっちで調理し始めてる。
主のことが気になりつつも、私も仕事に取り掛かることにした。


仕事をし始めてしばらくした頃。主とルームメイトの男の子が走ってきた。
あらまぁ、シャツのボタンを掛け違えちゃってるじゃない。普段、着替えとかセバスが担当しているものね。1人ですることなんて、ほとんどない生活をしているから…慣れていないのよねーこういうの。


「何です、その格好は?お一人ではお着替えもままならない様ですね」
「急いでたんだ」
「おはよう、スマイル…って、眼帯の紐が固結びになっちゃってるじゃないですか」
「固結びでは、お一人でほどく時にご苦労なさいますよ」


きっとこれも急いで結んだのね。クスクス笑いながら、眼帯の紐を結び直していると…何だか色んな方向から視線を感じるんですけれど?
顔を上げてみると、色んな人がこっちをじーっと見てました。それもとても呆けた顔で。え、一体何ですかこの状況は。あたし、何か変なことしちゃったのかなぁ?


「あははははっスマイル〜ローズとブラックは、お前のおふくろとおやじじゃねーんだからさ〜」
「ちが…っこれはクセ……いや、たまたまっっ」
「(すごい慌てっぷり…)」
「クロード、セバスチャン!此処にいる間は、僕を主人として扱うな!放っておけ!」(小声)
「はぁ…そうですか」
「わかりました。…では早速」


セバスの目線が、主の手に向かい…口元がクスリと弧を描いた。


「スマイル。その皮の方が肉厚なジャガイモで、何を作るおつもりです?」
「えっ…」
「あーーーッスマイル!!何やってんだ、お前〜ッ」
「スッスミマセン!」
「あ〜あ〜ドコ食やいいんだコレ…」
「そう落ち込まないで、スマイル。これはこのままカリカリに揚げて、フィッシュ&チップスに出来ますから」
「あっオレ、それ好き!」
「ふふっそれは良かったです。…ブラック、確か魚あったよね?」
「ええ、ありますよ。レディはそちらをお願いしますね」
「ん。リョーカイ」


主は罰の悪そうな顔をしてて、頭を撫でてあげたくなってしまったけど…今は我慢しよう。
一軍メンバー以外は、朝食に限らずいつでも早い者勝ちなんだそうだ。今日の朝も正にそれで、出来上がった途端戦場と化した。…笑い事じゃないくらいに、すごいよ。本当に。
あたしはセバスと一緒に給仕をしてたから、朝食抜き。だって何も残っていないもの。まぁ、食べなくても倒れたりしない体だから、別に構わないんだけれど。…でもセバスが作る料理、美味しくて好きだから食べたかったな。


「あれ?ローズ、朝食食わねーの?」
「あー…給仕をしていたらなくなってしまいまして」
「じゃあ、オレのおかず分けてやるよ!スマイルもローズも、細せーしたくさん食わないと!」
「…では、お言葉に甘えて頂きます」


主のルームメイトがくれたのは、セバスが作っていたミートパイ。屋敷でだったら怒られるから絶対しないけど、フォークを持っていなかったのでそのままかじりついた。ん、やっぱりセバスの料理は美味しいわね。


朝食の後は練習の時間。ストレッチなど、準備運動をしてから初歩であるらしい玉乗りをすることに。もちろん、主も一緒にね。
成程。こうやって新人は練習を重ねて、一軍昇格を目指すわけねー。全員は無理でも、あたし達3人の中で1人でも一軍のメンバーになれれば…プライベートテントを調べることも容易くなる。遠い道のりかもしれないけど、地道にやっていく他ない。


「うわッ」
「あらら…大丈夫?スマイル」
「おいおい〜お前、入団テストん時のバランス感覚はどーしたよ。こんなん初歩だぜ、初歩!!」
「(あの時はセバスの手助けがあったもんねぇ。言えないけど)」


おおーーーーーっっ

突然聞こえた歓声。なんとなーく想像はつくけど、一応確認…と思って視線を向けてみれば。案の定、大量の大玉を重ねた上にバランス良く立っているセバスが見えました。隣にはそれに張り合うように、何か筒状の物をこれまた大量に重ねた上に板を置き、その上に立っている死神がいた。
…すっごい目立ってるなー、あの2人。あちこちから人間技じゃないって聞こえるけど、まぁ人間じゃないしね。2人共。だからってあんなバランス感覚があるのかと言われれば、よくわからないけれどねぇ。


「(さすがにあれに張り合おうって気は起きない)」


悪魔と死神のよくわからない意地の張り合いを横目に見つつ、黙々と練習。
コツコツと練習するのは嫌いではないけど、集中しすぎたのか…いつの間にか汗だくになっていて。
ここまでにしておくか、と辺りに視線を巡らせれば…さっきまでいたはずの主達がいなくなっていた。そういえば、セバスの姿も見当たらないわね。2人共、練習を終えてテントを出て行ったのかしら。


「ローズ!練習はもう終わりですの?」
「ええ。汗を流したいのだけど…どうしたら良いですか?」
「テント暮らしだから、シャワーやお風呂はありませんの…この時間でしたら、女性陣は奥にある湖畔で汗を流してますわ。良かったら、このタオルお使いになって」
「ありがとう」


この寒空の中、湖畔で水浴び…ね。でも贅沢は言ってられないし、このままでいるのも気持ちが悪いしな…ザッと洗って、すぐに体を拭いてしまえば何とかなるかしらね。…多分、そう簡単に風邪をひくような体ではないはずだし。うん。
リリーにお礼を言って、あたしは訓練用のテントを後にした。

教えてもらった場所には、確かに湖畔があった。運良く誰もいなくて、あたしただ1人だけだった。…その方が好都合だから、構わないんだけれど。服を脱げば、否が応でも胸元の烙印が見えてしまうから。これは罪の証。消せない、過去の傷。


「悪魔で死神…人ならざる者でも、やっぱり寒さは感じるよね」


ボソリ、と呟いた言葉が…じんわりと胸の奥へと染み渡る。そんなことわかっていたつもりだったけれど、何でか今改めてそう思ったんだ。…人ならざる者でも、穢れた裏切り者と呼ばれる者でも生きているんだと思いたいのかもしれないなぁ。
あまり長い時間浸かっているのは、良くなさそう。汗さえ流せれば、とりあえずは今は良い。一度だけ水の中に潜って、あたしはそのまま上がることにした。


「さて、主達を探しに行きましょうかね」


髪の毛をガシガシと拭きながら、来た道を戻っていると…誰かが走り去っていくのが見えた。全身を濡らし、震えながら…でも何かを隠すように、自分の体を抱きながら。

今のは―――主?

一瞬だったけど、見間違えてはいないと思う。何であの方はびしょ濡れになっているんだろうか。何か、あったということ?


「考えてる場合じゃない…追いかけなくちゃ!」


この寒空の中、びしょ濡れのままでいたら体調を崩してしまう。


「確かこっちの方に……っ」


主が走っていった方に全速力で向かえば、たくさんの馬車が並んでいる中に捜し人はいた。セバスも一緒にいるようで、少しだけホッとした。


「シエル様っ!」
「!クロード……?」
「何でこんなびしょ濡れに…!一体、何したんですか」
「そういう貴女も髪の毛がびしょびしょではありませんか…」
「あたしは汗を流しに、湖畔で水浴び。主、此処に座ってくださいな。髪の毛、拭きますから」
「その前にシャツを先に着替えさせてあげて下さい」
「ん。シャツちょーだい」


セバスが汚れてしまった主の足を。あたしはシャツを替えて、濡れてしまっている髪の毛を拭いていた。もちろん、冷え切ってしまった体には、毛布をかけるのも忘れません。
その間にこれからどうするのか、主が話してくれた。


「大人しく一軍昇格を目指そうと思っていたが…この環境で悠長なことは言ってられん。我慢の限界だ」
「私としては夜は死神が邪魔で出歩けませんし」
「なら、強行突破しちゃう?それが一番楽でしょう」
「…死神がいるとはいえ、まだ奴らが犯人と決まったわけじゃない。大人しくしていろ」
「はぁーい…」


と、なると…狙うなら一軍が全員部屋を出る公演中かな。でもその前に、主にベッタリくっついてるあの男の子。あの子をまずどうにか撒かないとなんだよねぇ。そうじゃないと、主が動けないから。
あたしとセバスで動くのもアリだけど、主が動けないと意味がないそうなので。今日の所は、主から離れていた瞬間なんてなかった…これはかなり難しいかもしれないなぁ。


「…早く帰って暖かい紅茶を飲みながら、甘いものが食べたい」
「あ、あたしも食べたいなーセバスの作ったお菓子」
「クス…お屋敷に戻ったら、ご用意しますよ」
「あたしの分も?」
「貴女はこの後の働きによりますかね?」


ニヤリ、と笑ったセバス。こんのドS執事ーーーーーーっ!!!
いいもん、頑張って仕事して、絶対にお菓子作ってもらうんだから!
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