灰色と掃除
「…ネズミの侵入を確認。足音と気配から察するに、5だね」
「5人だぁ?ずいぶん少なくねぇか?」
「真夜中に侵入するんなら妥当な人数だよ。さ、そういうわけだから僕達も動くぞー」
眠っていたフィニを叩き起こしてから、全員に簡単な指示を出していく。セバスがいない今、指示を出すのは僕になるらしいからね。
「当初の作戦通り、フィニは裏庭」
「ふぁーい…」
「メイリンさんは屋上」
「はいですだ!」
「バルドさんは厨房で待機。…破壊し過ぎると、主達に怒られますからね」
「わかってるって!」
「タナカさんはエリザベス様のお傍に。決して、彼らの姿を見せないで下さい」
「ほっほ。承知しております」
珍しく着ていたジャケットを脱ぎ、袖は捲ってボタンで留める。更にネクタイも外し、最後に主から頂いた革の黒い手袋をはめれば準備は万端。ネズミ退治だからね?このくらい軽装になった方が動きやすいのさ。本来の姿に戻った方がいいかなーとも思ったけど、バルドさん達は僕の正体を知らないし…何とかなるだろうと思って。
サーカス団の彼らの強さは予測がつかない。だけど、決して弱いわけではないと思う。子供を攫って、目撃情報が1つもないのはおかしい。誰にも見つからないわけが、ない行為なのに。
…きっと、その理由は驚くほど単純明快。目撃者は、全て消されている。
そう考えれば、あれだけ大量の子供を攫って来ているにも関わらず…捕まっていない理由も頷ける。今日此処に入りこんだネズミ5匹も―――目撃者を残さずに、主を攫って行くつもりだったんだろう。
―――パンパンッ
「さー、各自持ち場について!迅速に、且つ確実に仕留めてくれよ?」
「「「イエッサ!」」」
「…あぁ、あともう1つ。今日は可愛らしい御客人がいるんだから、なるべく派手な物音は立てないようにね」
最後にそう念を押して、全員を持ち場に向かわせた。此処で働く使用人は普通とは少し違う…それをまだ、サーカス団の奴らは知らないんだ。だけど、今夜…身を持って知ることになる。
"ファントムハイブには、手を出してはいけない"ってね。
「あの方の名に傷を付ける者は…1人残らず、排除する」
皆を見送り、僕は屋敷内を見回りつつ、侵入経路の1つであろう正面へ向かっていた。
裏庭はフィニに任せたし、脇はメイリンさんが睨みを効かせている。そうすれば消去法で、正面から入って来るだろうと踏んでいたんだよね。実は。
―――ガシャーンッ
―――パリンッ
―――ドスン!
これで3匹、排除っと。
でもまぁ、派手な音を立てやがって…この音がした方向、エリザベス様が眠っておられる部屋の前の廊下じゃない?タナカさんが待機しているから、彼女を部屋から出さないようにしてくれているとは思うけどさ。
ま、何はともあれ…残すはあと2人。うん。気配はこっちに向かっている。僕の読み通りだね…だけど、なーんで厨房待機を指示したバルドさんの気配まであんのかなぁ。
「…バールードーさーん?」
「クロード…いや、待機してんのは退屈でよぉ」
「全く…人の指示はちゃんと聞いて下さいよ。さ、御客人のご到着だよ」
―――キィ…
「おう、待ってたぜ」
「ファントムハイブ伯爵のお屋敷にようこそ…御客人?」
中に入って来たのは、ビーストさんとダガーさんの2人。この2人は夢にも思ってないんだろうなぁ…他の3人がもう、始末されているだなんてさ。そして自分達も始末されるなんて。アンタ達に何も恨みはないけれど…大切な主に危害を加えることは許さない。あの方に刃を向けることは、万死に値する行為だ。
ゆっくりとお辞儀をし、顔を上げればものすごいスピードで飛んでくるナイフ。一般人なら反応出来ずにモロ食らっちまうだろうけど…僕にとっては痛くも痒くもない。このくらいのスピードなら、掴み取れる。
飛んできた3本のナイフを指で挟み取り、すぐさまダガーさんに投げ返す。避けられちゃったけど、驚かすには十分だったみたいだね。ふふっビーストさんもダガーさんも…面白い顔だ。では、そんなお2人に―――もう一発、ご挨拶をして差し上げましょう。
「おい、フィニ」
「大砲1発、お願いするよ」
―――ドガッ
2人に向かって飛んで行ったのは、階段を彩る石膏の置物達。1つ、また1つと投げられ、壊れていく。
上手く避けているようで、全く当たらなかったけど…それでいいんだ。僕達の"今"の目的は、ある場所に追い込むこと。まずは第一の作戦、成功って所かな。さて、次の行動に移るとしましょうかね〜。
「バルドさん、指示は僕が出す。今度こそ、厨房で待機!」
「リョーカイだ」
部屋には一通り、罠を仕掛けてある。無闇にドアを開ければ、呼び鈴で居場所がわかるように…ね。
―――チリンチリーン
お、早速引っかかってくれたな?場所は…応接室か。外にいるメイリンさんに教えて、そっちに向かってもらおう。
「メイリンさーん、ネズミは応接室にいるよ。西棟から回って」
『イエッサ―』
「フィニは中央からな。迷わないでよ?」
「イエッサー」
こうして少しずつ追い込んで、追い込んで、追い込んで…最終的に辿り着くのは、地獄への入り口。任務完了まで、あともう少し。
さーて、んじゃま僕も2人を追いかけるとしますかね。執事のクロードとしてはご挨拶したけど、護衛のアリスとしてはまだご挨拶していなかったしちょうど良いや。コツコツ、とゆっくりと足を進めれば銃声が聞こえてきた。ということは、この先にメイリンさんがいるわけだねー。全くまーた派手に音立てちゃって。…けど、あの3人に静かに始末しろっていう方が無理な話かね。
エリザベス様のことはタナカさんに丸投げしちゃおう。気を付けるに越したことはないと思うけど、もう面倒になってきた。色んなとこに気を使うの。
―――コツン…ッ
「チッまだ用心棒がいんのかよっ!」
飛んでくる3本のナイフ。だけど、こんな生ぬるい攻撃じゃ"あたし"は殺せないわよ?
―――パシッ
「生ぬる過ぎる…こんな攻撃じゃあ、虫一匹殺せないわよ?」
「?!アンタ…ローズ!!」
「やっぱりアンタも伯爵達と繋がってたのかい!!」
「あの方はあたしの大事な主ですからね。さあ…生きて帰れるなんて、思わないでね?」
にっこりと笑って、さっきのナイフをぶん投げる。当てることが目的じゃない。…更に階段を下りさせることが、あたしの目的。階段側に避けさせた2人に向かって、死神の鎌から形状変化させた銃を向ければ…慌てたように階段を駆け下りていった。
ふふっこれで―――もうすぐチェックメイトよ、お2人さん?
「仕上げはバルドさんのお仕事。あたしは外に回るとしましょうか」
本来の姿から男へと戻り、再び足を進める。早く仕事を終わらせて、主とセバスの元へ行きたいなー…2人の顔を見て、安心したい。無事じゃないなんて思ってないし、そんなこと考えたくもないけど…不安要素が多過ぎるから。
―――ドガガガガガッ
「おー、おー…派手にやってんなぁ、バルドさん」
「エリザベス様がいらっしゃるのに、大丈夫だか?」
「メイリンさんとフィニもなかなかの音出してたよ?まぁ、タナカさんについてもらってるし…上手く誤魔化してくれんでしょ」
…けど、この様子じゃあ厨房はめちゃくちゃだろうなぁ。その他もめちゃくちゃだから、もう何処が壊れようと手遅れなんだけども。…セバスのお説教決定だな、こりゃ。
「クロードさん、まだですか?」
「ん、もーちょい待って。バルドさんからの合図が…」
『いーや、フィニ!!』
「よし、フィニやっちゃってー」
「はい!」
フィニの拳で目の前の壁をぶっ壊してもらえば、そこから見えるは厨房。あとは持って来ていたロープでバルドさんを引き上げれば、僕達の仕掛けた罠は全て完了だ。
厨房の中は白くなっていて、視界が悪くなっている。その原因は恐らく小麦粉だろう。バルドさんが用意していた。さっきの音から察するに、ビーストさんは鞭を振るっていたみたいだし…そこら中に置いておいた小麦粉の袋を破ってくれたんだろうね。…それが、命取りになるとも知らずに。
粉ってのはね、細かけりゃ細かいほど燃えやすいものなんだ。空気中の粉の濃度が高くなれば、それはもう爆発性のガスと一緒なわけ。
「ミソネタで18人も天国へブッ飛ばしちまった小麦粉工場の話を知ってっか?」
「?!」
「ごめんねー、ビーストさん。あんたらには何の恨みもないけど…」
「そう、これがオレ達の仕事なんだよ」
「僕達を恨むのはお門違い。恨むんなら……派手な行動を取って、陛下に目をつけられた自分達を恨みなさい」
バルドさん達にバレない程の一瞬、彼女だけがわかる一瞬だけ本来の姿に戻って笑みを浮かべれば。ビーストさんの顔が、悔しそうに憎そうに歪む。
「何があってもファントムハイヴ家の秘密と誇りを守る、それが僕達…ファントムハイヴ家の使用人なんだよ」
バルドさんの手から離れた、火のついた1本のマッチ。
それが厨房に辿り着いた瞬間―――――ビーストさんは、爆発音と共に炎に包まれた。