灰色と違反
主からの命を無事に果たし、後片付けは全てフィニ達に任せて、僕はケルヴィン男爵の屋敷へと向かっていた。森を抜け、全速力で暗い街を走り抜ければ…1日前に忍び込んだ屋敷が見えて来る。
ふむ…子供の気配は相変わらずある。主とセバスの気配もあるし…ジョーカーさんの気配もあるけど、何か―――足りない。…そうか。ケルヴィン男爵の気配が消えているんだ。
一瞬、逃げたのだろうかと思ったけど、それならジョーカーさんの気配もなくなっているはずだし、恐らくはセバスが始末したんだろう。
まぁ、あの人は始末しても問題ないんだろうけどね。場合によっては、それも必要なことだし。ひとまず、主達の無事は確認出来たし…僕も向かうとしますか。禁断の、地下室に。
「気配を感じるのは…こっちだな」
歩みを進めていけば、地下へ続く階段を見つけた。靴音を鳴らして降りていくと、血の臭いが濃くなっていく。…あぁ、やっぱりケルヴィン男爵は始末されたんだな。この噎せる程に濃い血の臭いで確信が持てたよ。
―――ギイイィイ…
重い扉を開けば、眼下に広がるは―――何かの儀式の準備。陣の真ん中に置かれた台、その周りには子供達がいれられた大きな檻が3つ。そしてケルヴィン男爵の死体。近くには腕を切られたジョーカーさんに、主達の姿もある。
急いで来てはみたものの…僕の出番はなさそうかな?
「…遅いぞ、クロード。僕の命はしっかり遂行してきたんだろうな?」
「これは失礼しました。少々手間取りまして…けど、しっかり始末してきましたよ?ファントムハイヴ家に牙をむいた5匹のネズミは、ね」
「!ま、まさか…」
「クスクス…そのまさかですよ、ジョーカーさん。ビーストさんも、ダガーさんも、ジャンボさんも、ピーターさんも、ウェンディさんもお先に逝って頂きました。あたし達の手で」
「ロー、ズ…?」
本来の姿に戻って、彼らの安否を教えてあげれば驚いた表情を浮かべ…そして一筋の涙を流した。きっと彼らのことを思って流された涙。…誰かのことを思って流す涙は綺麗なモノだけれど、泣いたって何も変わらない。
この世界はいつだって誰にも優しくないし、手を伸ばしてもくれない。どうにかしたいのなら、自分の足で立ち上がって、自分の手で欲しい物を掴み取るしか術がない。信じられるのは、自分自身のみなのかもしれないわね。
さて、これで任務完了かしら…この子供達はどうするべきかしらねぇ。どう見ても薬か何かで正気を失っているし、こうなってしまった人間はきっともう元には戻れないだろうけど。
子供達に視線を向けて耽っていると、扉が開いて声が聞こえた。この声は聞いた覚えがある。サーカス団の…車椅子に乗ったお医者さん。でもどうやら、歩けないっていうのはただの演技だったみたいね。自らの足で立ち上がって、歩いている。ジョーカーさん達に警戒されない為に…か。ずいぶんと手が込んでいるのね。
「酷いじゃないか。やっと僕の理想を理解してくれるパトロンに出会えたってのに」
「理想?」
「…どういうこと?」
「僕は昔から完璧な義肢を求めて開発し続けてきた。そして研究の末に、最上の素材を造り出すことに成功したんだ!」
このお医者さんが求めていた完璧な義肢…それは木よりも軽くて丈夫で、そして陶器特有の無機質な美しさ…今まで誰も造れなかったモノ。それを彼は造り出したらしいけど、素材を集めるのが難しいシロモノらしい。
何処で触ったのか知らないけど、セバスはボーンチャイナのようなとろけるような手触りだったと言ってる。…でもそれと一緒にするな、とお医者さんは笑う。ボーンチャイナは家畜の骨を混ぜて作るもの…それと一緒にするなと言うということは、まさか―――
「子供達の、骨…?」
ゾクリ、と背中に悪寒が走った。…成程。確かに彼の理想を理解してくれる人間はそうそういないでしょうね。真実を知らなければ、きっと素晴らしいって言うだろうけど…普通の感覚を持つ人間には到底理解が出来ない思想だろう。
ケルヴィン男爵は彼の理想に嫌悪感を抱くことも、拒絶することもなかったということか…確かにあの時の渇望するような瞳は、常軌を逸しているようにも感じたけれど。
―――ドサッ
お医者さんが1人の少女を、台の上に置き…ナイフを振り上げ、その小さな体に突き立てた。正気を失っている少女は泣き声も、苦しみの声を上げることもない。その代わりに反応したのは、小さな我が主。
―――ギュッ
「大丈夫ですよ、主」
「そうですよ、坊ちゃん。何を恐れることがあるのです。貴方は今、檻の外にいるのですよ私のご主人様(マイロード)」
「「さぁ、私達の名前を呼んで」」
「セッセバ、スチャ…クロード…ッ!……こいつらを殺せええっ!!」
主の右目が妖しく光り、セバスの手が、あたしの鎌が―――男の心臓を貫いた。ジョーカーさんはもうすでに息絶えていた。恐らくは腕を切られた際の出血量だろう…止血していなかったし、あれだけの量を流せば出血多量で失血死してもおかしくはない。
今度こそ、これで任務終了だと思われたけど…主は此処を燃やせと命令してきた。けど、女王陛下からの手紙から察するに、今回の任務は事件の犯人探しと子供達の救出だと思う。…それなのに子供達諸共、燃やしてしまった良いの?
そう聞いてみても我を忘れた瞳で、此処にある全てを灰にしろと語気を強めるだけ。…理由はわからないけれど、きっと―――貴方のいなくなっていた空白の1ヶ月に関係しているのでしょうね。
「……アリス、坊ちゃんを」
「ん。…主、おいで」
微かに震える主の体をセバスの腕から引き取れば、首筋にギュウッと抱きついてきた。まるで、母親に甘える子供のように。
宥めるように背中をポンポン、と叩けば少しだけ腕の力が弱まるけど、相変わらず顔を上げることはなくて。聞きたいことはたくさんあるけれど、今は聞かないでおこう。そう思いながら、大きくなった炎をただ見つめていた。
―――ピクッ
「……!」
「アリス?何をしているんです、炎が広がる前に脱出しますよ」
「んー…死神の気配がする」
「あぁ…近々、大量の魂を審査すると仰っていましたからね。それで来ているのでしょう」
「そういえばそんなこと言ってたかも」
主を抱え直して正面玄関から脱出すれば、そこには驚愕の表情で立っているソバカスくん…もとい、ドールさんの姿があった。恐らくはジョーカーさんに会いに来たんでしょうね。ロンドンから馬を飛ばして。
「ブラック…ローズ…スマイル?何でお前らが此処に…何があったんだよ?!兄貴はっ」
「ジョーカーさんならもういませんよ、ドールさん」
「お亡くなりになられました」
「え…」
まぁ、突然仲間の訃報を告げられれば激昂したくもなるでしょうね?そんな彼女にあたし達は全てを教えてあげた。彼女には知る義務がある、とかそういうわけではなく…教えない限り、納得しないだろうと思って。
女王陛下の命により、児童連続誘拐犯の行方を追っていたこと。そう告げれば、明らかにドールさんの顔に驚愕の色が広がった。まさか知られているとは思わなかった…そんなような表情ね。バレないとでも思っていたのかしら。
「お前ら本当に警察だったのか?!オレらを捕まえに…」
「いいえ、違いますよ」
「捕まえるんじゃなく、消しに来たの。女王の番犬、ファントムハイヴとして…ね」
"女王の番犬 ファントムハイヴ"という単語に心当たりがあったみたいね。…ふふ、でもそれもそうよね。彼女だってケルヴィン男爵と繋がっていて、児童誘拐に関わっていたんだもの。彼から送られてきていた手紙に書かれていた、主の情報を知っていたっておかしくはない。むしろ、知っていて当然だわ。
まぁ、彼女にとって主はお気に入り…というか、大事な友達だったようだし?主の行動が、言動が―――嘘だとは、思っていなかったようだけど。疑われてもおかしくない点は、いくつかあったでしょうにね。
「僕の名前はシエル・ファントムハイヴ。僕の仕事はひとつだけ…女王の憂いを晴らすこと。だから殺した。ケルヴィンも、ジョーカーも僕が殺した」
家が焼ける炎の音に混じり、幼い少女の雄叫びが響く。
父親を、大切な仲間を奪われた怒りと憎しみ―――どす黒い感情が、彼女の小さな体から溢れ出す。許容量を超えたソレは止まることを知らず、刃となって主に牙をむいた。だけど、その刃は決して主に届くことはない。だって―――
「セバスチャン、アリス」
彼女の刃は、あたし達(盾)が受け止めるのだから。
―――ゴオオォオオ…
暗がりの中、真っ赤に燃え上がる一軒の屋敷。その光景を少し離れた所から、2人の男女が静かに見つめていた。
「あらあら…とうとう、二度目の違反を犯しちゃったのねぇ。これでもう逃げられないんじゃない?」
「元々、あの女は違反を犯している。それだけで死刑は確定済み…更に逃亡と二度目の殺人罪。…逃げ道はもう、作らせない」
「んふふ!さぁ、どうやっていたぶってやろうかしら…私達の家族を殺した罪は重いんだから」
奥深くに沈んでいた彼女の運命の歯車は、今少しずつ回り始めた。
勢い良く回る歯車は止まらない。滑車が外れ、全てが壊れるまでは―――決して。