灰色と忍び寄る影


サーカス団の事件が終わってから、早一週間。ボロボロだった屋敷もセバスが即座に直し、主の服も粗方揃って、ようやく屋敷の中が落ち着き始めた気がする。…まぁ、いつも通り使用人'sは騒がしいけどね。
今までの日常が戻ってきてはいるんだけど、ここ数日…屋敷の外から変な気配を感じるんだよね。変っていうか、何て言うか…こう、ねっとりとした視線っていうの?そんな感じの気持ち悪い感覚。主やセバスに向けられてるのか、とも思ったけど、どうやら狙いは僕自身のようでさ。皆でいる時は感じないけど、1人になった途端、絡みついてくるからこれはもう決まりでしょう。
…てかさ、ある程度は隠してるけど…これ、死神の気配なんだよね。堅物と変態の死神に正体がバレてからなーんも動きがなかったから、もう諦めたもんだと思ってたんだけどなぁ。そんなことなかったみたいだ。


「(セバスが何も言ってこない所を見ると…本当に上手く気配を隠してんだな。僕にだけ感じ取れるように)」


警告か、はたまた殺しに来たのか…何にせよ、主達に危害を加えるつもりならこっちだって容赦しないけど。でも今の所は動く気配がないんだよな。殺気も感じてない。ただ、気配と視線が向けられているだけだ。…だからこそ、不気味なのかもしんないけど。
こりゃまたしばらくは気を抜けそうにないなぁ…ようやく嫌な事件が片付いたとこだっていうのに、休むことも出来ないじゃないか。ま、護衛兼執事って時点で休みなんてあってないようなものなんだけどなー。


「クロード、こんな所にいたんですか」
「お、セバス」
「指示した仕事は終わっているのでしょう?おやつとディナーの準備を手伝いなさい」
「はいはい、リョーカイしましたーっと」


この気配に関しては、もう少しだけ泳がせてみようかね…わざわざこの屋敷に潜り込んでるってことは、何かしら騒ぎを起こすつもりなんだろうし?下手にこっちが動くよりも、相手の動きを見ていた方が良いだろう。目的がわからないうちは、ね。
まぁ、さっさと仕留めるのもアリなんだろうけど、今はまだちょーっと危険かもなぁ。うん、やっぱりもう少し放っておこう。…向こうが、焦れて動き出すまでは。


「どんな輩が来ようと…負けやしないけどね」


セバスの背中を追いながらクスクスと笑いが零れる。
でもこの時の僕はまだ、気が付いていなかったんだ。この思い上がりが、最悪の事態を引き起こすことになるなんて。





「(うーん…泳がせてそろそろ二週間程経つけど、まだ動きに変化はないか)」


寝込みを襲われるようなこともないし、1人でいる時に襲われることも今の所はなし。相変わらずねっとりとした視線が向けられているだけだ。…あぁ、でも最近になってその視線に殺気が込められるようになってきたか。…となると、そろそろってことかなぁ。警戒、強めておいた方が良さそうだね。
気持ちを引き締めて、おやつの準備をしにキッチンへと足を向けた時だった。すぐ後ろに、静かに2つの気配が降り立ったのは。咄嗟に振り向こうとしたけれど、首筋と背中に刃物のような物が突き付けられて前を向いている他なく。それでもどうにかして何者かを探ろうと、視線だけをそっちに向ければ…予想通り、死神が2人立っていた。
男女の死神…へぇ、コンビで動いてるのかね?珍しい。


「…あんたら、最近、僕に視線を向けてた奴らだろ?」
「ふふ、当たりよ!気が付かないわけないとは思っていたけど…あれだけの微かな気配で気が付くなんて、噂通りね?」
「は、…よっく言うよ。あれだけ薄気味悪いねっとりとした視線を向けておいて」
「だってそのくらいしないと面白くないでしょう?…けど、意外だったわ。こんなに簡単に背後を取ることが出来るな・ん・て」
「……」


…あぁ、僕だってびっくりしたよ。死神であり悪魔でもある僕は、基本、気配には聡い。それに運動神経も常人離れしてるから、そう簡単に背後は取られないはずだった。
けど、今回は避けることが出来ずにこのザマだ。…あー、そういや変態死神と戦った時も背後取られたことあったっけ。もしかしたら僕、死神との相性さいっあくなのかも。


「……アリス・ロシュホール。貴様は二度、死亡者リストに載っていない者を殺害した。それは規定違反だ」
「それは死神の規定、だろう?生憎、僕は死神じゃないんでね」
「確かに貴様は正規の死神ではない…が、死神の鎌でリストに載っていない者を殺すのはそれ以前の問題なのでな」
「それだけじゃないわ。今、この時までの逃亡も罪の1つ…もう逃がしはしない、一緒に来てもらうわよアリス・ロシュホール」


首筋に突き付けられている刃物がグッと喉元に入り込み、僅かな痛みが走る。…あぁ、これ確認するまでもなく切れただろうなぁ。こんなことを考えられてるってことは、僕、意外と冷静なのかもしれないね。


「…拒否を、したら?」
「しても構わん。実力行使で我らを退けさせても無論構わないが―――大事な大事な主人を、危険に晒したくはないだろう…?」
「!!!」
「ふふっさっきまでの余裕はどうしたの?急に焦り出すなんて…そんなに人間のあの子が大事なのかしら。……他人の大事なものを全て、奪い取った穢れた血筋のクセに」


耳に、脳内に直接流れ込んでくるように届いた言葉。それは僕の心をかき乱すには十分すぎるもので、これはもう…抵抗など、出来やしない。出来るはずもないんだけど。
ごめんね、と心の中で呟いた言葉はきっと誰にも届かない。諦めたように天を仰ぎ、僕は2人の死神と共に屋敷を後にした。…誰にも、何も告げぬまま。
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