捜す黒


 side:セバスチャン


いつだってフラリ、と姿を消してしまう。それでも屋敷内の何処かに気配を感じるから、本気で見失ったことなどはない。…本気で、彼―――いえ、彼女の気配を感じ取れなくなったことなどなかったのです。


「おかしいですね…先日まで確かに気配があったはずなのに」


仕事を頼もうと気配を探ってみれば、何処にも感じることが出来なかった。庭にも、玄関ホールにも、坊ちゃんの私室にも、客室にも、厨房にも、…何処にも見知った気配が見当たらない。私に黙って外に買い物でも行ったのだろうか?坊ちゃんの命令で。それならば直に戻ってくるでしょうし、何も心配はないでしょうが。
…ですが、この嫌な予感は何でしょう。今までに感じたことのない、とてつもない嫌な感じがします。彼女に何かあった、ということなのでしょうか?
しかし、不審な気配を感じた記憶もありませんし、そのような報告も一切受けていない…ということは、この嫌な予感は私の気のせいだと言う他ないでしょうね。ひとまず坊ちゃんにクロードに何か命じたか、伺ってみることにしましょう。


「クロードに?いや、僕は何も命じていない。そもそもここ3日ほどアイツの姿すら見ていないぞ」
「…そうですか」
「お前の命で何処かに行っているだけだと思っていたが…違うのか?」
「ええ。急に姿を消してしまったかのように気配がなくなりました。勝手に外に出る、などしないとは思うのですが…」
「……クロードが勝手にいなくなるなど、今までに一度もなかった」


坊ちゃんの言葉で、今回彼女がいなくなったのは彼女自身の意思ではないのでは?という疑問が浮かんでくる。でも、だとすれば一体何の為に?そしてどうやって彼女のことを連れ出したのでしょう?考えれば考えるほど、謎は深まるばかりですねぇ。
こういう時、連絡手段がないというのは些か不便かもしれません。普段は近くに必ずいる存在ですから、そんな風に思ったことはありませんが。…というか、いなくなるということがほとんどありませんからね。必要ないことだったんです。

まぁ、それはさておき。どうしましょうか。
彼女の意思でなかったとすれば、何者かが絡んでいるのは間違いないと思うのですが…皆目見当もつきません。1つだけあるといえば、…ある。しかしそれが真実だとすれば、私がその気配に気が付かないはずがない。…そう。この、胸やけのする気配にね。


「何か御用ですか?…死神さん」
「あーら、ずいぶんなご挨拶じゃない?セバスちゃん」
「不法侵入している貴方に言われる筋合いはないと思いますが」
「ま、否定はしないけど。それより、そのシルバー下ろしてくれないかしら?別に危害を加えに来たわけじゃないのヨ」
「…ほう?では、一体何をしにこの屋敷へいらしたのです?」


ニヤリ、と口を歪め笑った紅の死神。彼が紡いだ言葉は、衝撃的すぎてしばし言葉を失ってしまいました。

『あの子―――アリス・ロシュホールの処刑が決まったワ』

先ほどの笑みは何処へやら。この言葉を皮切りに、淡々と彼女が置かれている状況や状態、そしてそれに至る経緯までもを事細かに話してくださいました。確かに情報が皆無だった為、僅かな情報でも欲しかった所ですが…グレルさんは何故、それを私に教えに来たのでしょう?
彼だって曲がりなりにも死神だ、アリスのことは憎むべき対象として教えられ、育ってきているはず。彼女が処刑されそうになっていたとして、それを喜ぶことはあれど、今のように部外者に教える義理もメリットもないはず。…何か、裏があるのでしょうか?


「別にセバスちゃんを嵌めようとか、そんなことを考えてるワケじゃないわヨ?ただ―――」
「…ただ?」
「こんなことを思うのは変だ、って自分でもわかってるんだけど…なーんだか哀れに思えちゃってね。何もかもを捨てて、諦めた気になってるあのバカな子が」
「……」
「助けに行ってあげて、とか言うつもりはないわ。…けど、耳にいれておくぐらいしてあげようと思っただけ」


―――アンタ、あの子の恋人なんデショ?
おや。まさかこの人の耳に入ってるとは思いもよりませんでしたね。話したこともなかったはずですが。
…しかし、まさか本当に死神が絡んでいたとは思いませんでした。しかも捕えられ、すでに処刑の日付が決まっているとは。
処刑が決行されるのは、明日の深夜―――まぁ、妥当な所でしょうか。逆にすぐ決行されなかったことを喜ぶべきかもしれません。彼女の憎まれようを考えれば、捕えられてすぐに処刑されていてもおかしくなかったでしょうから。


「…セバスチャン、死神」
「坊ちゃん!」
「あーら、盗み聞き?悪い子供ねぇ」
「うるさい、黙れ。そんなことより…さっきの話は本当なのか?」
「本当よ。明日の深夜…厳密に言うと、あと6時間後には尋問と処刑が始まるってこと。あの子は抗う気もないようよ?」


「生きる気力がない」、そう聞いた坊ちゃんはこめかみに薄らと青筋を浮かべていらっしゃいます。そんな反応をするだろう、と予想はしていましたがね。…私もカチン、ときましたからねぇ先ほど聞いた時に。


「あのバカ…!」
「私も同意見です。如何なさいますか?」
「如何もクソもあるか!セバスチャン、命令だ。あのバカな護衛を必ず連れ戻してこい!!」
「…御意、御主人様」
「アンタらならそう言う気がしてたけど。…乗り掛かった舟だし、死神協会の本社まで道案内してア・ゲ・ル!」


その言い方は気色悪くて仕方ありませんが、道案内を買って出て頂いたのは有難い。ここは大人しく、そして素直に利用させて頂くことにしましょうか。
…待っていなさい、アリス。悪魔である私から逃れられる術など、ないに等しいこと。その体に刻み込んで差し上げます。
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