灰色と蠢く影


ジーメンス様の叫び声、メイリンさんのジーメンス様を呼ぶ声、僕とセバスがドアを蹴破る音。
真夜中にしてはうるさすぎる声を耳にして、キッチンで片付けをしていたバルドさんとフィニも駆けつけた。更にはお休みになっていた主もタナカさんを引き連れ客室へ。死体と思われるお客人を見て驚いた様子ではあるけれど、やっぱりどこか冷静だ。ま、それが主なんだけれどね。

さってと…皆さんにバレないように少し状況を把握しておこうとしようかね。
まず部屋の温度だ。確かに寒くないように事前に暖炉に火をいれて、部屋を暖めておいた。だけど、それにしては部屋の温度が上がりすぎてる。火の勢いも強すぎる気がするな、…まるで何かを燃やす為に火の勢いを強めたみたいだ。もしくはお客人であるジーメンス様が寒くて石炭を足したのかもしれないけど、な。理由はともかく、このままこの部屋に死体を置いておいたらすぐに傷んでしまう。先生の言う通り、冷暗所に安置しておくのが一番だろうね。
バルドさんとフィニによってジーメンス様の死体は運び出された。ひとまず、警察が到着するまでの間だ…でもきっとしばらく来ないだろうな。…というか、この嵐じゃあ来れない、と言った方が正しいか。警察が来られないということは、僕達もこの屋敷から一切出ることが出来ないということ。


「てゆーか、フツーに考えてこの中の誰かが犯人なんじゃないの?」
「…ま、そうとしか考えられないでしょうね」


全員が初対面。つまり、ジーメンス様を殺す動機はこの中にいる誰にもない、ということだ。冷静に考えれば外部犯と考えるのが妥当だけど、それはまぁ無理な話だろう。だってこの雨じゃ外からは行ってきたら雨の跡や、泥が付いた靴跡が残るはずだからね。でも部屋の中は至って綺麗だし、窓も開いていない…つまり、外部から潜り込むことは不可能ってことさ。
そうなるとやっぱりこの屋敷にいる誰かが廊下側から施錠して逃げたのでは、という推理が出てくるけど―――それも不可能なんだよなぁ、とポツリと呟けば、全員の目がこっちに向いた。おっと…うっかり口に出しちまったのか、僕。


「えっと、…この屋敷の鍵って全部建造当時のままのウォード錠を使用してるんです。複雑な細工をしてるから、職人じゃない限り複製も出来ないと思います。更にその鍵は…」
「施錠された保管庫に納められており、執事である私と彼が管理しておりますので持ち出しは出来ません」


部屋の内側には簡易的に施錠出来るように本来の鍵とは別に、もう一つ掛け金を取り付けてる。鍵の持ち出しが出来ない以上、施錠が可能なのは内側からのみ…つまりは、この部屋は立派な密室だったってこと。…如何にも小説に出てきそうな話ではあるけれど、トリック自体はひどく簡単に成立させることができるんだよねぇ。
針と糸さえあれば、外から掛け金を下ろすことは簡単なんだよ。針を落とし金の傍に刺して固定して、その糸をドアの下にくぐらせて外に出る。んでもって、糸が切れないように針を引き抜いちゃえば―――


「落とし金が下りて施錠できる!」


あとはドアの隙間からそれを回収すれば証拠も残らないし、始末自体も楽だ。ね?なんとも拍子抜けするくらいに簡単なトリックだろう?小説じゃあ、ずいぶんと使い古されたトリックだけどね。
けど、今ので証明されたのは密室が成立する、ということだけ。何が言いたいか、というと…誰にでもジーメンス様を殺すことは出来たってことだよ。この屋敷にいれば、誰にでも…絶対に。
劉様がそう告げれば、皆が自分は違う、お前じゃないのかーって言い合いを始めちゃいました。あーあ、実に醜い争いだねぇ…ま、これが人間ってものなんだろうけどさ。それに誰も犯人にされたくないだろうし、本当の犯人だってここで名乗るほど馬鹿な頭はしていないだろうしなぁ。それはいいとして、…全員、頭に血が昇ってんのか大事なこと忘れてるんじゃない?少し冷静になればすぐわかるだろうに…アリバイがない人物が、一番怪しいってことにさ。
えーっと、ジーメンス様が僕達使用人をベルで呼んで、部屋に着くまでの間…その時間帯にアリバイがあれば、確実にシロってことでいいんだよね。
まず、グリムズビーン様、アイリーン様、グレイ様、フェルペス様、そして先生はビリヤード室。
んーで、劉様、藍猫様、ウッドリー様はラウンジでお酒を飲んでた。…ああ、そういえば12時過ぎにセバスがお酒を足しに行っていたっけ。
で、僕達は全員で晩餐の片づけをしていて一緒だった。その間、フラリと姿を消した人は誰もいなかったはずだ。…あーらら。アリバイがないの、主だけじゃないか全く。


「じゃあさー、監禁しちゃおーよ監禁!」
「監禁?!坊ちゃんを?!」
「……確かに皆さんの安心感を得る為には、それが一番手っ取り早いですけれどね」
「クロード!おっまえ、なに冷静に分析してんだよ!!」


まぁ、バルドさんの言うことはごもっともなんだけど、焦ったって良い案は1つも出てこないと思うんだよねー僕。
そんなことを話してる間に、主を見張るのは先生で、ということになったらしい。ま、至極妥当かなー僕達使用人が手を挙げても逃がすかもしれない、と言われるのがオチだろうから。


「でもさー、だからといってこの手錠はやり過ぎだと僕は思うんですけどね」
「クロード、お客様の前ですよ」
「はいはい。…ああ、そうだ。フェルペス様なんですが、用意していた部屋が件の部屋の隣だったんですけど、嫌だと仰られまして」
「だろうな」
「すぐにご案内できるのが坊ちゃんのお部屋だけでしたので、そちらにお通ししました。申し訳ありません」


セバスと揃って謝罪すれば、構わんと言ってくれたので内心ホッとした。ここで断られたらどうしよう、と密かに考えていたから。うん、本当に良かった。
主が着ていたガウンを手に立ち上がれば、ずーんと落ち込んでいる先生が視界に映った。あらら…面白いくらいに負のオーラを纏ってますねぇ、このお方ってば。でもそりゃそうか、…自分の知らない所で犯人の見張りに、って決まっちゃったんだもんな。落ち込みたくもなるよね。
…けど、さっきの先生の様子からすると…この人、主が犯人だとは思ってないみたいだ。状況だけを見れば確かに主しか実行できる人はいない、でも何かがおかしい…きっとそう考えていらっしゃるのだろう。落ち込みつつも、何かを考えているように見える。ふふ、頼りなさげに見えるけれど…やっぱり頭の回転が速い素晴らしい方だなぁ。一度、じっくりお話してみたいかも。


「今夜は冷えそうだ、各部屋の石炭を切らせるな」
「主がいなくてもお客様へのもてなしを完璧に、でしょう?」
「御意、ご主人様」


最後に手錠をかけて僕達は部屋を後にした。


「さーて、…んじゃ動きますかー」
「ええ。まずは暖炉…でしょうかね」
「暖炉の石炭を切らさないように、だったよね。とりあえず石炭取りに行こうぜ」


替えの石炭を手に向かうは、とある部屋。僕達はこの部屋の暖炉に何かがある、と踏んでいる。それを探す為にやって来たのですよ。あの時、おかしな音もしてたからずーっと気になって仕方なかったんだよねぇ。でも人目もあったからすぐに探すこともできなかったし。
ざかざかと石炭をかき分ければ、とある物を発見した。…ああ、やっぱりそうだったんだなぁ。僕達が睨んだ通りだ。


「やはり…」
「おう。これで間違いない、かな」


蝋燭の火だけが頼りの真夜中。ぼんやりと照らされる室内に蠢く怪しい人の影。避けようと思えば避けられたし、反撃することだって出来たはずだ。だけど、僕達はあえてそれをしなかった。これも―――命令の1つだから。
蠢くその影に抗うことをせず、僕達は何者かに襲われたんだ。
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