灰色と血塗れ執事


 side:アーサー


昨夜は色々とあった。更には考え事をしてしまっていたからか、伯爵に起こされるまで俺はぐっすりと眠り込んでしまっていた。急いで起き上がった俺に告げられたのは、屋敷の様子がおかしいという言葉。伯爵によれば彼の執事である2人が時間を過ぎても起こしに来ないらしい。それを聞いて頭に浮かんだのは、もしかして本当に彼らが逃亡を図ったのでは―――ということだった。けれど、それはただの思い違い。

急いで向かった先で見た光景は、あまりに無残で酷いものだった。

ジーメンス卿の部屋に倒れていたのは、伯爵の執事であるセバスチャンとクロード。2人は血まみれで床の上に倒れていたんだ。…恐らく、火かき棒で一突きにされたのだろう。セバスチャンの胸にはそれが刺さったままになっている。
もう1人の執事のクロードも死んでいるものだと、此処にいる全員が思っていた。でも違った、彼はまだかろうじて息をしていたんです。胸は真っ赤に染まり、頭にも打撃の痕があったけれどまだ生きている。でもこの嵐では医者を呼ぶことが出来ない…他の使用人の人達が手当てをする、と彼を部屋から運び出していった。このまま嵐が続けばきっと、彼の命の灯も近いうちに消えてしまうのでしょうが。


「全員揃って、…あ!フェルペスさんがいらっしゃいませんね」


気まずい空気のまま用意された朝食を食べていると、フェルペスさんがいないことに気が付いた。あまりご自分から主張されるような印象はなかったから、誰もいなかったことに気が付かなかったのだろう。…これが、一切何も起きていなければ朝寝坊かもしれない、で片付いたと思う。でも、この屋敷では普通では考えられないことが一晩で2件も起きている。だからこそ、嫌な予感が胸の中を駆け巡る。
そして伯爵の案内で辿り着いた彼の寝室で見たものは―――…何者かに殺された、フェルペスさんの遺体だった。外傷は一切なかったけれど、首元には何か刺したような傷痕が残っていて。針のようなもので毒を注入された可能性が高そうだ。
…でもどうして、フェルペスさんだけ殺害方法が異なっているのだろう?理由なんて犯人にしかわかり得ぬことだけど、何か引っかかる。しかし、それを今ここで考え込んでいても仕方ない。状況を整理してみなければ。


「まずジーメンス卿。死亡時刻は今日午前1時10分頃、アリバイがないのはファントムハイヴ伯爵のみ。で、次が執事…死亡時刻は不明。次にフェルペスで、死亡時刻は今日午前2時38分頃…でいいよね?」
「いえ、死体の発見は執事が先ですが、どちらが先に殺されたのかはまだ不明です」
「あ、そっか」


2人共殺害されてから数時間は経過していた。その段階で朝まで鎖で拘束されていた俺と伯爵はアリバイが成立している。真夜中に執事2人に会ってはいるが、時間までは覚えていないなぁ。暗かったし、時計も遠かった。


「あっ!僕達、夜中にセバスチャンさんとクロードさんに会ってます!」
「ワ、ワタシもですだ!」


使用人が2人に会ったのは、2時50分頃か…そうなると、彼らが襲われたのが一番最後ということになる。ああ、話が複雑になってきてしまったぞ?
伯爵の部屋で密室を作れるのは中にいるフェルペスさんか、鍵を持っていたセバスチャン…そして彼から鍵を借りることが出来るクロードだけ。となれば、セバスチャンとクロードが共謀して…という説が有効だけど、セバスチャンは殺され、クロードも重傷を負っている。仲間割れ、ということも考えられなくもない…劉さんと伯爵の言う通り、殺しの報酬などでモメて口封じされた、なんてよくある話だろうし。


「まぁ、どうせセバスチャンとクロード、もしくは違う誰かとグルになったところで誰にも3人全員は殺せない」


伯爵のその言葉でハッとした。そうだ…彼の言う通り、無理な話なんだ。
午前1時10分頃にジーメンス卿を殺害できたのはファントムハイヴ伯爵のみ、午前2時38分頃にフェルペスさんを殺害できたのはセバスチャンとクロードのみ、そしてそのセバスチャンを殺しクロードに重傷を負わせることが出来たのは俺と伯爵以外、全員ということ。セバスチャン、もしくはクロードと共謀していたとしても…一連の殺人を1人の人間が起こすことは不可能なんだ。
俺の言葉を聞いてウッドリーさんとグリムズビーさんが騒ぎ始めた。どうにか落ち着かせないといけないけど、こんな状況だ…2人共、きっと気が立っているんだろう。特にウッドリーさんがなかなか落ち着いてくれない。


「最初から俺達を始末するつもりで此処に集めたんだろう女王の狗がッ」
「…?」
「俺は帰らせてもらう!!殺されてたまるか」
「待ってください、この嵐じゃ無理ですっ疑われないためにも此処で一緒に…」
「医者風情が俺に指図するな!!」


―――ガッ

思いきり殴られた俺はそのままテーブルの上に倒れ込み、カップやソーサー、それにお皿までもをいくつも落としてしまった。でもそれを気にしてる場合じゃない、どうにかウッドリーさんを…!
痛む頬を押さえ、体を起こした時。伯爵の冷たい声が聞こえてきた…ウッドリーさんへ向けられる瞳も氷のように冷たくて。13歳の子供がする目じゃないのは明らかだ。これ、実際に自分へ向けられたらきっと萎縮してしまうだろう…けれど、その目を向けられたウッドリーさんは怯えた顔をしつつも、拳を握って伯爵へと振り上げた。誰もが彼が殴られる、と思っていたのに、それを止めたのは…使用人の1人であるご老人。


「申し訳ありません、ウッドリー様。この屋敷におかれましては坊ちゃんに仇なす者、何人たりともこの使用人共、容赦致しませぬ。どうぞご承知おきくださいませ」


す、すごい…!目の前で見ていたはずだったのに、動きが全く見えなかった。どうやら今のは日本のもので、バ…バリツ?というらしい。初めて聞いたなぁ…もっと詳しく教えてもらおう、と思ったんだけど、今はそれどころじゃないことを今更ながら思い出した。いけない、いけない。ウッドリーさんも(無理矢理)落ち着いたようだし、話を戻さないと。


「―――さて、現状絶対に犯人になりえないのは先生だけです。これから僕達の行動は先生に決めて頂くのが、一番安全でフェアだと思います」


………へ?
た、確かに俺はどの殺人に関してもアリバイはあるし、伯爵同様、いつまでも犯人に屋敷内をウロついてほしくないと思っている。早く捕まえるべきだ、と。それは他の人達も同じだとは思うけど、一介の医師でしかない俺が身分の高い人達の行動を決めるなんて、そんなの恐れ多すぎる…!!
けれど、伯爵はもうそれを決めてしまっているようだ。その顔に浮かんでいる笑みは、とても子供らしく無邪気だった。こんな状況下でなければ、こんなに微笑みを浮かべることが出来るんだ、と微笑ましく見ていることが出来たかもしれない。けれど、此処は連座苦殺人犯という幽鬼の彷徨う城。この笑みは…この場にふさわしくないものだ、俺は背中を冷たいものが流れ落ちるのを感じていた。

這い上がってきた恐怖を飲み込んで、俺達はもう一度事件の整理をすることにした。まず気になるのは伯爵の部屋の鍵の行方。現状フェルペスさんを殺害できたのは、鍵を持つセバスチャンと彼から借りることが出来たであろうクロードだけ…だが、もし鍵がクロード以外の第三者に渡っていたとすれば話が変わってくる。
つまり、セバスチャンが殺された今…その鍵を持っている人物がいるとしたら、その人を犯人と考えていいだろう。まずはその鍵をセバスチャンとクロードが持っているかどうかを確認しないと。セバスチャンが持っていたらふりだし…逆にクロードが持っていたとしたら、彼が犯人という確率が高くなる。
アイリーンさん、グリムズビーさん、ウッドリーさん、劉さん、藍猫さんを残し、俺達はセバスチャンの遺体が安置されている地下と、クロードが寝かされている彼らの私室へと向かった。

暖炉の中、ベッドの下、…ありとあらゆる所を探したけれど、出てきたのは大勢の猫のみ…。更に皆さんの手荷物と部屋も見させてもらったけれど、何処にも鍵は隠されていなかったんだ。はぁ…これだけ探しても見つからないとなると、他の所へあの2人の執事が隠してしまったか…もしくは窓から捨ててしまったしか考えられない。
もし捨てられてしまっていたとしたら、この嵐だ。あっという間に流されてしまっているかもしれない、それか埋もれてしまっていることだってある。そうなった以上、犯人の手掛かりは依然ゼロのまま。


「(…一体、どうすればいいんだ)」


手がかりもなければ、解決の糸口すら見つからない。…そう、彼らが現れるまでは。
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