灰色と牧師


重い瞼を開けると、そこには見慣れた天井。ああそうか、此処は僕とセバスの私室か…。ぐっと体を起こせば、頭と胸の辺りにズキリと鈍い痛みが走る。一瞬、何をしたっけ?と首を傾げたが、すぐに何者かに殴られ、刺されたことを思い出す。
あーあ…ほんっと、思いっきり容赦なくやってくれたもんだよなぁ。包帯巻いてると動き辛くて仕方ないんだけどね。…でも、これを外してしまったらきっと不審な目で見られるだろうし?きっと僕達が発見されてから1日も経っていないはずだから。


「さってと…どう動くかな。きっと僕にも容疑がかかってんだろうなー…めんどくさ」


ひとまず、主達の所へ顔を出しに行こうか。ジャケットを羽織って外へ出ようとした時、中庭の方から声が聞こえたような気がした。そっと気配を探ってみれば2人…いや、3人か。これはフィニ、メイリンさん、バルドさんの気配だな…何か言い争ってるような感じだけど、何があったんだ?
主の所へ行く前に、そっちの様子を見てきた方が良さそうだ。急いで中庭の方へ向かうと、タナカさんが傘を持って歩いているのが見えた。


「タナカさん!」
「おや、クロード…目が覚めたのですか。お加減は如何です?」
「良くも悪くも、って所です…それより、」
「あのままでは風邪をひいてしまいます。参りましょう」


彼の後についていけば、大雨の中びしょ濡れになっている3人がいた。


「何でも1人で出来ちまうスーパーマンが何も出来ねぇ、憶えも悪ィオレ達に何度も根気強く色んなことを教えたのはどうしてだ?万が一、自分らがいなくなってもこの家と坊ちゃんを守れるようにだろうが!…だから、オレ達がやるべきことは1つしかねぇだろ?」
「そうですとも」
「…ははっさっすがバルドさん!かーっこいいこと言うじゃないですか」
「タナじい…それにクロード?!」


はいはい、更に泣きそうになってる所ひっじょーに申し訳ないけど、風邪をひいてぶっ倒れちまう前に中に入ってくれ。タナカさんが3人の為に温かい紅茶を準備してくれてるみたいだしね。でも、微笑みながら言った「それから少々問題が」って言葉が引っかかって仕方ない…てか、嫌な予感がバシバシするのは気のせいですか。だけど、それは決して気のせいではなく、衝撃の事実が僕達を待ち構えていたのです。
キッチンに入ってタナカさんから聞かされたその衝撃の事実っていうのは、食材が足りないっていうこと。先に言っておくけど、アイツはきちんと全員に渡るよう、3日分の食事を用意してたんだよ?でもそれじゃあとても3日もちそうにないんだって。
何でだろう、と思ってたら、グレイ様がすっげー食べるらしくて…今日の夕食分だったカリーもさっき、小腹が空いたーって食べきっちゃたんだと。…でもさ、カリーを作ってあったのって寸胴だよ?普通、小腹が空いたからって食べきれる量じゃないんだけど、あの人どんな胃をしてるわけ。
この嵐がいつ止むともしれない。このペースじゃあ、今日で食材がなくなってしまうだろうし、業者の人達ももちろん来れるわけがない。さてさて、どうしたものかね…ああでも、此処にアイツがいたら―――


「ファントムハイヴ家の使用人たる者、この程度の危機が乗り越えられずにどうします?ってね…」
「クロードさん、…そうですだ、皆で知恵を絞って考えるですだよ!」
「そういうこと!だぁいじょーぶ、絶対にいい案が見つかるさ」


残っている食材を目の前にどうするか、と考え始めた時。勝手口のドアがけたたましい音を立て始めた。音からして殴っている?叩いている?ような音だけれど、…こんな嵐の中を尋ねてくるような馬鹿、いるはずがないんだけどなぁ。


「…3人共、静かに。それと武器持って」
「では、開けますよ?」


タナカさんが扉を開けると同時に、僕達はそこに立っている誰かに向かって地を蹴った。





「存在しないはずの13人目…」
「フンッだからそんな非現実的な人間いるわけが…」

―――バンッ

「坊ちゃん!!怪しい奴を捕まえました!」
「ああ、お話し中すみませんねー皆様」
「は?!クロードッお前…!」
「おやおや、クロード。目が覚めたんだねぇ…それにまさか13人目が直々にご登場くださるとはね…我も少々驚いたよ。で、君誰?」
「またか、お前は」


あっははー。こんな状況下でも劉様の知ったか炸裂するとは思わなかったなぁ。
ま、それは放っておくとして。僕達が捕まえた怪しすぎる男は、地元の教会に勤める牧師、ジェレミー・ラスボーン。人気の相談役らしくて、ちょっとした有名人なんだって。でもまぁ、怪しいのには変わりないよねー殺しができるのはアリバイのない13人目でしかない…現状はそうなんだもの。かと言って、この人を犯人だと決めつけるのは時期尚早だと僕は思うけどね。
そして彼が此処に来た理由。それはセバスが自分が殺されることを見越して、彼に手紙を出していたから…梟の足に手紙を括り付けてね。確かに呼んだのはセバスかもしれない、けれどそれだけではまだ犯人じゃないと皆様は安心できないみたいだね。…ま、それは至極当然の反応かぁ…これで本当にジェレミー様が犯人だとすれば、次に殺されるのは自分かもしれないっていう不安を拭い去れないだろうから。
でもそれらを全て跳ね除けてしまったのが、彼のポケットに入っていた劇場のチケットだ。日付も、劇場名も、演劇名も…今、実際にロンドンで行われているものに間違いはないようだしね?まぁ、色々と疑いたい部分は多いだろうけど…差し出された事実はたった1つ。昨夜、ロンドンにいたジェレミー様には殺人に関わることは不可能、それだけだ。
と、いうわけで。ジェレミーさんに事の顛末をお話することになったみたい。僕もあの後のことは一切わからなかったから、状況把握するのにはちょうどいいやね。んである程度の状況を確認したジェレミー様は、死体を見たいから別々の部屋に運んでほしい、だってさ。そういうわけで僕達使用人は、死体を移動するべく地下室へ。


「一体なんなんだあの男は。突然現れて偉そーに!」
「牧師さんなのにまるで警察みたいね。変なお方ですだよ」
「警察、っていうより…探偵みたいだったけどねー僕からしてみれば」
「うん…でも僕、きっとあの人が何とかしてくれる気がするんだ」


とっても真っ直ぐな瞳をしたフィニが、あの人は信じていい気がすると言い切った。理由は本人にもわかっていないみたいだけど…この子は無意識に何かを感じ取ったのかもしれないね。
まぁ確かに何かを企んでいるような感じは一切なかったけどー…信用し過ぎる、っつーのも身を滅ぼすからね。主の知り合い、尚且つセバスが頼った人物ならそんなに心配しなくてもいいかも、とも思うけど。

運び終った後は、キッチンで今日の夕食会議。何度見ても食材が少なすぎる…これで作れるもの、というとかなり限られてくるんだよね。
大量にあるのは大豆と小麦粉だけ…………んん?あれ、確かあれだったらこの材料で作れるかも!そうと決まれば3人に、と腰を上げた時、ノック音が辺りに響き渡った。もしかしたらグレイ様かも、と全員の体が固まってしまいました。だってお腹空いた、と言われてももう食材ねーんだもん。
こうなったら居留守を使うしかないよなぁ?そっと息を殺していなくなるのを待とうと思っていたら、ジェレミー様の声が聞こえてきた。あら、グレイ様じゃなかったのか。


「―――成程。それで晩餐のメニューに困っていると」
「はい…」


バルドさんがジェレミー様に余分にあるのは大豆と小麦粉だけだ、と説明する。…あ、そうだ。それでさっき思いついたものがあるんだった、すっかり頭ん中から吹っ飛んでたよ。言おうかどうしようか迷っていると、ジェレミー様の目がこっちを向いた。ん?何だ?


「君が一番知っていそうだ、ハーブのことはわかるかね?」
「…薬効、のことですか?」
「やっこう?」
「ハーブにはそれぞれあるんだよ、中には食欲を抑えるやつも―――…あ。」


そこまで言ってそういうことか、と納得した。前菜の味付けにそれらを持ってくれば全体の消費量を抑えることができるんじゃん!
それから次にソイミートのことを説明し始めた。そう、さっき僕が思い出したっていうのもこれのことだ。ソイミートっていうのは大豆で作る肉もどきのこと。作り方は面倒なんだけど、うまく調理すれば大豆だって気が付かれずに済むこともあるんだよ。幸いにも大豆だけは大量にあるから、…うん、ハンバーグを30人前くらいだったら余裕で作れそうだな。


「んじゃ、早速動こう。晩餐まで時間もないしね。バルドさん、大豆茹でるの手伝ってください」
「任せとけ!」
「じゃあ僕、ハーブ取ってきます!」
「ワタシはタナカさんと一緒にワインを…ってああッ!!」
「メイリンさん?」


メニューがようやく決まったっていうのに、急に大声出してどうしたっていうのさ?
不思議に思いながらも事情を聞いてみれば、持ち物チェックをした時にアイリーン様が赤黒い液体の入った瓶を持ってたのを見つけちゃったんだって。で、フェルペス様の死体を見た主達が吸血鬼みたいだ、って言ってたのを思い出したらしい。更にアイリーン様ってグリムズビー様より12歳も年上なんだと。もしかして吸血鬼だからあんなに綺麗なんじゃないか、と疑っちゃったみたいだねー。
でもそれはきっとメイリンさんの早とちり、ってやつだと思うなーだってきっとその赤い液体の正体って…


「その赤い液体の正体は予想がつく。君もそうだろう?執事くん」
「…まぁ、」
「本当ですだかクロードさん!!」
「まーね。でもその前に晩餐の準備に専念しないと間に合わなくなるぞ」


メイリンさんの背中を押して、僕達はようやく晩餐の準備に取り掛かった。作業はとてつもなく面倒だったけど、お客人達の反応は上々だ、グレイ伯爵も肉が大豆だとは気が付かなかったようでとても満足気。それを見てフィニもメイリンさんもバルドさんも、ホッとしたような笑みを浮かべてる。はー…これで一安心、かな。
タナカさんと一緒に食器を片づけていると、ジェレミー様が真相を話す前に用意するモノがあると言い出して、急に主に服を脱げとか言い出しやがった。…ねぇ、さっきまで頼りになりなーとか考えてた僕のいたいけな気持ちを返しやがれこの変態親父!
…この人、一体何を考えているんだろうか。ま、それは一向に予想が付かないけど…僕達がすることはただ1つだけ。主をしっかりお守りすることだ。
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