灰色と船上ダンス
「ちィッ…!エリザベス様、ご無礼をお許しくださいね!」
―――ガバッ
「きゃっ…!」
「スネークさんも走って!!さっさと抜けちゃいますよっ」
「わ、わかった!ってワイルドが言ってる」
右手に主を、左手にエリザベス様を抱え出口へ。だけど、出口も屍人に塞がれていて出られそうにない。入り口に戻るのも無理…あーらら、これはマジでマズイ状況になっちゃったなぁ。コイツらを退けるにしても2人を抱えてちゃあ、銃も撃てないしナイフを投げることも不可能だ。さて、どうする?
そう考えながら視線を彷徨わせた時だ、背後に高く積まれた荷箱が目に入った。あそこなら…少しは時間が稼げるかもしれないな。2人をそっと地面に下ろしてスネークさんに荷箱の上へ登らせるように指示を出す。その間に襲い掛かってくる屍人は…僕が徹底的に潰してやる。主達を危険な目に遭わせて堪るかよ!
「クロード!お前も早く上にっ…!」
「リョーカイ!」
―――ガクンッ!
「きゃあ!クロードッ!!」
「くっ…!」
ロープに足をかけた時、その足を屍人に引っ張られちまった。そのままの勢いで下まで落とされた僕は思いっきり床に背中を打ち付けてしまったわけで。うっわ、受け身取れなかったから結構な痛みだぞ…?!
何とか体勢を立て直して襲い掛かってくる屍人達の頭を撃ち抜いていくけど、数が多すぎて全部を倒すには弾が足りそうにないな。弾を入れ替えていると後ろからエリザベス様の「後ろ!!」と悲痛な声が耳に届く。振り向いてみると、屍人が目前まで迫っていた。
銃を構えていたら間に合わない…やられる、と覚悟した時、ソレの動きがピタリと止まった。他の奴らも何かに拘束されているかのように動かない、一体何で…よーく目を凝らしてみると、屍人達の体に蛇が巻き付いてるのが見える。もしかしてスネークさんが助けてくれたのか?
「クロード!俺達が抑えているうちに早く来い!ってオスカーが言ってる」
「―――サンキュ、スネークさん!」
彼の手を借りて荷箱の上まで登りきって下を見下ろす。そこには相変わらず屍人達が食料を求めて蠢いてる…うげぇ、ここまでの数がいるとさすがに気持ち悪いもんだな。けど、ここまで登ってくることは出来ないみたいで助かった。
普通の人間なら登る、っていうことを思いつきそうだけどコイツらの頭ではそういうことは思いつかないらしい。ということは、知能らしきもんは皆無…あと視力と痛覚もないとみていいだろうね。さっき、体に巻き付いていた蛇に何の反応もしなかったもん。視力と痛覚があるんなら蛇を剥がしにかかるだろ?でもそれをしなかったし、更に言えば僕達を放って上に向かうってこともしていない…これが知能、視力、痛覚がないだろうって思った要因。
ま、痛覚に至っては初めて見た時にないのかもーって思ってはいたけど。あれだけ撃たれて、ナイフが刺さってんのに平然としてるっつーことは…その可能性が高いしね。
「残すは聴覚、だよね。嗅覚って線もあるだろうけど、鼻が潰れちゃってる人もいるし?」
「そうだな。音で気を逸らして脱出できるかもしれない」
「これを投げて試してみたらどうかしら?ってエミリーが言ってる」
「さっきのお皿…まだ持ってたんですか、スネークさん」
「よし、投げてみろ」
割と遠くでお皿が割れる音がしたけど、僕達がいる荷箱に集まっていたソレらは一切反応を見せない。ということは、聴覚で動いてるわけでもないってことか。んじゃ何を目印にしてるんだ?どうやって食料を探し当ててるんだろうか。どうにも謎が多すぎる。
どれだけ頭を捻っても良案が浮かばない。次第にイライラしてきて頭をガシガシ掻いていたらガクン、と荷箱が揺れた。その揺れは止まることがない。何が起こっているのかと下を覗いてみれば、歯と爪で箱をガリガリと引っ掻いてぶっ壊している何ともゾクッとする光景が目に入った。
おいおい、んなのアリなのかよ…!このペースだとあっという間に全部壊されちまうじゃんか!銃とナイフで応戦してみるものの、余りの数の多さに対処しきれない。本来の姿に戻れば狩りやすい鎌で応戦することも出来るけど、此処にいるのは主だけじゃないからそれをすることも出来ないときた。
下に降りて応戦するのが一番効率がいいだろうけど、…3人をこのまま此処に置いていくのは些か危険すぎるよな。どうする、一体どうすればいい?!
「全く、貴方がいてこんな状況になっているとはね」
「ッセバス…!」
「セバスチャン!のんびりしてないで早く片付けろ!!」
「御意」
タッと屍人に向かって走り出したかと思えば、ソレの頭を引っ掴んで床に叩き付けた。悪魔であるセバスの腕力はただの人間と比べたら桁違い。見る影もなく無残にも砕かれた。確かに頭を潰す他に方法はないけどさぁ…此処にはエリザベス様もいるんだぞ?それにスネークさんだってこういう光景には慣れていないだろうに、容赦がないねぇ。セバスが持つ執事の美学、ってやつには当てはまらないんじゃないか?今の状態は。
これでも責任感じてるし手伝おうかと思ったんだけど、エリザベス様を抱きしめてセバスの行動を凝視している主の様子が少しおかしいことに気が付いた。体が、震えてる…?もしかして目の前に広がる光景と、彼の記憶の中にある何かの光景が重なって見えてるのか?この反応を見る限り、あんまりいい記憶じゃなさそうだな。
そっと彼の傍に近づいてエリザベス様ごとぎゅうっと抱きしめれば、目の前に広がる惨劇を凝視していた虚ろな瞳がゆっくりとこっちを見上げてきた。僕の姿を映して、不安そうに見上げているエリザベス様の姿を映して、ようやく安心したように息を吐いたんだ。
「…大丈夫、大丈夫だよ主」
「クロード……ああ、そうだな」
落ち着いたらしい主の体を離して荷箱の端に移動すれば、眼下に広がるは文字通り血の海。そこに浮かんでいるのは数多の屍人。マジで容赦ねぇなぁ、手袋も顔も返り血で真っ赤になってるじゃねぇか…これが悪魔の本来の姿、って所なのかねぇ?どっちかっつーと獣、みたいだけどさ。
それはともかく、先に下に行って主とエリザベス様も下ろして差し上げないといけないな。この血の海に足をつけて頂くのは気が引けるけど、…致し方ないってことで我慢してもらった方が良さそうだ。うわ、ビチャッていった…服に飛んでないといいんだけどなー、血。
それにしても何でこんな大量に船に載せたんだろう。何か目的があるとしか思えないよねぇ。主もそれが気になってるみたい。でもまぁ、それは僕らの頭で考えるより―――
―――ガゥンッ!
「ひ?!」
「…直接、あの男に聞いた方が早いんじゃない?」
「リアン・ストーカー!!」
鮮やかにセバスの手で捕えられたリアン・ストーカーは、あれは不完全な完全救済でとか、不健康な状態で蘇生する予定ではとか、ごちゃごちゃ言ってるけど多分ね、僕らが聞きたいのはそういうことじゃないんだよなぁ。別に完全な救済が見たいとかそういうんじゃないし?僕らが知りたいのはもっと別のこと。
目的地にこの船が着くまで時間はたっぷりあるし、ゆっくり問い詰めていけばいいかなーって思ってたんだけど、何だかリアン・ストーカーの焦りっぷりが半端ない。まるで…何かに怯えているような?捕まるのが嫌なのか、と思ったけど、どうやら理由はそれではないらしい。
彼曰く、この船は最新式のレシプロ蒸気機関を使った巨大なボイラーが船の中央に設置してあるらしいんだよね。つまり、ボイラー室を中心に2つに分断されてるんだって。これだけ聞くとだから?って思うじゃん?だけど…それは船頭と船尾に分断された2つの貨物庫があることを意味してる。ただそれだけなら良かった、何の問題もないからね…でも船頭の貨物庫には船尾の10倍の被験体が運び込まれちゃってるらしいんだよね。
とんでもなくマズイ状況になったな…たった1匹でも厄介だったのにそれが10倍の数って、本当に洒落にならないことになってきてる。ソレらが大人しくしてくれてりゃあ問題もさして大きくならんだろうけど、…まぁ、それは望み薄だろうね。船内には大量のあいつらが徘徊していると考えた方が賢明だ。
「セバスチャン、クロード。お前達は先に行って叔母様達を安全な所へ」
「え、」
「坊ちゃん達は?」
「僕らは足手まといになる。銃もあるし、しばらくは大丈夫だ」
「でもそれだったら僕が残って、」
「問題ない。…安全を確保したらすぐ戻ってくればいい話だろう?頼んだぞ」
「…御意」
セバスと共に上へと上がり、フランシス様達の姿を捜す。その間にもたくさんの屍人達が乗客達を喰い殺しているのを見かけた。助けて、と手を伸ばしてくる人達もいたけど…ごめんねー?僕、そこまで優しい心は持ち合わせていないんだ、主の命があれば助けてあげたかもしんないけどさ。
どれだけ走ってきただろう。エレベーターホールまで来た時、剣を片手に屍人と対峙しているフランシス様を見つけた。
「フランシス様!…ハッ!」
―――ゴシャ、
「大丈夫ですか?」
「クロード!執事!!奴らは何者だ?!」
「詳しくは…ただ彼らを倒す方法は1つ、頭部の破壊のみ!!」
襲い掛かってきた3体の屍人の動きを止めた所で、公爵様とエリザベス様のお兄様が姿を現した。良かった…2人も無事だったんだな。
3人に主とエリザベス様の無事を告げて、皆様を安全な所へお連れするよう命令を受けてきた、と説明したんだけどそれは出来ないと言われてしまった。ミッドフォード侯爵家は騎士の一族…皆様、剣の腕はピカイチだから心配することはないのかもしれないけど、それでもこのままにしていっていいものかと思ってしまう。
そんな僕達の気持ちに気が付いたのか、フランシス様は2人の所へ戻れと微笑まれた。こちらは大丈夫だから2人を頼む、と…まるでそう言っているようで、僕とセバスはただ頷くしかなかった。
「…皆様、ご無事で」
「行きましょう、クロード」
「うん―――――ッ、うわ?!」
足を踏み出した瞬間に船が大きく揺れた。まるで何かに船がぶつかったかのような衝撃―――。
慌てて甲板に出てみれば、そこには大きな氷の塊がいくつも転がっている。少し離れた所にはかなり大きな氷山が見えるし、あれにぶつかったって可能性が高そうだね。大量の屍人に、まさかの氷山に激突とは…これはまた、今までで一番最悪な一夜になりそうな予感だ。