灰色と黒の死神
『さあ〜?こんな物なんの役に立つんだろうねェ?』
そう言ったテイカーさんの表情からは何も読み取れない。今の言葉が嘘なのか、真実なのか。この人がこの件に関係してるとは思い難いけど、でも何だか違和感を感じるっつーか、…何も知らないと口にしながらも、全てを知っているような気さえするんだ。
何だろ、この妙な感じ。それとも僕の思い違い、ってことなのかな。考えれば考えるほど、よくわからなくなってくるなぁ。今回のは。
んー…気にはなるけど、テイカーさんのことは考えても答えは出なそうだし、本人に聞いた所で上手くはぐらかされて終わりだろう。とりあえず、目の前の事件の真相を掴むことが先決だよな。
「起動するのか?」
「まだだ、まだキャストが足りない」
「?」
「キャスト?」
「それってどういう意味だ…?」
キャスト、ってことはまだ誰かが来ていないっていうことだろ?でも他に誰が―――と思っていたら、上から声が聞こえた。視線を向けてみれば、そこにいたのはリアン・ストーカーと2人の死神…あれ、いつの間にかあの男ってば死神に捕まってたのか。…ま、いーか。また捕まえに行く手間が省けたし。
そして子爵が言っていた足りないキャストっつーのはどうやら、リアン・ストーカーらしいんだけど…この人、まーたよくわかんないことを言い始めたんですけど。何だよ、この装置の力で新しい帝国を創造するって。あの装置って屍人の動きを止める為のもんでしょ?そんなので帝国を創造するって、…どーゆーこった。
「永遠を手にした者が背徳と退廃美によって支配する、その名も…暁帝国!!」
…何だ、ソレ。ほんとーに頭おかしいっつーか、ネジが全部抜け落ちちまってんじゃねぇの?
「なぁ、コイツ生かしておかなくちゃダメ?」
「そうですね、だんだんイライラしてきたんで殺してもよろしいですか?」
「いや待て、気持ちはわかるが…」
よくわかんないことを言ってはいるものの、この人に逆らおうとするとあの装置にワインぶっかけられちまうっぽいし…下手に手を出せないってことか。それならどうにかおだててあの装置を起動してもらう他、術はないってことか…。
―――ガシャーンッ!
突如、響き渡ったガラスの割れる音。何かと思えば、大量の屍人達がガラスを割ってラウンジに入り込んできた。この数じゃあ、さすがに倒すのは至難の技だぞ?!
「子爵、早く装置を!!」
「ノン!私はもう子爵ではない!」
「…は?何言ってんのあの人」
「『皇帝』…そう呼んでくれたら起動しよう。その雄駒鳥のように愛らしいお口でね」
「やっぱり今すぐ殺そう」
「さんせーい」
「お待ちください、お気持ちはわかりますが…」
いや、だってさセバス?あれ見てみなよっ!何かまた鳥肌立つような言葉を並べて、自分のことを皇帝ネロのごとしとか何とか言ってんだよ?これもう殺したって誰も文句言わないでしょ!!つーかさ、あの装置を壊されちゃう前に殺っちゃえばいいんだよね?そのくらいのこと、僕とセバスの手にかかればおちゃのこさいさいだと思うんだ。というわけで、命令をお願いしたいなー主!
次から次へと出てくる腹立つ言葉に、僕達と死神達の心が『やっぱり殺そう』で1つになったんだけど、テイカーさんのあの装置がわからずじまいでいいのか?って言葉に少しだけ躊躇する。ぐぐぐ…そうなんだよね、この装置について知ってるのはきっと子爵なんだろうし、動かし方もあの人しかわからないんだと思う。それがわかる前に殺しちゃったら、何もわからなくなっちゃうんだよなぁ。
…ものすごーく嫌だけど、でも仕方ない。ということで、この場にいた全員で『不死鳥!!』のポーズをやる羽目になりました。しかも子爵バージョン。
「こ、これ…さすがに屈辱なんだけど…?!」
「僕もだ!…だが見てみろ、子爵がようやく起動する気になったらしいぞ」
主が指さした先を見てみれば確かに子爵が装置のボタンを押していた。言葉から察するにあれが起動ボタンっぽいけど、…ねぇ、何も起こってないように見えるのは僕だけ?装置が動いてるようには見えないし、それに屍人達の動きも一切止まってないんだけど?!
どういうことだ、と問い詰めてみれば、この装置を作ったのは子爵ではなくリアン・ストーカーだったらしい。…何だよアイツ!!つーか、テイカーさんもこの状態でよく大笑いしてられるね?!床転がりながら笑ってるってよっぽどじゃんっ!
はぁ…全くさぁ、何なんだよこの茶番劇は。それに一体、何がどうなってるの?首謀者と思われてるリアン・ストーカーは誰かに向かって僕を騙したのか、と叫んでる。ということはつまり、彼にこの計画を唆した黒幕がいるってこと…?
―――ガキィィンッ!!
「なっ…?!卒塔婆で死神の鎌を受け止めた…?」
変態死神のチェーンソーはテイカーさんの持っている卒塔婆によって止められた。どれだけ回転をかけても刃が通る気配がない…あれってただの木でできた板だったはずだろう?なのに何で、死神の鎌の刃が通らないんだ?普通に考えてもおかしいぞ?
そのまま変態死神を弾き飛ばし、どこに隠し持っていたのかわからない複数の卒塔婆を投げ―――天井のガラスを粉々に砕きやがった。
「っうわ…!」
「ああ、悲しいねェ…ここから笑いが消えてしまうのは」
いつだってこの人の瞳は長い髪の毛に隠れて見えなかった。でもあの気配をこの人から感じたこともなかった。
髪の毛に隠されていた瞳は、黄緑色の燐光を携えていた。それは死神だという証。嘘だろう?テイカーさんが死神だっていうのか…?
「どういうことだ葬儀屋!!この装置があればあの死体は制御できるって言ったじゃないか!」
「そーだっけ〜?」
…んん?何だか雲行きがおかしいことになってきたな。さっきリアン・ストーカーが言っていた騙したのか、って言葉はテイカーさんに向けられたもの?ということは、リアン・ストーカーに手を貸していたってことになるよな?でもただ単に協力したってわけではなさそうだ。
話をよくよく聞いてみると、リアン・ストーカーが真剣に医学で死人を生き返らせようとしていたのがおかしかったらしい…だから、テイカーさんの目的にはおあつらえ向きの人材だったということ。医学によって全世界を健康にするっていうのも、彼からしてみればリアン・ストーカーの目的であって自分には関係ない…そう言いたいらしい。するってーと…やっぱり暁学会の人体蘇生実験の首謀者は、
「テイカーさん、ってことかな?」
「内緒。―――と言いたいトコだけど、伯爵には不死鳥ポーズでさんざん情報量を支払ってもらったからね、教えてあげよう。ヒッヒ…」
屍人を造り出したのはテイカーさん。ヒトの生涯は死神に魂を抜き取られ、走馬灯にエンディングをもたらされることで終える仕組みになっている。…けど、彼はそのエンディングに続きがあったらどうなるんだろうと考えた。魂を失って終わりを迎えた記憶に続きをつないだら―――肉体に何が起こるのか。
確かに死神が狩るのは魂だけ…肉体も、脳にある記憶もこの世に残ってはいるけれど。
「まさか…走馬灯を編集したってこと?」
「さてね。自分の能力で彼らの走馬灯を見てみたら?」
変態死神が2体の屍人を死神の鎌で切り裂けば、切り口から走馬灯が現れた。そこに描かれていたのはソレらがヒトであった時の最期の記憶。それぞれ生涯を閉じるはずだったのに、エンディングの先にちょび髭をつけたテイカーさんが踊ってる映像が流れ始めた。
ちょっと何だコレ?!その映像が永遠に続いてるみたいだけど、…って、まさかこの偽の記憶でつないだことによってエンドマークが永遠に訪れなくなったってこと?それが原因で肉体は『まだ人生が続いてる』と勘違いして、魂を持たないまま動き始めたってことなのか?
「そっか…アイツらが人間を襲ってるのは本能的に欠けたものを埋めようとしてるんだな」
「ヒッヒ、かしこいねェクロード。そう、彼らは魂を求め生者の身体を開こうとする」
成程ね…魂を追ってるから目も、耳も、鼻も効かない状態でも人間を襲うことが出来たし追うことも出来たんだな。ようやく合点がいった。
「生前のままに美しく縫合された蝋のように白い肌。姦しく騒ぎ立てることも、嘘を吐くこともなくなった口。生きてた頃よりずっと美しいだろう?」
「吐き気がする!」
「同感だね…悪趣味すぎる」
「君達はそう言うけど、この肉人形を欲しがる人間もいるんだよ?」
その言葉を聞いてどんな奴らが欲しがるのか、想像がついてしまった。アイツらは痛みも感じなければ、恐怖を感じることもない。ひたすらに欠けたものを埋める為、魂を求めて生者を喰らい続ける…つまり、最高の動物兵器になるってことだよな。
確かにこの世には酔狂な連中がたくさんいる。テイカーさんもそんな奴らにどの程度使えるのか見たいって言われたらしくてね、それでこの豪華客船に同数の人間と『歪んだ肉人形』を放り込んで実験してみることにしたらしい。殺し合わせてどちらがどの程度、生き残るのか。…ははっ僕が言えたモンじゃないと思うけどさ、どーかしてるよテイカーさんの頭ン中…!
それに氷山にぶつかるのは想定外だったみたいだけど、元々この人は船を沈没させるつもりだったみたい。手間が省けて一石二鳥だ、って言ってるくらいだからそういうことっしょ?つまり、この船は最初からアメリカ行きじゃなかったってことだ。