仕立て屋とお嬢様


ニナさんに服を作ってもらったのはたった一度きり。それからは主やエリザベス様が作ってもらっているのを見ているだけだったから、まさか自分があのテンションに巻き込まれるとは予想していなかったのであります。



セバスが連絡してからまだほんの1時間とか2時間とか、そのくらいしか経ってないはずなんです。けれど、あたしの前にはもうすでに目をキラキラさせた仕立て屋のニナさんがいらっしゃる。…いや、いくら何でも早くないですかね?あれですか、連絡もらってすぐ出発したとかそんなオチですか!行動力があるのは素晴らしいことだとは思いますけれども!!!
ああもう、何だかテンションがおかしなことになってきた。久しぶりのこの展開に、あたしも混乱してるのかなぁ。誰かと一緒の時に力が使えなくなること、今までに一度もなかったし。


「(…でも、)」


幼い頃ほど、不安感とか焦燥感を感じることがないのは…大切だと思える人達に出会えたからだろうか。どうやって身を隠そうとか、ご飯はどうしようとか、寝床はどうしようとか、そういう心配が一切なくなってるし。それに追いかけられることも、身の危険を感じることさえも一切ない。この屋敷にいる間は、基本あたしの身の保証はされていると言ってもいいわけで。そりゃ、多少は気を抜いちゃうよねぇ?偽りの姿の時とは違って。
ぽやん、と思考を飛ばしていると「エクセレーーーーンツッ!!!」という声と共に、何かにぎゅうっと思いっきり抱きしめられた。その正体を確かめなくても確信がある、確実にニナさんだと!この人、小さい子だけにしかこうならないと思ってたのに、まさか女性も許容範囲だったなんて…!ああ、でもメイリンさんのメイド服作りにきた時、彼女に抱きついていたような気がしないでもないなぁ。


「素晴らしい!貴女、実に素晴らしいプロポーションをしていらっしゃるわ!!」
「あはは…、ありがとう…」


でも胸を触るのだけは止めて頂きたい。切実に。あと足も。というか、触り方がセバス並にエロイんですけどこの人!!!
やんわりとセバスと主が止めに入ってくれたから事なきを得たけど、相変わらずテンションMAXで生きていらっしゃる方だなぁ。傍から見ている分にはとても面白い方なんだけど、実際に自分に向けられると面白いとかそういうの言ってる場合じゃなくなってくるね。ついていけるエリザベス様はすごいなぁ、と思ったけど…あの方もニナさんに通ずるものがあるかもと思い直した。
性格?にやや難ありとはいえ、ニナさんが作り出す洋服は本当に素敵だと思う。メイリンさんが来ているメイド服だって、とっても機能的ですごいなぁって感心してしまったっけ。着る機会は一生ないだろう、と思っていたのだけれど…ふむ、機会って意外な所に転がっているものなのね。
採寸が終わったらしいニナさんはさっき以上のテンションで、そしてスピードで紙に服のデザインを次々と書き起こしている。ひらり、と飛んできた紙に描かれていたのはシックだけれど、フリルやリボンをふんだんに使った真紅のドレス。綺麗な色合いだと思うけど、真紅だと髪の色とかぶるから御免被りたい。やっぱりこの髪色からすると、合わせやすいのは黒かしら。


「あの、ニナさん…あたし、髪色がこんなでしょう?だから、出来たら黒がいいのだけれど…」
「まぁ!それはもったいなくてよ!!赤に合うのが黒だけだと思って?そんなことはありませんわ。このニナ・ホプキンスにお任せ下さい」


そうなのかしら?でもまぁ、プロであるニナさんがそう言うなら…きっとそうなんでしょうね。とりあえず、あたしは大人しく待っている他なさそう。


「アリス様、お茶をどうぞ?」
「ありがとう、セバス……チャン」


危ない。危うく、いつもの愛称で呼ぶ所だった…!てかさ、確かに悪いのはあたしだけど、そこまで大笑いすることないんじゃないかしら?セバス。もう、…この呼び方はどんなに頑張っても慣れそうにないわ。事情が事情だから仕方ないのだけれど。
そうそう、主とセバスが考えた設定はこうよ。あたしは主の知り合いで、今回、休暇でしばらくイギリスに滞在予定。で、せっかくだから此処ファントムハイヴ家にご厄介に…ということらしい。
その説明で使用人’sにはご挨拶済みだったりします。これっぽっちも疑いの眼差しを向けられることなく、無事に終了もしました。この姿で会ったことないんだから、疑われる要素なんて1つもないんだけれど。

ただ、もう1つ。これは主が勝手に言ったんだけど…あたし、セバスの恋人役だそうです。いや、実際に恋人なんだから役でも何でもないんだけどさ。これは説明受けた時に聞いてなかったことだから、言われた瞬間、思いっきり驚きそうになっちゃったわよ。セバスはいつも通り涼しい顔していらっしゃったけど?
まぁね、彼と恋人同士だって公言してしまった方が此処に滞在する理由としては納得してもらいやすそうだけど。…でも主の知り合いってことは、それなりの階級のお嬢様を想像すると思うんだけどなぁ…それなのにセバスと付き合ってる、って言ってしまって大丈夫なのかしら?主曰く、それを言うのはあの使用人’sだけだから安心しろって言ってたけども。確かに言いふらすようなことでもないしね。
それにしても、…デザイン画を起こしている間は暇だわー。


「クス、退屈ですか?」
「…いいえ。そんなことないデス」


主も一緒に付き合ってくれるのかと思ってたのに、仕事があるからって逃げられちゃったしさー。うう、こんなことなら主の書斎から本でも借りてくれば良かったわ。そしたらいい暇つぶしになったのに。
…というか。セバスはあたしの傍にいていいのかしら?客人扱いにはなるけれど、知らない人達の中に放り込まれてるわけじゃないし、1人でいられないほど子供でもない。それにセバスがあたしの傍にいたら通常業務やらその他諸々が滞ったりしないのかしらね。気になったからそっと耳打ちで問いかけてみれば、どうやらニナさんが帰るまではあたしの傍にいろと命を受けているらしいです。何か用事があれば呼ぶ、と言われて。
成程ね、だからずーっと傍を離れないでいてくれたんだ。セバス自身の意思でないことに少し残念と思ったけど、でもまぁこの人は自分の意志だけで動くことってないもんねー仕方ないか。


「…ですが、アリスの傍にいるのは私自身の希望でもあるのですよ?」


さっきあたしがしたように、そっと耳打ちされた言葉は体の熱を上げるには十分すぎるほどで。合わせて妖艶に微笑まれたら、きっと世の中の女性はイチコロだと思う。…目の前にいる、女の子と15歳以下の少年以外に興味がないような性癖を持つニナさん以外は、だけど。
…もう。セバスってば本来の姿に戻ると途端に甘くなるんだから。普段もあたしには甘いって自惚れてはいるけれど、その比じゃないと思うのよね。特別扱いされてるんだ、って嬉しく思うけど…でもその反面、やっぱり恥ずかしいんだ。その、女性として扱われるのは。
でもそうか、この姿でいる間は堂々と彼にくっつくことが出来るのか。はた、とその事実に今更気が付いたけれど、主や使用人’sの前で堂々といちゃつく自分達の姿を想像して即座にないな、と結論付けた。うん、それは本当にない。有り得ない。てか、我ながらそれはさすがに気持ち悪いとさえ思う。だって、それはあたしじゃない気がするから。とはいえ、くっつきたくないわけではないし、傍にいたくないわけでもない。いつだって、恋人として堂々と隣に立てることを望んでいる。


「出来たわ!さぁ、レディ?仮縫いのお時間ですわよ」


ノリにノッたニナさんがご満悦で帰っていったのは、それから更に3時間後のことでした。
結構楽しかったけど、やっぱり疲れたなぁ…そして人間と何ら変わらない体はきちんと疲労感を感じてくれるのでございます。こういう所まできっちりしてなくてもいいと思うんだけどなぁ。感覚は人ならざる者のままでいいのに、面倒だから。わけわからない自分の体に文句言ったって何も変わらないんだけれどね。
ぐったりとテーブルに体を預けると、すぐに「はしたないですよ、アリス様」と声が降ってきた。はしたないのは認めるけど、主とあたしとセバスの3人しかいないこの部屋でその呼び方をしなくてもいいと思うんだけど!不満を込めてじとりと睨み上げても涼しい顔を崩さない。それどころか楽しそうに笑って「失礼致しました、アリス?」とか何とか言う始末。ほんっとイイ性格してやがるわ、こいつ…!


「その体だと疲労を感じるのか?いつもならピンピンしてるだろう」
「ま、ぶっちゃければ人間の体だからねー主と一緒だよ。でも普段も精神的な疲労は感じてるわよ?」


セバスと同じでね。肉体的疲労は大丈夫でも、精神的疲労は感じるものだから。悪魔や死神でも。
そう告げれば意外そうな瞳を向けられた。あら、そんなに意外かしら?人ならざる者とはいえ、人間と同じ感覚は持っているのよ?人間ほどの反応は見せないけれど、ちゃんと痛覚だってあるんだから。ただ、ちょーっと丈夫な体をしてるだけ。傍から見ればちょっと?って思うかもしれないけれど。


「それはさておき、どんな服がくるのかしら。楽しみだわ」
「あの様子ですと予想以上の数の服が届くのでは?」
「えええ…最低限でいいんだけどなぁ」
「どれくらいの期間、その体なのか見当がつかないんだ。余分に用意しておいて損はない」


それはそうなんだけどさー…ほら、やっぱりお金とか気になっちゃうじゃん?後々、使わなくなる可能性大なんだもの。でもそれを言うと主に睨まれそうだから黙っておくけど。大人しく受け取っておくのが得策、って所かしらね。
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