読書とスイーツとお嬢様


力が使えなくなって3日目。普段は仕事をサボりたい、と思うことが多いけど、何もすることがない日々はこんなにもツマラナイものだったなんて初めて知りました。
幼い頃から外に出ることより、家の中で本を読んでいることが好きな子供だった。周りに誰かが住んでいたわけでもないし、あたし達が住んでいたのは深い深い森の奥。昼間でも霧に覆われ、何も見えないような場所だったから外に出る意味がないように思えたのよね。
だけど何もしないのは面白くない。だから父の書斎に入り込んでは、本棚に収められている本を片っ端から読んでいった。面白いものもあったし、もちろん面白くないものだってたくさんあったわ。元々は大人が読む本だから子供には難しいものばかりだったんでしょうね。
そして色々とあり、ヴィンセント様に拾われたわけだけれど…あの方の執事兼護衛になってからも、本を読むことは多かった。許可をもらって自室に持ち帰って読んでいたこともあったくらい。ほぼ毎日そんな感じだったからヴィンセント様やタナカさん、そして他の使用人の方達にも本の虫だね、と苦笑いされるくらいだったなぁ。


「…あ、この本読んだことない」


そう。ほぼ毎日のようにこの書斎に入り浸っていた"僕"は、何日もかけて此処にある本を読破してしまっているのです。内容も頭の中に入ってるから、読み返すこともあんまりしない。…ああ、でも小説は何度も読むことあったかなー…本当に気に入ったものだけ、だけど。
と、いうわけなので。読んだことない本の方が珍しいってこと。主が買った本も彼が読み終わった後に読ませてもらってたから。でもまさに今、手に取った本は見たことがない。ロンドンに買い物行った時に買ってきたのかな…でもそういう時は大体あたしも一緒に行ってたはずなんだけど。
それにしても、…これ、表紙に描かれた絵から察するに恋愛小説よね?それも王道とも言われる、お姫様を助けに行く騎士の話。ふぅん、主もこういうのに興味が出てくるお年頃なのかしら。エリザベス様はこういうお話を好みそうだけれど。


「結末は読めてしまうけど…まぁ、暇つぶしにはなるでしょう」


暇つぶしのつもりで読み始めたファンタジー小説。結末も大体読めるし、内容もありきたりなのだけれど…気が付いたらあたしは本の世界にのめり込んでいたらしく、不意にふわりと香った紅茶の香りにようやく我に返った。
ハッとして本から顔を上げると、さっきまではいなかったはずのセバスと主の姿がそこにはあって。主は紅茶を飲みながら書類に目を通している最中でした。…うわ、部屋に入ってきたことすら気づかなかったとかどうなのよあたし。いくら感覚が人間に近くなったからといって全く気付かない、というのは如何なものかしら。てかセバスも主も帰ってきたなら一言声をかけてくれれば………そんなこと、この2人がするはずもないか。
読み終わった本を閉じておかえり、と声をかければ、「ようやく気が付いたか」と返ってきた。うん、まぁ、ごもっともな意見ですよね。はい。


「帰ってきたなら声かけてよ…」
「お前なら気が付くかと思ったんだが、…思っていた以上に集中していたんだな」
「アリスは1つのことに集中し始めると、他が見えなくなりますからね。メイリンが紅茶を置いていったのも気が付いてないでしょう?」


へ?メイリンさんが紅茶?
不思議に思って傍らに置かれた小さなテーブルを見てみれば、確かに冷え切った紅茶のカップがポツンと寂しげに佇んでいた。あらら…セバスの言う通り、全く気が付いていなかったわ。メイリンさんのことだからきっと、何度も名前を呼んでくれていたんでしょうね、申し訳ないことをしたわ。それに紅茶ももったいない…。
でもまぁ、冷えてしまっているだけで飲めないことはないわよね?そう思い直してカップに手を伸ばそうとしたら、セバスに取り上げられてしまった。その際、温かい新しい紅茶のカップを置くことも忘れずに。


「冷え切った紅茶は渋くなってしまっていますから。そちらをどうぞ?」
「別に少し渋いくらい、どうってことないのに…」
「そう仰らず、温かい紅茶をお飲みください。スイーツはいりますか?」
「いるわ!今日はなぁに?」
「本日は季節のフルーツをふんだんに使ったフルーツタルトでございます」


どうぞ、と置かれたお皿にのっているのは宝石のようにキラキラ輝くスイーツ。ううん、いつ見ても彼の作るスイーツは綺麗で美味しそう!
崩してしまうのがとてももったいないけれど、でもそうしなければ食べることが出来ない。意を決してフォークを刺せば、サクッと軽い感触が伝わってきた。わ、すっごいサクサク…!味もいつも通り完璧だし、本当にパティシエ顔負けの美味さよねぇ。有名店のスイーツを食べたこともあるけれど、どんなに美味しいと言われているものでもセバスが作るスイーツには敵わない。彼が作るスイーツ以上に美味しいものはないって思ってるもの。
一度、素直に告げてみたことがあったけど、その時のセバスの顔ときたら見たことないくらいに驚いていたっけ。ふふ、今思い出してみても傑作だ。普段、表情をあまり崩さない貴重なシーンだったものね。


「んん〜!美味しい!」
「それはようございました」
「…男装の時より、美味そうに食うな。表情も豊かだ」
「ふぇ?そう?普段と何ら変わりないと思うけど…」


男と女の違いはあれど、中身は変わらない。性格や表情に違いはそうないはずだけどなぁ。


「男性と女性だと、表情の作り方に違いがあるのでは?同じ笑みでも、女性の方が柔らかさがあるでしょう」
「へー…そういうもん?」
「まぁ、貴女のようなケースは希少ですからわかりにくいですけれどね」
「それもそうだな。悪魔だろうが、死神だろうが…性別が変わるわけではないからな」


あぁ、まぁそうよね。あたしのケースは確かに希少なのかもしれない。捜してみれば他にも性別を変えることが出来る悪魔がいるかもしれないけど、…ほとんどいないだろうね、まず。というか、変化の術を使うのならば同じ人間の姿ではなく動物の姿に化けるのが常識のようだし。ま、どうでもいいけどね?そんなこと。
そんなことを話しているうちに主はスイーツを食べ終わったらしく、早々に仕事モードへと切り替わっていた。セバスもお皿を片づけ始めてるし、あたしもさっさと食べて本棚を物色しようかな。これ以上、読んでいない本があるとも思えないけれど。
最後の一口を口に入れて、咀嚼しながら立ち上がると「はしたないですよ」と小言が飛んでくる。それにごめんなさーい、と気の抜けた返事を返してから、逃げるように書斎の奥へと姿を隠した。
さっきまで読んでいた本を元の場所へと戻して、次は何を読もうかと視線を走らせる。けれど、どれも読んだことがあるものだし、特に面白かった記憶のないものばかりだ。暇つぶしとはいえ、さして面白くもない本を読むのは嫌。せっかく読むのなら面白い本の方がいいし、楽しいでしょう?誰だって。
…あ、そうだ。あの本はどこら辺に置いてあったかしら。ええと、確か題名は……『読むだけですぐに上達!半殺しの為の護身術』!色んな国の体術が載ってるから、結構楽しいのよね。タイトルはちょっとアレだけど。目当ての本はすぐに見つかり、それを手に定位置に戻ろうとした時。不意に主に名前を呼ばれた。


「どうしたの?主」
「お前に土産があったのを忘れて…、おい、なんだその物騒な本は」
「『読むだけですぐに上達!半殺しの為の護身』…何て本を読もうとしてるんですか。貴女は今、仮にもご令嬢なのですよ?」
「えー?だって此処にはアンタ以外、誰も入ってこないでしょう?いいじゃない、どんな本読んだって」


むう、と頬を膨らませれば「ダメです。没収!」と本を取り上げられてしまった。もう、せっかくの暇つぶしの本だったのに…また別の本を探さなくちゃいけないじゃない、セバスの馬鹿!
もう一度、本棚が立ち並ぶ書斎の奥に向かおうとした所で主に呼び止められた。…あ、そうだ。あたし、さっき主に呼ばれてたんだわ。何か用事があるみたいだったわよね?


「土産があると言っただろう。…ん」
「ありがとう」


紙袋から出てきたのは数冊の分厚い本。ファンタジーにミステリーに時代小説、…わぁ、こんなにたくさん!本当にもらってもいいのかしら?3日前には服だって買ってもらったのに。


「坊ちゃんが唸るほどに悩みながら選んでいたんです。もらってさしあげなさい」
「セバスチャン!!!」
「ふふ、ありがとう主!大事に読ませてもらいますね」


主自ら選んで頂いたなんて、本当にあたしは幸せ者ね。
もう一度だけありがとう、と告げて、あたしは早速読書へ取り掛かった。
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