中国人とお嬢様


ファントムハイヴ家にお客人が来るのって、実は稀だったりするんです。主自身、自分の屋敷に人を招いてパーティーをするってことしないタイプの人間だから。
でもね?あの方のお知り合いには、連絡もなしに突然来訪される方もいらっしゃるんです。…それで大迷惑を被るのは、主にセバスとあたし。時々、主。



「え?今、何て?」
「だから、今、劉が来ている。それでお前に会わせろ、とうるさいんだ」


いつものように朝食を済ませ、あたしは主の書斎に籠って読書をしていた。主は別室で家庭教師の方とお勉強。それもひと段落した頃、セバスに呼ばれて下に降りて行ってしまったの。もしかしたら、会社関係の方が来たのかな〜くらいにしか思っていなかったんだけど。だって、この姿になってからは主の予定を一切把握してないんですもの。そういうのは力が戻るまでぜーんぶ有能執事に丸投げ!
だって把握した所で視察とかに着いていけるわけじゃないし。もちろん、力が戻ったらちゃんとお仕事するわよ?それまでは、ってこと。
っと、今はそんな話をしていたんじゃなかったわね。ええと、それで下に降りて行った主がものすごい形相で書斎に戻ってきたと思ったら、さっきの台詞を言いやがったわけです。前から劉様は連絡をせずに来訪される方ではあったけれど…というか、あたしに会いたいってどういうことなのかしら。


「劉様が会いたいって…僕に?」
「違う、アリスにだ。どこで噂になってるのか知らんが、此処に美少女が来ていると聞いたらしい」
「なんだそれ胡散臭い」
「同感だ。外には出ていないのに、どうやって噂になったんだか…」


確かに疑問よね。この姿になって出たのは中庭くらいで、街には一切出かけてないもの。行きたいけど、なかなか機会がなくって…主が視察に行ってもお留守番だし。
でも劉様か…知らない相手ではないし、人と会ってはいけないわけでもないから別にいいかなぁ。主やセバスも一緒にいるんだろうし、別段危険はないでしょう。あの方は変態、ってわけでもないはずだし。…多分、きっと恐らく。怪しい人ではあるけれど、いつも一緒にいるのは妹(血は繋がってないけど)だ、って公言している藍猫様だけだ。女性にセクハラしてる所も見たことないしね。


「どうする?アリス」
「相手は劉様だし、会うくらいなら問題ないと思いますよ。主も一緒でしょう?」
「仕事はまだあるが、お前は今客人だからな…2人きりで会わせるわけにはいかない」


ほんじゃま、そうと決まれば早速応接間に行きましょうかね。そこに通した、って主に聞いたし。
チラリ、と時計を見ればもうすぐアフタヌーンティーの時間。美味しい紅茶とスイーツを食べながら劉様と主とお話か…うん、案外悪くないかもしれない。ファントムハイヴ家の方以外とお話しするのは久しぶりだし、ちょっと楽しくなってきたわ。
主に連れられて応接間に顔を出せば、そこにいたのは給仕をしているセバスと劉様。どうやら今日は藍猫様は一緒にいらしてないみたい。口数少ない方だけど、一度、きちんとお話してみたかったんだけどなぁ。でもまぁ、来ていないのなら仕方がないか。


「君が伯爵のお友達で、この屋敷に逗留してる子?」
「はい。初めまして、アリスと申します」
「うん、いい名前だ。それに噂通りの美人さんだね。伯爵もひどいなぁ〜こんな美人さんのお友達がいるの教えてくれないなんて」
「何でお前にいちいち教えなくてはいけないんだ」


まぁ、確かにね。劉様とは仕事上の関係だし、主の交友関係を教える必要性はどこにもないわ。
それからはセバスが作ってくれたスイーツを食べつつ、劉様が色んな話をしてくれた。もちろんイーストエンドの話はしなかったけれど、どんなお仕事をしてるのかとか、藍猫様のこととか、最近あった面白いこととか、あと主と出会った時の話とか。主と出会った時の話は、主自身が止めてしまったから最後まで聞くことが出来なかったけど。…と言っても、あたしもその場にいたから聞かなくても知ってるんだけどねー。素直にその事実を暴露するわけにもいかないので、大人しく聞いてますが。
でもあれですね。劉様とお話しするのは久しぶりですが…相も変わらずの知ったかぶりで、主も時々突っ込んでいらっしゃる。悪い人ではないと思うんだけど、ぶっちゃけ面倒な時があるよね。うん。知ったかさえなければ結構、楽しくて面白いお話を聞かせてくれる人なんだけども。
そう、面白い人だと思う。だけど、この人もどこか不思議で掴めない人。テイカーさんとはまた別の感じなのよねぇ…今の所、主に危害を加えようとは思ってないみたいだからそこまで警戒はしていないけれど。この人が管理しているイーストエンドから情報をもらうことも少なくないし。
主と劉様がお話しているのを聞きながらそんなことを考えていたら、いつの間にか劉様が帰る支度を始めていた。応接間にある時計を確認してみると、彼が来訪してからすでに2時間が経とうとしている。あら、気が付かなかったけどそんなに長い間お話してたのね。


「じゃあ我はこれで。今度は我のお店に遊びにおいで、サービスしてあげる」
「ふふ、考えておきます」


多分、行きませんけど。劉様のお店は煙たくて正直、苦手なんです。出来れば必要な時以外は行きたくない。
でもまぁ、バカ正直に言うわけにもいかないので黙って笑うのが得策です。劉様なら正直に言っても笑って済ませそうな気もするけどね。


「あ、そうだ」
「?どうしたんだ、劉」
「美人なお嬢様にお別れの挨拶」

―――ちゅ、

「は、…」


くるり、とこちらを振り返った劉様はにこにことあたしの元へと歩み寄ってきて…頬にキスを1つ落とし、満足気な顔で帰っていきました。呆然とするあたし達をそのままに。
主とあたしはもちろんのこと、あのセバスですらビシッと固まってしまう始末。いや、まぁ確かにこの国では挨拶代わりに頬や手の甲にキスをする習慣があるけれども…!何でそれを中国人である彼がやっていくのかがわからない。一体、誰に教えてもらったのでしょうか。
ものすっごく気になるけれども、それよりも今は後ろに控えているセバスの恐ろしすぎる殺気をどうしたらいいか考えるのに必死です。あたしが悪いわけでもないけど、この殺気を背中にヒシヒシと感じるこの状況。怖くないわけがないですよね…!!!殺気だけで人が殺せそうです、冗談抜きで。
ああもう、案外、この人は独占欲が強いのよね。普段はしれっと涼しい顔してるくせに、時々、こうやって嫉妬だだ漏れにするんだから。嫉妬、なんて可愛らしいものではないけれどね。実際は。


「さて…アリス様、少々よろしいですか?」
「……は、はい…」
「程々にしておけよ。それが済んだらアリスの分も一緒に紅茶を書斎に持ってこい」
「御意、ご主人様」


出来ればその紅茶を今すぐに、と言って頂いた方が嬉しかったです主。あたしの気持ちを知ってか知らずか、主はとても楽しそうな笑みを浮かべて階段を上がって行ってしまった。
玄関ホールに残されたのはあたしとセバスの2人だけ。とは言っても、いつフィニ達がやって来るともしれないんだけれどね。あの人達だってお仕事してるわけだから、此処を通りかからないとは言えないんだし。
きっとセバス自身もそれはわかってるのでしょうね。無言であたしを姫抱っこして誰も来ることはないであろう客室へと連れ込まれました。だから目がマジで怖いんだってセバスチャン。


―――ぼすんっ!

「きゃっ…!」
「全く。貴女は隙がありすぎます」


勢い良く下ろされたのはふかふかのベッドの上。だから勢いが良かった割には全然痛くはないんだけど…ギシ、と覆いかぶさってくる彼の顔には貼り付けられたような笑みが浮かんでいて、恐怖で背中に悪寒が走りました。それがなければきっと、これからされるであろう行為に胸を高鳴らせていたのかもしれないけどね。真昼間から何てはしたないことを、と思わなくもないけど…好きな人に触れられるの、誰だって嫌だとは思わないでしょう?


「劉様は事情を知らないとはいえ、私のものである貴女に触れられるのは気分が悪い」
「も、もう…そんなに怒らなくたっていいじゃない。あれはただの挨拶でしょう?」
「もちろんわかっていますよ?けれど、不愉快なんですよ」


ちゅ、ちゅ、と劉様が触れた所以外にもキスが落とされる。
これはあくまでもあたしの推測でしかないんだけれど…この人、キスしたいだけじゃないのかしら。


「ん、…ちょっとセバス、」
「何ですか?うるさいですよ」
「うるさいって何よ!も、…そのくらいにして主の所に戻らないと」
「こんな時でも坊ちゃん優先ですか。貴女のそういう所も嫌いではありませんが…」


今は私優先でお願いしますよ、アリス?
耳元でそんな妖艶な声で囁かれたら…逆らえるわけがないじゃない。
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