執事とお嬢様
「読む本がなくなって暇」と言葉にしたのはあたし自身。それは紛れもない事実だし、否定もしないけれど…やっぱりこの状況は上手く飲み込めないと言うのが本音であります。
「アリス?どうかしたんですか」
「あっううん、何でもない」
ただ今、セバスと絶賛デート中です。
事の起こりは、今から数時間前のこと。朝食を終え、いつもの如く主の書斎に籠っていたんです。とは言っても、もう読む本がなくなっちゃって、することもないから、ボーッと庭を眺めていただけなんだけどね。だけど庭はいつも見ているし、誰かが何かをしているわけでもないから5分も眺めていれば飽きてしまうというものだ。変わり映えのないものをじーっと見ているのはあまり好きじゃないし。いや、綺麗に花は咲き誇ってはいるけれども。うーん…でも庭は此処から眺めているより実際に散歩する方が良さそうだわ。
そうと決まれば善は急げ、というやつよね!引っ張り出していた椅子を片づけて外に行こうとした瞬間、響くノック音。セバスかしら?と思いつつ、はぁいと返事をすれば入ってきたのはメイリンさんだった。珍しいなぁ、この時間ならメイリンさんは洗濯か掃除をしているはずなのに…それともあたしに用事?でもこの姿になってからは接点もないし、用事があるとも思えないわよね。
どんなに考えても彼女が訪ねてくる理由がわからず、うーん?と首を傾げていれば、キラッキラの笑顔で「アリス様、お着替えしますだ!」と一言。…え?お着替え?朝食を食べる前にちゃんと着替えたのに、どうしてまた?
でもそれを聞く間もなくあたしはメイリンさんに連れられて、使わせてもらってる客間へと戻ることとなりました。そして彼女が選んだ服に着替え、何も説明されることもなく「楽しんできてくださいね、アリス様」とにっこり笑顔で馬車に乗せられ、今に至るわけですが。んでもって、馬車の中にいたのは燕尾服ではない、普段と比べれば少しラフに見える服に身を包んだセバス。それでもきっと上質なものなんでしょうけれど。
彼の姿を目に留めてパチパチと瞬きを繰り返してるあたしを見て苦笑を浮かべたセバスは、「坊ちゃんからお暇を頂きました」とだけ。そしてあっという間にロンドンへと辿り着き、冒頭に戻るわけで。
「何度も来てるけど、すっごい人…」
「たくさんの方が行き交う所ですからね。さ、行きたい所はありますか?」
「んー…そうだなぁ、雑貨屋さんと本屋さんと…あと、カフェでお茶したい」
「かしこまりました。では、行きましょうかアリス」
スッと出された腕に自分の腕を絡ませる。たったそれだけのことなのに顔にぶわっと熱が集まってきた…ダメだ、嬉しいけど恥ずかしい気持ちの方が大きい気がする!
…だけど、ずっと夢見てたんだ。周りの目を気にすることなく、この人とこうやって腕を組んで並んで歩くことを。そりゃいつだってしようと思えばできただろうけど、あたし達は主に仕える執事だから。だから、2人揃って休みをもらうことなんてできないもの。お願いすればもらえるとは思うけど、そのー…屋敷内がね?めっちゃくちゃになっちゃいそうじゃない?セバスがいないと特に。
結局、ゆっくり休んだとしても後片付けをしなくちゃいけない状況になるのなら、そんな贅沢を望まない方がいいのかなーって思ったりしてる。の、だけど、…実際に並んで歩いてみると思っていた以上に幸せな気分になれてる自分にびっくりしてる。恥ずかしいし、心臓は有り得ないくらいドキドキしてるけど、でもそれでも、セバスを独り占めできるのって…嬉しい。
「アリス、こういうのは?」
「…あ、可愛い」
「貴女は女性なんですし、アクセサリーの1つくらい持っていてもいいのでは?」
「うーん…まぁね、こういうの嫌いじゃないし憧れるけど、ほら、これでも執事で護衛だからさ」
「ふむ、…確かにネックレスやブレスレットは邪魔になるかもしれませんね」
指輪とかネックレスとかブレスレットとか、見れば見るほど可愛いなー欲しいなーって思うけど…普段は男の姿だし、コッチの姿に戻ったとしても仕事上、身に着けてると邪魔なんですよ。セバスの言う通り。だからもし買ったとしても、タンスの肥やしになるのが目に見えてる。見てるのも好きだから、別にそれでもいいんだけどさぁ…せっかく買ったのに身に着けないのってもったいないじゃない?それだったら最初から買わない方がきっといいから。
何故か女物のアクセサリーをじっと見つめているセバスを放って、ぐるりと店内を見渡してみる。そこそこ値段が張るせいか、店内にいるお客さんはそれなりの階級の人達が多い気がするなぁ。まぁ、それもそうか、このお店は有名なデザイナーさんのお店だって聞いたことあるし。
主は男性だからこういうものつけないし関係もなければ、興味もないみたいだけど…夜会で見る貴族の女性って高そうなアクセサリーつけてるもんね。ある意味、ステータスなのかもしれないなぁ。庶民で人ならざる者のあたしにはよくわからないけれども。
「こらアリス。勝手にいなくなるのはやめなさい、と何度言えばわかるんですか」
「あ、ごめん。だってセバスがやけに真剣に見てるから…」
「真剣にもなるでしょう?愛する人にプレゼントを選んでいる時くらい」
「プレゼント?」
「ええ。受け取ってくださいますか?」
スッと出されたのは綺麗な包装紙に包まれた小さな箱。それを見て何ですか?と聞き返すほど、あたしは馬鹿じゃないつもり。シールにはお店の名前が入っているし、きっと中身はアクセサリーだ。
…さっき真剣に見ていたのは、あたしの為ってことか…もう、本当にやることがキザなんだから。悪魔のクセに。でも自然と頬がゆるんでしまうのはきっと、それ以上に嬉しいと感じてるからだ。
「ありがと。屋敷に帰ったら開けさせてもらうわ」
「そうしてください。さ、行きましょうか」
お店を出た後は雑貨屋さんと本屋さんを回って、お洒落なカフェへとやって来ました。このカフェは最近人気らしくて、スイーツも英国一だと言われているらしくてね?ずーっと気になっていたの、その人気で有名なスイーツは彼が作るものより美味しいのか、ってね。ふふ、とは言っても、彼が作るスイーツよりも美味しいものなんてあるとは思ってないんだけれど…やっぱり気にはなるじゃない?
渡されたメニューを開けば、確かに綺麗で美味しそうなスイーツの写真がズラリ。ううん、こういうのってどれも美味しそうに見えちゃうから迷っちゃうわ。特にこれといって好物が存在しているわけでもないし。主も一緒ならばいくつか選んでシェアするのだけれど、セバスは…人間が作る食べ物は興味ないって言ってたしなぁ。どうしたものかしら。
「決めかねているのですか?」
「そうなの、写真で見る限りどれも美味しそうなんだもの」
「それなら3つまで選んでみては?私もお手伝いしますよ」
「え?だってセバス…」
貴方、食べないでしょ?と紡ごうとしたら、そっと人差指で遮られた。言うな、ということらしいので大人しく黙るとしましょうか。本人曰く、好まないというだけで食べられないわけではないらしいので、お言葉に甘えて3つまで選ばせてもらうことにした。
うーん、そうしたら王道といわれている苺のショートケーキと、あとガトーショコラ…最後の1つはシュークリームにしようかしら。タルトも美味しそうだったんだけれど、この間、セバスがフルーツタルト作ってくれたから却下。
「大分歩き回りましたが、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。とっても楽しいわ」
「それなら良かった。機会を作ってくれた坊ちゃんに感謝せねばいけませんね」
「ふふっ何かお土産買っていこうか。フィニ達にも」
何を買っていったら喜んでくれるか、とか、今頃屋敷はどうなっているだろうか、とか、主はきちんとお仕事しているだろうか、とか。交わす会話に色気もへったくれもないけれど、でも、そんな他愛もない会話を出来ることがこんなに楽しいとは思わなかったなぁ。
そもそも本来の姿に戻ってしまってからは、ほとんどセバスと会話する時間もなかったしね。
いつもなら仕事の休憩中とか、その合間に少なからず会話していたんだけれど…ほら、今、あたしは一応お客人だからさ。セバスと過ごす時間ってないのよね?主と会話する時間が増えたのはとても良いことだったと思うけども。
…今思えば、こうやって恋人としてデートするのも…初めてだ。力が一切使えないのは不便で仕方ないけど、だけどセバスとこうして出かけられたっていうことに関しては素直に感謝してもいいかな。誰にするんだ、って話だけどさ。
「…また、」
「はい?」
「またこうやって―――…アンタとデート、できるかな」
「クス、…貴女が望むのであれば、いつだってお連れ致しますよ。アリス」
紡がれた言葉と共に頬に落とされたキス1つ。
奥の席だったせいか、誰にも見られてはいないみたいだけどそれでもこんなお店の中でキスするなんて…!怒りたいのは山々だけど、今日は楽しい日にしたいし、ひとまずは運ばれてきたスイーツを片づけることを最優先にしようかしら。