灰色と葬儀屋
「主ー、手紙が届いてますよ」
「もう社交期(シーズン)も終わると言うのに暇人共め。くだらない舞踏会に夜遊びの相手捜し…ロンドンはロクなことがない」
「ま、此処はそういうとこだからね。どーします?」
「愚問だな、クロード。そんなもの決まっているだろう?ワーウィック伯爵、バース男爵…」
セバスチャン、お断りリスト作成中。次々と手紙が放り投げられる中、主の目に1通の手紙がとまった。
そう。その手紙は"彼女"からの招待状―――――
「坊ちゃんが町屋敷(タウンハウス)へいらっしゃるのは久しぶりですね」
英国(イギリス)の夏は短い。最も気候の良い5月〜8月は「社交期(シーズン)」と呼ばれてて、地方の屋敷(マナーハウス)から貴族達はこぞってロンドンの町屋敷(タウンハウス)へ。そうして社交に精を出すってわけ。
ウチの主は人が多いのがあんまり好きじゃないから、此処へはほっとんど来ないんだけどね。お呼ばれしても断ってしまう方が多いくらいだ。
「"あの手紙"さえなければ誰が…人が多すぎて満足に歩けもしない」
「たまにはお屋敷を離れてみるのも、いい気分転換かもしれませんよ。あの4人もいないことですし、静かに過ごせそうじゃありませんか」
「でもさ、僕まで付いてきちゃって良かったの?お屋敷がすごいことになりそうな予感が…」
「だから、お前は僕の護衛だろう?付いてくることに慣れろ!何回、同じことを言わせる」
「はい…申し訳ありません」
確かに何回も言われてはいるけど…やっぱり気になるんだっつーの。一応、執事でもあるし?主の気迫に負けて謝りつつ、部屋の扉を開けた。
僕達は思わず固まってしまった…まず、いるはずの人物が中にいたこと。そして…ものすっごい散らかっていた。
「全くこの家はドコにお茶しまってんのかしら」
「見あたらないねぇー」
セバスのさっきの言葉が、後ろの方でガラガラと音を立てて崩れていった。
「マダム・レッド?!劉?!何故ここに…っ」
「あら、早かったじゃない。可愛い甥っ子がロンドンに来るっていうから、顔を見に来てあげたんじゃないの」
赤が似合うこの素敵な女性は、元バーネット男爵夫人のアンジェリーナ・ダレス様。通称マダム・レッド。王立ロンドン病院勤務。
この方は主のご母堂の妹さんで、主の叔母にあたる方だね。
「やあ、伯爵。我は何か面白そうなことがあると、風の噂で聞いたものでね」
この方は劉様。中国貿易会社「崑崙」の英国支店長。主の仕事仲間とでもいいのかな。
いつも読めない表情の方で、かなりの知ったか。変な人です。
「これはこれは…お客様をお迎えもせず申し訳ありません。すぐお茶の用意を致しますので、少々お待ち下さい。」
「一番やっかいな奴らが来た…」
知っている方々とはいえ、立派なお客様だ。もんのすごーく面倒だけど、ちゃんとした敬語を使わなきゃいけないか…。
とりあえず、紅茶を淹れに行ったセバスの手伝いでもしに行こうかね。部屋の片付けはある程度終わったし。そう思って部屋を出ようとした瞬間、セバスが戻ってきて扉の前で鉢合わせ。
「あ、セバス」
「どうかしましたか?」
「いや…手伝いに行こうと思ったんだけど、不要だったみたいだね」
「では、皆様に紅茶とお茶菓子を配っていただけますか?」
「ん。わかった」
セバスから受け取った紅茶を、マダム・レッドと劉様、そして主の前に。紅茶の良い香りが部屋に広がっていく。お茶菓子は…どれがいいかな?主は当然、甘いものをご所望のはずだし。…もう選んでもらった方が早いかもな。
「いい香りだ。淹れ方がいいと格別だね」
「本日はジャクソンの『アールグレイ』をご用意致しました」
「同じアールグレイでも違うモンねぇ〜。グレルもちょっとは見習いなさいよ」
「は…はぁ…」
…?さっきはびっくりしてたからアレだけど、マダム・レッドの執事にこんな人いたっけか?それに何だろ。この妙な感じ。上手く説明できないけど、何か違和感のある気配…前に感じたことがあるような。
うーん…気にはなるけど、今はそんなことを考えてる場合じゃないか。
「お話中失礼します、お二方はどのお茶菓子を召し上がりますか?」
「そうだな…我は真ん中のを頂こうかな」
「かしこまりました。マダムはいかがなさいます?」
「そうね、じゃあスコーンを頂こうかしら……ってちがーうっ!!!」
カップやポットを破壊しそうな勢いで立ち上がった、情熱の赤を纏うマダム・レッド。何だ、何だ?!!知らぬ間に僕、何か失礼なことでもしてたのか?突然の出来事に心臓がバックバクいっておりますが…本当にどうしたんだ?
呆然とマダム・レッドの顔を見つめていると、キッとこっちを鋭い瞳で睨み、ビシーッと指を差された。あ、やっぱり原因は僕ですか。
「クロード!!!」
「はっはい!?」
「確かにあんたはシエルの護衛で執事。そういう風に私達に接しなきゃいけないのもわかる!…けど!知らない仲じゃ…ないでしょう?」
「マダム…?」
「私に仕えていたのは少しの間だけだったけど、知り合ったのはもっと前!付き合いも長いし家族同然だったの、そんなかしこまらないでちょうだい」
「はぁ…そうは言われても、立場上そうはいかないんだけど」
「いいの、私が許す!構わないでしょう?シエル」
「ああ、問題はないだろう。此処にいるのは僕達だけだからな」
全くこの人は本当に…昔から敵わないな。ま、主からも許可が出たことだし?いつも通りでいいか。劉様も気にしてないみたいだし。
「それじゃあ、まあ…お言葉に甘えて。久しぶりだね、マダム」
「本当にね。元気そうで何よりだわ!それにしても…あんたもセバスチャンも相変わらずイイ男ねー田舎仕えなんか辞めて、ウチに来なさいよ!」
「ぅわ?!!」
「!!」
僕はマダムに抱きしめられ、セバスはどうやらお尻を撫でられたらしい。イイ男好きだからなー…この方は。別にそれはいいんだけど、公開セクハラはいい加減やめてくんないかなぁ。
悪い人じゃない。決して悪い人じゃないんだけども!そしてものすごく大好きな人でもあるんだけど!…うん、でもさ?やられたくないこととかってあるじゃん?やっぱり。その1つがコレ。公開セクハラ。
「はあ…ここからが本題だが。数日前、ホワイトチャペルで娼婦の殺人事件があった」
「何日か前から新聞が騒いでるヤツよね?知ってるわ。だけど…あんたが動くってことは、何かあるんでしょう」
「そうだ、ただの殺人ではない。猟奇的…いや、最早異常といっていい。それが"彼女"の悩みのタネというわけだ」
「被害者の娼婦、メアリ・アン・ニコルズは何か特殊な刃物で原形も留めない程、滅茶苦茶に切り裂かれていたそうです」
「市警(シティヤード)や娼婦達は、犯人をこう呼んでいるそうだ」
―――切り裂きジャック―――
切り裂きジャック…通称、ジャック・ザ・リッパー。
19世紀後半のイギリスを最も震撼させた、と言われている。最も残忍で、猟奇的で、異常ともとれる…殺人事件。
「僕も早く状況を確認せねばと思い、急ぎロンドンへ来たというわけだ」
それまで黙って紅茶を飲んでいた劉様が、妖しげに笑い、主に言葉を投げかける。
「女王の番犬が何を嗅ぎつけるのか、我はとても興味深いな…だけど、君にあの現場を見る勇気があるのかい?」
「…どういう意味だ」
「現場に充満する闇と獣の匂いが、同じ業の者を蝕む。足を踏み入れれば、狂気に囚われてしまうかもしれないよ」
閉じられたままの劉様の瞳。その瞳の奥にどんな色が眠っているのか、どんなことを考えて主に近づいているのか。何を、言おうとしているのか。主から一体何を、感じ取ろうとしているのか。
「その覚悟はあるのかい?ファントムハイヴ伯爵」
「僕は"彼女"の憂いを掃う為にここに来た。くだらない質問をするな」
「…お言葉ですが、劉様?そうならない為に僕達がいるのです…お忘れなく」
「―――いいね、いい目だ。2人ともね」
ニヤリと、再び妖しく劉様の口角が上がった。その前には冷たい瞳で、劉様の顔を睨みつけている主。うん、いかにもって感じの雰囲気になってきたねぇ。重々しくて。…って思ったんだけど、一気にこの空気をぶち壊す人がいるんだよな。この中には。
「そうと決まれば、すぐに行こうじゃないか伯爵!!」
「ちょっと!!ったく!男ってのはせっかちね!お茶くらいゆっくり飲みなさいよ。私も行くわ。現場ってドコなのよ、劉」
「知らないのかい?マダム。なーんだーぁ。じゃあ、そのへんの人に聞いてみないとダメじゃないか」
「アンタ、今まで知らないで喋ってたわけ?!」
ほーらね?劉様の知ったか、大炸裂ー。放っとけばそのままスキップでもして、主を連れ出してしまいそうだったので密かに主の腕を掴んでみた。
ま、その前にマダムが止めてくれたけど。…止めてくれたはずのマダムは、いまだに劉様とぎゃいぎゃいと騒いじゃってるけどね。こうなっちゃうと止める術がないんだよなぁ。放っとくのが得策ってやつかね。
「ああもう、落ち着け!誰も現場に行くとは言ってない」
「「「え?」」」
「どうせすでにやじ馬だらけでろくに調べもできんだろう」
「ああ、確かにね。それに…主が顔を出せば警察(ヤード)もいい顔をしないだろうし。でもそれじゃどーすんのさ?」
「伯爵…まさか…」
「そのまさかだ」
劉様の言葉に、微かにげっそりしたような主の表情。一体、何なんだろうか。現場には行かない。けど、情報を集めないわけにはいかない…僕とマダムは2人の話の流れについていけなくて、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。
「僕もできるなら避けたい道だが、やむをえん。こういう事件に奴ほど、確かな情報を持ってる奴はいないからな」
「奴……?」
「ついてくればすぐにわかりますよ。坊ちゃん、準備はすでに調っています」
「ああ、出かけるぞ」
セバスに着せてもらったコートを翻し、主は玄関へと足を進めた。
この後、僕はものすごい人と出会うことになる。
馬車に揺られること1時間。僕達はいかにも怪しげな店の前に立っていた。壁には蜘蛛の巣が張ってるし、棺とかお墓らしきモンが立ち並んでる。恐らく店の名前が書いてある看板には、何故か骸骨のオブジェが乗っかってるし。
言っちゃ悪いけど…すんげー薄気味悪い。此処で本当に事件に関する情報が聞けるのだろうか…今から不安だ。
「―――で、ここどこ?」
「あんた、さっき知ってる風だったわよね?!」
「マダムどうどう…劉様だから、仕方ないんです。諦めた方が身の為」
「坊ちゃんのお知り合いが経営なさってる葬儀屋(アンダーテイカー)さんですよ」
「「葬儀屋(アンダーテイカー)?」」
「こんな変なトコを主の知り合いがねぇ…僕、知らないんだけど」
「クロードは初めてでしょうね…一緒に来たことがありませんから」
坊ちゃんの知り合いってことは、ヴィンセント様も知り合いだったのかね?でもあの方にも此処には連れられてきたことは、1回もなかった。僕の記憶が正しければ。裏の仕事の手伝いはしてたけど、時々別個で動いてることもあったからな…。色々と気になるけど、入ってみればわかることか。
「いるか、葬儀屋(アンダーテイカー)」
「……ヒッヒ…そろそろ…来る頃だと思ってたよ…」
足を踏み入れた先に広がるのは、たくさんの棺。どこからともなく聞こえる不気味な声。
通い慣れてるであろう主でさえも顔が青ざめてて(セバスは全く変わらないけど)、マダム達も気味悪そうな顔をしてる。他ならぬ僕も、結構嫌なんだけど…この地の底から這い上がってくるような感じ。
―――ぎいいいぃ…
「よぅ〜〜〜こそ伯爵…やっと小生の棺に入ってくれる気になったのかい…!」
「(うわ…棺から出てきたよ、この人…)」
「そんなワケあるか。今日は…」
棺からのっそりと出てきた葬儀屋と呼ばれる人物(見た目も超怪しい…)。
用件を告げようとした主の口元に、人差し指を当てて言葉を遮った。
「言わなくていい。伯爵が何を言いたいのか、小生にはちゃ〜〜〜んとわかっているよ。でもその前に…新しい執事くんがいるんだね?」
「あ…申し遅れました。クロード・ロシュホールと申します」
「ふ〜ん、クロードっていうのかい…キミ、不思議な気配がするねぇ」
「…気のせいでしょう?そんなことより」
「ああ、そうだったね…ヒッヒ…」
僕のことより、今は情報を集めなくちゃならない。早く本題に戻さないと主の気が持たないだろうしね。てか、こんな不気味な所にあんまり長居はしたくないってのが本音だけど。
「ああいうのは『表の人間』向きの『お客』じゃない。小生がね、キレイにしてあげたのさ」
「…その話が聞きたい」
「じゃあ話をしよう。お茶でも出すよ、そのへんに座っててもらえるかい?」
そのへん…?イスどころか、最早棺しか置かれてないんですけど。この店内。
え、僕やセバスやグレルさんは執事だから、それでもまだいいとして…だけど、主達はれっきとした貴族だ。できればちゃんとしたイスに座らせてあげたいんだけど。出された紅茶は、何故かビーカーに注がれてるし。や、全然飲めるけどさ…僕は。
「―――さて、聞きたいのは切り裂きジャックのことだろう?今頃になってヤードは騒いでいるけれど…小生がああいうお客を相手にしたのは、今回が初めてじゃないよ」
「!!」
「初めてじゃない?どういうこと?」
「(骨壷から骨型のクッキー…趣味は悪いけど、ちょっと美味そう)」
葬儀屋さんがバリボリ食べてたクッキーを、じっと見つめてたらその視線に気づいたのか…骨壷ごと渡してくれました。こんなにはいらないけど、食べたかったのは事実だし有り難くもらっとこ。1つ取り出して食べてみると、ほんのり甘くてめちゃくちゃ美味い。いいな、コレ。
「…美味しいんですか?クロード」
「ん?うん、美味いよ。セバスの作るスイーツには負けるけどな」
「食べてるのは構いませんが、話もしっかり聞いていて下さいね」
「へいへい」
「最初はそんなにスプラッタじゃなかったから警察(ヤード)も気づいてなかったけど、ホワイトチャペルで殺された娼婦には、皆共通点がある」
「共通点?」
「…ですか?」
「さてねぇ、なんだろう。なんだろうなぁ、気になるねぇ…」
自分の持っていた分を食べ終わったのか、僕の手の中にあった骨壷(クッキー入り)を取り上げてきっちりとふたを閉めた。その口元はいやらしく、そして妖しく弧を描いていた。…クッキーの食べかすがついてるから、実は妖しさ半減してっけど。
でもこの感じだと、簡単には情報を教えてもらえなさそうだなぁ…情報料でも払わないと教えてもらえないのか?だけど…ニヤニヤ笑う葬儀屋さんを、主が嫌そうに見てるところから察するに。お金が条件、とはまた違う気がするかも。何か別のことなのかな。
「成程ね、そういうことか。葬儀屋は『表の仕事』というわけね。いくらなんだい?その情報は」
「い く ら ?」
劉様の一言にピクッと反応を示した葬儀屋さん。何かよくわかんないけど、ずずずいっとすごい勢いで劉様に近寄っていった。…こえ〜…劉様、震えてるよ。
「小生は女王のコインなんて、これっぽっちも欲しくないのさ」
―――ぐりん。
あ、葬儀屋さんが主をロックオンした。
「さあ、伯爵…小生にあれをおくれ…極上の『笑い』を小生におくれ…!!そうしたらどんなことでも教えてあげるよ…!!」
「極上の、笑い?」
「変人め」
うん、それは僕も否定しない。この人と会うのは初めてだけど、類を見ない変人だ。間違いなく。情報を教えるのに要求したのはお金じゃなくて、葬儀屋さん曰く極上の笑い。ってことは、今までも主達は葬儀屋さんを笑わせて情報をもらってきてたってことになるんだよな。…それが見れるのはちょっと楽しみかも。
主がげっそりしている所に聞こえてきた声は、いつの間にか復活していた劉様。
「伯爵。そういうことなら我に任せなさい。上海では新年会の眠れる虎と呼ばれた我の真髄、とくとごらんあれ!!!」
「おー!」
「ふとんがふっとんだ」
いつになく自信満々な劉様。どんな面白いモノが見れるのかと思っていたら…紡がれたのはクスリともできない一言でした。
これが真髄っておかしいだろうが。ま、当然のごとくしーんとしますよね。
「だらしないわね、劉…仕方ない」
「あれ、今度はマダムが挑戦すんの?」
「ええ、耳かっぽじってよーーく聞いてなさい?クロード。社交界の花形、このマダム・レッドがとっておきの話をきかせてあげるわ!!!」
「坊ちゃん、失礼しますね」
「?何故、耳を塞ぐセバスチャン」
「でねーっそいつったらピーッがピーッだったの!!さらにプーッがバキューン☆だったワケ!」
Let's下ネタ☆
あー…セバスが主の耳を塞いだのは正解だと思う。こんな放送禁止用語ばっかりの話聞いたら、まだまだ幼い主は顔を真っ赤にしちゃうだろうしね。教育的指導、教育的指導。まぁ、そんなわけでマダムの話は1時間続きました。
「キミ達、強制退場ね。これ着けておくれ」
「バッテンマスク…」
「さて、残すは伯爵のみだよ。前回はチョットおまけしてあげたけど…今回はサービスしないよ」
「……くそ…」
「仕方ありませんね」
「セバスチャン?!」
手袋をきっちりはめながら、前に出てきたのはセバス。
「へぇ…今回は執事くんが何かしてくれるのかい?」
「みなさん、どうぞ外へ」
「セバス…大丈夫なのか?」
「私を誰だと思っているんです?任せなさい。絶対に中を覗いてはなりませんよ…」
セバスの鋭い眼光と共に、扉は閉められた。
「任せてください」とは言われたものの…セバスって、笑いがどういうものかわかってんのかな?てか、悪魔にも面白いとかそういう概念ってあるのだろうか…疑問だし、心配になってきた。
「…主、大丈夫だと思う?セバスの奴」
「わからんが…待つしかないだろう」
し………ん。
ギャハハハ
ブフォッ
アハハハハ
ヒィーッも…やめ…
しばらくして、葬儀屋さんのものすごい笑い声が外にまで聞こえてきた。どれくらいすごいかっていうと…看板がずり落ちてくるくらい。あのすました顔の、完璧執事が一体どんなことをやってここまで笑わせているのか。すげー気になる。中に残って見てれば良かったって思うくらい、気になります。
笑い声がある程度治まった頃、セバスに促されて再び薄暗い室内へ。そこには笑いすぎてピクピク震えてる葬儀屋さんが、机の上に突っ伏していた。よっぽど面白かったんだなぁ。理想郷を見たとか言ってるし。葬儀屋さんの呼吸が整い、話が再開された。
「昔からねぇ、ちょくちょくいるんだよ。足りないお客さんがね」
「…足りない?」
「そう、足りないのさ。臓器、がね」
「!!」
「お客さんには棺(ベッド)で眠る前に、キレイになってもらわないとだろう?はみだしたものしまったりさ。その時にちょっとだけ検死させてもらうのが、小生の趣味でねぇ」
「(嫌な趣味…)」
んじゃ、僕らがカップ代わりに使ってるビーカーって…それに使われちゃってるわけ…? ……美味しい紅茶だったけど、もう飲む気がしない。
「皆腎臓が片方ないとか、そういうことかい?だとすると、犯人は金融業とか…」
「窟に住む中国人は、考えが物騒だねぇ。そういうことじゃない。それは娼婦…女の子じゃなきゃ持ってないもの」
「もしかして…子宮…?」
女性にしかない臓器。そんなの…1つしか想像がつかない。考えただけで気分が悪くなる…そんな遺体の姿。
「クロードの言う通り。最近急にそういう『お客』さんが増えてねぇ。しかもどんどん血化粧(メイク)は派手になる。小生も大忙しってワケ」
「だけど、いくら人通りが少ないとはいえ路上で…しかも真夜中だろ?」
「的確にその部位を切除するのは、素人には難しいのでは?」
満足な明かりがあるとは思えないし、子宮を切り取るなんざそう簡単なことじゃないはずだ。そうなると―――
「2人とも鋭いね。小生もそう考えているんだ」
「考え付くのは…まず鋭いエモノで首をかき切って、次に腹(ココ)を切り裂く。そして大切なものを奪う、そんな所ですかね」
「そうだろうねぇ…『手際の良さ』…それから『ためらいのなさ』から考えて、まず素人じゃないね」
「主が来るってわかってたのはそういうことか」
「ヒヒッその通りだよ。犯人が『裏の人間』の可能性があるなら、必ずキミが此処へ召喚されると思った。きっとまた殺されるよ。ああいうのはね、誰かが止めるまで止まらないものさ。止められるかい?『悪の貴族』ファントムハイヴ伯爵」
挑発するような葬儀屋さんの言葉。だけど、そんなものに振り回されるような方じゃない。僕達の主は。
裏社会には裏社会のルールがある。理由なく表の人間を殺めず、裏の力を以って侵略しない。女王の庭を穢す者は、ファントムハイヴ家の紋にかけて例外なく排除される。そう…どんな手段を使っても、ね。
「邪魔したな、葬儀屋」
外へと出て行った主達を追おうとした時。何故かすぐ傍に葬儀屋さんが立っていた。この人もセバスみたいに気配なく近寄ってくる人だな…!
「…何か?」
「ヒヒッそんな警戒しないでおくれ…これをね、渡そうと思っただけなんだから」
「あ、さっきのクッキー…ありがとうございます」
「クロード、何をしてるんですか?あまり坊ちゃん達をお待たせしてはいけませんよ」
「あ、ごめん!今行くよ。じゃあ、コレありがとう葬儀屋さん」
「また欲しくなったら此処に来るといいよ…」
しんとした室内に、ポツリと葬儀屋の声が木霊する。
「クロード・ロシュホールねぇ…ヒヒッ面白い子が来たものだなぁ」