他愛のない日常


三蔵法師様のお手伝いをするようになって早数ヶ月。勤め先は寺院だからお坊様方の視線が少し痛いけれど、そういう視線を向けられるのは生憎慣れてしまっていたから、そこまで苦痛ではない。きっと物理的な危害を加えられたら嫌だな、とか思うんでしょうけれど、今の所そういうのは一切ないので。それにお坊様全員がそういう視線を向けてくるわけでもないですしね。
この世に存在する人全てが悪い人ではないように、この寺院に勤めているお坊様も全員が全員そういうわけではないということ。まぁ、私にとってはどちらでもいいんですけれど。





―――ガチャッ

「三蔵法師様、追加の書類を―――あら、来てたんですね。八戒くん、悟浄くん」
「ええ。頼まれ事が終わったので」
「毎度毎度、面倒事を俺らに頼みやがって…」
「フン、仕事を与えてやってんだ。感謝しろ」


憎まれ口をきくのもいつものことだ。意外にも早くこの空気感に馴染んでしまったらしい私は、三蔵法師様と悟浄くんの口喧嘩?にもびっくりしなくなってきた。さすがにハリセンにはまだびっくりしますけどね、この2人の口喧嘩に関して言えば日常茶飯事のようなものですから。
嫌よ嫌よも好きのうち、とはよく言ったものですが、2人の場合は本当に仲が悪いのかもしれませんね。いや、でも仲が悪いというのはまた違うのかしら…何だかんだ言いつつも、こうして依頼を受けてこなしてくれているわけですし(それは八戒くんが受けているから、っていうのもあるんでしょうけれど)。
それに今回みたいに依頼がない時でもたまに顔を出しに来ていることも少なくない、だから心底嫌っているとか…そういうのとは違うとは思っているんですけれど、でも決して仲が良いわけではないんですよね。やっぱり。


「(んー…皆さんの関係性はよくわかりません)」


世間一般的に言う『仲良し』という枠には決してはまらない。でも関係を一切遮断しているわけでもない。ただの知人という言葉で括るには関係が深いような気もしますし、…うん、やっぱりよくわかりませんね。私が気にすることでもないのはわかっているんですけれど、三蔵法師様のお手伝いをするようになって、悟空に時々勉強を教えるようになって、八戒くんと悟浄くんと暮らすようになって―――次第に4人の人となりを知るようになってから、この方達の関係性は一般理論では説明できないのでは、と思うようになったんです。
だからなのかな?ちょっとだけ、気になっちゃうんですよね。どうしてこんなにも性格がバラバラの方達が共にいるのか、ってことを。


「おい、抱えてるそれ寄越せ」
「ああ、はい。今日の書類はこれで終了だそうです。…少し休憩なさいますか?」
「……茶を用意しろ」
「承知致しました。八戒くんと悟浄くんの分も用意しますから、飲んでいってくださいね」
「でしたら僕も手伝います。差し入れに、とお菓子を買ってきたので」
「わぁ、美味しそう!じゃあお茶請けに出しましょうか」


手持無沙汰な悟浄くんに、中庭に悟空がいますから呼んできてください、と声をかけてから、八戒くんと私は執務室を後にした。


「今回の依頼は簡単だったんですか?」
「この前のものに比べれば全然、と言いたい所ですが、面倒には変わりありませんね」
「そうなんですか。怪我は?」
「してませんよ?悟浄も無傷、心配ありません」


それを聞いてホッとした。三仏神様からの依頼は時々、危険なものもあるから2人が怪我をしたりしないか、そればっかり気になっちゃうんですよね。まぁ、長期で何処かへ行くってことは今までありませんから、気になって仕方ないのは1日か2日程ではありますけれど。…それでも心臓には良くないんです、だって家に帰ったら大怪我した2人がいるとか、想像するだけでびっくりしちゃいそうですしね。

給湯室で4人分のお茶と、八戒くんが買ってきてくれたお茶菓子を用意し終えてさあ戻ろう、とお盆を持ち上げた時。苦笑を浮かべた彼にちょっと待ってください、と止められてしまった。
あれ?何か忘れ物をしてしまったでしょうか?でも急須もあるし、湯呑みもお菓子も載っている。休憩に必要なものは全て持っていると思うのだけれど…そう思ってどうしたんです?と首を傾げる。


「湯呑みとお菓子、1つ足りませんよ」
「え?だって三蔵法師様と悟空と八戒くんと悟浄くんの分でしょう?合ってるじゃないですか」


4人分で間違いないでしょう?と問いかければ、貴方の分がありません、と首を横に振られた。…ああ成程、八戒くんが足りないと言っていたのはそういうことだったんですね。確かに自分の分は数にいれていませんでしたが、それはいつものことだったからあまり気にしていなかったなぁ。
ポツリ、とそう零せば、美味しいお菓子ですから一緒に食べましょうと言われ、私が持っているお盆の上に湯呑みとお菓子が1つずつ追加されました。


「一緒に食べた方が美味しいですからね」
「否定はしませんけど、でも私お仕事中…」
「いいじゃないですか。雇い主である三蔵も休憩するんですよ?それだったら香鈴だって休んでも罰は当たりません」
「間違ってはいないと思いますけど、」
「いいから、いいから。大丈夫、怒られたりしませんよ」


いや、別に三蔵法師様に怒られることを危惧しているわけじゃあなくて…!
もちろん普段だって全く休憩を取っていないわけじゃないけど、というか私が言いたいのはそういうことではなくて、三蔵法師様の執務室で休憩を取る、ということに何というかこう、恐れ多いと言いますかね?!一応、雇い主様で私の監視役の方ですから。
でも私のそんな言い分は一切聞いていないのか、八戒くんはにこやかに戻りましょうか、と口にするだけ。更に慣れた手つきで持っていたお盆を取り上げ、そのまま先を歩いていってしまった。


「うんめー!」
「悪くねぇな」
「三蔵さぁ、もちっと素直に言えねぇわけ?」
「うるせぇぞ、クソ河童」
「八戒くん、お茶のお代わりは?」
「あ、頂きます」


結局、私も休憩の輪の中に入ることとなり、和やかな時間が流れている。
チラリ、と向けられた三蔵法師様の机の上には書類の山。これでも大分減った方ではあるけれど、相変わらずチェックしなければならない書類は山ほどあるのです。私の仕事はチェックして頂いた書類を分類したり、各方面へお届けしたり、それから三蔵法師様のお茶や食事の配膳、スケジュール管理が主ですかね。こうして言葉にしてみるとまるで付き人のようですが、一応いるんですよ?付き人。
でも何故か執務のお手伝いをするようになってからは、付き人の方の仕事も任されるようになってしまいまして…いや、いいんですけど。それが仕事だ、と言われればいくらでもやりますけれども。でも、…本来の仕事をとられてしまった付き人の方に申し訳ないなぁ、という気持ちはなくはない。
そう、なくはないんですけど―――三蔵法師様の言葉には逆らえませんから。


「そういえばさぁ、何で香鈴って三蔵のこと三蔵法師様って呼んでんだ?」
「………え、何か変だった?」
「間違っちゃいねーけどよ、他の坊主だってコイツのこと三蔵様って呼んでなかったか?」
「ああ、そうだな」
「初めてお会いした時からそう呼んでいるので、あまり意識してませんでしたけど…」
「様はつけないくてもいいんじゃないんですか?僕達だって呼び捨てしてますしね」


と言われたものの…さすがに呼び捨てにするのは忍びないですよ。かと言って三蔵さん、というのも何か違和感…うーん、三蔵法師様って呼ぶことに慣れてしまっているからなぁ。


「………やっぱり三蔵様、かなぁ」
「様付けなのは変わんねーのね」
「だって今更でしょう?ずっとそう呼んできているし、三蔵さんっていうのも何か違和感あってダメなんですもん」


うん、私の中ではスッキリバッチリ解決です。再び美味しいお茶菓子を口にして、咀嚼して、お茶で流し込む。


「香鈴、明日の仕事は休みだ」
「へぁ?それはまた急ですね…三仏神様ですか?」
「ああ」
「わかりました。ではまた明後日、お伺いしますね」


三蔵様との業務連絡のような会話が終わった後は、またいつもの世間話に花が咲く。盛り上がってしまった私達の会話が終了するのは、悟空のお腹が盛大に鳴った―――数時間後のこと。
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