願うわけではないけれど
「ん〜〜〜〜…っ!」
ぐーっと背伸びをすれば、身体中が悲鳴を上げているのがわかる。ここ3日程、山を越える為に野宿が続いていたんです。それ自体は慣れていますし、そこまで困ったこともありませんでしたけど…でもやっぱり、疲労溜まっていたみたいです。腰とかお尻も痛いし、背中も凝り固まっているみたいでちょっと伸ばしただけでパキパキ骨が鳴るくらいですからね。
…でも、さっき町に辿り着いたので今日はゆっくり休めるかなぁ…無事に宿が取れるいいな、と思いながら、私はとあるご飯屋さんの前でジープと共に待っていた。
実は食事をしよう、とやって来たのはいいんだけど、ちょうど時間的に混んでるみたいで席が空いてないんですって。それでしばらく待つことになったんだけど、待合室の椅子が4つしかなかったから…皆さんは座っていいよ、って言ってくれたんですけど、今は座っているより立っていたい気分だったから丁重にお断り。案内されるまで外で待っていますね、って声をかけて出てきたってわけなんです。
…それにしても、この町には―――黄色い瞳をした方がたくさんいらっしゃるんですね。その理由は言わずもがな、なんですけど。きっと私の推測は、外れていないと思う。
(とりあえず、鉢合わせするようなことがなければ私としては万々歳だ)
理由はわからない。でも私はいまだに、あの人…ヘイゼルさんのことが好きになれないでいた。別にわかりあう必要なんてない、と思っているから、このままでいいかとは思っているんですけれどね。
でも何だろう、あの人とはまた会ってしまうような気がしてしまっているんですよねー…あれかな、三蔵様のことを気に入っていらっしゃるようだったからかなぁ。同じ人間だからか、それともあの方の魔を砕く力を欲しがっているからなのか―――理由は定かではないけれど。
「香鈴!お待たせしました、席の準備ができたそうですよ」
「あ、はーい!今、行きます!…ごめんね、ジープ。あとでご飯持ってくるから、少しだけ待っててね」
「キュウ」
肩にいたジープは一鳴きして、そのままバサバサと飛び去っていった。さすがにご飯屋さんの中までは連れて行けないから、私達が食事をしている間は外で待たせちゃうことになるんですよねぇ。ごめんね、って伝えても、大丈夫だって言うように鳴いてくれるからホッとするんですけど…でもやっぱり申し訳ない気持ちになっちゃうの。
ジープの姿が見えなくなった所で、私はようやくお店の中へと入ることにしました。八戒くんに連れられて彼らの元へと行けば、悟浄くんと三蔵様はすでにビールを飲んでいましたけど。…確かに山越えが続いていて疲れてるのはわかりますけど、昼間っからビールですか。
「ほい、香ちゃんと八戒の分」
「あ、ありがとう」
「ありがとうございます、悟浄」
程良く冷えたビールを一口飲めば、ほわんと幸せな気分になった。んー…!前言撤回、昼間っからのビールって贅沢で至福です!
どうやら注文は八戒くんが私を呼びに行っている間に済ませていたらしく、テーブルの上はあっという間に料理で埋まっていった。相も変わらずの量だけれど、ずっと缶詰などの簡易的な食事ばかりでしたからねぇ…きちんとした食事を食べるのも3日ぶり、ってわけです。そんなことを考えている私も、お腹は空いてますから。
「いっただきまーす!!」
「あ、三蔵様。ビール追加します?」
「頼む」
「すみませーん!生2つ追加でー!」
「貴方…いつの間に飲みきってたんですか…」
「三蔵はわかるけど、香ちゃんは早すぎでしょ…」
もぐもぐと咀嚼しながら、ここまでの道のりを思い出してみる。もしかしてあの山って越えるより、迂回しちゃった方が早かったのかもしれませんねぇ…話題上がるのもそのことで、迂回していれば雀呂さんは私達と鉢合わせすることもなかったでしょうし、裏切り者って勘違いされることもなかったんだろうなぁ。
去り際の涙目と喚き散らしていた姿を思い出してクスリ、と笑みが漏れる。唯一、まともに会話をしていたらしい悟空は、そんなに悪い奴じゃなかったって言ってる。確かにね、根っからの悪人ではないんだと思うんですよねぇ。ちょっと変だけど。
―――ガシャァ!
歓談しながらご飯を食べていたら、何かが割れる音が響いた。振り向いてみると、どうやらウエイターさんが私達が頼んだビールジョッキを落としてしまったみたいです。破片や中身が飛び散ってはいるものの、被害はそんなにないし…問題ないかな。
「お兄さん、大丈夫ですか?」
「わ、私は大丈夫です!すみませんっお怪我は?!」
「僕達も大丈夫ですよ」
「すぐに片づけますので、少々お待ちくださいね。代わりのビールもすぐにご用意致しますので!」
「ビールは急がなくても大丈夫ですから、気にしないでください」
バッと顔を上げたお兄さんの瞳は、黄色だった―――。
「え、マジで他に部屋空いてないの?」
「申し訳ございません」
「仕方ありませんよ。三蔵、2人部屋に5人でも構いませんね?」
「…野宿よりはマシだ」
「香鈴も、構いませんか?」
「ええ、慣れてますから」
八戒くんがそれでお願いします、と女将さんに声をかければ、とても申し訳なさそうな顔をされた。更に女性がご一緒なのにごめんなさいね、と言われてしまったけれど、本当に大丈夫なんです。今までにも何度も大部屋で一緒になったことがありますし、それを気にしたことだって一度もないんですもの。
むしろ、皆さんと一緒の方が楽しいって思うようなタイプなので、女将さんが気に病むことなんてひとつもないんだけどなーと思いつつも、それを口にするわけにはいかないので、大丈夫ですよって笑って首を振るだけに留めておきました。
女将さんと話し終えると、間髪入れずに悟空がこの辺りにオススメのお店はあるかって話しかけてました。もう…さっきお腹いっぱいお昼ご飯を食べたばかりなのに、相変わらずだなぁこの子は。
苦笑しながらふっと視線を上げると、女将さんの瞳が目に入って―――小さな声が漏れた。同時に「あれ?」と呟いた悟空にかき消されて誰にも届かなかったようだけれど。
「―――悟空。飯の話は後にしろ」
「え?―――ああ、うん」
「ではお部屋にご案内しますね。どうぞ、こちらに」
案内された部屋でお茶を飲みながら、まったりモード。そして静かに悟空が口を開いたんです、「あの人、瞳の色が黄色だった」って。そのことには他の3人も気がついていらっしゃったみたいで、窓の外を見ながら悟浄くんもやたらと黄色い瞳を見かける、と呟いた。
「私もたくさん見かけましたよ、席が空くのを待っている間に」
「それってやっぱりさぁ…」
「ヘイゼルさんもこの町を訪れたんでしょうね、きっと」
やっぱり―――そういうことなんですよね。妖怪の被害を受けた町…ってことなのかなぁ。
何度も見た黄色の瞳は、一度死んで甦った人間の証…妖怪に殺されて、ヘイゼルさんの蘇生術によって魂を与えられた方達ということ。
見た目は生きている方達と何ら変わりない、ただ瞳の色が変わるだけのようです。
…でもこの町に来て違和感を感じているんです。確かに女将さんを含め、たくさんの方があの人によって生き返ったのは間違いないと思うんですけど…だけど、この町の方達は私達を襲ってくる様子がないんです。一度も。だから、…もしかしたらヘイゼルさんとは無関係なのかも、って一瞬だけ思ったんですけどね。
(でも…他に蘇生術を使うような人、いるとは思えませんしね…)
きっと考えても無駄なことだ。黄色い瞳をした人間―――蘇生された人間が妖怪を襲うのは事実、けれど今、私達は襲われてはいない。だったらそれでいいですよね、…心配事が減るってことなんですから。
悶々とした思いをお茶と共に飲み下した時、ノックの音が聞こえた。入ってきたのは布団を抱えた女将さんでした。どうやら足りない分の布団を追加で持ってきてくれたみたいです、有難いなぁ。
ありがとうございます、と言いながら受け取った布団を床に置いていると、にっこり笑った女将さんが悟空に目の色が気になる?と問いかけているのが見えました。あらら…三蔵様に下手なことを聞くな、と言われていたのに、気になって凝視しちゃったのね。
「…そうね、少し前に病気をして、それが治る代わりにこんな色になったんです」
「そう、だったんですね…すみません、不躾に」
「いいえ。…でもね、今ではこの目の色も私の誇りなんですよ。生きていて良かった…心からそう思いますから」
何も、言えなくなりました。
同時にわからなくなるんだ、あの人がしていることが間違っているのか、それとも正しいのか―――純粋に生きていられることを喜んでいる、女将さんの顔を見ると。
「きゃはははっ」
「わーっ」
「…あら?」
「あ、こらっ雪香、睡!!廊下で遊んじゃダメって言ってるでしょう?!お客様にご迷惑がかかるんだから!!…ごめんなさいね、うるさくて」
「ふふっとんでもないです。可愛いですね、あの子達は女将さんの?」
仲良さそうに手を繋いで歩いていく2人を見ながら聞いてみると、女将さんの顔にはとても優し気な色が浮かんでいました。我が子を愛しい、と思う母親の顔でした。
あの子達の為に頑張らないと、と笑うこの方を見ていると…これで良かったのかもしれない―――そう思ってしまう自分がいるのも、本当だったんです。
女将さんが部屋を出て行った後、八戒くんと悟浄くんは散歩に行くと言って出て行かれました。2人で散歩に行くなんて珍しいなぁ…って言っても、私も誘われたんですけどね。本当は。
でも何となく今は、2人の間に入らない方がいい気がしちゃって断っちゃったんです。ちなみに悟空はベッドで爆睡中なので、実質、三蔵様と2人きりだったりします。
「―――お前は、どう思う」
「いきなりすぎて話が見えませんわ、三蔵様」
「一度、死んだ人間を生き返らせることについて、だ」
本を捲っていた手が、ピタリと止まった。正直、そんなことをこの御方に聞かれると思っていなかったから。
「…どうなんでしょう。失った直後なら、そう思うのかもしれませんけど…」
「今は、そう思わんのか。それが―――八戒だったとしても」
「ゲホッ!……ッ、ちょ、何でそこで八戒くんが、…ゴホッ」
「今のお前にとって、一番失いたくないのは奴だろう」
きっと、この人は私の気持ちなんてお見通しなのでしょう。だからこそ、こんなことを聞いてきたのかもしれません。…やっぱり、本音も真相もわからないですけれど。
―――八戒くんを失ったら―――
それを考えるとゾッとする。私はその瞬間を目にしたら、きっと正気ではいられない。彼をそんな目に遭わせた奴がいるのであれば、そいつを殺してしまうでしょうし…病気で亡くなったとしても、やっぱり冷静ではいられないんだろうなぁ。
死んだ人間は生き返らない、でも―――大切な人を失った直後なら、私はきっと、
「もう一度、と…願ってしまうかもしれませんね」
それがどんなに良くないことだと、理解していたとしても。