不憫なケモノ
ジープで走るは森の中。今は休憩も兼ねて、悟浄くんと悟空が水の補給に行っているから停車していますけれど。
川があるといいな、と考えながら、八戒くんと三蔵様と共に2人の帰りを待つ。…でもあの2人に生かせて大丈夫なのかな、と思わないわけではないんですよ。気がつくと脱線していますからね、あの方達。
だから最初は私も一緒に行くつもりだったんですけど、八戒くんがあれよあれよという間に悟浄くん達を送り出してしまったものだから、そのままお留守番になったんです。
「とは言え、水を探しに行くだけですから。あの2人でも問題はないでしょう」
「てめぇは心配し過ぎなんだよ」
「そうかもしれませんけど…」
「それに貴方はまだ怪我が完治したわけではないんですよ?少しは大人しくしてなさい」
「―――はぁい…」
確かに妖怪と人間が結託していた町で負った怪我は完治していませんが、もう動くのが辛いという程ではないんですけどね。大半は治っていますから、安静にしていなければいけないわけじゃないのに…何だかんだ言って心配性な八戒くんは、私が動くのを良しとしない。
もちろん、散歩とかまで制限されているわけではありませんけど―――誰にでもできるようなことは、彼らに頼むことが多くなったくらいかしら。
それにしても、…2人が戻ってこないと出発できないから暇だなぁ。読みかけの本でも読んでいようか、と荷物を漁っていると、ガサガサと草木を掻き分ける音が聞こえて顔を上げる。悟浄くん達が帰ってきたんだ、と思ったのだけれど、そこにいたのは悟浄くんだけ。悟空の姿はどこにもありません。
「ご苦労様です。水ありました?」
「…てゆーかよ、悟空帰ってこなかったか?」
「いいえ?帰ってきてませんよ。一緒だったんでしょう?」
「…はぐれたのか」
何でも、悟空は水を汲んだ後に「果物の匂いがする」と言って走り出してしまったらしく…そのまま見失ってしまったらしい悟浄くんは、ひとまず此処に戻ってくることを選択したそうです。捜すなら1人より複数いた方が色々と便利ですからね。
「どこまで行っちゃったのかしら、悟空ってば」
「困りましたね。陽が暮れたら出発できませんよ」
「アレもガキじゃねぇんだ。じき帰ってくるだろ」
「―――三蔵様…」
「ガキじゃなかったら、」
「食い意地ではぐれたりしないと思いますけどね」
ご尤もです。子供扱いすると怒る子ではありますけど、でもまぁ…八戒くんと悟浄くんの言う通りだと思います。ガキじゃなければ、急に果物の匂いがする、って言って走り出したりしませんもの。
だけど、どこまで行ったかわからないし―――陽が暮れてしまったらこの森で野宿をせざるを得ないわけですよね?できれば宿に泊まりたいですし、そうなるとさっさと悟空を見つけて出発しないといけません。
三蔵様は至極嫌そうでしたが、渋々立ち上がり、全員で捜しに行くことにしました。ジープは目印として、この場に残ってもらうことに。もしかしたら悟空が戻ってくるかもしれませんから。
その時にジープさえいなくなっていたら、きっとあの子は心配もするだろうし、置いてかれたと勘違いしちゃうかもしれないしね。
「…そういえばずっと気になってたんですけど、」
「ん?どーしたの香ちゃん」
「ほら、ちょっと前に紅孩児さんが洗脳されていたことがあったでしょう?その時にいたあの妖怪って…」
「あ、劇団ひとりか?雀呂とかゆー」
「そうです。あの方って何だったんですか?」
いやに芝居がかった話し方をする、変な方だなぁと思ってはいました。けど、彼らに危害を加えていたのは確かだったので遠慮なく撃たせて頂きましたが。
「簡単に言えば、牛魔王の刺客だ」
「………あれで?」
「あはは。香鈴が言いたいことはわかりますが、彼の幻術は確かにすごかったですよ」
「幻術?」
「目を合わせると奴の思うツボだ。幻術世界に取り込まれる」
その術によって生み出される幻覚は、本物だと思ってしまうくらいに鮮明らしい。その世界では言葉にしたものを認識してしまうと全て現実のように感じてしまうから、とても厄介だったと教えて頂きました。『腕が燃える』と言われれば、実際に燃えているように錯覚してしまうそうですよ?熱さも、痛みも、苦しみも、本物だと思ってしまうくらいに。
術者である雀呂さんを倒すか、気絶するか、気が触れて精神が死んでしまえば抜け出すことができるそうですが、…精神の死は所謂、肉体の死でもあるから確かに厄介かもしれません。
ふぅん…あの時、何もない所で苦しんでいるように見えたのはそういう理由だったんですねぇ。―――単純な思考回路をしている人ほど、取り込まれやすいのかも。
八戒くんと三蔵様は頭脳派ではありますが、別のことを考え続けるのは些か無理がある。そしてちょっとしたことや、思い出したくない記憶と結びついてしまうとあっという間に堕ちてしまうのでしょうね。
「そうだったんですか。話し方はアレですが、なかなか面白い能力をお持ちなんですね」
「そうかぁ?厄介なだけだろ」
「悟浄は面白いくらいに引っかかってましたからね」
「うっせ」
「単純バカだからな、仕方ねぇだろ」
あーあ…三蔵様が余計なことを言うから、また悟浄くんが突っ掛かっていっちゃったじゃない。
「2人共、落ち着いてください。とりあえず悟空を捜さないと…」
「あ、多分この辺りだと思いますよ?千里眼で見た景色」
「たく、手間かけさせやがって……どこ行ったバカ猿――――っ!!」
悟浄くんが大きな声で悟空を呼ぶ。すると、少し先の茂みからこっちだ、と私達を呼ぶ彼の声が聞こえてきた。どうやらこの先にあの子はいるようですね、無事に見つかって良かったわ。
「あ、いた」
「何かあったんですか?……あ。」
「劇団ひとりじゃん」
「…何やってんだ、お前ら揃って」
「え?え?」
三蔵様達の言葉に、悟空は何が何だかわからないという表情を浮かべている。…ああ、そうか。あの時、悟空は坤くんと川に落ちてしまって別行動をしていたんでしたっけ。
私は去り際の雀呂さんにお会いしましたけど、悟空は会うことがなかったから知らないんだわ。そして向こうも同じ理由で、彼のことを知らないんだと思う。だからこそ、今一緒にいるんだと思うけど。
…あら?さっきは気がつかなかったけど、2人の足元に妖怪が数人転がっている。もしかしなくても襲われた、のかしら?状況からして牛魔王の刺客ってわけじゃなさそうだけど―――あ、まだ生きてるんですね。
雀呂さんのことを私達の仲間だと勘違いしていらっしゃるようですが。うん、どうしてそうなった?私達が来たからかしら?
「ああ、そうだ。」
「他のお仲間さんにも伝えておいて下さいね?雀呂さんは三蔵一行に寝返りましたよーって。」
うっわぁ…否定もせず、むしろ笑顔で肯定しちゃいましたよ八戒くん。妖怪達はそれをでたらめだとは思わず、素直に信じてしまったようで、雀呂さんを裏切り者扱いしちゃってるし。
そりゃあ叫びたくもなりますよねぇ…ほんと、こういう時の八戒くんってえげつないんだから。きっと雀呂さんには悪魔に見えたんだろうなぁ、この笑みが。
一体、どういう意図が―――と一瞬考えたけど、きっとこの方達…以前の仕返しをしたんでしょうね。話を聞く限りでは、こっぴどくやられてしまったようですし。何と言うかまぁ、大人げないことしちゃう方達だなぁ。悟浄くんなんて大笑いしちゃってるし。
「お、…覚えていやがれ貴様ら!!!」
「…あーあ。大人げないですねぇ、八戒くんも三蔵様も」
「フン、このくらい構わんだろう。行くぞ」
「はいはい。悟空、もう出発しますからはぐれないでくださいね」
「わかってるって!…あ、香鈴これあげる!」
「甘い香りね、美味しそう。ありがとう、悟空」
赤く熟れた果物を受け取り、私達はその場を後にした。