翠の騎士


彼女の本来の姿を見るのは、これで二度目。けど、最初の時はほんの数分だったからまともに見るのは初めてに近い。
尖った耳に、鋭く尖った爪―――そして普段の彼女からは到底、想像がつかない程の冷たい瞳。けれど、それ以上にとても綺麗だと、そう思ってしまった。


 side:八戒


「八戒くん、これ預かっていてください」
「…わかりました」
「おい香ちゃんっ!」
「何とか止めてみせますから、ちょっと下がっててもらえますか?…ああ、ヘイゼルさんとガトさんも」
「な、…」
「斉天大聖相手に加減なんかしてらんないの。下がっていないと、引き摺り込まれますよ」


笑っている。確かに香鈴は笑顔を浮かべているのに、いつもの温かみはどこにも感じられない。そうだ…あの時と似ているんです、狂気に呑まれた時の彼女の雰囲気に。
長期戦はマズイ、下手すると彼女自身が暴走してどうにもならなくなってしまうから。

『―――わかってると思うが、不用意に制御装置を外すなよ』
『急に何ですの?三蔵様』
『負の波動が蔓延する今、妖力を解放するだけその影響を受けやすくなるだろう』
『ええ…そうですね』
『お前らは悟空と違う。…一度、自我を失えば元に戻れる保証はねぇんだ』

三蔵に言われた言葉が頭の中で繰り返される。もちろん、あの子だって覚えているはずだ。わかっているはずだ、負の波動が蔓延している最中で制御装置を外すことがどれだけ危険か。悟空を止められる可能性はその方が高いけれど、その分、自分を見失う可能性も高まるのだから。

―――それでも、香鈴は外すことを選んだ。悟空の暴走を止める為に。

だけど、確実に止められるという保証はない。悟空の強さはいまだ未知数ですから、いくら妖力を解放したからといって敵うとは限りません。もしかしたらやられてしまうかもしれない…そっと左耳のカフスに触れる。
元々は僕がこれを外して悟空と対峙するつもりだった、それに気がついた彼女に先を越されてしまいましたけどね。もし、…もし彼女が倒れるようなことがあればその時は、今度こそ僕が行く番だ。


「…八戒」
「多分、貴方が考えていること当たってると思いますよ。彼女が倒れたら―――僕が行きます」


まずくなったら貴方が止めてくださいね、と苦笑を浮かべれば、仕方ねーなと貴方も笑うから。そんな貴方がいてくれるから、僕は覚悟を決められるんです。


―――ズシャァッ!

「ぐっ…!ゲホッ」
「香鈴!!」
「やべぇぞ、あのバカ本気で香ちゃんを殺す気だ!!」


悟空の爪が振り下ろされる、と思った瞬間―――黒い何かが、悟空の足を掴んだ。ソレはどんどん数が増えていって、足だけに留まらず、腕・腰・頭…そう、悟空の全身に巻き付いている。
その黒い正体は香鈴が操る魔の物でした。いつの間にか彼女の瞳は金色へと変わっていて、口元が微かに動いているのが見える…もしかして、歌を紡いでいるんでしょうか?
小さかったメロディが僕達の耳にも届いた時、悟空の身体は地面へと吸い込まれようとしていました。
本気で魔の物に喰らわせようとしているわけではないと思いますが、今の彼女の表情からは一切真意が読み取れない。本気のような気もするし、ただ悟空の動きを止めようとしているだけのような気もするんですよ。…一体、どちらなのか…もし本気で喰らわせようとしているのならば、僕達は悟空ではなく彼女を止めなければいけなくなる。


「ごめんなさいね、斉天大聖。―――恨まないでちょうだい」


冷たい声が、辺りに響いた。まるでそれが合図だったかのように、悟空の身体に巻き付いていたソレが勢い良く地面へと消えていく。そのまま悟空の身体も消える―――そう思っていたのに、真っ黒なそれらは弾け飛ぶかのように霧散していきました。

黒い霧が晴れた先にいたのは、子供のように無邪気な笑みを浮かべた悟空―――。

ゾクリ、と背中に冷たいものが落ちる。
それからは一瞬、本当に一瞬だった。跳躍したかと思えば、あっという間に香鈴の目の前に姿を現して彼女の身体を、鋭い爪で引き裂いた。


「香鈴!!!」
「香ちゃんっ!」
「はっはぁ、ゲホッ…!もうすこし、だと、」


深々と切られてしまったらしい。これではもう動くのは辛いでしょう。預かっていたピアスを嵌めれば、香鈴の身体は見慣れた人間の姿へと戻っていった。傷も手当てをしてあげたい所なんですが、…悟空を放ったままにしておくわけにもいきませんよね。
少しだけ待っていてください、と声を掛ければ、当たり前です、優先するべきなのは私じゃないからって力なく笑うんですから…この子は。


「すみませ、八戒くんに負担…かけたくなかった、のに…」
「そういうことは気にしない。―――このカフス、預かっていてくださいね」


必ず引き取りに来ますから―――。
ギュッとカフスを握らせて、立ち上がる。その奥で悟空の身体がユラリ、と揺れたのが見えた。


「―――今度は止めますよ、悟空」
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