恐怖と安堵と君の涙
あれだけ破壊しまくった上、たくさんの町の人に顔を見られてしまっていた私達は、町を出る他に方法がなかった。
とりあえず眠り続ける悟空と、満身創痍の八戒くんが休める場所を探さないと…できれば野宿はご勘弁願いたいなぁ。廃墟でもいいからとりあえず、屋根があって2人を横にさせてあげる場所はないものでしょうか。
「悟浄くん、何か見えますか?」
「んーにゃ、木ィばっかでなーんも―――あ。」
「え?」
「山小屋、だな。あれ」
ジープを停めて悟浄くんが指差す方を見ると、少しボロいけれど雨風は凌げそうな山小屋がポツンと建っていた。良かった、これで2人を休ませてあげることができる。
幸い、前の町で時間が合った時に傷薬とか痛み止めとか色々作ってあったから何とかなるでしょう。…本当なら癒しの歌で治してあげたい所なんだけど、それを使ったらきっと悟浄くんも八戒くんも烈火の如く怒るだろうからやめておく。
それに町を出る前に傷を塞ぎましょう、と言い出した八戒くんに怒ったばかりだしね。私。怪我がある程度良くなるまで気功を使わないで、と怒ってしまった手前、私が同じようなことをできるはずもないのです。
「お、全然使えそーじゃん」
「ですね。ベッドは1つか…ひとまず悟空を寝かせましょう。八戒くんの寝床は申し訳ないけど床に…」
―――グイッ
「どっちも俺がやっからよ、少しはお前も休め。ひでー怪我なんだぞ?」
心配を、かけている。それは町を出る時にも、ジープを運転している間にも感じていました。人一倍優しい君が、心を痛めてくれているってことに。何度も運転を代わるって言ってくれていましたしね。
でもね、悟浄くん。何かしていないと落ち着かないの、もう大丈夫だってわかっているはずなんだけど…また八戒くんの心臓が止まってしまうんじゃないか、って怖くて仕方ないのよ。だから傍にいたいんです、そう言葉を紡げば、諦めたように溜息を吐き無茶はするな、と頭を撫でられちゃいました。
ふふ、大丈夫です。ただ看病をするだけですもの、無茶のしようがありません。笑って言ってみたものの、悟浄くんは私の言っていることが信用できないのかじとーっと視線を送ってくる始末。
むー…そんなに無茶していたことありましたかね?ここ最近は割と落ち着いていた方だと思うんですけれど。
―――ベチンッ!
「いったぁ?!」
「無茶してねーだぁ?!さっきだって血塗れになってたじゃねーかよ!!」
しかもその怪我、現在進行形だかんな!!
いや、悟浄くん…それもう、文法として成り立ってるのか非常に疑問だよ。怪我が現在進行形って何ですか治ってないってことですか。それなら確かに治ってないし、使い方もあっているような気がしないでもないけど。…うん、やっぱり合ってないよね。完全に使い方が間違っていると思います。
はあ、まぁいいや。とりあえずベッドを整えて、それで八戒くんが横になれるように簡易の寝床を作らなくちゃいけませんね。生憎、私達は寝袋とかはもっていないけど毛布なら5人分あるし、タオルも確か持ってきていたはず。これで掛け布団と枕はどうにかできるから…あとは敷布団代わりになるものですよねぇ。
毛布を2枚重ね…?ううん、割といい案だとは思うけど、ちょっと足りない気もします。ベッドメイクをしながら何か使えるものはないか、と視線を巡らしてみると、少し埃をかぶってはいるものの、まだ使えそうな布団らしきものを見つけちゃいました!
よし、この埃を外で落としてくれば何とかなりそうですね…ズキズキと痛む腹部に無視を決め込んで、布団を抱えたまま外へと急いだ。
「だーっ!動くのは構わねぇけど、力仕事はすんなバーカ!!」
「むっ!だって私の力じゃ悟空も八戒くんも運べないんですから、このくらいしたっていいでしょう?」
「ああ言えばこう言う…!」
ふーんだ!私は意外と頑固なんです、譲りませんからね!!
「―――…悟浄くんは、…そんなに背負い込まなくていいんですよ」
「…あ?」
「背負い込まなくていいものまで背負い込むから、だから辛くなるんです」
今だって、八戒くんが危なかった時だってそうだ。辛そうな顔をして自分にはこのくらいしか、って顔をしていたんだもの。悟浄くんが気に病む必要なんて少しもないのよ、誰にだって適材適所ってものがあるんだから―――君には君にしかできないこと、たくさんあるから大丈夫なんですよ。
「ほんっと、…敵わねぇなぁ、香ちゃんには」
「でも心配してくれてありがとう。無理はしてませんから、大丈夫」
「…わかった。信じるかんな、その言葉」
この山小屋に着いてから丸2日が過ぎた。悟空はいまだ目を覚まさない…それだけ体力の消耗が激しかった、ってことなんだろうけど、それでも心配なものは心配だ。熱もないし、あれだけひどかった傷も今ではもう1つも残ってはいません。
斉天大聖になったことで全て塞がった…だけどきっと、体力と血は足りていないんだろうなぁ。それを補うかのように、今はひたすらに睡眠をとっているのでしょう。
チラリ、と床に寝かせている八戒くんに視線を移す。彼は悟空のように寝たまま、ってわけではないんだけれど、傷が塞がっていないのといくつかひどい傷があって、まだ熱が下がりきっていないんだ。鎮痛剤と解熱剤を飲んでもらっていますが、あまり状況は芳しくないと思います。
悪化はしていませんが、良好とも言い難い。これは悟空が目を覚ましてもすぐに出発、というわけにはいきませんね…というか、私が許しませんよ。そんなの。せめて熱が下がってから出ないと、出発はしない。絶対にしない。
「う、…」
「八戒くん?大丈夫ですか?お水、飲みます?」
「ええ…いただきます」
「どうぞ。ゆっくりでいいですからね」
近くに川があって助かりました。そうでなければ色々と大変でしたでしょうから。濡らしたタオルをきつく絞って、額に載せてあげれば気持ち良さそうに瞳を細めた八戒くん。うーん、これはまだ熱は高そうですねぇ。昨日よりは大分赤みが引いていますから、もう少しだとは思うんですけど。
もう少し眠ってください、と身体を横たえて、私はその脇に腰を下ろした。別に八戒くんがこっそり起きて外に出て行くとか、そんなことをするとは思ってないけど(多分、辛くてできないだろうし)、何というか…見張りとかそういうことではなくて、私が傍にいたいんです。隣にいて、寝息とか体温を感じて―――それで生きてるんだって、大丈夫なんだって、勝手に安心したいだけなんです。
(あの時―――…怖くて怖くて、仕方なかった。失うかと思ったんです)
どんどん冷たくなっていく身体。ピクリとも動かないし、瞳も固く閉じられていて…ゾッとした。このまま本当に八戒くんが死んでしまったら、と思うと…気が狂いそうなくらいに。
毛布の外に投げ出されている手にそっと触れた。そこから感じるのは彼の体温の温かさで、あの時のような冷たさは微塵も残っていない。
「香鈴、…」
「―――はい」
「もう大丈夫、ちゃんと生きていますから…だから泣かないで」
頬を伝う涙を掬いとる指先の温かさに、また安堵して涙が溢れてきた。
でも今は、今だけはこの涙を止めたくなんてなくて…ただひたすらに、愛しい君が生きていてくれた喜びを噛みしめていたかったんです。