砂漠の集落
「おーい姉ちゃーん!こっち生ビール2つ追加なー!!」
「あっはぁい!ちょっと待っていてくださいね」
今思えば、私達の旅の資金は全て三仏神様からお借りしているクレジットカードで支払っていました。だから、ほとんど現金を使うことなんてなくって、あるとすれば超・個人的な物を買いたい時くらいだったと思います。ほら、女は何かと入用ですから。
まぁ、旅に出る前は仕事もしていたのでそれなりにお金はあったと思いますけど…もう仕事をしなくなって1年とちょっと経っていますからね。それまでに貯めていたお金もなくなっていくもの、というわけです。
そして現在。諸事情で三蔵様とは別行動をとっている私達は、ほぼ一文無しなんです。
カードもないし、4人の所持金を合わせても―――あともって2日か3日、という所でしょうか。とは言っても、4人分の宿代と食事代を賄わないといけないのでそう悠長にはしていられません。むしろ、この4日間もっただけすごいと思いますよ?
という事情で、今、私達は地道に稼いでいる最中なのですが…
(八戒くんはともかく、悟浄くんと悟空はしっかり働けているのかなぁ)
私と八戒くんは働いた経験がありますから、それなりにこなせる自信があります。でも問題は、
『ええッ働くの?!』
『あーパスパス。俺、そーゆーのダメな人だから』
―――と発言して、八戒くんの逆鱗に触れかけた2人なのです。何でもするって言って、何とか爆発せずにすみましたけど。
…でもなぁ、2人共、今までまともに働いたことがなかったからどーにも心配なんですよねぇ。何も問題を起こさず、少しでも長続きしてくれると助かるんですけど。主に私と八戒くんが。
「生ビールお待たせしました」
「おっサンキュー!姉ちゃんが働くようになってから、この店が明るくなった気がするぜ」
「ふふっそうですか?それは嬉しいです」
「香鈴ちゃーん、すまんがこれを5番テーブルに頼むよ!」
「わかりましたー!」
働くのは嫌いじゃない。地道に頑張ることも苦手じゃないし、どっちかと言えば好きな方だと言えます。でもそれは、自分ことだけを考えていた場合だ。それがあと2人分増える、とかになると、1つのバイトだけでは賄えないのが目に見えていますし、それこそ身売りでもした方が早そうだなー…とか思っちゃいますよね。いや、しませんけど。
別の酒場でバイトしている彼らがバイトをクビになっていませんように、と願いながら、私は今日も給仕を続けるのです。
―――と、願っていたんですけどね。私の願いはむなしくも崩れ去りました。
悟空は食堂の厨房にあった1週間分の食料を食べてしまって(お客さんに出す分だって気がつかなかったらしいけど、んなわけあるかい)、悟浄くんは店員さんに手を出してクビになったそーです。八戒くんがすっごく申し訳なさそうに教えてくれました、さっき。
とりあえず、3人はもう少し大きな町に行くことにしたらしいので、一旦別れて行動することに。本当なら私も一緒に行くべきだったんでしょうけど、そんなすぐに今のバイトを辞めるわけにもいきませんから…今日1日は働いて、それから後を追うことにしました。でも今思ったけど、追いつけるのかなぁ…向こうはジープで、私は徒歩じゃん。
「淋しいなぁ、せっかく香鈴ちゃんが来てくれたおかげでお店も軌道にのってきたのに」
「すみません…どうしても行かなくちゃいけない急用ができてしまいまして」
「まぁ、仕方ないね。はい、これお給料。少し色付けておいたから大事に使ってやって。…気を付けるんだよ」
「…ありがとうございます。お世話になりました」
さってと、…急いで3人を追いかけないといけないんだけど、無事に追いつけるのかしら。どう見ても、この先って砂漠ですよね?歩いていけるものだとは思えないんだけど、―――けど、そうも言ってられませんよね。
乗り物なんてないし紅孩児さん達が飼っているような飛竜も持っていないんだから、自分の足だけが頼り!彼らを放っておくこともできないし、頑張らなくちゃ。
よし、と気合を入れ直して、私は先が一切見えない砂漠へと足を踏み出した。
「…って言っても、気合だけでどうにかなるんなら何でもできるわよ、ねっ…!」
元々、暑さにはてんで弱い私だ。その中を黙々と、しかも水分補給も栄養補給も出来ない状態で歩いていたら即行で体力がなくなるってことは目に見えていたはずなんですよ。…なのに、水を買ってくるのを忘れるとか…どれだけバカで、どれだけ焦っていたんですか。私ってば。
千里眼で辺りを見てみた時、集落のようなものが見えた。その先には大きくせり上がった丘のようなものも。さすがに丘の先までは見なかったけれど、町とかあるのかな…もしくは水場、とか。
とりあえず、その集落にまで辿り着ければ水分を得ることができるかもしれないし、それに八戒くん達の情報を得ることもできるかもしれませんよね。うん、そこまでは頑張―――れるかな、ちょっと眩暈してきちゃいましたよ…。
休もうにも日影が見当たらないから、体力はもっていかれる一方かも。マズいですね、下手するとこのまま行き倒れとか洒落にならないことになりそうで。
ぐらり、と視界が揺らいだ所で誰かに腕を掴まれた。遠くなりそうだった意識が、それによって戻ってきたけど…これ、妖気…?
「アンタ、大丈夫?」
「え、ええ…すみません、大丈夫です」
「この砂漠をそんな軽装で歩くなんて、自殺行為だよ」
「あはは…ちょっと人を捜していて。着の身着のままで飛び出してきちゃったんです」
倒れそうになった所を助けてくれたのは、綺麗な髪を三つ編みにしている妖怪の女の子。けれど、今まで会ってきたような妖怪達とは違ってしっかりと自我をもっているようだし、それに―――私のことを、知らないみたいだ。
ということは、紅孩児さんの刺客でもないし、牛魔王サイドとは一切関係がないと思って良さそうですね。安心するのは、少し早いかもしれませんが。
「あの、この辺りに住んでいるの?」
「ああ。少し先に集落があるんだ、そこに住んでる。―――アンタ、妖怪だよね?」
「えっと、…まぁ、一応」
「なら来なよ。このまま放っておいて行き倒れられんのも嫌だし、ウチの村で休んでいけば?」
女の子の有難い申し出により、私は彼女の家で少し休ませてもらえることになりました。どうぞ、と案内された先には、何と八戒くん・悟浄くん・悟空がぐっすりと眠っておりました。眠って、というか…これはもしかして、暑さとかにやられて気を失っていると言った方が正しいかしら?
ぽっかーんとあんぐり口を開けて固まっていると、それに気がついたらしい彼女が「さっき、倒れている所を兄ちゃんが拾ってきたんだ」と教えてくださいました。
うん…やっぱり倒れていらっしゃったんですね、きっとバイトをクビになった後、さまよい歩いてたんだろうなぁ。水も食料も持っていなかったはずですから、こうなってしまうのも無理がないと思います。
「なんだ、知り合い?」
「知り合いというか…捜してたの、この人達のことなの」
「そっか。ならちょうどいいや、そいつらが起きるまでいればいい。―――ま、その間、手伝ってもらうけど」
働からざるもの食うべからず、ってね。
女の子は表情を変えず、そう言った。休ませてもらう以上、タダでっていうのはなぁって思っていたからちょうどいいですね。申し出る前にそう言って頂けると、やっぱり助かっちゃいます。
「―――無理は、しないでくださいね」
まだ僅かに熱の残る八戒くんの頬を撫でて、私は女の子の後を追うように外へ飛び出した。