おちて、落ちて、堕ちて。
この箱はあっちで、この箱は―――ああそうだ、向かいのお店の分でしたっけ。
指示された荷物を淡々と運び続けて、首筋をつう、と流れていく汗の感触が気持ち悪いなぁって感じ始めた頃。私を見つけてくれた女の子が、連れの奴らが起きたよって教えに来てくれました。…本当はすぐにでも走って行きたいくらいだったんだけど、残念ながらお店番を頼まれてしまっていたのです。
だから、女の子の言葉にそうですか、とだけ返して、やって来たお客さんの応対を始めた。
「あっ香鈴いた!!」
「―――悟空」
お店の手伝いや、子供達の遊び相手をしていたら少しだけ懐かしく感じる声に名前を呼ばれた。振り向いてみれば、そこにいたのはやっぱり八戒くん達で。顔色は悪くないし、元気そうで安心しました。
「良かった、…会えなかったらどうしようかと思ってました」
「俺ら先にあの町出ちゃってたからな〜」
「香鈴は何してたんだ?」
「私?私はお店のお手伝いしたりしてたわ」
話を聞いてみると、彼ら3人もお店のお手伝いをしていたらしい。八戒くん曰く、悟浄くんと悟空が早々に馴染んでしまったらしく意外と盛況だったらしいです私達を拾ってくれた女の子にも、なかなか使えるって褒めてもらったらしいですよ?
そういえば、この村に住んでいる方達って皆妖怪なんですね…でもこのご時世ですから、こういう場所も増えてきているのかもしれません。暴走していなくとも、妖怪はきっとどこの町も村も受け入れることはない―――時限爆弾を抱えるようなものですからね、受け入れるということは。
そうやって人間は、これから先もずっと妖怪の住処を奪っていくのだろうか。ポツリ、とそう零せば、悟浄くんがこの村は昔から妖怪ばっかりだったらしいぞ、と教えてくれました。ん?昔から…?
「あっち。あの、遠くに見えるせり上がった丘」
「ん〜…?あ、あれか、はい見えますね」
「あの向こう側には人間達の町があるんだと」
オアシスを、守る為の。
ここは砂漠だから、水がなければ生きていけない。あの丘の先にある町がどれだけの大きさなのかはわからないけれど、ずぅっと昔からあるのであれば…人間達の町の近くに大きな水場があると見て間違いはないでしょうね。そして彼らはその水場を守ろうと必死になり、自分達の生活を脅かされないようにこの町の方々を切り離した―――という所でしょうか。
(どこでも一緒なのね…妖怪が迫害されるのは)
わかっていたはずだったけど、こうも現実を見せられちゃうと…思い出してしまう。忘れ去りたいほどにひどい生活ではなかったけど、だけど家族との生活の思い出の延長線上にあるのは守れなかったあの人達の惨殺な―――最期の姿。
「…香鈴?」
「あ、…何でもないの、大丈夫」
「おーい、アンタ達!夕飯の準備出来たから戻っておいでよ」
「メシ?!」
「あの欠食児童猿が…八戒、香ちゃん、先に行ってっから早く来いよー」
走っていく悟空を追うように、悟浄くんもあの子の家へと向かっていった。喧騒の中に佇んでいるのは、八戒くんと私だけ。…というか、悟浄くんは何で気を遣って先に行ったんでしょう。別に立て込んでいたわけでも、話をしていたわけでもないのに。
行きましょうか、と八戒くんに声を掛けて一歩踏み出したら、ふらりと身体が後ろに傾いだ。傾いだ、と言っても、眩暈がしたとかじゃあなくって…腕を、引っ張られたんです。
「あの、八戒くん?」
「―――無理に笑うことだけは、僕が許しませんから」
「!」
「辛い時にまで、笑うことはないんです。悟浄も悟空も何となく察していますから、だから大丈夫」
「…はい」
笑いたい時にだけ笑えばいい、そう言ってもらえて少しだけ心が軽くなったような気がする。もやもやした感情は消えてなくならないけど、それでも無理をしないでと心配してくれる彼らがいるから…私の名前を呼んでくれる方達がいるから、だからきっと大丈夫だ。
2人に少しだけ遅れて家の中に入ると、お肉の焼けるいい匂いが充満していました。先に食ってるぞ、ともごもご咀嚼しながら悟浄くんが言うもんだから少し笑っちゃいましたけど。悟空も口いっぱいに頬張りながら、2人も食えよ!ってお皿を差し出してくれる。
八戒くんと顔を見合わせて笑みを浮かべて、差し出されたお皿を受け取った。
「これ羊の肉なんだって!俺、初めて食った!」
「私も初めて食べたけど、美味しい…!」
普段食べるのって中華料理が多いから、豚とか鶏とか…たまーに牛も食べるけど、羊を食べる機会はなかったなぁ。中華料理に羊を使ったものがないから当たり前なんだろうけど、こんなに美味しいなんて。もっと臭みが強くてクセがあるものだと思っていたんだけど、そうでもなかったんですねぇ。
もぐもぐと食べていると、悟空がボソッと妖怪って人間と変わんないんだな、って呟いたの。そっか、悟空はずっと三蔵様とお寺で暮らしていたから暴走していない妖怪を目にすることってなかったんだわ。
それに長安を出てからは襲いかかってくる妖怪以外に出くわしていないから、この村の方達のように落ち着いた雰囲気の妖怪が珍しいのかも。…それに、敵である紅孩児さん達も暴走しているようには見えませんもんね。それを考えるとやっぱり、人間と妖怪に違いなんて…ないように思えるのに。
「アンタ達、紅孩児様の知り合い?!」
「うわっビビったぁ!!」
「……こ、紅孩児"様"…?え、様をつけるような人なの…?」
「あったりまえだ!紅孩児様といったらアタシらのアイドルだよ。お優しいし、凛々しいし、その上かなりの男前じゃないか!!」
ええっと、…冷静そうに見えていた彼女がここまで熱くなるなんて、本当に紅孩児さんのことを慕っていらっしゃるんですねぇ。何というか、至極どーでもいいと思ってしまっている私達の感想は「へぇ」とか「はあ」の一言のみなんです。
かっこ悪い方だとは思いませんし、確かにカリスマ性のあるイケメンだなーとは思いますけど、彼女のように頬を赤く染めてお慕いしてます!と言う風にはなりません。あれですよ、人の好みはそれぞれってやつです。
あはは、と生温かい視線を彼女に向けていると、不意にお兄さんがまだ生まれ変わってないのか、って聞いてきました。当然、私達はきょとんとした顔になりますよね…だって生まれ変わるってどういうことですか?死んでまた別の人生を、っていうことじゃあないんですよね?あの言い方だと。
―――もしかして、暴走するという意味?
「違う、生まれ変わるんだ」
「…どういう意味ですか?」
「最初は突然、何かが頭の中で爆発したように感じる。自分の内側から沸き上がってくる激しい衝動に、抑制が効かず一種の錯乱状態に陥る」
ううん…発作のようなもの、と解釈すればいいのかしら?その衝動は。
…でもそれが落ち着いて意識が戻ってくると、世界がまるで変わってしまっていることに気がつくそうです。今まで普通に近くにいた人間達が、ただのおいしそうなお肉にしか見えなくなってしまっているそうですよ?そう、まるで今私達が食べているこの羊肉のように―――ね。
でもこれで疑問が解けました。ずーっと気になっていたんですよねぇ…たまに暴走していないように見える妖怪がいるなぁ、って。それでも私達を襲ってくるからおかしい、って感じていたんですが、もしかしたらあの妖怪達はお兄さんが言った通り『生まれ変わった』後だったのかもしれません。そう考えれば納得もいきますしね。
―――妖怪には凄まじい狂気が眠っているんだ!
ああまた、余計な言葉を思い出しちゃったなぁ。そんなこと言われなくても、今では十分に理解しているし…自分がいつそうなるのということも覚悟しているつもりなんです。思わずつきそうになった溜息を、咀嚼していたお肉と共に飲み込む。
飲み込んで、飲み下して、…そのまま深い所に仕舞い込んでしまいたいのに。