砂漠の歌声


「ダメに決まってんだろ?アンタはアタシの部屋!」
「と言われても…もう1年も一緒に旅をしてますから、慣れてるのよ?」


僕達を助けてくれた彼女と、香鈴が何やら言い争いをしていて何事か、と思いました。


 side:八戒


扉を開けた先に広がっていた光景を見て、悟浄に何事です?とこっそり問いかければ、苦笑しながら寝る場所でモメてんだよ、と教えてくれた。そこでようやく合点がいった、恐らくは香鈴が僕達と一緒に寝るって言い出したんでしょう。
律儀で真面目な彼女のことだ、助けてくれた彼女の寝床を狭くしてしまうのは忍びない―――そんな風に感じているんだと思います。…けど、僕達の間では普通のことでも当然ながら世間一般では『普通ではない』と判断されるんですけどね。

(彼女もそれを理解しているつもりなんでしょうけど…)

身に染みついてしまっているクセのようなものなのか、それとも違う理由があるのか………いや、それはないか。何も考えていない、とは言わないけど、思慮深いはずの香鈴は自分のことになるといやに投げやりというか、疎かになっちゃうんですよね。色々と。


―――バサッ

「銀髪のお姉ちゃーん!絵本読んでぇ!!」
「絵本よりお歌がいい!お歌にしてお姉ちゃんっ!」
「へっ?え、あ、昼間の…」
「お前達、まだ寝てなかったの?」


扉代わりのカーテンを開けて入ってきたのは、子供達数人。各々、読んでもらいたい絵本などを持って「銀髪のお姉ちゃん」と笑顔で香鈴のことを呼んでいる。驚いた…あの子はいつの間に町の子供達と仲良くなったんでしょう?


「はいはい、順番に読んであげるから。でも此処じゃご迷惑になってしまうから、広場に行こうね」
「…悪いね、昼間に引き続き」
「ふふっこのくらい構いません。ほら、移動しましょう」


香鈴が立ち上がって外に出れば、それに倣うように子供達もゾロゾロと出て行った。あっという間に静かになった室内に、彼女の声がポツリと響く。僕達が眠っている間、香鈴は運ばれてきた荷物を黙々と運んだり、お店番をしたり、親が働いていてつまらなそうにしている子供達の相手をしていたそうなんです。
それでどうやら懐かれたらしく、今のように訪ねてきたってことみたいですね。全く、悟空と悟浄も早々にこの村に馴染んでいたように見えましたが、まさか彼女もだったとは思いませんでした。


「…何なら、アンタ達も行ってみる?」
「え?」
「昼間にちょっとだけ聴いたんだ、あの子の歌」


びっくりするくらい、良かった、から。
頬を僅かに赤く染めてそう言った彼女は、初めて年相応の表情を浮かべているような気がした。


「行ってみようぜ、八戒、悟空」
「行くっ!俺、香鈴の歌って大好きだ!」
「貴女も一緒に行きませんか?夜に聴くとよく眠れますよ」


にっこりと笑顔を浮かべて誘いの言葉を紡げば、数瞬考えた後、小さな声で、でも確かに行くと言いました。

彼女の案内で香鈴がいるであろう広場へ足を向けると、まさかの室内で。広場、と言っていたくらいだから、てっきり外だと思っていたのに…ボソッと呟けば、夜の砂漠は気温がグンと下がるんだって彼女が教えてくださいました。
そういえば、長袖を着ていても身体が震えるくらいの気温になっていましたね…昼間はあんなにも暑くて仕方がなかったのに。気温差が激しい、と聞いたことはありましたが、ここまでだとは思わなかったなぁ。
まぁ、砂漠事情はともかく。広場と呼ばれていた建物に足を踏み入れれば、中程に子供達にぐるりと囲まれた香鈴の姿を見つける。膝の上に1人の子供を座らせて、普段あまり見ないような優しい笑顔を浮かべながら物語を紡いでいく。これは、…まるで歌ってるみたいだ、とガラでもないことを思ってしまった。


「う、わぁ…!」
「〜♪歌ってる時の香ちゃんの声も魅力的だけど、こういうのもイイな」
「…だから、子供達が懐いたんだ。声が綺麗だ、もっと聞かせてって昼間もすごかったよ」
「ああ、その光景は想像がつきます」


きっと今みたいに子供に囲まれて、もっと読んでって、もっと歌ってってせがまれて…それで苦笑しながら「えー?」って言うんです。でも断りきれなくて要望に応えているうちに、子供の数が増えていって―――そこまで想像するのは容易で、当たっていそうだとクスクス笑っていると、横に立って香鈴の声を聞いていたはずの彼女が僕を見上げていることに気がついた。それも、とても驚いた瞳で。
あ、あれ?僕、そんなに変なこと呟いてませんよね?ただ想像がつくって言っただけでそれ以外には、…あ、もしかして急に笑い始めたから変に思ったんでしょうか?


「ええっと、…何か?」
「いや―――アンタって普段から笑ってる感じだけど、あの子のこと見てる時って優しい顔するんだなって思っただけ」


それが意外だったんだ。大切なんだね、あの子のこと。
今度は、僕が驚く番だった。僕の気持ちを知っている悟浄だったらわかりますけど、まさか出会って間もない彼女に言われるなんて誰も予想しないでしょう?顔に出てしまっていたのか、と気恥ずかしくなったけど、でもそう言った時の彼女の顔がいやに嬉しそうに見えてしまったから…だから僕も思わず、そうなんですと頷いてしまったのだけれど。
わかっていましたけど、僕って本当バカなんですね…顔に出ていたことよりも、言葉で肯定してしまった方が恥ずかしいことこの上ないのに。

(…でもまぁ、すんなり頷けてしまうくらいあの子に惚れてしまっているということか)

うん、やっぱりバカだ。自分のバカさ加減を再確認した所で、壁に寄り掛かり、目を瞑って香鈴の声に集中する。いつ聴いてもこの子の歌は心地良くて、安心します。


「―――今日は、よく眠れそうだ」


僕の言葉は香鈴の歌声の中に紛れ、誰に届くこともなく闇に消えた。
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