奪いゆく
まるで今までの日々が嘘のよう、夢のようだと思う―――三蔵様と別れたあの日から、私達は妖怪に命を狙われることがなくなった。それが毎日で、長安を出た日からずっと続いていて…当たり前に思っていたんですけどね。
狙われなくなった理由はとても明確。私達は今、『三蔵一行』じゃないから。一応、私自身もあちらさんに狙われてはいるのだけれど…多分、経文よりは下に見られてるんじゃないかしら?現に襲われていませんしね、しばらくの間。
「香鈴」
「あ、…もう行きますか?」
「ええ、なるべく早い方がいいでしょうしね。悟空も残りますから大丈夫だとは思いますが、気を付けてくださいね」
「わかってます。―――八戒くん達、も…気を付けて」
「はい。じゃあ、いってきますね」
砂漠の中にあるこの町に、水場はない。だからこそ、水は貴重なんだってあの子が教えてくれました。丘の向こうにオアシスがあるけれど、そこは人間が占領しているからもっと遠く―――砂漠の向こうまで水を汲みに行っているんだそうです。
…昔はね、あのオアシスで妖怪が暮らしていたんですって。だけど、後から住みついた人間達に追い出されて、仕方なく此処に集落をかまえたんだそうです。それは異変が起きるずっと前のこと。
追い出された当初はまだそのオアシスから水の供給を受けられていたそうなんですけれど、異変が起きてからは完全にシャットアウトされてしまったみたい。それだけではなく町中で武装していて、あの丘に妖怪が近づこうものなら撃ち殺されてしまうだろう―――あの子はそう、言っていた。どこか辛そうに、でも諦めてしまったような瞳で「人間どもは妖怪なんかみんな死ねばいいと思ってる」とまで。
(妖怪の迫害・差別は…きっといつまで経っても終わりは来ないのでしょう)
異変が起きてしまった今では、尚更。わかっているのに、…心のどこかでは何とかなるんじゃないかって思っている部分もあって、私は一体どうしたいんだろうなぁ。
「お、アンタはあの兄ちゃん達の…」
「え?あ…こんばんは」
「そうか、アンタも残ったんだったな」
「乗れる人数には限界がありますから。…こんな時間に何処かへ行くんですか?」
「明日の仕込みに行くんだ。昼前には戻るから、妹のことよろしくな―――悟空が妹に手ェ出さないように見張っててくれ」
「……ぷっあはは。悟空はそんな子じゃありませんよ、いやだなぁ」
「ははっわかってる、言ってみただけだ!気温が下がり始めてる、早いうちに中に戻んな。じゃあな」
「ええ。いってらっしゃい」
昼間に感じた、町の方達の妖気の高まり。きっとちょっとしたことで爆発してしまうであろう、とても危険な状態だと思うんです。深く根付いてしまった人間への怒りや憎しみは、簡単に拭うことはできない…元々あった溝は、もう修復できない程になっていると思って間違いないと思う。
それを抑える為に八戒くんと悟浄くんが水を汲みに行ってくれたけれど、…所詮、私達は余所者。ずっと此処に留まっているわけでもないから、水汲みに行けるのも今回だけ―――。
「…わかってるんでしょうね、この集落の方々は」
いつかは、人間達との戦いに決着を着けなくちゃいけない日が来る、ってことを。
そして事態が急展開したのは、その翌日のこと―――彼女のお兄さんの死体が、運び込まれてきたことで皆さんの妖気は異常なまでに高まって、ついには…爆発してしまったんです。隠し持っていた武器を持って、戦える状態の人は馬車に乗り人間達の暮らす町へ。
止めようとしたけれど、…止められなくって、でも止めちゃいけないような気もして。…だけど、何もできない歯痒さが残っているのはわかるの。
「俺達、…何もできねぇのかな」
「奇遇ね、私も同じこと考えてた。…だけどやっぱり、彼らにとって私達は余所者だから…口を挟むことも、手を出すこともできないんじゃないかしら」
どれだけ歯痒いと、感じても。
「―――悟空、香鈴。集めてきたよ」
「あ…ありがとう」
「さあ!!腹減ってんだろ?今、食わしてやっからな」
悟空が笑みを浮かべて言うけれど、子供達の表情は晴れない。戦争だ、と出て行ってしまった皆さんのことを心配しているのでしょうね。ちゃんと戻ってくるのか、って。まだ小さい子どもだもの、置いていかれるのはとても不安で…怖いこと。それを肌で感じているからこそ、私と悟空は嘘をついてしまった。
―――お父さんも、お母さんもすぐに戻ってくるよって。根拠もないのに、確証もないのに、…今以上に悲しませてしまうかも、しれないのに。わかっていても言わずにはいられなかったんです、大丈夫だよって。
―――ガウンッガウンッ!
銃声が、聞こえた。目の前でおばあさんが撃ち殺された。そして丘の向こうの町に住んでいるであろう人間が、武装して攻め込んできた様子が見えたんです。まるで、今この村が手薄だって知っているかのようで…何かが胸の奥に引っかかったような気がしたんだ。
(…ああそうか、そういうことだったんですね)
手薄だって知っているはずですよね。彼女のお兄さんを殺すことで、村の皆さんが激高しオアシスに攻め込むように仕向けたんだ。そうすれば、妖怪達が仕掛けてきたことだと言えるし…何より、全滅させることができますもんね。それを狙っていたんだ、自分達の手を汚さずに火蓋を落とす機会を。
「…お尋ね者の『三蔵法師一行』―――」
「!!」
「ははっなんだ、やっぱりか」
「なんで…」
「そっか…貴方、紅孩児さんのファンだって言ってたものね」
「ああ。だから、紅孩児様の宿敵・三蔵法師が妖怪4人を連れてることぐらいは知ってるさ。その中の1人が銀髪の女だってこともね」
「あはは、何気に有名になっちゃったなぁ」
別に今更、アンタ達のことどうこう思っちゃいないよ。
そう言って彼女は、東の方はどんな所なんだって悟空に聞いている。悟空も楽しそうに気候が違うこととか、雨や雪も降るってこととか…教えてあげているの。その光景がとてもいい雰囲気で、お互いに大事に思い始めているのかもしれないって思ってしまった。
…彼女は、悟空の初恋かもしれないって。
そう考えると胸が痛くって、無性に泣きたくなってしまったんです。
グッと唇を噛みしめていると、段々煙たくなってきていることに気がついた。それにずいぶんと暑い、…地下に潜る時はまだ陽が高かったけど、もうあとは沈むだけのはずなのにどうして?
そこまで考えて1つの推測が頭を過る、同じことを考えたらしい悟空とバチッと目が合い―――私達は無言で階段を駆け上る。開け放った先に見たのは、真っ赤に燃える村の姿。