別れの紅


―――どっちの味方だよ!!

不意に彼女の必死の叫びが、脳裏で再生された。私達は妖怪だけれど、でも妖怪を敵とみなしている部分がある。だからといって人間の味方か、と聞かれたら答えは否。でも妖怪の味方でもない。…なら、誰の?


―――バキィッ!

「しいて言うなら自分だけの味方、って所かもね」
「俺らにとって大事なのは何か、なんだ」


どちらの味方でもないから、どちらにもいけないから…だから私達は、今まで旅を続けてこれたのかもしれません。


「香鈴っ!建物の下敷きになってる奴が…!」
「―――ばあちゃん!!」


悟空の声。子供達の悲痛な叫び声。燃え盛る建物は倒壊し、落ちてきた瓦礫の下敷きになっているおばあさんがいた。まだ意識はあるみたいだけど、下半身は目を逸らしたくなるくらいに真っ赤に染まっている…血は絶えず流れ続けていて、早くしないと手遅れになってしまう。
そう思うのに、瓦礫はかなりの重量があるし、いまだに火の手が上がっていて持ち上げることができない。


「…いいかい、あんた達。妖怪に生まれたことを…決して、決して嘆くんじゃ、ないよ」


彼女の手を握っていたおばあさんの手が、地面に音もなく落ちた。もう、意識はない…事切れてしまったのでしょう。


「……ッ」
「なんてこった…村が…こんな…」
「戻ってこられたんですか?!」
「他の皆は?!」
「戦況は?!」


血だらけで戻ってきた、1人の男性。彼によれば、人間側の武力と人員が桁違いだったらしい。だから武器の調達と応援を呼びに来たらしいのだけれど…村はこの状態。武器も、戦える方達も何も残っていない状態です。
だけど、でも、と彼女が言葉を紡ぐ。地下にまだ爆薬が残っていた、と。その言葉が何を意味するのか、わからないわけじゃない。―――けど、それをダメだと言う権利は、私にないと思うんです。

(きっと、…これが彼女の誇り。守りたいものなんだ)

…今はとにかく、この子達を安全な場所へ連れて行かなくちゃ。さあ行こう、と声を掛けるけれど、おばあさんを目の前で失ったショックでもう、立ち上がる気力も残っていないみたいだった。
泣きじゃくり、どうせ皆死んじゃうんだって、…ねえ、お願いだからそんな悲しいことを言わないで。おばあさんの言葉を忘れたわけじゃないでしょう?聞いていなかったわけじゃないでしょう?その言葉を、思い出して。


「ばあちゃん言ってただろ、嘆くなって。…あれは生きてていいってことなんだ」
「悟空…」
「化け物だって言われても…自分の正体すらよくわかんなくても、でも絶対」

―――生きてていいんだ。

「…この子の言う通りよ。いいの、君達は生きていていいの…!」


だから生きることを、諦めないで。
泣いている子供達をぎゅうっと抱きしめる。余所者の私なんかが抱きしめても、何の意味もないかもしれないけれど、それでも気休めにはなるでしょう?泣き止めるようにとん、とん、とゆっくり背中を叩く。大丈夫だよ、と言葉にして。
その瞬間、馬が嘶いた。ガラガラと馬車の車輪が回る音がした。風と一緒に、一台の馬車が横を通り抜けていく―――荷台に、三つ編みの彼女を乗せて。


「―――ッ!」
「あっ悟空…!!」


わかって、しまった…彼女の決意が。きっと悟空が追いかけても、何を言おうとも、あの子の気持ちは変わらない―――それがわかってしまったんだ。だってあの子の瞳には、決意の炎が宿っていたから。
馬車の荷台には地下倉庫に残っていた、という爆薬が積まれているのだろう…そしてそのまま、人間達の町に突っ込むつもりなのだと思う。この戦いに決着をつける為に。
勝てないことは、人間側が優勢なのはわかっているんだと思う。それでも行こう、と決めたのは…それが彼女の生き方だからなのかもしれません。大切な家族を、育った村を全部奪われて黙っていることは、苦しいことだ。何もしないなんて、耐えられないことだ。愚かなことかもしれないけど、それが…彼女の生き方で、誇り。…でも。


「そんなの、…」
「香鈴っ!!」
「良かった、お前は無事だったんだな!悟空はっ…」


ぽろぽろと流れてくる涙をそのままに、悟空が走っていった先を指差した。


「…大丈夫ですか?」
「大丈夫、…でも少しだけ―――」


ぎゅうっと八戒くんに抱きついた。この涙が止まるまで、痛みが和らぐまで、貴方の体温を感じさせてください。
ゆっくりと、壊れ物に触れるように髪を梳く彼の手が、優しくて温かくて…余計に涙が零れた。どうしてこんなに悲しいのか、胸が痛いのか、自分でもよくわからない―――だけど、あの時の自分とどこか重ねているのかもしれません。それはきっととても失礼なことだとわかっているのだけれど、どうしても重ねずにはいられなくて。





「…ホントにいいのか?」
「このぐらいの人数なら近くの村までお送りできますが」


悟浄くんと八戒くんがそう申し出たけれど、このままこの村を去ることはできないと―――そう返されてしまいました。これ以上、無理強いをすることはできませんし、何よりこの方がそう望んでいるのであれば…私達にはもう何もいうことはできませんよね。
それでは、とジープが発進する。去り際に見た、子供達の手を振る姿がまた胸を締め付けたような気がしました。


「…結局、妖怪ったって所詮、俺達は余所者でしかねえんだよな」
「…そうですね」
「私達はきっと、どちらにもいけないんだと思います」
「―――本当は僕らの居場所はどこにもないのかもしれません。…だからこそ、僕らこうして旅を続けてこられたんじゃないでしょうか」


そうですね、と返そうとして、大きな爆発音が後ろから聞こえてきました。
バッと振り向けば、人間の町があるんだと教えて頂いた辺りから煙が上がっているのが見える…ああそうか、彼女達が辿り着いたんですね。爆薬を積んだ馬車と共に。


「あ、……」
「―――行こう」
「…え?」
「行こうぜ、西に。…俺、今まで三蔵が西に行くからついていくんだ、って多分そんなぐらいにしか思ってなくてさ。蘇生実験止めて……そんでどうにかなるのかなんて、正直わかんねぇけど、でも」


顔を上げた悟空は、今までで一番イイ顔をしているような気がしました。


「俺が行きたいから行くんだ」
「…そうですね」
「なぁーんか悟空ったらカッコ良くなっちゃったわね」
「えっ俺カッコイイ?!」
「うん、カッコイイよ。…今までで一番」


なんだよそれー今までカッコ悪かったみたいじゃん!って苦笑した悟空。でも耳が少し赤くなっていて、ああ照れてるんだなーって思ったの。…知らない間にこの子は色んなものを見て、感じて、知って…それでここまで変化―――というか成長、したんですね。
今の悟空の胸の中には色んな気持ちが渦巻いているんだろうけれど、…ずっと『変わらない大切なモノ』を見つけたような瞳をしています。ふふ、一番歳が下の彼がこんなにも頑張っているんですもの。私も、いつまでもくよくよして下を向いている場合じゃありませんね。
どうにかなるかもしれない。どうにもならないかもしれない。…それでも行くと決めたのは私自身だから、守りたいと心の底から思ったのは私自身だから―――だから私も、西へ向かうんです。


「お、香ちゃんも吹っ切れた?」
「吹っ切れたというか…まぁ、少しは整理がつきましたよ」
「とりあえず、リーダーを拾い直さないといけませんねぇ」
「あ、そうだった」
「この際、三蔵より早く西に着いちまうとかどーよ?」
「ははっそれはそれで面白いんですけどねぇ」
「…ダメ」
「ん?」
「ダメですよ、三蔵様がいなくちゃ。―――5人揃って、三蔵一行でしょう?」


そうでなくちゃ、私達じゃありませんから。
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