黄金の道標


あの御方は、私にとって特別な存在だ。

特別、と言っても八戒くんに抱いているような感情があるわけではありません。…けれど、本来ならこんな自由に生きていけないはずだった私に手を―――光のような道標を示してくれたから。だから特別なの。
決して優しく諭してくれたわけではないし、こっちだよって導いてくれたわけではないけどね、それでも歩く為の、追いかける為の光を残してくれていたのは本当だから。
だから、絶対にあの御方は必要なんです。私達には。





「うーーーん…見つかりませんねぇ」
「三蔵達は徒歩ですし、僕達もそう遠くまで来ていないはずなので1つくらい目撃証言があってもおかしくないんですが…」
「もっと先に行っちゃってるとか…そういう可能性、ない?」
「それはねぇだろ。悟空と八戒の回復を待ってた時間、あの集落にいた時間を考えても―――」
「三蔵様達が私達を追い越してるって可能性は、かなり低いと思います」


寄り道をしていたのは確かだけれど、それでもジープで走行した時間と距離がありますから。いくら何でも徒歩であるあの御方達に追い越されることは、無理に等しいと思いますよ。
それこそ私達が1ヶ月も2ヶ月も移動していなかったら別の話ですが…私達があの村に留まっていたのは、たった数日。うん、悟空が心配していることは起きていないと考えていいと思いますね。やっぱり。


「うあー…腹減ったぁ」
「あ、じゃあ肉まん食べる?悟空」
「えっいいの?!食う!」
「八戒くんと悟浄くんも良ければどうぞ」
「じゃあいただきます」
「俺も。…つーかさ?香ちゃんのその荷物、どしたの」


袋から肉まんを取り出して3人に渡すと、悟浄くんが私の足元にあるいくつもの袋を指差してそう言った。でもまぁ、ツッコみたくなる気持ちもわかりますけどね、だって5〜6つくらいありますから。袋。普通なら買ったのか?って聞かれると思うんですけど、ほら、三蔵様と別れてから私達はほぼ一文無しですもん。それなのにどうして買えるんだ、っていうのが正しいと思うの。

理由は至極、簡単。手分けして三蔵様の行方を聞き回っていた時に、色んな方からもらっちゃったんです。その代わり、目撃証言は一切得られませんでしたけどねぇ。
今日のご飯はこれでまかなえそうだからラッキーだけど、肝心の三蔵様の情報が得られないのは痛いです…だって、行く方向すら定められませんからね?このままじゃ。どうしようかなぁ、と考えつつ、ひとまず私も腹ごしらえをすることにしましょう。


「にしても、たくさんもらったんですね」
「旅をしてるんです、って話をしたらいつの間にかこんなに」
「あー…栄養つけろ、ってことじゃね?香ちゃん痩せてるし」
「食べてないように見えんのかな?」
「そんなこと全くないんですけどね…食べてますし」


今だってこうして肉まんをもぐもぐと咀嚼している真っ最中だ。それなのに話を聞いた方達、ほぼ全員に何かしらを頂く結果になったのは…正直、解せない部分が多いのです。いや、有難く頂いておいて何だよって感じではありますけど。


「とりあえずコレ食ったら、聞き込み再開するしかねぇよな」
「ですね。闇雲に捜した所で見つかるはずもないですし」
「あ、そうだ。香鈴の千里眼で見つけらんねぇの?」
「見てみたんだけど、ダメだったわ…せめてこの辺りにいる!って情報だけでも掴まないと」


万能だと思っていたこの眼は、そこまで万能ではなかったようです。


―――ぽん、

「大丈夫。あの人は目立ちますし、すぐに見つかりますよ」
「八戒くん、…うん、そうですね」


見つかるかな、って心配している暇があるなら、足を動かさなくちゃいけませんよね!よし、お腹も膨れたし聞き込み再開です!
今度は4人で行くことになったんですけど、再開直後の3人の説明の仕方に盛大に吹き出してしまいました。だってこの方達、『でっかいムキムキとタレ目でガンくれてる奴とナルシー全開で西訛りの男の3人組』って説明したんですよ?普通に考えてそんな説明でわかると思います?!どんな3人組だよ、って思っちゃいますよ!どう考えても。
そんなんじゃ見てたとしても、絶対に通じてないと思う…。そういえば、ジープがいなくなった時の悟浄くんと悟空の聞き方もすごかったっけ。今、思い出しました。

再度、町の方に三蔵様を見ていないか、と聞き回り始めて、早1時間半。相も変わらず「見ていない」という返答ばかりで、この町には立ち寄っていないのかなぁと思い始めた時。似たような人を見たかも、という方に会いました。


「ハッキリは覚えてないんだが、でっかい人だなぁと思った記憶があるから…多分、あんた達が捜してる3人組だと思うけど」
「あ、あのっ何処へ行ったとか、わかったりしませんか…?!」
「いやあ、さすがにそこまでは……あ、でも」
「何でしょう?」
「あっちに山が見えるだろ?その入山口方面へ行ったように見えたよ」


でも確かじゃないんだ。ごめんな。
教えてくれた御主人はそう言って苦笑していらっしゃいましたけど、全く情報がなかった私達にとっては嬉しいものですから問題ありません。ありがとうございます、とお礼を告げて、山がそびえ立っている方へと歩き出す。
御主人が見たのが三蔵様達だという確証はない、仮に三蔵様達だったとしてもあの山に向かったかどうかなんてわからない。だけど、それしか情報は得られていないし、今はそれに縋る他、方法はないと思うんです。なので、とりあえず行ってみようということになりました。
それで悟浄くんの提案でジープで行くことになった所まではいいんですが、今私達は―――とんでもない危険に晒されている気がしますよ。いや、マジで。


―――ガタタッ!
―――ガコンッ

「わ、わわわっ!」
「香鈴っ舌を噛まないように口を閉じていた方がいいです、よっ!」
「でっでも勝手に叫び声がっ…わあぁあ!スピード出過ぎですよーーー!!」


確かに道は一本しかない、とは聞いていました。危ないよ、っていうのも聞いていました。でもまぁ山道なら大丈夫だろ、って楽観的に考えていたら、まさかの山道というより崖みたいになってるんですよね!
途中までは普通の山道だったのに、気がつけば道はでこぼこだし、斜面はきつくなって急になっているし、あれだけ緩やかだった揺れも今ではかなり激しい。上下左右にガックンガックン揺れるもんだから、怖いのなんのって!さっき、悟浄くんが枝に顔面ぶつけているのを見ました。めっちゃ痛そうです。
あんまりのスピードで止めてほしい、と私と悟浄くんが声高らかに言ったけれど、ここまでスピードが出てしまうと止める方が危険だって言われてしまいました。納得はできますけどっ…あああ、やっぱり怖いですよこのスピードはさすがに!!

(―――…あれ?なんか、今……)

一瞬、車体がグンッと上がった時に不吉な光景を見た気がしたんですけど、…あれって私の気のせいかな?何か、地面がゆらゆら揺れているようで…あ、そうか。水面に似てたんだ―――


「うわっ前、前!!!」
「…見間違いじゃなかったっ!川、」


このスピードでは止めることは不可能。車体の縁をギュッと握って、目を閉じるしかできなくて―――私達はそのままの勢いを殺すことなく、川に突っ込む羽目になりました。


―――ザバッ!

「ぶはぁっ!!つめてぇええ!」
「ゲホッ私達、川に縁がありすぎると思うんですけど…」


これで4回目ですよ?川に落ちるの。…あ、でも八戒くん達は紅孩児さんの攻撃で川に落ちたことがあったから、5回目?回数が何だ、って感じではありますけど、現実逃避ってしたくなりますよね?こういう時は特に。
だけど風邪をひくのは勘弁だし、とりあえずタオルで水気をとって火を起こして服を乾か―――すより、着替えちゃった方が早いかもしれません。

何とか無事だった荷物からタオルを取り出し、何故か言い合いになっていた悟浄くんと悟空にぶん投げ、ジープに怪我がないか確認をしている八戒くんにもそれを渡した。ある程度、水気をとった所で今度は4人で木の枝集めです。
さすが山ですよね、ちょっと探しただけでたくさんの木の枝が落ちているのでそこまで大変じゃありません。あとは悟浄くんのライターで火をつければ、たき火の完成です。


「ダメじゃないですか、香鈴。ちゃんと髪の毛も拭かないと…」
「え、これでも拭いたつもりなんですけど」
「まだ水が垂れてますからダメです。はい、ここに座って」


適当な岩場に座らされ、肩にかけていたタオルで頭をわしゃわしゃと拭かれる。


「何か、香鈴と八戒のそーいうの久しぶりに見た気がする!」
「あー、かもな」
「本当は僕が拭く前にしっかり拭いてほしい所ですけどね。…はい、終わり」
「ありがとうございます」


八戒くんに髪を拭いてもらうのは恥ずかしいけれど、でも気持ち良くて好き。手の温度とか、優しさとか、そういうのが全部髪から伝わってきているような気がして…落ち着くんですよね。タオルで口元を隠し、こっそりニヤけていると…これからどうするんだ、という悟空の声が聞こえてきた。
そうなんですよね、目撃情報を頼りに此処まで来たのはいいんですけど、山の中は広そうだし、闇雲に歩いてもラチがあかなそう。せめて進む方向だけでも限定しないと、どうにもこうにも―――あ、この山の中にいるのだとすれば…千里眼で見つけることができるかもしれません。

座ったままそっと目を閉じて、意識を集中させる。次々と映像が変わっていくけれど、でも人の姿は一向に見えてこない…やっぱり此処にはいないのかしら、と溜息をつきそうになった時、一際眩い金色が見えた。

―――間違いない、三蔵様だ…!

ヘイゼルさんとガトさんもいる、彼らがいる方向もわかったからこれで合流することができる。そう喜んだのも束の間、闇の色を纏った1人の男が、三蔵様達に近づいているのが見えたんです。


「―――ッ」
「香鈴?なんかあった?あっ三蔵達いたのか?!」
「…香ちゃん?顔、真っ青だぞ」
「三蔵様が、危ないかもしれません…!」
「行きましょう、方向はわかりますか?」
「は、はい!こっちです!!」


遥か彼方で一羽のカラスが―――鳴いた気がした。
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