闇に葬れ


あの全てを飲み込んでしまいそうな闇のような黒は、覚えがある。

―――さぁて、新しいゲームの準備は済んでるし…今度は君自身で遊ばせてもらおうかなぁ。

あの日、あの時、…全てを見透かすような瞳で、けれど何も映していないかのような瞳で、私を見下ろした『博士』と呼ばれていた男。

―――ひとつ、イイことを教えてあげよう。君のその綺麗な歌声は、癒しにもなれば凶器にもなる。

私の知らないことを全て、知っていると笑った男。

―――気を付けるといい、君の内側に眠る血塗れの歌姫の狂気は―――いずれ、お仲間をも滅ぼすよン。

まるで私が暴走するのを知っているかのような、且つ、それを望んでいるかのような声音と言葉。

―――僕の先生はすごい人なんだ。何でもできるし、何でも知ってる…このお城を造ったのも先生なんだもん。

…あのチラついた影は、あの男だったんだ。あの少女に『博士』と呼ばれ、カミサマに『先生』と呼ばれたあの男の名前は、


「烏哭、三蔵法師…?!」
「その名前、一度三蔵が口にしていた覚えがありますね!」
「私がさっき見たのは、多分その人です。双肩にかかった経文、黒を纏ったあの男は―――間違いなく、烏哭と呼ばれる三蔵法師様です」


恐らく悟空を殺そうとしたのも、彼でしょう。そうなると、…ヘイゼルさんに斉天大聖のことを吹き込んだのもあの男と考えて間違いないかもしれない。何が目的なのか、なんて、そんなの私達には関係ないし一ミリも興味がわきません。正直、そんなのはどうでもいいんです。
―――大切なのは、あの男が三蔵様を殺そうとしていること。だから私達は、あの場所へ急ぐんです。失ってしまう前に、後悔をしてしまう前に。

(…ま、八戒くんと悟浄くんはどう考えているのかは知りませんが)

でも―――あの男が三蔵様の敵ならば、私達の敵ってことに間違いはないと思うんですよね?…だって、一緒に旅をしているんですもの。自然とそうなるのが当然、ってことでしょう?


「〜〜〜ってか、いつも以上にはえぇよ香ちゃん!!」
「すみません―――ちょっと余裕ないです。先に行きますね!」
「あっ待てよ香鈴!俺も先に行くな、八戒、悟浄!」
「ちょ、猿!!…あーあ、香ちゃんって何気に三蔵に懐いてるよなぁ」
「うーん、ちょっと妬けますねぇ。僕達も急ぎましょうか」


走って、走って、走って…道が拓けた先に、真っ黒なモノが見えた。この場所は恐らく、さっき見た場所だ…あの男もいるし、ヘイゼルさんとガトさんもいる―――ということは、あの真っ黒なモノが三蔵様ということ。
まだ僅かにあの御方の手が見えた、縋るような…何かを掴もうとしている、三蔵様の手。


「悟空、三蔵様を引っ張り出して!!」
「リョーカイ!」
「…あれ、君は―――」
「さあ、暴れなさい。『喰い殺せ』」


ズルリ、と真っ黒な異形達が這い出て―――真っ直ぐにあの男の元へと飛んでいく。捕えたと思ったけれど、それはただの勘違い。無数の手は空を切り、その僅か後ろにその男…烏哭三蔵法師は立っていた、口元に笑みを浮かべたまま。
思っていた以上に身体能力が高いようですね。…いや、身体能力と言うより、法力ってやつなのでしょうか?確かカミサマも法力を使って攻撃してきていたし。彼のお師匠様であるのなら、この男も同じような動きをしても何らおかしなことはありませんよね。
それでいて『無天経文』の持ち主。その経文がどんな力を持っているのかはわからない、だってそれは伺っていませんでしたし。だから、迂闊に近づくのは危険かもしれないとはわかっているんですが…チラリ、と悟空によって引っ張り出された三蔵様を視界に映す。
かなりボロボロにされた姿、私達が駆けつけるのがもう少し遅ければ闇に飲み込まれてしまっていたかもしれない…それを考えると、やっぱり腹が立ちますよねぇ?


「てか悟空…三蔵様に止めをさそうとしないでよ」
「だって悟浄が受け止めねぇから!!」
「俺ァゴールキーパーじゃねぇっての!!」
「全く…八戒くん、治せそう?」
「ええ、大丈夫。それにしても、すっかり物扱いですねぇ三蔵」


ギャーギャーと言い合いを始めてしまった悟浄くんと悟空。次第に地面に転がされたまま、八戒くんに気功を当ててもらっている三蔵様のこめかみに青筋が薄らと浮き始めたのを私は見逃さなかった。
…あーあ、これは雷が落ちるなぁ。苦笑を浮かべて、くるであろう怒鳴り声に備えて耳を塞いだ瞬間。「うるせぇ」という三蔵様の叫び声が、そこら一帯に響き渡りました。うん、予感的中ですね。


「〜〜〜〜〜〜〜っ」
「三蔵様…確かに悟浄くんと悟空はうるさかったと思いますけど、貴方、全身大怪我なのをお忘れ?」
「そうですよ、まだ首の骨しか治せてないんですから」
「―――でも悪ィけど、しばらくそのみっともねぇカッコでいてもらうぜ。三蔵サマ」


ザッと私達は闇に紛れる烏哭三蔵法師に向き直る。双肩にかけられているはずの経文が浮いている、ということは…術を発動中だったってことですね。


「…残念だね〜玄奘ちゃん。みっともないトコ見られたくなかったんでしょ?」
「―――そりゃ見ちまうよ。…俺のみっともないトコも、コイツらのみっともない所だってさ、たくさん見ちまうよ」


そうね、悟空の言う通り。今までだってたくさん、みっともない所を見せてきましたから。血塗れで倒れる瞬間も、我を忘れて暴走する姿も、…ボロボロになっている姿も。

だけど、それは当たり前のことなの、息をするように当たり前のこと。だって―――


「一緒に旅してんだから」


クスリ、と笑みが零れる。戻ってきた、と感じがする。
旅をしたことでたくさんのものを見て、たくさんの想いを知って、たくさんの―――感情を抱いたと思います。それらが私を形作って、今の私になった…そのきっかけを作ってくれたのは、三蔵様・悟空・悟浄くん・八戒くんの4人なの。1人でも欠けていたらきっと、今の私はここに立っていないと思うんですよ。
だから、それを奪おうとする人がいるのならば私は決して、容赦は致しません。


「―――さっすがァ♪オイシイもんな〜登場のタイミングが」
「てめぇが烏哭か。よくもまぁ、ウチの最高僧をボロ雑巾みてぇにしてくれちゃって」
「なぁ八戒、香鈴。こないだ俺のこと半殺しにしたのもコイツ?」
「ええ、恐らく」
「言ったでしょう?誰かを捜しているように見えた、って。三蔵様はあの男を追って…」
「ボロ雑巾にされたんだなッ?!」


悟空のいやに明るい声。その後に三蔵様の地を這うような低い声で、人を何遍ボロ雑巾呼ばわりするつもりだ、って聞こえましたけど…それの何が悪いんです?


「雑巾がボロになって何が悪いんです?」
「ふふっボロになったってことは、お役目を終えたってことです。それが当たり前でしょう」
「そーそ。ヤるだけヤってボロ布ンなったなら、残りのお掃除は俺らに任せたっていんじゃね?」


悟浄くんと悟空が突っ込んでいく。でも如意棒も、錫杖も、烏哭三蔵法師に掠ることなく空を切った。その場に残ったのは切り裂かれた笠、ただひとつ。狙われた張本人は、あっけらかんとした顔で切株に腰掛けていて…展開が早いとか、少しは敵とのトークを広げない?とかぼやいてます。
確かにこういう状況の場合、それがセオリーのような気もしますが―――アンタの目的なんてロクなものじゃなさそうですし、興味もわかないんですってば。聞くだけ無駄、ってやつですね。


「―――無闇に近づくな!!そいつの能力は…」


悟空の拳が軽く流されたのと、悟浄くんの身体がいとも簡単に吹っ飛んだのは、きっと法力だと思います。ただひとつわからないのが、悟浄くんの錫杖の鎖がまるで腐ったかのようにボロボロになったこと。あれは法力ではなさそうだ…もっと別の力?もしかして、無天経文の能力って―――。

同じことを考えていたらしい八戒くんと目が合い、頷き合って、同時に攻撃をしかけた。でも八戒くんの放った気功も、私が呼び出したあの子達も、一瞬にして消えてしまったんです。まるで、存在などしていなかったかのように。
…成程ね、やっぱり予想通りだったみたいですが…これは少々、厄介な能力だ。


「無天経文―――全てを無にかえる力だ」
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