大鴉と黄金の行く末
「ザマぁねーなってカンジですよ」
八戒の言葉でヘイゼルは正気を取り戻したみたいだ。そのままぶっ倒れちまったけど、でもこれであの真っ黒な三蔵法師に集中できる。
如意棒を握り直して振り返った瞬間、たった1人でアイツに向かっていっていた香鈴が―――血を流して倒れる姿を、見たんだ。その後ろには不気味な笑みを浮かべた大鴉が、立っている。
「香鈴―――!!」
side:悟空
俺が見たのは香鈴の後ろ姿。でもそれでもわかる、身体中から血を流して倒れていったんだってことが。倒れ込んだ香鈴はピクリ、とも動かない…ドクドクと血が流れていって、地面が真っ赤に染まって、このままじゃ死んじまうって頭が理解した時、俺と悟浄は同時に地を蹴った。
八戒が動く気配もしたから、きっと倒れてる香鈴は八戒がどうにかしてくれるはず―――だったら俺らは、目の前にいるコイツをぶちのめすのみだ!
「八戒!香ちゃん頼んだぞっ!!」
「わかってます!」
どれだけ素早く動いたつもりでも、裏をかいたつもりでも、コイツには通用しないらしい。如意棒も、悟浄の錫杖も簡単に流されて敵いやしねぇ。…でも、一向に反撃してくる感じがねぇんだ。ひたすらに避けて、避けて、避けて…それで俺達の攻撃を流すだけ。それだけでもコイツは強い、ってーのはわかるんだけど。
(―――色んなものを、見た。)
俺達のまだ知らない世界とか、知らなかった感情、知らなかった問題、知らなかった痛み。それから―――知らなかった『恐怖』。
色んなもの見て、そんでわかったこと。
「振り上げてくれ!!」
俺達は―――すごく、すごくちっぽけだ。けど、ちっぽけだけどさ。
「…大丈夫か、悟空」
「おー」
譲れない誇りってやつが、あるんだ。俺達には。
「さァて、どーすっかなアイツ」
「いっそあの経文奪い取っちまえば?」
「―――っつーか、燃やせるよなアレ、火ィつけたら」
「なんだ、楽勝じゃん!!」
わかってるんだ、アイツの力がとんでもねーもんだってことくらい。俺達じゃ敵わないかもしれない、ってことも。それでも、それでもさ?奪われたくないモンとか、守りたいモンとか、そんなのがぐるぐる胸ン中で渦巻いてるから、だから…立ち向かうんだ、俺達の誇りと意地をかけて。それに、三蔵と香鈴をボロボロにしてくれたからなーアイツ。そのお返しは、きっちり倍で返してやんないとダメだろ!
俺と悟浄とガトの3人で一気に畳みかけようとしたけど、どれもこれもあったんねーし!!倒れても、転んでも、吹っ飛ばされても、…どれだけ身体がボロボロになっても、まだまだ!って思ってんのにアイツがただ一言―――「飽きた」って呟いた瞬間に、経文が闇を纏って蠢いた。
あれに当たったら跡形もなく消されちまうんだし、掠るわけにもいかねーじゃん…!
「―――ガト!!」
倒れたままだったヘイゼル目掛けて走り出したガトの背後に、経文が迫っていた。間一髪でヘイゼルを抱えることには成功したみたいだけど、…下半身が丸ごと持って行かれちまってた。
ガトが転がった拍子の衝撃で目を覚ましたらしいヘイゼルは、目の前の光景に目を見開いてた。…多分、蘇生の為に魂が必要だって考えてるんだろうな。いつの間にかなくなってたペンダントは、前に魂をストックしておくことができるんだって言ってたっけ。
でもそれがない今、誰かの命を奪ってガトを生き返らす術しか残ってない。ヘイゼルの目が俺に、悟浄に、八戒に、そしてまだ意識を失ってる香鈴に向けられる…そりゃそうだよなぁ、俺達は妖怪だもん、狙うなら俺達しかいない。でも、…簡単にやられるわけにもいかねぇんだ。
臨戦態勢に入った時、ヘイゼルは―――発動させた術を、真っ黒な三蔵法師目掛けて放った。
「!!」
「お前……」
「―――正しい選択だ」
意外だった、…すっげー意外だった。だってアイツは、ヘイゼルは妖怪を全滅させる為に東へ来たって言ってたのに…子供の妖怪の命さえ奪おうとしてた奴だったのに、それなのに人間であるアイツを狙った。
どう考えても意識を失ってる香鈴を狙うのが早かったのに、それをしなかったことにちょっと驚いたけど…だけど、それはつまり俺達を個々として認めた、ってこと…?難しいことはよくわかんねーけど。
目の前で繰り広げられるヘイゼルと、アイツの戦い。一瞬、ヘイゼルの方が優勢に見えたけどでもダメだ。術が無効化されて、蹴り飛ばされて―――身体が動いた、ヘイゼルを助けようと。
だけどそれは、八戒に止められたんだ。まるでこれはアイツの戦いだから、手出しはしないでくださいって言われてるみたいで。…グッと拳を握って、唇を噛んで、ただ見守ることしかできねぇんだな。
―――奇遇ね、私も同じこと考えてた。
きっと、…香鈴が意識を取り戻していたらあの時と同じセリフを、あの時と同じ表情で言うんだろうな。苦しそうに、それでも笑顔を浮かべようと頑張って、
「もういいんだ」
俺と同じように唇を噛んで、泣きそうな顔になるんだ。
「―――本来の姿に還るだけだ」
最後に何かを呟いて、ガトの身体は砂のように散っていった。あの町で見た奴らみたいに風に舞って、天高く舞い上がっていく。その場に残されたのは、アイツが身に着けていた服とバンダナと―――すっげー重い銃だけ。
何か、…何かわかんねぇけど。すっげー悔しくて、すっげー悲しくて、そんで思った。アイツだけは逃がしちゃダメだ、って。
みっともねーって言われようが、諦めろよって言われようが、無様だって言われようが、んなの納得して堪るかよ。足掻いて、足掻きまくって、そんで―――勝つんだ、アイツに!
悟浄がスライディングかましてアイツの身体を抑えつけてくれたけど、腹に一発蹴りを喰らって思いっきり飛んで俺と正面衝突。まともに入っちまって、咳き込みながら地面へと倒れ込む。うーわ、これ骨イッちまったかな…?!けど、そんなの気にしてる場合じゃねぇや…早くアイツを、
「どこ行きやがった!!」
「―――上だ」
三蔵の言う通り、アイツの姿は木の上にあった。へらりと笑って満足した?と言って、続きはまた今度ねとかほざきやがった。確かにもう俺達はボロボロだよ、それに反してあっちは傷ひとつ負ってねぇ。
だからもう勝負はついてるとか、そんな風に思ってんだろ?でもさ、そんなんじゃねーんだよ、俺達はまだ―――てめぇに勝つことを、諦めてなんかいないから。
「…烏哭さん―――お忘れ物です」
八戒が不敵に笑って、そう呟いた。それと同時に背中に翼を生やしたヘイゼルが、月を背に飛んでいた。
ヘイゼルの放った一撃がアイツの肩を掠っていったけど、でも…すぐに経文が発動して、翼を失ったアイツは崖の下へ落ちていったんだ。走って手を伸ばしたけど、間に合わなくて。ヘイゼルの名前を呼ぶ悟浄の声が、辺りに響き渡る。
何も感じていないのか、闇を纏ったような三蔵法師はいまだに笑みを浮かべたまま。ここまでか、ってガラにもなく思った時、重い銃声と獣のような咆哮が聞こえたんだ。そしてアイツの目元と肩口から鮮血が舞った。
八戒でもない、悟浄でもなければもちろん俺でもない…ガトもヘイゼルもいないってことは、今のって―――
「は、…―――餞別ですよ」
「クソガラス」
やっぱり三蔵と香鈴だ…!2人が立ち上がったのと入れ替わりに、八戒がその場に膝をつく。そっか、俺達がもう攻撃を仕掛けている間に治療してたんだ。
2人共ひどい怪我だったけど、でも動けるくらいに回復してるってことは、八戒の気力と体力を相当つぎ込んだってこと。…そりゃあ立っていらんないよな。無理だよ。
「やるねぇ『三蔵一行』」
指が、拳銃を模ったように構えられ―――銃弾を撃った時と同じ音が響き渡る。木々は折れ、俺達も吹っ飛んだ。身体中に感じる痛みはホンモノで、まるで撃たれた時と同じ感覚。
アイツの手には何もなかったのに、それなのに最期のその攻撃で今度こそ俺達は、全員が地面に倒れ込んで動けなくなる。その隙にアイツは闇に紛れ込んで、姿を消しちまった。
「愉しみにしてるよん♪…次の『夜』を」
ギャア、と烏が―――哭いた。