ぼくたちの日常
「いたたたたっ!八戒くん痛いです!!」
「我慢してください。無茶した罰ですよ」
無茶した罰、って…怪我の度合いは皆さん同じくらいだと思うんですけど。そうぼやくと「1人で烏哭さんに向かっていったでしょう」と言われてしまいました。その瞬間まですっかり忘れてしまっていた…妖怪に身体を乗っ取られかけたヘイゼルさんを彼らに任せ、私は1人で烏哭三蔵法師と対峙していたことを。
そうでした、私が受けた傷の大半はその時のものだったんでしたっけ。うう、だってあの時は無茶してるって感覚はありませんでしたし、一刻も早くアイツをどうにかしないとって考えしか頭になくって、…気がついたら身体が動いていたんですもの。
傷口を消毒し、ガーゼを当てて、くるくると包帯を巻いていく様子を見つめながら、そう言葉にした。私の言葉に八戒くんがチラリ、とこっちに視線を寄越したけれど、それはすぐに外されて再び傷口へと戻る。
無視されているわけではないんだけど、…意外と視線が外されるってクるんだなぁ。多分、何の意図もないんだろうなって思うんだけど、それでもキツイとは思うんです。
(何か意図があったとしても、それはきっと怒っているからで…)
怒る原因を作ったのは、他の誰でもない私。つまり、傷つく結果になっているのは自業自得というものなのです。…雰囲気的には、そこまで怒っている感じではありませんけど。というか、八戒くんは怒ったからといって他人を無視するような子供っぽいこと、しないし。
「貴方が無茶するのは今に始まったことじゃありませんけどね?」
「…はい」
「血塗れで倒れる瞬間を見るのは、もうごめんですって何度言わせる気ですか」
「―――ごめんなさい」
守りたいものがあって、意地でもそれを失いたくなくって、…それでいつも気がつけば暴走に近い行動を起こしてしまうのが私だそうです。段々、慣れてきましたけど―――そう溜息をつく八戒くんだけど、顔には心配の色が濃く表れていた。
確かに私が逆の立場だったら同じように、心配をしているわけなので彼の気持ちがわからないとは言わないんですけども…それでもきっと、私はこれから先も同じようなことを繰り返すんじゃないのかなぁって思うんです。だって後悔だけは、したくないから。死んでしまったら元も子もないでしょう、と言われてしまったら、返す言葉もないのだけれど。
「…心配、かけたいわけじゃないんですけど…」
「それはわかってますよ。むしろ、心配かけるつもりでやっていたらお説教です。本気の」
「あ、ははは…八戒くんの本気のお説教はご勘弁願いたいです…」
「そう思うなら無茶をするのは控えてください」
はぁい、と間延びした返事を返せば、彼は笑いながら返事は短く!と私の頭を軽く叩いた。そんな何でもないやり取りに、私の胸は切なく軋む。でもそれは、決して嫌なものとか悲しいものじゃあなくって、…何というか、嬉しくて仕方ないんです。
ああやっぱり私は、八戒くんのことが大好きです。
「三蔵の怪我もひどいので、しばらくはこの町に滞在することになりそうです」
「まぁ、そうなりますよね。…あの、」
「ん?何ですか、香鈴」
「あの―――肩の怪我、大丈夫なんですか?」
彼が三蔵様の怪我の手当てをしている間に、悟浄くんから聞いたんです。乗っ取られてしまっていたヘイゼルさんを挑発して、肩を怪我したって。頬の傷もそれが原因だ、と。
その後に三蔵様と私の傷を気功で塞いだりしてたから、やっぱり心配になっちゃいますよね…怪我自体はそこまでひどいものではないと聞いてはいますけど。他人が無茶することを心配するけれど、そういう八戒くんだって無茶をしがち。…本当に私達は、よく似てますよね。
でもまぁ、それが性格だと言えば―――どうしようもないことなので、とりあえずは怪我をしないように気を付けることとしましょう。
―――ガチャッ
「おーい、八戒、香ちゃん。悟空が腹減ったってうるせーんだ、メシ食いに行こうぜ」
「…確かにお腹空きましたね」
「結構な運動量でしたからねぇ…行きましょうか」
立ち上がって部屋の外へ出れば、包帯ぐるぐる巻きの、でも意外と元気そうな悟空の姿がありました。悟浄くんと一緒に出てきた私達の顔を見るやいなや、すぐに「腹減った!」と口にしてくれたものだから、八戒くんと顔を見合わせて笑ってしまいましたよ。
ああでも笑うと傷口が痛い…!痛い、と口にしながらも笑っている私達を見て、悟浄くんが若干呆れた顔で何してんの、と溜息を吐いたのは内緒。
部屋で休んでいた三蔵様にも声をか掛け、私達は今、宿屋の中にある食堂にいます。
全く食事をしていなかったわけではないのだけれど、テーブルの上には本当に食べきれるの?大丈夫?と驚かれそうなくらい、たくさんのお皿が載っています。それの大半が悟空のお腹の中に消えるのだろうな、と思いながら、食いっぱぐれないように自分の分だけは確保しておく。
彼ほど食べやしないけど、あれだけ動いたんです。お腹も空きますよね。
「あっダメですよ、三蔵様!痛み止め飲んでるんですから、アルコールは却下です」
「ああ?少しくらい構わねぇだろうが」
「構うっての!いーから没収ですっ」
「……香鈴。お前、段々俺達に容赦なくなっていくな」
「は?急に何ですか…そりゃあもう5年も一緒にいるんですもの、当たり前でしょう?」
最初の頃は確かに遠慮している部分とか、気を遣ってる部分が多かったとは思いますけど…今では大分、気を許していると思います。自分でもわかるくらい。口調が崩れるのもその証拠、なのかなぁ。
元々、敬語がクセ―――というわけでもないのだけれど、気がついたらこの喋り方が常になっていました。
「香鈴ってさぁ、三蔵のこと好きだよな」
「え?」
「何言いだしやがる」
「前から思ってたんだもん、仕方ねーじゃん」
「でも悟空の言うことはわかる気がしますよ?烏哭さんと対峙しているのを見つけた時、一番焦っていたのは香鈴でしたから」
「……は?」
「こっちが妬けちまうくらい、必死だったよなぁ香ちゃんてば」
三蔵様は絶句。私も焼売を口にいれた状態で絶句。…あ、でも余裕がなかったのは確かだ…言葉にもしましたし。
「そりゃー好きですよ。でもそれは三蔵様だけじゃなく、八戒くんのことも、悟浄くんのことも、悟空のことも同じです」
「香鈴、…」
「誰か一人でも欠けるのは嫌なんで、す………」
言い終えそうな所でようやく、あまりにも恥ずかしいことを言ってしまったことに気がつきました。慌てて口を押えたけれどすでに遅し、言葉は全て零れ落ちて皆さんの耳に入ってしまっている状態です。
…今すぐにでも穴を掘って埋まりたい気分です…!本心とは言え、いくら何でも素面で告げるような言葉ではありませんよね酔っている時に冗談っぽく言うのが普通ってやつですよね!よくわかりませんけど!!
ひとまず、目の前にあるお箸や小皿、それから中身がなくなった大皿を割ってしまわぬように端っこへ寄せて…私は改めてテーブルへ思いっきり突っ伏した。ガンッて音が思ったよりも大きく響いて、自分でもびっくりしています。
ぶつけた瞬間に4人が一瞬、ビクッと身体を揺らしたのも何となく気配でわかりました。そりゃあいきなりテーブルに突っ伏したら、びっくりもしますよね。それも目の前でやられたら。
「はははっなーんで自分で言いだして照れてんだよ〜」
「バカか、お前は…」
「そういう三蔵だって顔が赤いですよ?」
「香鈴、香鈴!俺も香鈴のこと大好きだかんなっ!」
「ありがとう、悟空…でも今は逆効果……!」
「えっ?!」
嬉しいよ?すごく嬉しいんだけど、…恥ずかしさ満載の今の私には、とても辛い言葉でしかないのですよ。きっと説明してもどういうことだ?って顔をされそうなので、何も言いませんが。
「お皿をどけてくれたことは褒めますけど、いい加減顔を上げて」
「…はい…」
「ああほら、おでこ赤くなってるじゃないですか」
「思いっきりいったもんな〜すげぇ音したもん。うわ、ほんとに真っ赤じゃん」
「たく、阿呆なのかお前は」
「穴があったら今すぐ入って埋まりたい…!」
楽しそうに笑っている皆さんを見ているのは嬉しいし、いいんですけど、やっぱり恥ずかしさが拭えないです。もっかいテーブルに突っ伏したい所ですが、今度はその前に止められるような気もします。
うう、と泣きそうになっていると、吹き出した八戒くんがクスクス笑いながら食べないとなくなってしまいますよ?と、端に寄せていたはずの小皿にエビチリをよそってくれました。
いつまでも恥ずかしがっている私を余所に、皆さんは食事を再開って…!いや、お腹空いてるでしょうからそうなるのも仕方がないのかもしれませんが、ちょっと薄情過ぎません?!そう思ったんですけど、…私も同じことしそうだなって思った。だって三大欲求の1つである食欲には逆らえませんから。
「何か、…びっくりするくらいにいつも通りですね?私達」
「それが僕達なんじゃないんですか?―――あ、香鈴。ソースついてますよ」
え、どこですか?と聞く前に、八戒くんの指が口元に伸びてきて―――ソースを拭った。
3人は食事と会話に夢中らしく、見られてはいなかったみたいですが…さっきよりも恥ずかしすぎて、今なら私恥ずかしさで死ねると思います!ええ、本当に心から!!