あの時、確かに聞こえたんだ。助けて、と叫ぶ声なき声が。


burial-悟浄&八戒&香鈴の章-


 side:悟浄


何となくだった。いつもだったら夕方から酒場か賭博場に出かけて、朝方まで帰らねぇ生活をしてんのに、それなのにこの日だけはそんな気分になれなくて。八戒が1人で行く予定だった三蔵からの依頼に同行したんだ。明日は雨ですね、と笑うアイツに何も返せず、自分でもそうかもしんねーなって思うくらい。

依頼を無事にこなして、三蔵のとこへ行って、悟空をからかって、そんで買い物をして家に帰る途中。どこからか、音がしたような気がして足が止まったんだ。

ガサリ、と茂みを掻き分けるような、そんな音。それは隣を歩いていた八戒の耳にも届いてたみてぇで、2人でキョロキョロとしながら音の発信源を探していたら―――森の中から女の子が現れて、その場に倒れ込んじまった。ギョッとしてると、地面がじわじわと黒く染まっていくのがわかって…その子が怪我をしてるっつーのは明白。


「ひどい怪我ですね…あの、大丈夫ですか?!」
「おいお嬢さん!聞こえてっか?!」
「―――…ッ」


ふるり、と睫毛震えて、黒曜石みてぇな瞳が真っ直ぐに俺らを見つめてくる。
いつだったか、―――こんな瞳を俺は、見たことがある。殺してくれ、と言わんとする瞳を。


「……八戒、包帯とか消毒液とかあったよな?」
「ええ、ありますけど…悟浄、貴方まさか、」
「そのまさか。…ああでも、医者呼んだ方がはえぇか」
「ええ、その方が確実ですけど…こりないですね、悟浄」
「―――…お前だって、放ってはおけねぇだろ?」


倒れ込んだまま動かなくなった彼女を抱え上げると、その子は腹の左側を真っ赤に染めていた。怪我してんのは左、ね…そこまで同じだとは思わなかったわ。怪我の場所を認めた八戒の身体が、僅かに跳ねたのも視界の端に映り込んでたけど今は無視だ、無視。コイツが倒れてた場所と同じで、怪我してる場所も同じとなると…まぁ、気にはなるよなぁ。

一部屋、使ってない部屋があるが…あそこは家具も何もねぇし、ひとまずは八戒の部屋に寝かせることになった。さすがに怪我人をソファに寝かせるわけにはいかねぇしな。それから八戒に呼んでもらった医者に診てもらえば、怪我自体はひでぇけど安静にしてりゃあそのうち動けるようになる、らしい。大体、1ヶ月は見ておけっつってたかな…そんな所も一緒かよ、と内心思っちまったけど。とにかく安静にさせとけ、だと。


「看病は僕がしますよ、貴方、そういうの苦手でしょう?」
「否定はしねぇけど、お前拾った時に面倒見てたの俺なのをお忘れ?」
「忘れてはいませんけど…」
「…やっぱ、気になってんの?この子のこと」


そう問いかければ、目を見開いて動揺した表情。多分、俺には悟られてねぇって思ったんだろ。さっき体が跳ねた瞬間も見られてねぇって思ってたんだろうけど、残念ながら見えてたんだよなーこれが。


「お前と同じ場所に倒れてて、怪我してる所も一緒だし…何となく、自分と重ねたんじゃねぇの?」
「変なとこ、鋭いですよね…悟浄って」
「で、どーなのよ?」
「多分、悟浄の言う通りだと思います。上手く説明は出来ないんですけど、同じような感じが―――匂いが、するんですよ」
「ふぅん…」


けど、そう感じてたのは何も八戒だけじゃねぇ。俺だって、コイツを拾った時のことが一瞬にしてフラッシュバックした。同じような瞳をして俺を見上げて、…だから今回も、思わず拾っちまったんだろうなぁ。もちろんあのままにしておくっつーこともできたんだろうけど、あそこ町に行く時の通り道だし。あんな所に死体があるのはいい気分じゃねぇしよ。

それにやっぱ、…女の涙は苦手なんだ、昔から。この子は殺してくれって瞳をしながら、それなのに助けて、と泣いているように見えて放っておけなかったんだよなぁ。自分でもこりねぇなって思うけど、そう思っちまったんだから仕方ねぇよなぁ。


―――あの人に似てるわけじゃねぇのに、


「(どうしてこんなに気になんのかね)」


女に困ってるわけでもない。それなのに、気がつけば俺はこの子から目を離せなくなっていた。
拾った彼女が目を覚ますまでの数日間。俺は何でだか女に手を出さなくなって、八戒や町の女達に驚かれたのは―――また別の話だ。
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