幻想世界
次の町に着いたのは、前の町を出てから3日後のことだった。吊り橋で外界と繋がっている、隔離されているような町はそこそこ大きく、賑わっています。人も多いし、活気もあるし、かつて住んでいた長安を彷彿させるような感じがしますね。宿もすんなり取れたので一安心です。
「それにしてもでっけぇな、この町」
「周りを森に囲まれている割には、賑やかで活気がありますよね」
「さっき女将さんに聞きましたけど、この辺りの町ってあの吊り橋で繋がっているんですって」
「町が繋がってる?」
悟浄くんの問いかけにはい、と答えて、もらった地図をテーブルの上に広げた。私達が今いる町の他に4つの町があって、計5つの町それぞれを吊り橋で繋いでいるということだそうです。何でも昔は1つの大きな町だったそうですが、とある事件で5つに分かれたーとか何とか。
とある事件というのは聞いていませんが、詳しく知りたければ外れにある図書館で歴史書を見てみるといい、と言われました。知る必要があることではありませんが、面白そうではありますよね?歴史を紐解くのって。この町に住む方で、その事件のことを知っている方からしてみれば面白くも何ともないことかもしれませんけど。
「今となっては分かれてますけど、交流があるからこれだけ活気があるんですって」
「成程、それぞれの町と連携しているわけですか」
「そういうことだと思います」
ちょっと不思議な構造をしている場所ではありますけど、特にそれを気にする必要はなさそうです。…あ、だけどこの町にいる間は刺客の襲撃がないといいなぁ、とは思いますね。
だって吊り橋で繋がっているということは、どこかの町に妖怪が入り込んで来たら大変なことになっちゃうじゃないですか。正義の味方でも何でもないから、襲われている方々を全員助けなきゃいけない、というわけではないけれど、それでも私達が原因で町が壊滅した―――なんて、気分が悪いでしょう?
まぁ、襲撃なんていつだってないといいと思っているのだけれど。
「…あ、なぁ。今日って祭りでもあんのかな?」
「どうしてです?悟空」
「だってほら、提灯みてぇなのが水の上に浮かんでる」
え?提灯が水の上に?
悟空の言っていることがよくわからなくて、全員で窓の外を覗いてみるとそこには川が流れていて、たくさんの灯篭が浮かんでいた。…ああ、悟空が言っていたのはこのことか。
あれは提灯ではなく灯篭って言うのよ、って教えてあげれば、そうなのか?!って驚いてました。どうやら灯篭を見たことがなかったみたい。確かに長安では灯篭って見たことなかったかも。提灯はお祭りになるとそこら中に飾られていたけれど。
これはきっと灯篭流し、というやつですね。私も見るのは初めてだけど、もっと暗くなったら今以上に綺麗で、幻想的になるんだろうなぁ。部屋の窓から見えるのならば、夕食を食べた後にまた覗いてみましょう。
「ほう、灯篭流しか」
「トーローナガシ?」
「灯篭流し。死者の魂を弔う為に、こうして灯篭を川に流すんですよ」
「慰霊の一種だ。最も、行わない地域も多いがな」
「へぇ…長安じゃ見たことなかったな」
「私もこういうのがあるというのは知っていましたけど、見るのは初めてです」
しばらく5人で灯篭が流れていく光景を見ていたけれど、悟空の常套句が聞こえた所で少し早めの夕食を取ることにしました。本当ならもう少し後の方がいいんだけど、どうにもあの子が我慢できそうにないので…とは言っても、いつ食べたってまたお腹が空いた、と口にするのでしょうしね。
宿が確保できた時は、大体外に食べに行くのだけれど今回は食堂に来てみました。女将さんから食堂の料理はどれもオススメだよって聞いていたから、何だか気になってしまって。
でも確かにどの料理も美味しくて、胸を張ってオススメですって言える理由がよくわかりますね。はあ…ご飯が美味しいって本当に幸せです。
「あ、香鈴、そっちのアイス一口ちょうだい」
「いいわよ、どうぞ」
「さんきゅ!…ん、こっちの味もうめ〜〜〜〜っ!」
「よく入るな、お前ら…」
「悟空はわかりますけど、香鈴がそんなに食べるなんて珍しいですね」
「ほら、よく言うじゃないですか。甘いものは別腹、って」
「いや、確かに女の子はよく言うけどよ…」
3人が苦笑したり、げんなりしている中で私と悟空はデザートのアイスを平らげた。お腹もいっぱいになったことだし、お風呂に入ってのんびりしようかな。
食堂を出て部屋に戻る途中、受付をしてくれた女将さんとバッタリ遭遇。
「ああ、お客さん達。美味しかったろう、ウチの宿の料理は!」
「すっげー美味かった!!」
「デザートも美味しくて、つい食べ過ぎちゃいました」
「だろう?明日の朝食も期待しとくれ。―――あ、そうだ。これから時間があるんなら、町の中を散策してみるといい」
あれでしょうか、悟空が言っていたようにお祭りでも開かれているのでしょうか?でもあの子が見つけたのは灯篭で、お祭りというか慰霊祭のようなもののはずですし…特に何かがあるわけじゃないですよね?出店が並ぶ、とかではなさそうですし…そもそも、夕方この町に着いた時、お祭りの準備をしている様子もなかったもの。
一体、何があるのか女将さんに聞いてみると、今日はかつて命を落とした方達の魂を弔う慰霊祭の日で、町中に灯篭が飾られているのだそうです。私達が部屋から見た川はもちろん、お店の前や広場にも色んな灯篭が所狭しと並んでいるんですって。それも町の方々の手作りだって言うから、二重でビックリですよね!
一年に一度開かれる慰霊祭は、とても幻想的で綺麗だってことで巷では有名なんだそうです。その光景を見に遠くからやって来る人もいるくらいに。
それを聞いて興味を示したのは悟空だった。三蔵様に食いもんはないぞ、と忠告を受けているけれど、それでも見に行きたい!と言うので5人で行ってみることにしました。陽が沈んでからの光景は綺麗だろうな、と思っていたから、近くで見れるのはとても嬉しいな。
教えてくれた女将さんにありがとうございました、とお礼を言って、いそいそと宿の外へ。
「うっわぁ……!」
「これは、思っていた以上にすごいですね」
「すっげー綺麗!!」
「…悪くねぇな」
「確かに宿のオバちゃんの言ってた通りだな、圧巻だわ…」
店先に、家の軒先に、そして何より幻想的で綺麗だと思ったのは…灯篭が気球のように宙に浮いていて、仄かな光が灯ったソレはまるで蛍のようだったから。
この感動を言葉にしたいのに、本当に素敵なものを見た時って言葉も出ないんですね…無理に言葉にしようとすると、綺麗だってありふれた言葉しか出てこないんです。だけど、言葉なんていらないのかもしれない、こうやって同じ空間にいればきっと同じ感動を受け取っていますもの。無理に言葉にしなくたって、いいんだ。こういうものは。
蛍のような灯篭がいくつも、いくつも天へと昇っていく。大切な人の魂を弔う誰かの気持ちを載せて、遥か遠くへと。思わずほう、と溜息が漏れる。悟浄くんが言っていた通り、この光景は圧巻です。素晴らしくて、…でもどこか切なくなる。
天高く昇っていく灯篭を堪能し、町の奥へと足を進めると広場―――のような所へ行きついた。樹齢何年ですか、と聞きたくなるくらい大きな木が丘の上にあって、その近くに私と同じくらいの背の高さの岩が埋まっていました。
慰霊碑ってやつでしょうか…でもそれにしては何も文字が刻まれていないしなぁ。それとも慰霊は一切関係なく、ただのオブジェってやつなのかもしれません。
「なぁ三蔵、この木って桜だよな?」
「ああ」
「春になったら満開になって、綺麗なんでしょうね…これだけの大きさですから」
「今が春じゃねぇのが惜しいな、ほんと」
八戒くんの制止も聞かず、悟空は桜の樹に登り始めてしまいました…他にもたくさん人がいるのに、怒られたりしないのかしら?これだけの大きさですもの、きっと町の人に大切にされているシンボルのようなものでしょう。
でも悟空は下りてくる気配がない。仕方ないなぁ、と苦笑を浮かべて見守っていると、ザアッと脳内に映像が流れ込んできたんです。
『まぁ、ここの桜より下界のヤツの方が断然美人だがな』
『…そうだな。見てみたいモンだな』
『―――なら、余計に僕が見つけてあげないといけませんね。貴方を』
それは最近、よく見るようになった夢にも出てくる―――彼ら。金糸の髪をもつ三蔵様に似ている人、笑顔がニヒルな悟浄くんに似ている人、雰囲気がとても柔らかい八戒くんに似ている人、…そして出会った頃の悟空に瓜二つな子供。
知らないはずなのに、やっぱり懐かしく感じるの。…貴方達は、誰なんですか?
「―――香鈴?」
「あっ…は、はい」
「大丈夫ですか?ボーッとしてましたけど」
「ええ、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけですから」
「そうですか。そろそろ帰りましょう」
「はい」
桜の樹に背を向けて、歩き出す。でも喧騒に混じって声が、聞こえたような気がして振り返る―――だけど、そこにいるのは、灯篭を見に来ている人達だけで。…よく考えれば声が聞こえたっておかしくも何ともない、これだけたくさんの人がいれば声なんて、何処からでも聞こえてくるんですから。
『もう少しで、迎えに行きますよ』