炎を纏いし鳥


私達は、所詮余所者だ。首を突っ込まない方がいい、ということにも何度か直面してきました。けれど、もしさっきの爆発音が三蔵一行を狙ってきた妖怪達の仕業であるのならば、無視できるような事柄ではないんです。
その可能性がないとは言い切れないからこそ、八戒くんと私は視線を通わせ、走り出した。道は昨日の散策でわかっていたし、そう迷うこともなくあの大きな木のある広場へ辿り着いたんですが―――さっきのは気のせい、だったのかな?広場に入る瞬間、耳の奥がキーンとした気がしたんだけど。


「確かにこの辺りから音がしたと、」
「ええ、でも妖怪の姿も…町の人達の姿もありませんね」


もしかして私達の聞き間違いだったのだろうか?いや、でもあんなにハッキリ聞こえたし、そもそも2人して聞き間違えるなんてそんなこと有り得るとも思えないんですよね。けれど、実際には広場は何ともないし、妖怪が暴れたような跡も残されていない。というか、此処に来るまでの間に妖怪とはすれ違った記憶もないですし。思いも寄らぬ肩透かしを食らって、八戒くんと一緒にうーんと首を傾げた。

本来なら何もなければ安心してもいいはずなのに、何故かこの時は一欠けらも安心できなくて、むしろどんどん不安が募っていっているような気さえしまう。何て言えばいいのかわからないけれど、…胸騒ぎがする、と言えばいいのでしょうか?何事もありませんでした、では終わらないような気がしているんです。何かが起きる前触れ―――そんな風に思えてなりません。それが杞憂であることを、祈るばかりですけれど。


「香鈴、異変はないようですし戻り―――」

―――ギャオオォオオッ!

「ッ、な、に……?!」


突然聞こえた、咆哮。それは前に襲ってきた妖怪の少女が連れていた、真っ赤な炎を纏ったあの大きな鳥の鳴き声と酷似している。ビリビリと大気が震えるほどのソレに、思わず私は目を瞑り耳を塞いだ。

そして次に目を開いた時には、広場にはさっきまで確かにいなかったはずの大きな何かが―――鎮座している。

真っ赤な炎のような翼、幾重にも分かれた綺麗な尾、神々しささえ感じる容姿なのにどうしてだろう…巨大な鳥が纏っているオーラはその真逆。恐ろしい程に、禍々しいんです。背筋がゾクリ、とするほどに。

ふっと視界の端に映ったのは、大きな木と粉々に砕かれた石の破片達。そういえば町の方々が封印の石が壊された、と騒いでいらっしゃいましたっけ。ということは、もしかしなくてもこの巨大な鳥が封印されていた、ということになるのでしょうか?
何が封印されているのか、なんて誰にも聞くことをしなかったし、聞く必要もないと思っていたから。でも今となっては、情報として聞いておくべきだったなとは思いますね。もちろん、先に聞いていたからといって対処法があったわけではないと思いますが。


「八戒くん、…どうしましょう。逃げます?」
「逃げた所で解決はしないでしょう…それに、仮に追ってこられでもしたら町は大パニックですよ」
「あはは、ですよねぇ。…このまま大人しくしてくれればいいんですが」
「そうもいかないと思いますよ?―――ほら、動いた」


八戒くんの言葉通り、目の前に鎮座している巨大な鳥はバサリと翼をはためかせ、宙に浮いたのだ。ただそれだけならまだ、良かったのに…ギョロリ、と動いた目が運悪く私達2人の姿を捉え、そしてロックオンしてしまったみたいです。獲物として。
背中に冷たい汗が流れる、だってどう考えても太刀打ちできるような大きさじゃないんですもの。相手が私達と大きさの変わらない妖怪なら、どうとでもなると思っていたと思いますよ?けれど、今回の相手は比べものにならないほどに大きく、禍々しいにも程があると言いますか。

さあ、どう対処すべきか―――方法を探ろうと思っても、ゆっくり思考を巡らす時間を与えてはくれないようです。飛んだまま動く様子を見せなかった巨大な鳥は、くるりと旋回し、そしてそのまま急降下を始めた。私達に向かって、真っ直ぐ。
それを何とか避けたものの、あの大きさだ、通り過ぎる瞬間の風圧は耐えきれるものではありません。巻き起こった風によって、私の身体はあっけなく吹き飛ばされる始末。

(三蔵様の魔戒天浄なら、太刀打ちできるかもしれませんが―――)

体当たり・吐き出される炎らを避けながら、頭を過ったのはあの方の経文の力。巨大な鳥の正体はわかりませんが、纏っている禍々しさを考えれば、きっと経文の力が通じると思うんです。そう思うけれど、この場に三蔵様はいらっしゃいません。
ジープも連れて来ていないから、あの方を連れて来てもらうよう頼むこともできない…!ああもう、八方塞がりってこういうことを言うんですね!!

滴り落ちる汗を拭う。巨大な鳥から視線を外したのは、ほんの一瞬。…でもその一瞬が命運を左右し、下手すればそのまま命を落とすことだって有り得る。この1年の旅で嫌と言う程に、身体に、頭に刻まれていたはずだったのに―――私はその時、すっかりと忘れ去ってしまっていたのです。
彼の悲鳴に近い声が、私の名前を呼ぶ。頭の中では『逃げろ!』と信号が発せられているのに何故だろう、足が鉛のように重くて動かすことができない。


「でりゃあああぁあっ!!」


誰かの声。バキッと何かを殴打する音。
それは目の前で行われたことのはずなのに、どこかぼんやりとした頭で他人事のように感じていました。まるでテレビの中の世界、みたいに。


「香ちゃん、八戒!!」
「悟浄…!」
「何だありゃあ…?!」
「僕達にもわかりません。爆発音がして来てみたら、どこからかあの鳥が現れて…」
「三蔵っアイツ、全く攻撃が効かねぇんだけど?!」


悟空の一撃は、ひどく重い。何度も手合せをしたことがあるから、身に染みてわかっているんです。それにさっきのもかなり重い音がしていたから、なかなかの強さだと思うのですが…物理攻撃は効かない?それとも分厚い殻のようなものに覆われているのでしょうか?


「チッ面倒だ、一気に片を付ける。…悟空、悟浄、時間を稼げ」
「任せろっ!」
「しゃーねぇ、やってやるか」


低く、でもどこまでも響き渡るそんな声が、真言を紡ぐ。一字一句、間違うことなく最後まで紡がれたソレは巨大な真っ赤な鳥を取り囲み―――そして眩い光を放ち、霧散した。
ホッと息を吐いた瞬間、ようやく周りの喧騒が戻ってきたような気がしたんです。…そういえば、さっきまで風の音や鳥の鳴き声と私達の声以外、何も聞こえなかったような…?この広場は町の真ん中辺りにあったはず、だから賑わう人々の声が聞こえなくなるほど離れていないはずなのに…そんなに静かになるものなのかしら?それともただ注意がそっちに向いていなかっただけ、とか?


「香鈴、大丈夫ですか?」
「え?あ、はい、大丈夫…」
「怪我は?してません?」
「うん、…寸での所で悟空が来てくれたから…」


まだ、頭の芯がぼんやりとしているような気がする。息を吸って吐き出せば、身体がカタカタと震えていることに気がついて、次の瞬間にはストン、と座り込んでしまっていました。
目の前で崩れ落ちるように座り込んだ私を見て、八戒くんは目をギョッと見開いて「大丈夫ですか?!」と、さっき以上に慌てた仕草。本当に怪我はしていないし、何ともないんだけど…多分、怖かったんだと思います。もう大丈夫だ、と肌で感じた瞬間に、腰が抜けちゃったみたい。
あはは、と苦笑を浮かべると、彼はキョトンとした表情を浮かべていました。私の言葉が意外、だったみたいですね。それを聞いていたらしい悟浄くんにも、怖いものなんてなさそうなのにって言われてしまいましたし。


「失礼ですねぇ、君達…人並みに怖いものくらい、あります」
「いや、うん、そうですよね…すみません」
「にしても、何だったんだ?さっきの」
「俺が知るか。―――だが、妖気は感じなかったな」
「すっげー怖い感じはしたけど、うん、妖怪だとは思えねぇ」


少しずつ震えが治まっていく中、調べてみるのもアリかもしれない―――そんな風に考えていました。
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