照らされた先に君がいる


むかし、むかし。それはもう遥か昔、気が遠くなるほどに昔の話だ。
1人の少女がとある神様の姪っ子として生を受けた。そしてその少女を可愛がる青年がいた。
だがしかし、運命とはひどく残酷なもの。少女は愛しき仲間を守る為に、その命を落とし―――散っていったのだ。

青年は絶望した、少女がいない世界に何の意味があるのかと。少女がいなくなった時間を生きる意味があるのかと。

そう、青年にとって少女は全てだった。彼の生きる意味であり、糧でもあったのだ。大切なものを失った時、人は狂えるのだと…青年はその身をもって教えてくれたのだろう。
そして青年は自らの故郷を半壊させ、下界にて長い長い眠りについた―――。





昼間に襲ってきた赤い鳥―――何か手掛かりになるものはないか、と町の外れにある図書館へと来ています。歴史書、お伽噺などなど…この町にまつわる話を片っ端から読んでみるものの、どれもこれも本当のことなのかそれともただの作り話なのかがわからなくて、ただ頭を抱える結果となりました。
うーん…宿の女将さんに聞いた『とある事件』というのが関係しているものだと思っていたのだけれど、それに関する資料が見当たらない。あの時、確かに外れの図書館に行けば知ることができる、って言っていたんだけどなぁ。

(あ、もしかして貸し出し中とか?…念の為、あるのかどうかだけでも聞いておこう)

受付のお姉さんに、元は1つだった町が5つに分かれたとある事件の詳細が書かれている本はないのか聞いてみれば、それに関する本は全て奥の部屋にまとめられているのだと教えて頂きました。奥の部屋というのは、あまり借りられたり閲覧されない本がまとめられている所なのだそうです。
その事件はあまり、この町に住んでいる方々は振り返りたくないことなんですって。体験しているから、っていう理由の方もいらっしゃるし、事件自体に触れたくないという理由の方もいらっしゃるそうなので…理由事態は様々だそうですが。


「その部屋の本はお借りすることはできますか?あ、…私、旅の者でカードとか持っていないんですけれど」
「ああ…この図書館の本はカードなしで借りられますから、問題ありませんよ。奥の部屋の本も貸出可能です」
「そうなんですね、ありがとうございます」
「いいえ。借りる本がお決まりになりましたら、また声をかけてくださいね」
「わかりました」


教えてもらったドアを開くと、薄暗い室内にこれでもか!ってくらいの本が所狭しと並べられていました。わぁ…まだこんなにたくさんの本があるなんて、図書館って本当に天国ですねぇ。1日ここで時間を潰すことができそうです。
旅を始めてからはあまり本を読む時間が取れていないので、こういう所に来るとワクワクしてきちゃいますね!せっかくだから調べものに使う本以外にも何か借りていきましょうか、橋が直るまでまだ時間がかかることですし。

ふんふん、と鼻歌を歌いながら、本棚に詰め込まれた本達の背表紙に目をやる。本のタイトルは調べていないからわからないけれど、お姉さんに保管している本棚とある程度の場所は教えて頂いたので多分見つかるはずー…あ、ありました、この辺りですね。
ええっと、…あ、タイトルもわかりやすいな。「町が分裂した事件について」ですって。他にも同じ内容なんだろうな、と思われる本がずらりと並べられていて。うーん、どれが一番詳しく書かれているのでしょう…時間はあるんだし、全部読んでみればいいのでしょうけど、これを全部宿まで持っていくのはちょっと骨が折れてしまいそう。

とりあえず、何冊か読んでいこうと本を抱えて部屋を出る。室内の壁に掛けられている時計に視線を移すと、もうすぐ16時半になろうとしていました。確かここの閉館時間は17時、でしたよね…どれだけ急いで読んだとしても1冊読み切るのは無理な話ですね。
…仕方ない、頑張って持って帰りましょうか。受付のお姉さんに借りていきます、と声を掛けるとギョッとした顔になって「少しお待ちください!」と慌てた様子で、奥に引っ込んでしまいました。あっちは事務所―――ですかね?
そして待つこと数分。さっきと同様、慌てた様子で戻ってきたお姉さんは2つの紙袋を差し出して、使ってくださいと微笑んだ。ああ成程、これを探しに行ってくれたんですね。優しい方もいたものです。
ありがとうございます、とお礼を言って、借りていく予定の本を紙袋に詰め込んでいく。


「すごい量ですね…持てますか?」
「ええ、このくらいだったらまだ―――力には自信がありますので」
「本はまとめると結構重いので、気を付けてくださいね」
「ご心配ありがとうございます。では、お借りしていきます」


2つの紙袋の中にはぎっしりと本が詰め込まれている。お姉さんが言っていた通り、結構重いです。力に自信があるのは本当ですし、このくらいの重さだったらまだ何とかイケると思うんですけど…この図書館が町の外れにあったということを、すっかり失念していました。私。…あれですね、私はもう少し考えるということをした方がいいのかもしれません。
両手に持った紙袋にもう一度、視線を落とし、それから宿までの距離を思い出す。此処に来るまでにかかった時間は、確か30分ほどだったと思う。この町は思っていたより広いから。それで今度は結構な重さの荷物を持っているから、行きよりも時間がかかると考えた方がいいですよね?多分、1時間はかからないと思うけど…それでも45分弱はみておいた方がいいかもしれません。
自分の考えの甘さに溜息を1つ吐いて、とにかく帰ろうと歩き始めることにした。―――のだけれど、少し先に見える人影を見つけて、私は思わず歩みを止めた。


「え、八戒くん…?!」
「ああ香鈴、ちょうど良かった。貴方を迎えに…って、何です?その紙袋」
「ええっと、気になるものがたくさんあったのでつい…えへ。」
「はあ…貴方って時々、考えなしで行動しますよね。うわ、すごい量…」


あまりの量に八戒くんの顔から笑顔が消えました。その代わり、呆れたような表情が浮かんでいます。うん、当然の反応だと思いますね。私も同じ反応をすると思います、というかさっきしました。我ながらバカだな、と思った次第です。はい。
うーん、と苦笑を浮かべていると、両手に持っていたはずの重さがふっと消えた。でも離した記憶がないので、落としたわけじゃないよな、と疑問符を浮かべていると、いつの間にか八戒くんの両手に私が持っていたはずの紙袋が移動していました。
………えっ本当にいつの間に持って行ったんです?!あの人!!


「さすがに重量感ありますね…これを宿まで持って帰ろう、なんて無茶ですよ?」
「ええ、私もそう思いますけどっ…じ、自分で持ちますから!」
「この量を見て、重さを知ったら返せませんって。…あ、じゃあ」


ガサリ、と紙袋を草むらの上に置いた八戒くん。何をするのだろう、と思っていると、袋の中から本を数冊取り出して「これを持ってください」と渡されました。


「えっと…」
「それを持ってもらうだけでも重さが変わりますから」
「う…」
「僕は男ですからね、多分香鈴より力はありますよ」


だからこのくらい、持たせてくださいよ。
そう言って微笑まれてしまったら、私はもう何も言えなくなってしまいます。渡された数冊の本をギュッと抱えるように持って、歩き始めてしまった八戒くんの背を追う。本当にこの方は優しいなぁ…その優しさを私だけに向けてくれたら、と思うのは、やっぱりわがままですよね。


「何を借りてきたんですか?」
「あ、元々1つだった町が5つに分かれたきっかけの事件があるそうで、それについて書かれている本を…」
「そういえばそんなことを言っていましたね。…気になるんですか?」


首を傾げて問いかけられ、少し悩んで…けれど、黙っているわけにもいかないかと思い直し、推測でしかないんですけどって前置きしてから私の考えを話した。
昼間の真っ赤な鳥のこと、大きな桜の木の近くに埋まっていた大きな岩を町の方々が封印の石と呼んでいたこと、それが粉々に砕け散っていたこと…もしかしたら、封印されていたのはあの真っ赤な鳥で、町が5つに分かれた事件に関係しているのではないか―――と。
調べた所で何もわからないかもしれません。私達には一切、関係のないことだっていうのも重々承知してはいるんですけど…どうしても気になって仕方ないんです。あの鳥から妖気は感じなかった、でも禍々しいオーラは感じたんです。外見は神の使いでもあるかのように神々しかったのに。


「もしかしたら、何も関係してないかもしれませんけどね」
「そうですね、本が全てを語っているとは限りませんから」
「でもまぁ…興味本位で片足突っ込んでみることにします、どうせしばらくは足止め食らいますし」
「橋が直るまでに5日かかるそうですからね、いい暇つぶしにはなるでしょう」


これだけの数があれば、と紙袋に視線を落とす彼に苦笑を浮かべる他ありません。


「でも貴方、集中し始めると寝食を忘れることがあるからなぁ」
「え、そんなことないですよ?」
「ありますよ。一緒に住み始めた時、僕の本を貸してあげたら読みふけって部屋から出てこなかったじゃないですか」
「……そうでした?」
「ええ。なので、食事と睡眠はきちっと取ってくださいね?心配しますから」


そんな心配される程、集中してたでしょうか。私。全く思い出すことができないのだけれど、でも記憶力のいい八戒くんが言うんですから間違いはないのでしょうね、多分。よいしょ、と本を抱え直して前を向く。話しながら歩いているから、宿まであっという間でしたね。


「八戒くん、迎えに来てくれてありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして。…あ、そうだ」
「どうしました?」
「宿の近くに美味しい甘味屋さんがあるそうなんですが、…良かったら一緒に行きませんか?」
「甘味屋さん?!行くっ行きたいです!」


食い気味に返事をすれば、彼はちょっとだけ驚いた表情。…あ、しまった、誘われたことが嬉しくって、大好きな甘いものが食べられることが嬉しくって、つい興奮してしまいました…これは間違いなく、八戒くんに引かれてしまった気がします。
内心、冷や汗ダラダラになっていると、彼はぷっと吹き出して笑い始めてしまいました。どうやら私の反応がツボに入ってしまったみたい。引かれなくて心底ホッとしてはいますけど、何か色々複雑。

むー、と口を尖らせていると、まだ若干笑いながら八戒くんがすみません、と一言。どうやらあまりにもキラキラした目で即答してくれたもんだから、可愛くってつい…ですって。可愛くってつい笑う、ってどういうこと、です、…………えっ可愛い?!この方、今、可愛いって言いました?!
さり気なく言われた言葉だったので、そのまま流してしまいそうになりましたが、結構な爆弾発言をしてくれましたよね?うわ、顔熱くなってきちゃいました…!


「あはは、真っ赤ですね。…でも、決してからかってなんていませんから。誤解しないでくださいね?」
「ぅ、え……?!」
「さあ、そろそろ悟空がお腹を空かせてうるさくしている頃です。戻りましょう」


夕陽に照らされた八戒くんの顔は、ハッキリとは見えなかったけれど…でもきっと、見慣れたあの笑顔を浮かべているのでしょう。
- 129 -
prevbacknext