わたしではない私


誰もいないと思っていた空間に現れた、1人の女性。それだけでも驚きなのに、彼女はとても…私に似ている気がしました。
違うのは髪の色くらいでしょうか、何だか鏡を見ているような気分ですね。前に妖術で作られた偽物と対峙しましたが、あの時と同じく変な気分。…唯一違うのは、あっちにも自我があるということ―――ですね。


「初めまして、もう1人の私」
「え?ど、どういうこと…ですか?」
「短く言えば、貴方は私の生まれ変わりってこと!」


…………生まれ、変わり…?


「あ、やっぱ驚いちゃうかー。まぁ、当然の反応だよねぇ」
「えええええ…?だ、だって急にそんなこと言われても、頭おかしいんですか?って言いたくなると言いますか…」
「…ぷっあはははっ!うんうん、それは私も同意見かも。いやー、似ている部分ってあるもんなんだな」


はあ…とても楽しそうに笑っていらっしゃいますが、私には何が何だかわからなくて頭の中が絶賛混乱中ですよ。全く。ただでさえ此処が何処なのか、そしてどうすれば私は出ることができるのかわからないというのに…それに、皆さんのことが気掛かりだ。
そう簡単にやられてしまうような方達ではないことくらい、身をもって知っていますけれど、…それと心配する気持ちは決してイコールにはならないと思うんです。大丈夫だと思っていても、心配なものは心配なんです。仕方ないことなんです。

さっきまで楽しそうに笑っていた女性は、ピタッと笑うのを止めたかと思えば紅英というんだ、と名前を教えてくれました。何となくその流れで私も自己紹介をしたけれど、深々とお辞儀をした所で彼女の名前に聞き覚えがあることに気がついたんです。
えっと、確か……そうだ、私を刺した男性がその名前を紡いでいたんだ。そっか、あの方が捜していらっしゃったのはこの女性だったんですね。


「貴方は、…どこまでご存知なんですか?」
「んー、そうだなぁ…貴方が、香鈴が此処に来た理由まで―――かな?」
「それってほぼ全部じゃ…」
「あはは。まぁ、そうとも言うかな?」


ふと真面目そうな顔をしたかと思えば、次の瞬間には笑みが浮かんでいる。何ともコロコロと表情が変わる方なんですね、サバサバした印象も受けますし…私は彼女の生まれ変わりだ、とさっき仰っていましたけど、彼女―――紅英さんを見る限り、にわかに信じられません。
だって、…まるで違う。彼女は太陽のようだけれど、私はあんな風には笑えない。あんな風に…生きられない。


「その顔。貴方が私の生まれ変わりっていうの、信じられないって顔だね」
「だ、だって…まるで真逆です、私達」
「そりゃあそうだよ」
「…へ?」
「魂は同じって言ってもね、性格とかそういうものは生まれた環境、育った環境に左右されるもんだもん」


だから、貴方は私であって私じゃあない。そういうことだよ。
またもやぽかーんとマヌケ面。そんなあっさりと、しかもあっけらかんと言われるとは思いもしませんでした。


「―――それでも、やっぱり似ている部分はあるよ。魂に刻まれてるのかもね、大事な根っこの部分って」
「どういうことですか?」
「それより香鈴、…巻き込んでごめんね」


紅英さんの言っていることが、まるでわからない。この方と出会ったのはついさっきで、巻き込まれるようなことをされた記憶は皆無だ。一体、何のことを言っているのでしょう。
考えても見当がつかなくてどういうことなのか聞いてみれば、「蘇芳のことだよ」って言われたんですが…うん、すみません、誰ですか?それ。尚、頭上にクエスチョンマークを出したまま首を傾げると、そっか知らないよね?!って慌てた様子で説明を始めた。

彼女が口にした『蘇芳』という名は、私を刺した人のことだそうです。何でも彼は元は天界の人で、香鈴さんのお世話役だった人なんだそうです。生まれた頃からずっと一緒にいて、とても良くしてくれた大切な人なんだと…優しい笑顔で仰いました。
だけど、紅英さんはとある事件で命を落とし―――蘇芳さんの元から去ってしまったらしい。


「死んだことは後悔していないんだ。守りたい人達がいて、その人達の為なら何でもするってずっと決めていたから。けど…」
「蘇芳さんのこと、ですか?」
「…うん。蘇芳は厳しい部分もあったけど、いつだって私達兄妹のことを考えてくれていたの。なのに、置いていってしまった…」


連れて行きたかったわけではない。それでも傷つけたのは確かなんだ、とそう仰った紅英さんの表情は髪に隠れて一切見えませんでしたが、でも何となく…泣いていらっしゃるような気がしたんです。


「ですが、そのことと私が巻き込まれたこと…何か関係が?」
「蘇芳は…多分、私を捜しているんだと思う。それで転生した魂を、香鈴を見つけて―――連れて行こうと、しているんだと思うの」


心当たりが、あった。初めて会った時、そして二度目に会った時…そんなことをほのめかした言い方をしていらっしゃいましたね。何を言っているんだろう、と思っていましたが、成程。納得がいきました。

あの方は『私』を欲しているんではなく、私の『魂』を欲していらっしゃったんだ。だから精神を引き離して、連れて行こうと思ったんですね…今度こそ、自分の手元に置いておく為に。紅英さんを守る為に。

その話だけを聞けば感動的かもしれませんが、そんなの私にとっては迷惑の一言でしかない。大変申し訳ないとは思いますが。
…生まれ変わりだというのは、いまだに信じられることではありませんが…それでも1つだけハッキリしたことがあります。私は私で、彼女ではないということです。さっき紅英さんも仰ってくれましたけど。


「こんなことを貴方にお願いするのはおかしいと思うけど、…お願い、蘇芳を止めて…これ以上、自分を傷つけてほしくないの…!」
「―――止められるかわかりませんが、やってみます」


紅英さんの瞳には薄らと涙が滲んでいた。それでも私の言葉を聞いて、ふわりと笑みを浮かべる。


「…そうと決まれば、此処から出る術を見つけなくちゃいけませんね」
「大丈夫だよ」
「え?」
「貴方が持っている『ソレ』。それが大切な人と繋がっているから、大丈夫。出られるよ」


耳を澄まして、聞こえるでしょう?貴方の名を呼ぶ、声が。
半信半疑で耳を澄ます。何の音も聞こえない、静かな空間。紅英さんと私しかいない空間のはずなのに、ザワリと空気が揺れたんです。何かが、聞こえる…?ノイズに混じって何かが、…これは誰かの声?

―――香鈴!

ッ、聞こ、えた……!ハッと顔を上げた瞬間、私の身体は光に包まれていました。あっという間に辺りの輪郭が歪んでいって、紅英さんの姿さえ見えなくなっていく。


「桜は私達を繋ぐものだった。それはきっと、来世の貴方達も一緒なの。―――香鈴。決して離しちゃダメだよ?」

―――貴方は、

「生きたまま、幸せになるの」


だからどうか、お願い。諦めないでね、…彼のことを。
霞んでいく紅英さんの隣に穏やかに笑う、男性の姿が見えたような気がしました。白衣を着た、八戒くんによく似た雰囲気を纏った男性。その方に大丈夫ですよ、と言われたような、気がした。





「ここ、……?」
「香鈴さま?!目が覚めたの?!」
「桜華…?私、」
「よか、良かった…もう二度と目を覚まさないんじゃないかって…!」


泣きじゃくっている桜華の頭を撫でようと腕を動かした瞬間、何とも言えない激痛が身体中を駆け巡った。
な、何で身体中こんなに痛いの?!しかも聞くに堪えない音が聞こえてくるし、骨は軋んでいる感じがするしっ…!怪我をした覚えはないのに、と涙目になっていると、はたと思い当たった。…もしかしてこれ、死後硬直ってやつ?
あはは、と苦笑しながら、動き辛い身体を少しずつ慣らしていく。急に動かすとさっきみたいに悶えることになるのは明らかだし、下手すると本当に怪我をしかねないので慎重にいかないと。
数分、軋む身体を馴染ませることに集中すれば、何とか今まで通り動かせるようになりました。はぁ、ビックリした。


「ビックリしたのは私の方だよ、香鈴さまぁ…」
「ごめんなさい、桜華。…あれ?皆さんは何処に行ったの?」
「香鈴さまを取り戻す、って言ってたけど、場所までは…」
「取り戻すって…まさか?!」
「そのまさかだよ―――香鈴」


パァッと室内が光り、徐々に人の形を成していく。そして現れたのはお久しぶりの菩薩様だった。すぐ横には二郎神様もいらっしゃるけど…2人の表情は硬く、緊張が走る。
何だかとてつもないことを聞かされるような気がしてしまって、心臓がどくどくとうるさい程に鼓動を奏でているのがわかった。


「玄奘三蔵達は今、お前を襲った奴と対峙している」
「またあの方達はっ…!」
「それだけお前が大事だってことだ、香鈴」
「香鈴さまを助けたいんだよ、八戒達」
「それは、…」


わかっているし、嬉しいのだけれど…それに私を連れて行けないことくらい理解もしています。意識がないのに連れて行ったって何の役にも立たない、ただの足手纏いにしかならないですからね。…わかっていても、置いていかれるのは辛いなぁ…矛盾してるってわかってはいるんですけど。それにきっと私が逆の立場だったら、皆さんと同じ決断をしていたんでしょうね。
とにかく、此処でボーッと皆さんの帰りを待っているような性格ではない。私が目を覚ましたということは、きっと無事なんだろうとは思うんですけれど…どういう状況になっているのかは、行ってみなければ確認は取れませんもの。ただ待っているっていうのは、どうにも性に合わないみたいですね。私。


「…行くの?香鈴さま」
「うん。皆さんが戦っているのなら、私だけ此処にいるわけにはいかないから」
「そう言うと思ったぜ…なぁ、香鈴。お前に1つ頼みがあるんだ」


ブーツを履いて顔を上げれば、菩薩様は痛そうな表情を浮かべていました。そして紡がれた願いというのは、あの方と同じだったんだ―――。
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