失えないものを胸に
短い時間でした、彼女と過ごしたのは。…けれど、何だか懐かしい香りがしていたんです。初めて会ったはずなのに、ずっと昔から知っていたようなそんな感覚がずっと胸の奥で燻っていた。
でもどうしても思い出せなかったんですよね…だから私の勘違いだ、って思っていたのだけれど、紅英さんにお会いしてわかりました。この懐かしさは、彼女のものだったんだ。あの方が言っていたように『魂に刻みこまれている』のかもしれませんね。
そんな彼女が、目の前で散った。
身体を切り裂かれ、血が流れ出るはずの傷口からは桜の花弁がはらはらと舞っていく。そして桜華はそのまま、名前の通り桜となっていったんです。ふわり、ふわりと浮かぶ花弁はきっと彼女の想い、彼女の記憶。
「お前っ…!!」
「待って、悟空」
「だって香鈴、あい、つ……?!」
どうしてなんでしょう。どうして、…一途に助けたいと願っていた彼女を、最期のその時まで心を案じてくれていた彼女をそう簡単に切り離すことができるのですか。突き放すことができるのですか。貴方の心にはもう、桜華の欠片すら残っていないとでも言うつもり?過去を共にしたはずの彼女を、どうして何もなかったことにできるのですか!
溢れそうになる涙をぐっと堪え、立ち上がる。これ以上はもう、関係のない方々を巻き込ませたりしない。傷つけさせません。
守りたい場所を、守りたい方達を、失いたくなんてないから。これからもずっと一緒に生きていきたいと願うから…だから今、彼らを守るのが私の役目なんですよ。
「蘇芳さんと、仰いましたね?」
「紅英様…何故、前のように蘇芳と呼び捨てで呼んでくれないのです?」
「さっきも言ったでしょう?私は香鈴です、と―――そんなことより、貴方は私の魂が欲しいのでしょう」
それをどうするのかまではわかりませんけど、恐らくこの身体は必要ないのだと思う。彼が欲しているのは、紅英さんと繋がりのある魂だけ。それ以外には何の価値もない、そういうことなんでしょうね。きっと。
魂を手に入れて満足するのなら、…ああでも、皆さんは怒るんだろうなぁ…私の決断に。自分を犠牲にして守られるなんて真っ平だ、とか言われちゃうかも。私だって逆の立場だったら同じように怒るんだと思うんですけど、でも…それでもう八戒くん達が傷つくことがないのなら、辛い思いをせずに済むのなら…いいかなって思っちゃうんです。
それこそ馬鹿か!と思わないでもないのだけれど―――
「魂くらい、くれてやりますよ」
「!!」
「香鈴?!貴方、何言って……っ!」
「その代わり、ただでは差し上げられません。私との勝負に勝ってからです」
「勝負、ですか?」
「そう。勝負」
ホルスターから銃を一丁、掌に力を込めて愛刀を。
いつもの戦闘スタイルになり、蘇芳さんに刀を向けた。
「私を―――殺して手に入れてみなさい」
それは至極簡単なこと。私を殺してさえくれればいい…そうすればこの魂は問答無用で彼のものとなるんです。難しくも何ともない、単純なゲームのようなものです。命を賭けておいてゲームなんて、って感じですけどね。
…だけど、それくらいしないと割に合わないでしょう?欲しいです、はいどうぞ―――なんて、私はそんなお人好しじゃないですし。欲しいのであれば力づくでもう一度、奪ってみればいい。
言い出したのは私。だから負けてしまったその時はどうにもならない、ということ。下手な悪足掻きはするつもりありませんし、そもそも負けた時は死ぬ時ですから悪足掻きも何もあったもんんじゃありませんが。
「どうしてそんなことを、……まさか、そやつらの為ですか?!私がそやつらに手を出せぬよう、そのような真似をするのですか!」
「ええ。守りたいものの為なら、容赦はしないつもりよ?」
「―――っどうしてわかってくださらないのです!!私はただ、貴方をお守りしたいだけなのに何故っ…!」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
守りたいものがあるのは貴方だけじゃないんです。貴方だけが大切なものを持っているわけじゃないんです。私にだって守りたいもの・譲れないものが存在する…その為だったら、
「何でもするって、…何でもできるんだって、ずっと前から決めていましたから」
「また…私より金蝉様達を、天蓬元帥を優先するのですか…紅英様あああぁああっ!!」
貴方はきっと、純粋に彼女を…紅英さんを愛していらっしゃったのですね。桜華が蘇芳さんを一途に慕っていたように。蘇芳さんはとても、とても純粋な方なんだと思います。純粋が故に、愛の形が歪になってしまったのでしょう。こんなことをしたって、私の魂を手にいれたって、もう二度と紅英さんに会うことなど出来ないのに。
(わかっていないはずが、ないんです。)
どんなに受け入れ難くても、どんなに悲しくても、心が拒否していたとしても!頭のどこかで、理解しているはずなんだ。二度と会えないことを。生き返ることがないことを。
「私はただ、…貴方を取り戻したいだけなんです、」
泣いている。まるで子供のように、あの方を追い求めているんだ。
「紅英様、どうか私と―――!!」
でもごめんなさい。…私はやっぱり、貴方の傍にはいられないの。
―――ドスッ…!
「香鈴!!」
銃も、刀も投げ捨てて、丸腰の状態のまま向かってくる蘇芳さんを受け止め、抱きしめた。お腹の辺りから刃が肉に刺さる嫌な音が聞こえて、そこがじわじわと熱を持っていくのがわかる。
呼吸も乱れてきているし、口の中は鉄の味…刺されているのは間違い、ありませんね…八戒くんの切羽詰った声も聞こえましたし。
「蘇芳―――置いていってしまってごめんなさい。辛い思いをさせてごめんなさい。」
「紅英、さま…?」
「でもこれだけはわかってほしいの。私は貴方に、生きていてほしかった…笑って幸せに生きてほしかったの」
伝えたい。紅英さんが蘇芳さん、貴方を大事に思っていたことを。
「蘇芳は大切な家族だったから。貴方が笑ってくれることも、私の幸せなんだよ。…最期までわがままでごめん、私は貴方が…」
大好きでした。
「私の幸せは貴方が生きていてくれることだったのに、…!」
「その気持ちと…紅英さんの気持ち、同じだったんですよ―――蘇芳さん」
「え…?」
「彼女の行動は矛盾しているかもしれません。でも決して、貴方をないがしろにしたわけじゃない…そのことはわかってあげて」
紅英さんは本当に、貴方のことを大切に思っていたんです。…だからこれ以上、彼女を悲しませるようなことをしないでください。
彼女の気持ちが、私の言葉が彼に届いたかはわかりません。けれど、蘇芳さんは大粒の涙を流したまま―――その姿を消してしまいました。彼が立っていた場所には1本の短刀だけが残されている、刃には血がついているから…私のお腹にさっきまで刺さっていたものに間違いはないでしょう。
(終わったの、かな…?一応)
ふらり、と身体が傾いだ。ああ、これは完全に地面とこんにちはするパターンだなぁ…と他人事のように考えていたら、誰かに抱き留められました。花のような香りがする…この方、もしかして菩薩様…?
視線だけを動かして誰かを確認すれば案の定、呆れた顔をした菩薩様でいらっしゃいます。あ、ちゃんと二郎神様も付いてきてらっしゃるんですね。
「ったく、あんな無茶するとは思っていなかったぞ。俺は」
「あはは…あれが一番効果的かなぁ、って思いまして」
「肝が冷えた。…まぁいい、願いを聞いてもらった礼だ。その傷、俺様直々に塞いでやるよ」
ちょっと我慢しろ、と言ったかと思えば、傷口がじわじわと温かくなるのを感じました。我慢しろって言ったからてっきり痛いのかと思っていたのだけれど、そんなことありませんでしたね…八戒くんに気功を当ててもらっている時と同じ心地良さで、思わず眠ってしまいそう。
眠ってしまいそうだけど…菩薩様には色々と聞きたいことがあるんです。お礼だ、と傷口を塞いでもらっちゃいましたが、もう少し色を付けて頂いても問題はありませんよね?
あの、と口を開いたのと同時に菩薩様が八戒くんを呼んだ。私の声はそれにまぎれてしまって菩薩様には届かなかったみたい…うーん、気にはなるけどいったん保留にしておいた方がいいかもしれません。あの御方がいつ帰ってしまわれるのかは知りませんが。
下手すると聞く前にさようなら、とかありそうで怖い…。
「猪八戒、お前こいつを運んでやれ。傷口は塞いだが、まぁ念の為だ」
「わかりました。…香鈴、持ち上げますよ?」
「えっあ、はい!お、お願いします…!」
「全く…無茶するクセは直りませんね、貴方は」
「うう…ごめんなさい…」
申し訳ないと思っているのは本当なので素直に謝罪の言葉を口にする。軽々と私を持ち上げた八戒くんは、薄らと笑みを浮かべて「お説教は後にしましょう」って…言ったんですけど。
あ、あれ?もしかしなくても想像以上に怒っていらっしゃる?!自業自得なので文句なんて言う気もないですけど、…彼に怒られるの弱いんですよねぇ私。
(…でも、それ以上に心配をかけてしまったんでしょうし…)
誠心誠意、謝ろう。心配かけてごめんなさい、って。
もう二度としないって言えればいいのでしょうが、私はきっと…何度でも同じことを繰り返す気がしているんです。皆さんを守る為だったら、傷つけない為だったら何だってしちゃうと思うんです。それで自分が傷つくことになっても、彼らを傷つける結果になってしまったとしても―――失うよりはずっといい、って思っているんですから。