桜が繋いだ命の欠片
無事に宿へと戻ってきた私達。菩薩様と二郎神様もすぐ戻ってしまわれると思っていたんですが、何故か一緒に此処まで帰っていらっしゃいました…聞きたいことがあった私としてはラッキーって感じなんですけども。
ただ、三蔵様達は何で来たの?って訝し気。うん、まぁそういう反応になるのは当たり前ではありますよね。
我が物顔でベッドへ腰掛けた菩薩様は、今回のことに至るまでの経緯を教えてやると仰いました。わ、ちょうど私が聞きたかったことと一緒じゃないですか。何てタイムリーな展開…!
本当ならば知らなくてもいいことかもしれません。私達は部外者と変わりないですからね、巻き込まれただけで当事者というわけではありませんから。…とは思っているんですけど、どうも好奇心には勝てないみたいです。あまり自分から深い所までは突っ込まないようにしようと決めてはいますが、今回は例外ってことにしておいてください。無茶苦茶ですけど。
「本来ならあまり干渉してはならねぇんだが…今回は特例だ。な?二郎神」
「…ええ。菩薩のお好きになさいませ」
「ってことで、ちょーっと昔話をさせてもらう。その前に香鈴」
「はい?」
「お前―――紅英に会ったのか?」
鋭い問いかけだと思った。けれど、さっきの蘇芳さんと私のやり取りを見ていればすぐに見当はつくものなのかもしれません。特に紅英さんも蘇芳さんも知っていらっしゃる方であれば。
菩薩様の顔に焦点を合わせ、ゆっくりと頷いた。肯定の意を示すように。それを見た菩薩様はただ一言そうか、とだけ紡ぎ、そのまま黙ってしまわれました。それも深刻そうな顔で。
でもそれはほんの一瞬で、すぐに困ったような笑みを浮かべたんです…その瞳はとても優しく、懐かしそうに細められている。この御方にとって紅英さんはとても、とても大切な方だったのですね。
「あのよ、割って入って悪いが…その紅英って奴と香ちゃんには、何か関係があんのか?」
「―――お前達は『輪廻転生』っつー言葉を知ってるか?」
「死んであの世に還った魂が、この世に何度も生まれ変わってくる…ってことでしたっけ?」
「仏教じゃ有名な言葉だな。それがどうした、ババァ」
「その言葉が全てを表してる、そういうことさ。玄奘三蔵」
「香鈴が生まれ変わりだってことですか…?」
八戒くんの言葉に口の端をニィと上げた菩薩様は、ご名答!と彼に人差指を向けた。これには4人もびっくりしているみたい。…まぁ、お気持ちはわからないでもないです。私だって初めて、それもその張本人から生まれ変わりだって聞いた時は嘘だ、って思ったくらいですもの。今だって信じ切れていないんですから、他の方達がすんなりと受け入れることも、信じることもできないのは当然のことだと思う。
(確かにそうかも、と思ったことも多々あったけれど…)
納得しつつあれど、やっぱり紅英さんと私は真逆の性格をしていると思うんですよ。育った環境が違うんだから性格が違うのは当たり前、と笑っていた言葉も…一理あると思いはすれ、それでもやっぱりそう簡単に頷くことはできないみたいですね。私。
「ま、それを信じるか信じないかはお前達の自由だ。大事なのと本題は、そこじゃねぇからな」
足を組み直し、ここからが本題だと菩薩様は口を開いた。そして語られたのは500年も昔の話、とある5人の生涯と―――とある青年の哀しき物語。
夢のようで、嘘のようで…けれど、全て菩薩様が見てきた本当のことだそうです。
「500年前―――天界で天帝やたくさんの天界人が殺された」
その罪を犯したのが、とある4人。その4人を助けようとしたのが、私の前世であるらしい紅英さんだったそうです。彼女にとって罪人となった4人はとても大切な方で、その方達を助ける為に自分は存在しているんだって言いきるくらいの存在だったのだそう。
…でも、彼女達の敵は天界全てだった。少数であった紅英さん達に勝算なんてあるはずもなかったんじゃないか、って菩薩様は悲しそうに笑ったんです。
「あいつらは死んだ。…恐らくな」
「恐らく…?」
「誰一人、遺体が見つからなかったんだ。ある意味、天界から脱出した―――って言えるのかもしれんな」
けれど、事はそれでは終わらなかった。主人でもある大切な方を失ってしまったとある青年が、天界を半壊させてしまったそうなんです。その青年というのが、蘇芳さんだったんですって。
紅英さんの世話役で、生まれた時からずっと一緒で、誰よりも何よりも大切な方だったんだろうと菩薩様が教えてくださいました。それは、…蘇芳さんと対峙して何となく感じていましたわ。あの方はただ、大切な方を守りたかっただけ・取り戻したかっただけなんだって。それこそひたすら一途に思い続けていたのだ、と。
「純粋な方だったんだろうな、と感じました」
「その純粋さ故、あいつは大罪を犯しちまったんだろう。…あいつは精霊共を使役し、戦うことができた」
「あ、だからあの鳥とか龍とか操ってたのか?」
「そういうことだ。あいつは天界を半壊させ―――その身すら、滅ぼされたはずだったんだ」
蘇芳さんは確かに、亡くなったんだそうです。そして下界にて厳重に封印されたはずだったのに、その封印は解かれ私達が巻き込まれた―――ってことみたいですね。
封印されていたとはいえ、もう500年も前のことですから身体自体はもう残されていない可能性が高いらしいですが。
「これはもう憶測でしかねぇが、…蘇芳の紅英へ対する強い思いが実体化したようなもんだと思うぜ。この短刀を依代にな」
「…人の思いは何よりも、強いものですからね。有り得ないとは言い切れないかもしれません」
「とにかく―――巻き込んじまって悪かったな、お前ら」
菩薩様の顔には笑顔は、浮かんでいらっしゃらなかった。言葉こそ軽く感じましたが、眉間にはシワが寄せられていて辛そうな表情を浮かべている…きっと、菩薩様も複雑な思いを抱いていらっしゃったのでしょう。そう簡単に介入はできない、干渉できないと仰っていらっしゃいましたものね。
「…ま、全部片付いたし良かったんじゃねぇの?」
「色々と心臓に悪かったですけどねぇ」
「フン。これ以上、面倒事はごめんだ」
「俺、腹減ったー」
思った以上にあっけらかんとした反応を返されたらしく、菩薩様も二郎神様もぽかーんとした表情を浮かべていらっしゃいます。ふふっ天界から見ていらっしゃるって仰っていましたから、私達がこういう性格だっていうのはよく知っていらっしゃるでしょうに。それに仮に文句を言った所で、菩薩様だったら結構簡単に言い負かすことだってできるんじゃないのかなぁ?そんなにもマヌケ面を晒すようなできことじゃないと思うのだけれど。
だけど考えるだけ無駄、と気がついたのか、二郎神様は溜息を1つ吐いて呆れたような笑みを浮かべていらっしゃいます。菩薩様もくつくつと笑っていらっしゃって、…うん、さっきとは打って変わってとても楽しそうだ。
「―――変わらねぇな、本当に」
「菩薩様?」
「…いや、独り言だ。香鈴、色々とすまなかったな…それとサンキュ」
「いいえ。お礼は色を付けて頂きましたし、それに貴重な体験もできましたから」
全てが片付いたから。無事だったから。…だからきっと、こんな呑気なことを言えるのだとは思います。でもそれが私達だと思うから、いいんじゃないのかなって。
何を食べようか、と話し始めている彼らを見つめて笑みを零していると、不意に名前を呼ばれました。
「何でしょう?」
「紅英は―――笑っていたか?」
「はい。死んだことは後悔していないって、目を細めていらっしゃいましたよ。それから、…貴方と同じように蘇芳さんを止めてくれって言っていました」
「!…はは、そうか」
ああ、そういえばあの時。『ソレ』が大切な方と繋がっている、って言われましたけど…どういうことだったんでしょう?確かに紅英さんはこの桜のネックレスを指差していたのだけれど、彼女が言っていた言葉の意味がいまだによくわからないんですよねぇ。
心の内で呟いたつもりだったんですけれど、どうやら口に出してしまったようで菩薩様の耳に届いていたらしい。そしてこの御方はそれだけで何を意味しているのか、すぐに理解されたようですが。やっぱりあの方と知り合いだから、ってことなんでしょうか。
「あいつもそのネックレスと似たものを身に着けていた。だからわかったんだろ、繋がっているってな」
「繋がって、…?」
「ああ。あいつらにとって桜は繋ぐものだった…それはきっと、お前らにとっても同じだと俺は思うぜ?」
教えて頂いてもやっぱり、よくわからなかった。けれど、紅英さんにとっても私にとっても桜は特別なものなんだっていうのだけは…わかったような気がしました。